死んでもいいデスゲーム   作:夜深夜

10 / 19
10. イニシャルA

 

 

「ほ、ほんとに大丈夫なんですよね?

 これで死んだら化けて出るわよ⁉︎

 毎晩枕元に立ってやるんですからね⁉︎」

 

「上手くいくことはすでに検証済みだって。

 クエストフラグが立ってるのは君なんだ。

 君がやらなきゃ始まらない」

 

 27層迷宮区。

 岩山を無理矢理ぶち抜いて作られた鉱山のようなフィールド・街並みがコンセプトとなっているらしいこの階層にしては、やけにのっぺりとした壁や床の造りをしたダンジョンである。

 

 アヤの同行者である今回の()()()は、尻込みした様子で眼前にある宝箱を見ている。

 

 迷宮区の主要な通路からは外れた道のそのまた途中、壁面のスイッチを操作することで入ることが出来るようになる隠し部屋の中にそれはあった。

 この部屋に至るまでの通路にも特に目立ったものはなく、それゆえに壁面のスイッチは結構あからさまに目立つ。ここに隠し部屋ありますよ、中には良いものありますよ。

 部屋の中もまたのっぺりとした無機質な空間だが、それだけにその中心に鎮座する宝箱はキラキラと眩い存在感を放っている。ほらいいものあったでしょ開けてみてくださいよ。

 

 怪しい。怪しすぎる。

 このゲームに慣れたプレイヤーであれば《罠探知》などのスキルを用いずとも一目見ただけでこれが罠だと看破できることだろう。

 いやでも、こんだけあからさまに怪しいと逆に怪しくないんじゃない? これは怪しいと思わせておいて実は怪しくなんてない普通の宝箱なんじゃない? 怪しくない怪しい宝箱だったら開けてもいんじゃない? あれ何言ってんだろ。

 と、欲望と理性の狭間で懊悩する者も中にはいるかもしれない。

 

 結論から言うとこの宝箱は罠である。

 作動すると出入り口が封鎖されこの狭い部屋に閉じ込められることになるうえ結晶無効化エリアと化すので脱出不可能となる。そして湧いて出た無数のモンスターに襲われる。襲われた。

 アヤはすでにそのことを身を持って確認済みなので、依頼人にもそのことは伝えてある。それゆえに彼女はビビり散らかしているというわけであった。

 

 で、そんな殺し間が今回のクエストで指定されたアイテムの配置先だというのだからたまらない。

 確定配置の罠宝箱にクエストアイテムってふざけてる。これデスゲームよ。許せないわ茅場。

 

「もう一度詳しく説明するとな。

 まずこのゲームの宝箱にはリポップ......再配置されるものとされないものと、大まかに分けてその2種類がある。

 目の前のこの宝箱は前者、リポップ型だ。以前俺も開けたことがあるからそれはまず間違いない」

 

「罠も復活してるってことですよね?」

 

「その通り。

 リポップ型はそれに仕掛けられた罠もまた再配置される。

 では、この流れで宝箱に仕掛けられた罠の仕様についても説明しよう。

 そもそも宝箱は配置された時点ではあらゆる干渉を受け付けないオブジェクトだ。押しても引いても動かないし、攻撃も受け付けない。

 宝箱に干渉することが出来るようになるのは、プレイヤーが宝箱にアクセスして通常のオブジェクトとしての判定を得てからになる。

 ここまではいいかな?」

 

 罠確定宝箱に怖気付く依頼人のため、アヤは説明を始めた。

 その話しぶりはすらすらと澱みない。

 

「罠には今回のようなブザートラップや毒ガス、強制転移など様々な種類があるが、それらは例外なく宝箱の蓋が開いた瞬間に作動するようになっている。裏を返せば蓋を開けない限りはいかなる罠も作動しない」

 

「でも開けなきゃ中身を取れないじゃないですか」

 

「そうだな。

 罠だとわかってても中身が欲しけりゃ開けて取るしかない。今まさに俺たちがそうであるように。

 ここで注意しなければならないのは、まずはこの宝箱の暫定的な所有権を君のものにしないといけないってことだ。

 詳しい説明は省くが、宝箱の中身はプレイヤーがアクセスする前は実はまだ確定していない。今回であれば俺がこの宝箱を開けても君が必要とするクエストアイテムは入手できない。俺にはクエストフラグが立ってないからな。

 だから、この宝箱にアクセスして初めて接触するプレイヤーは君でなければならない」

 

「はえー」

 

 だんだん説明を聞いているのが面倒くさくなっていそうである。

 アヤとしては好都合であった。

 

「要は君がこの宝箱にアクセスさえしてくれりゃ、後は俺が良いようにするってことさ」

 

「よ、よくわかんなかったけどわかったわ。

 アクセスするだけでいいんですね」

 

 長々と小難しいことを聞いて色々考えるのが嫌になったのか、おっかなびっくり宝箱にアクセスする依頼人。

 もちろん蓋には指一本触れていないのでアヤの説明通り罠は作動しなかった。

 

「よし。ここからは見せたほうが早いな」

 

 アヤはメニューを操作するとアイテムをオブジェクト化した。

 歪なペットボトルのような形をした謎の物体と鉤縄である。

 

 鉤縄はともかくもうひとつのそれは何だ、と依頼人が訝しがる。

 

「なにそれ」

 

「《第925回ドワーフ工芸コンテスト入賞作品エントリーNo.3》だ」

 

「なにて?」

 

「説明しよう」

 

 《第925回ドワーフ工芸コンテスト(以下略)》とは一言で説明するならば小型ロケットである。

 この階層に住まうNPCの中でも多くを占めるドワーフという種族は軒並み手先が器用で物作りが大好きであり、そんな彼らの血と汗と涙の結晶のひとつがこちらの《第925回ドワーフ(以下略)》だ。

 空気抵抗とかちゃんと計算して作れば良いものを、凝り性な彼らが側面にレリーフを彫ったり先端部を豪華に装飾したり何だりしたせいでまともに飛ばなくなり工芸品として扱われるようになってしまった。そしてそれをコンテストに応募してみたら造形美を評価され入賞しちゃった、ということがフレーバーテキストには書かれている。

 NPCのドワーフの外見を黒くしたような、チョイ悪を超えた激悪オヤジなモンスター《フォーリン・ドワーフ》から極々稀にドロップするレアアイテムだ。なおほぼ無価値なフレーバーアイテムである。

 

「はえー」

 

「まともに飛ばないとはいえロケットとしての構造部は残っている。

 火属性......まあ松明とかだな。そういうので点火してやれば、こいつは極々短時間ではあるが莫大な推進力を発揮して飛ぶ。

 ドワーフたちの技術力の高さが窺えるな」

 

 だが、アヤはこの単なるハズレアイテムに目をつけた。

 一瞬とはいえこいつはジェットエンジンを搭載しているかのような勢いで飛ぶのである。ただのオモチャにするのはもったいない、何か使い道があるはずだ、と。

 

 アヤは徐ろに《第925回(以下略)》に縄をしっかりと巻きつけた。

 ドワーフたちが凝り性なおかげで先端部から側面まで縄が引っかかる溝は無数にある。これでそう簡単に外れることはない。

 

 そして次に、鉤の部分を宝箱の蓋、その留め具の部分に上手いこと引っ掛ける。輪っかになっているところだ。やはりこちらもそう簡単には外れないだろう。

 

「ここまでやればもうわかるだろ。

 《第9(以下略)》の推進力で鉤縄を引っ張り、直に手で触れることなく遠隔で宝箱を開けることができる」

 

「おぉー!」

 

 ドヤ顔を決めるアヤに依頼人も拍手喝采である。

 

 ちなみに地の文では略しているが、ここまでアヤはずっと《第9(以下略)》のことを正式名称で呼び続けている。

 

「ブザートラップの仕様は単純だ。

 プレイヤーが敵を殲滅するかあるいはその逆か。

 指定されたエリア内から対象が消えると罠のシークエンスは完了したと見做される。

 そしてその後には蓋が開いた宝箱だけが残り、通路の開通状況も含めて次のリポップ期間がくるまではそのままだ」

 

 つまり、と言いつつ松明を取り出す。

 そして依頼人を促して二人揃って小部屋の外へ。

 

「俺らはただ部屋の外で待ってるだけでいい。

 これが一番気持ちいいのさ。

 嵌めてやろうってやつの裏をかいて台無しにしてやるのがな」

 

 ニヤリと笑って見せたその笑顔は、その大人びた容姿とは裏腹にどこか少年のようだった。

 

 

「はぁーーーナマのアヤさん格好良かったぁ」

 

「......」

 

「さっすが《先見》よね!

 道中のモンスターもスパスパ倒しちゃって強いのなんの!」

 

「......」

 

「強いだけじゃなくて賢いのもポイント高いわ!

 なんていうのかな、新しく来た家庭教師のお兄さんがちょっとイケてる大学生だったみたいな感じ!

 わかるかなー勉強の合間とかにちょっとプライベートなお喋りとかできたら得した気分になっちゃう、みたいな」

 

「......」

 

「しかもさ、クエストNPCのエラッッッそうな商会長のオヤジがあたしへの報酬を出し渋った時もさ、めっちゃ間に入ってくれたの。

 あの人あのオヤジにも顔がきくみたいでさ、なんやかんや言いくるめちゃって当初よりも増えた報酬をポンてあたしにくれたのよ!友達と美味いもんでも食ってこいよ、って。

 あ。だから今日ここの分はあたしが出すわね」

 

「......うん、ありがと」

 

「でねでね!

 口調とか背格好とかワイルド系なのにさ、笑ったら結構かわいいのよあの人!

 ちょい猫っぽい鋭い目してるじゃんアヤさんて。

 ニヤって笑うとね、普段とのギャップがあってなかなかイイ感じなの!

 それでさ、」

 

「......リズ」

 

「んぇ? なによアスナ」

 

 アスナは眼前でマシンガントークを繰り広げる友人の名を呼んだ。

 厳密には名というより愛称であり、彼女の名はリズベットという。

 このゲームにおける数少ない女性プレイヤー同士ということで兼ねてより親交があり、日々このゲームの攻略に邁進するアスナにとってはほぼ唯一と言っていい肩肘張らず話せる大切な友人である。

 

 しかし、今日の話題はちょっとしんどい。

 

「リズってさ、アヤさんみたいな人が好みなの?」

 

 なんというか、話題となっている人物に対して自分の抱くイメージと彼女の抱くイメージとの乖離が激しくてちょっとついていけなかったのである。

 

「んー好みっていうか、なんかちょっといいな、格好いいな、みたいな。部活のエースの先輩みたいな感じ」

 

 めちゃくちゃ普通の女の子であるリズベットはめちゃくちゃ普通にミーハーである。

 あなたこの間は遠目に見ただけのディアベルさん格好いいって言ってなかった? あたしも髪を青に染めようかなとか言い出したから私が止めたんじゃなかった?とアスナは思った。

 

「あとさっきの《先見》てなに?」

 

「なにって知らないの?

 アヤさんの二つ名じゃない。

 アスナの《閃光》みたいな」

 

 あの人()()二つ名増えたんだ。

 いつ廃れるかしら。

 興味なさげにアスナは紅茶を一口含んだ。

 

 男の子というやつは称号というか二つ名というか、どうもそういうのが好きなようである。

 アスナとしては普通に名前で呼べばいいのに、といった感想しか湧いてこない。

 ていうか私の《閃光》とか誰がつけたのよ正直ちょっと恥ずかしいんですけど。

 なんて思っている。

 

「その名に違わぬ先読みぶりだったわ。

 あの人の前に立ったモンスターは何もできないの。あの人が何もさせないの。

 がいしょくいっしょくとはあのことね」

 

 たぶん鎧袖一触がいしゅういっしょくと言いたいのだろう。

 とりあえず、今回はまともな由来でついた二つ名のようだ。

 

 攻略組ではないリズベットは知らないのだろう。

 アヤの二つ名がころころ変わることを。

 その大半がおかしなものであることを。

 

 《都会派バーバリアン》でしょ。

 《半魚獣》でしょ。

 《桶狭間の戦い》でしょ。

 《メルヘンむかしばなし》とか。

 《紅白歌合戦》なんかもあったわね確か。

 アスナは昔を懐かしみつつアヤがそう呼ばれるに至ったエピソードたちを振り返った。

 

 うん。やっぱり変な人だ。

 そろそろこのミーハーな友人にちゃんと事実を告げてあげたほうがいいかもしれない。

 

 そう思ったアスナはリズベットに言った。

 

「ところでさっき言いそびれたんだけど。

 アヤさん《罠探知》はもちろんだけど《罠解除》も持ってるわよ。

 どっちも熟練度がすごく高いはず。

 それなのにまた変な宝箱の開け方して遊んでるのねあの人」

 

「へ?」

 

 レアアイテムをこよなく愛するあのアヤが探索系スキルを取得していないわけがない。

 なのにマッピング情報に載せたいからと罠とわかっていてもあえて引っかかったりするし、スキルで解除できるのにどうにか抜け穴を探そうとしたりするのは日常茶飯事だ。

 今回のだってそうである。わざわざ《第9(以下略)》を使わなくたって、彼はあの宝箱の罠は普通に解除できるのだった。

 

「いつも変なことしてるのよあの人。

 その昔、モンスターの追従限界距離が知りたいとか言って、2層迷宮区前から1層迷宮区出口までずーーーっとウシ型のモンスターに自分を追わせてたことがあったの。

 途中、ウルバスのあたりでだったかな。偶然出くわした私が、彼がピンチだと思ったから倒しちゃったのよねそのモンスター。

 あの時のアヤさんの落ち込みようったらなかったわ。ウシ太郎ーッ!て叫んでた。俺たちの12時間がゴール目前でッ!て。愛着湧いてたのね。申し訳なくてすごく謝ったもの私。後にも先にもあの人のあんなに落ち込んでるところ見たことないわ」

 

「......」

 

 リズベットはアスナの語るアヤのほんの一部の奇行エピソードになんとも言えない顔をしている。

 甘いわね。まだまだあるわよ。

 

 しかし。

 

「まだよッ。まだ格好良いわ。

 アヤさんってあたしたちクラフト職にとっては神様みたいな人なの。

 あの人の支援のおかげで独り立ちできたって人も多いのよ。

 みんながみんな、あたしみたいに自分の意思で自分なりにこのゲームと戦う道を選べるわけじゃないからね。

 それを助けてるアヤさんは立派な人よ。変な人だけど、格好良いの」

 

 それは実際そうである。

 いや神様かどうかは知らないが、彼がくすぶっている下層中層プレイヤーを上手く引っ張り上げて攻略組の助けになるよう働きかけているのは事実だ。

 最近はかつてほど奇行を連発してはいない。散発はするが。

 とにかくアスナとしても彼は立派な人だとは思っているので、リズベットの意見に否やはない。変な人だけど。

 

 目論見通り、これでリズベットの認識は正された。

 アヤは格好良くて頭も良くて羽振りも良い完璧超人などではない。

 良い人だけど変な人、という正しい認識を持たせることに成功したのだ。

 

「立場もあるわ。

 何せギルドの長なのよあの人。

 お金持ちだわ。優良物件よ」

 

 瞳がコルのマークになっているリズベットの目はどうやらまだ完全には覚め切っていない。

 あの人既婚者よ、って教えてあげたいところだがそれは出来ない。

 アヤから直々に口止めされているからだ。

 あの子は俺の弱点なんだ。自分の急所を安易に吹聴されては困る、と。

 

 ときにリズベットは今、彼がギルドの長であると言った。

 

 これは冗談でも何でもない事実である。

 ここ最近になって「下層や中層のプレイヤーの育成活動を推進するため」といった名目でギルドを立ち上げたのだ。

 本日、リズベットがアヤとクエスト攻略を行っていたのも彼のギルドの活動の一環であった。

 レベルに応じて適切な依頼料さえ払えばクエストを手伝ってもらえるサービスだ。まさかのギルド長じきじきに対応してもらえたようである。

 あの人のことだから絶対自分がやりたくてやったんだろうな、と思う。

 

 なんというギルドだったか。

 意外と堅苦しい名前であったはずである。

 確か......

 

「《アインクラッド解放()()》だっけ。

 長いから略称があったはずだけど」

 

「ふふん、教えてあげるわ!

 Aincrad Leave Association略して《ALA》!

 英語苦手だけど覚えたのよ!」

 

 そう、そんな名前だったはずだ。

 あんまり彼らしいネーミングじゃないな、と思ったのを覚えている。

 

 

「おう、アヤか。

 お疲れさん。

 おっとすまん。今は会頭やったな」

 

「よせよキバオウ。普通に呼べって。

 ガラじゃねんだよ会頭なんて」

 

 第一層はじまりの街の一等地。

 そこに《ALA》の本部であるギルドホームはあった。

 

 執務室で書類仕事をしていたキバオウは、依頼を終えてホームに帰還したアヤを労うと再び書類にペンを走らせる。

 今はギルド資金の収支の確認をしている最中なのであった。

 アヤ、ジブンのがワイより頭ええんやからやってくれよ、とも思っているのだが彼には頭が上がらない立場である。口にはしなかった。

 

「この分も収支の計算に入れといて」

 

 つい今し方終えたばかりの依頼書に会頭承認済のサインを記したものをぺらりとよこしてくる。

 そして水差しからコップに水をそそぐと、それを一口飲み、ソファにどかりと腰を下ろした。

 ちょっとこのギルド長、現場主義すぎる。自分で現場仕事して自分で承認サインしてる。

 

「おう。まあゆっくりしとけや」

 

 とはいえキバオウとしても彼のこの態度に文句はなかった。

 彼は今の肩書きをあまり気に入っていないのにも関わらずその座についているのだから。

 

「いや。この後はディアベルんとこ行く。

 あっちもあっちで大変そうだからな」

 

「......ワイも休んどらんが、ジブン大丈夫かいな?

 毎日あちこち飛び回っとらんか?」

 

 このなんとも不思議な状況となった事の発端は今から二ヶ月ほど前にまで遡る。

 

 誰にとっても、特に攻略組にとって忌々しい「25層の悪夢」がすべての始まりだった。

 クォーターポイントのあまりにも高すぎる難易度に停滞する攻略。

 停滞により蔓延する焦燥感、不安。

 現実逃避をするかのように繰り広げられる《聖剣騎士団》内部での権力闘争......これはキバオウ自身が大いに関わっていることだが。

 そしてその権力闘争に熱を上げた愚か者、すなわちこれもキバオウの引き起こした、当時のギルドメンバーの約1/3を死亡させるという痛恨の極みたる大失態。

 その大失態の裏で暗躍した攻略組の裏切り者の存在。

 そんな状況でもなお攻略組としての矜持を見せんと挑んだフロアボス戦で多数の戦死者が出たことによる、心折れた者たちの実質的なドロップアウト。

 

 何をとっても、実に悪夢であった。

 その悪夢に自身が深く関わっていることがキバオウにとって何よりも深い傷であった。

 

 フロアボス戦では文字通り命を賭した奮戦を見せたキバオウであったが、無論、それで犯した罪が消えたわけではないことなど彼自身よくわかっている。

 ケジメをつけるなどと吠えはしたが、判断は団長たるディアベルに委ねるしかなかったのが実際のところだ。

 

 ディアベルがキバオウに下した処分は簡潔、ギルドからの除名である。

 手緩い、とは言うまい。あの悪夢によりただでさえ攻略組全体の戦力が低下したのだから、いくら咎人とはいえど過激な処罰は下せない。

 けれどお咎めなしというわけにもいかない。権力闘争が原因となっての独断先行なのだから、不穏分子の排除は体裁として必要だ、と。

 

 だから彼は首輪をつけることにしたようだ。

 以前より下層プレイヤーへの支援を手厚くしたいと提案し続けていたキバオウの意見も考慮し、ならばやってみろ、それがお前にできる贖罪だ、と下層にて《聖剣騎士団》傘下のプレイヤー支援団体の運営に携わるよう命じたのだ。

 表には出ずに役に立て、と。役目を果たせ、と。

 

 攻略組一強の大ギルド《聖剣騎士団》はこうして割れた。

 

「あっちが大変そうっちゅうんは......《血盟騎士団》との折衝か?」

 

 落ち目......とまでは行かぬものの大幅な弱体化を余儀なくされた攻略組、そんな時代の荒波の中に現れたのがヒースクリフ率いる新興ギルド《血盟騎士団》である。

 凄腕のプレイヤーであるヒースクリフが直々に勧誘して集められたという精鋭たちによる小規模ながら戦力としてはまるで不足のない未来の大ギルド候補だ。

 攻略組全体としてみれば戦力が減ったところに頼もしい戦力が追加されたと喜ぶべきところなのだが。

 既存の大ギルドたる《聖剣騎士団》としては面白くなく感じる部分もあるようで。

 団長ディアベルがどれだけ諌めようともその部下たちが新参者に対抗心を燃やしてしまうのは人のサガなのか、あるいはゲーマーのサガなのか。

 

 世の中上手くいかないものである。

 当初誰もが信じた全プレイヤー一丸となっての攻略体制は、一強だったのが二強になったことにより実質的に瓦解することとなってしまったのだった。

 

「攻略会議で揉めがちだからな。

 お互いのとこの副団長が。

 まああのリンドとあのアスナだ。

 どっちも気が強え。仕方ない部分はある。

 ディアベルがそろそろ髪を白に染めるかもしんねぇ」 

 

「......ワイは笑えんぞその冗談は。責任感じとんねん」

 

 ディアベルがストレスのあまり白髪頭になんてなったら自分もいよいよこの自慢のトゲ頭を丸める必要があるかもしれない。

 

 とにもかくにも、今、攻略組は荒れている。

 

 で、だ。

 そもそもキバオウが慣れないデスクワークで日々を消化しているのはプレイヤー支援事業のためなわけだが。

 ではアヤは何がどうなってそのキバオウの所属するギルドのトップに就任したのかというと、実を言うとこれもディアベルの采配のひとつである。

 大失態を犯したキバオウを、下部組織とはいえトップに就任させるのはよろしくない。

 かといって能ある者を何もさせず遊ばせておくわけにもいかないのでその組織の運営にキバオウを使うのは決定事項。

 お目付け役兼表向きのトップが必要だ。信頼できて、ネームバリューもあるトップの存在が。

 

 正直あん時のディアベルはんチョイ乙女入っとったもんな。

 捨てられた子犬みたいな目ぇしてアヤのほう見とったもんな。

 もう頼れるやつおらんかったんやろなこいつ以外に。

 

 そう、白羽の矢が立ったのがディアベルがなんだかんだで一番信頼しているかもしれない攻略組きっての自由人、アヤだったのである。

 

 絶対に組織のトップに向いてない人間だ。

 それは彼自身も常々言っていることである。

 彼は束縛を嫌い自由を愛する。

 この鉄の城に囚われつつもそれを感じさせない振る舞いはいっそ歪ですらあった。

 

 即刻拒否するかと思われたアヤだったが、意外にも彼はそれを受けた。

 マジで名前貸すだけだぜ、と言いながら渋々。

 

 冷徹で冷酷な側面も時折見受けられるが、人並みの情は持ち合わせた人物である。

 友人の頼みを断りきれなかったのだろう。

 攻略組全体、ひいてはプレイヤー全体のことを考えて引き受けたのであろうこともわかる。

 

 誰よりもこの鉄の城で自由を謳歌する彼はしかし、多くのプレイヤーにとってここは単なる牢獄でしかないこともまた頭で理解している。

 一日でも早い攻略を。解放を。

 それに寄与するためであるならば、自身の自由を多少であれば削っても構わない。

 そう、考えたのだろう。

 彼はキバオウとは違って理屈で動く人間だから。

 

 そうしてキバオウははじまりの街でリスタートを果たすこととなった。

 慣れない仕事にてんやわんやの毎日であるが、口ではぶーたれながらも時折アヤも手伝ってくれる。

 彼には心から感謝している。

 

 とはいえ、ほんのちょっとした不満もある。

 別に大したことではないのだが、キバオウ的美的センスに基づいてしてみたすごく簡単な提案が聞き入れてもらえなかったのである。

 

「せや、アヤ。

 あのこと考え直してくれたか?

 ほらワイが前に言うたやつ。

 ギルド名がのう、なんか戦闘もこなす組織っぽくなくて迫力に欠けるから変えてもええかっちゅうやつや」

 

「あァ?」

 

 ソファに腰掛け書類の一部を斜め読みしていたアヤが、不機嫌そうな声を出した。

 急に怖いわ。なんやそのドスのきいた声。ヤクザかジブン。

 

「いやな。

 最初にワイ《アインクラッド解放()》にしよ言うたやん? かっけぇやろ、て。

 それをジブンが《協会》に修正して手続きしたやん。

 長に逆らうわけとちゃうけどな、なんでアカンねん思てな。

 《ALA》て航空会社みたいになっとるやろがいーなんてな」

 

 なんだか急に不機嫌で怖いのでめっちゃ下手になるキバオウ。

 小ボケにもキレがない。

 

 アヤは憮然とした面持ちのままだ。

 書類に目を落としたまま、どこか心ここにあらずといった様子である。

 

「隊だと、英訳するとSquadになるだろが」

 

 ぽつりと、こぼれるように落としたその声はおそらくキバオウに向けてのものではない。誰に向けてのものかも。

 

 しばし沈黙が場を満たす。

 そうして、ようやく普段の顔つきと声音に戻ったアヤは、ぱさりと書類を置くと立ち上がった。

 

「ま、いいだろこのままで。

 もう《ALA》で浸透しつつあんだから。

 わざわざ手続きしてまで変えるもんでもねぇ。

 合理的じゃねぇよ、それは」

 

 なんやったんや。

 キバオウはこれ以上はこの話題は避けたほうが良いと直感的に思った。

 

 大した要望でもないしどっちでもいいような内容だ。

 アヤにとっておそらく触れられたくないことであるのならば、蒸し返す必要もない。

 キバオウは自分にそう言い聞かせた。

 

「そろそろ行くんか?

 ディアベルはんには......よろしく言わんでもええから、ちゃんとがんばります、言うといてくれや」

 

「わかってんよ。

 がんばってる、って言っとく」

 

 へらりと笑ってからアヤはキバオウへの気遣いを見せる。

 

 がんばるのは当たり前なんや。

 ワイは今も取り返そうともがいとる最中なんや。

 そう告げようかとも思ったが、彼の気遣いを無碍にするのもどこか憚られた。

 

「たまには休めよ。

 ジブンは今も変わらず攻略組の中心人物なんやから」

 

「阿呆。

 俺みてぇな頓珍漢が中心てどんな組だよ。

 お前こそたまにゃ休め。

 しおれてんぞ、トゲ頭が」

 

 苦笑しつつ執務室から退出していくアヤ。

 

 その姿はどこか憂いを帯びていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。