死んでもいいデスゲーム   作:夜深夜

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11. 猫と鼠と低気圧

 

 

 二人並んで歩くのは久しぶりのことだ。

 そのように感じつつ、周りを眺めていた。

 

「《レオーネ開拓村》へようこそ。

 村長の家はこの先の丘の上だ」

 

「うわ。久々にこの台詞聞いたわ。

 すげぇNPCっぽい」

 

「......」

 

「む。なんだアヤ殿ではないか。

 先日分けてもらったカボチャは絶品であった。

 家内も喜んでいたよ」

 

「それは何よりだ。

 また今度何かお裾分けするよ。

 お勤めがんばってくれな」

 

 アヤが恰幅の良い衛兵NPCとにこやかに挨拶をかわしている。

 あちらはフルフェイスの兜のせいで表情はわからないものの、親しみの籠った声音であった。

 きっとあの兜の下にはゴツゴツとした微笑みがあるのだろう。

 

「おやまぁアヤさん。

 めんこいお嬢さんを連れてんだな。

 ヨメさんに怒られるんでねぇべか?」

 

「よせよロッシュさん。

 彼女は同業の冒険者だよ。

 あんたこそいいのかい。カミさんに怒られんぞ手ぇ止めてたら」

 

「......」

 

 道を行けばザ・農民といった風貌のNPCたちから呼びかけられる。

 彼はその一人一人とまるでご近所さんと道端でばったり出くわした時のような話ぶりで二、三世間話をしてから歩みを進めていく。

 

 石畳の道はしっかりと舗装されておりとても歩きやすい。

 腕の良い石工がいるのかもしれない。

 まだ真新しいように見えるそれは、職人の手によって丹念に造られたものなのだろう。

 良い仕事をしている。しばらく工事は必要なさそうだ。

 

 道行けば、現実世界ではなかなか見られない長閑な田舎の原風景を楽しむことができる。

 広がる黄金色の小麦畑。

 静かに水音を立ててゆるやかに流れる小川。

 川幅はところどころ違い、人の手が入っている様子も微かにある。

 その側には風車のついた家まであったりして。

 遠くの牧場を見やればヒツジたちが草を食んでいる姿も。

 

 村民たちは皆活き活きとした顔をしていて、充実した日々を過ごしていることが見て取れた。

 

 すれ違った牛車ぎっしゃのウシがモウと鳴いた。

 首輪のタグに『ウシ次郎』と書かれている。まさかのネームドである。

 体格が良く毛ヅヤも良い。何ら不足のない餌を食べさせてもらっていそうだ。

 

 荷車には色形の良い種々の野菜。

 この村で採れた作物がたくさん載せられている。

 これから街に売りに行くところなのだろうか。

 

 村とは言いつつここには貨幣経済の概念があるようだ。

 見れば行商人NPCと金銭取引をしている村民の姿まで見受けられる。

 

 他の小さな村系ロケーションでは見かけない光景である。

 おそらく時代背景的に中世あたりをモデルとしているのであろうこの世界。

 雰囲気重視なのか、システム上で拠点と見なされていない小ロケーションにおいては未だ物々交換が主流だ。

 

「どうだ。良い村だろ」

 

 アヤが涼やかな顔でそう言う。

 サッと風が吹く。

 それを気持ちが良さそうに浴びながら。

 

 確かに良い村である。

 同感であった。

 なので、答えた。

 

「いや変わりすぎだロ。

 前にオイラが来た時はもっと寂れてたゾ、ここ」

 

 第20層の辺境。

 アヤのホームがあるその農耕地は、めちゃくちゃ発展していた。

 

 

 アルゴは自分が今何のゲームの世界にいるのかちょっとわからなくなりつつあった。

 久々に会う相棒・アヤは、もしかしたらこいつだけMMORPGではなく村造りシミュレーションとかクラフトサバイバル系のゲームをやってるんじゃないかと思った。

 

 それくらい、村が様変わりしていたのだ。

 ここは元々は寂れた農耕地に過ぎず、痩せた農民NPCたちがぽつぽつと痩せた土地を耕しているだけの無味乾燥なエリアだったはずなのである。

 アヤがかつて隠遁している時に彼の足取りを追ってここを訪れたこともあるアルゴはそれをよく知っている。

 

「はじまりの街の大商会あるだろ。商人NPCの元締めの。ここの地主はあそこの会長だ。

 あのクソめんどくさい内容のやつばかりよこしてくるオヤジから受けるクエストを黙々とクリアしてたらこうなった」

 

 とはアヤの弁である。

 まだ続けてたのかヨ、忍耐力強すぎるだロ。

 それとも好奇心が強いのカ。どっちもカ。

 アルゴは正気とは思えない苦行に身をやつすアヤに思わず変態を見る目を向けてしまった。

 

「何がどうしてこうなっタ」

 

 アヤのホームに着いてみればさらに度肝を抜かれるはめになった。

 

 元々はさして大きくもない普通の煉瓦造りだったはずのその家は、家そのものが改築され大きくなっているうえに蔵まで造築されている。

 庭と畑の面積も明らかに広い。

 丁寧に手入れされているようで、特に畑に関しては作物ごとに整然と区画を分けて管理されている様子が見受けられる。

 

 なにより目につくのが。

 

「いやいやいや。

 このちっちゃい転移門はなんダ。

 転移門だよナ? これ」

 

 ふわぁーっと光の粒子を立ち上らせるオーブが乗せられた石のモニュメントが庭の端っこのほうにあることだ。

 それは大きな街や村に設置されているものより多少スケールは小さいものの見かけ上は遜色なく、ただのオブジェとは思えない造りをしている。

 

「《ミニポータル》だ。

 さっきの話の商会長......ああ、オヤジじゃなくて娘さんのほうな。二代目の。

 彼女にめっっっちゃくちゃ強請ねだりまくって交渉したら売ってくれた。

 マジでありえんくらい拝み倒した。当時の全財産をはたいた。あとクソみたいなクエストですらもないおつかいも山ほどやらされた。

 たぶんレアどころじゃないユニーク品。

 ハイエルフの遺跡からの出土品らしいから、もしかしたら他にもあるのかもしれんが俺は知らない」

 

 すさまじいドヤ顔であった。

 自慢の逸品を披露できて嬉しいらしい。

 

「と言っても転移門と同等の性能はない。

 こいつにアクセスしてもどこにも飛べない。

 一方通行のワープポータルなんだよ。

 所有者が許可して登録した者に限り《転移結晶》を使えばここに飛べるって仕組みだ。

 せっかくだしアルゴも登録しとくか?」

 

「一応してもらうケド。

 道中そんなに危険ないだロ。

 モンスター湧かないシ。一応街道あるシ」

 

「俺はよくてもサチがな」

 

「過保護すぎル」

 

 過保護すぎた。

 レアアイテムだから欲しかったのには違いないのだろうが、入手するために掛けた熱意が並々ならぬものであったその理由が彼自身のためではなさそうなのは明らかであった。

 この可愛がりようからするに高価な《転移結晶》も常にいくつも持たせていることだろう。

 

「ま、中に入ろうぜ。

 いつまでも立ち話というわけにもいくまいよ」

 

 招かれて家に入ってみれば中のインテリアは外観同様に意外と綺麗なものであった。

 アヤのことなので中にはごちゃごちゃとレアアイテムでも飾っているのかと思いきやそんなこともなく。

 玄関も廊下も、通されたリビングも整理整頓の行き届いた清潔感ある様子だ。

 そういえばコイツ、実はかなり几帳面なんだったナ。そう思った。

 

 椅子にかけて待っていると、お茶を出された。

 甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 

「コーン茶だ。《ハジケモロコシ》で作った。

 あれ、熱を加えると文字通り破裂すんだけどさ。

 カラカラに乾燥させたらそうならねんだってよ。

 さっき道端ですれ違ったNPC、ロッシュさんが教えてくれたんだわ」

 

 蘊蓄も飛び出してくる。

 情報屋の本能が疼いていつのまにかメモを取り出していた。

 

 口をつけてみると、ちゃんと美味しい。

 キリトから、あいつほぼほぼクソ不味いドリンクしか出してこないから気をつけろ、と聞いていたがそんなことはない。

 たぶんキー坊だけだゾ、クソ不味いもん飲まされてるノ。他に聞いたことないモン。

 味はそこそこにそんな感想を抱いた。

 

「それにしても意外だな。

 アルゴのことだから、この村が発展していることも当然知ってるもんだと思ってた。

 さっきの反応からするに初見みてぇだったが」

 

「いくら情報屋って言ってモ、何も目ぼしいクエストがない小規模なロケーションのことまで詳しく知ってるわけないだロ」

 

「いやそうじゃなくて。

 普段から俺のことストーキングしてそうだから当然ここのことも知ってるもんかと」

 

「オマエ、オイラのことそんな風に思ってたのカ⁉︎」

 

 ひどい風評被害である。

 出るとこ出たら勝てるくらいだ。

 何が悲しくてこいつのストーキングなんてせねばならないのか。

 

 がっつりおはようからおやすみまで追跡してアヤのホームを突き止めた挙句に背後から忍び寄り捕獲してレストランで朝食まで奢らせたという過去を全力で棚に上げて、アルゴは思った。

 

 わりと日頃の行いである。

 たぶん出るとこ出ても勝てない。

 

「そうダ。今日はヨメはいないのカ?」

 

 かつて隠遁した彼を追跡するはめになった原因もとい理由、その少女の姿が見えないことが気になったので尋ねた。

 

「サチなら街で買い物。

 ここ肉とか魚あんまり手に入んないから。

 あと調味料も切らしそうなのがぽつぽつと」

 

 完全に主婦のムーブであった。

 アヤもアヤで、かつては恋人でも嫁でもない妹分だと言い張っていたくせに今はもう何の疑問も抱かずに受け入れている様子である。

 

 すっかり慣らされている。

 からかい甲斐のないやつになってしまったものだ。

 

「なーんダ残念。

 ムカシのオンナが遊びに来たゾって言ってやろうと思ってたのニ」

 

「マジでそれやめろよ頼むから」

 

 ちょっと面白くなかったのでからかってやれば、ちゃんといい反応が返ってきた。

 ひとまずそれで溜飲を下げようかと思ったがまだ少しばかり足りない。

 

 アヤとアルゴの付き合いはなんだかんだで長い。

 というより、誰よりも長い。

 なにせこのデスゲームの初めからどころか、その前。ベータテストの頃からあーでもないこーでもないと、ことあるごとにゲームの情報について議論してきた仲なのだ。

 

 本格的な攻略が始まってからもそれは同じ。

 二人は紛れもなく相棒であり、二人にしかない絆があるとアルゴは信じている。

 

「寂しい思いをしたのは、本当だヨ......?」

 

 別にそういう意味ではない。

 ほんの少しの悪戯心で勘違いさせてやろうという意図を多分に含んではいるが、そうではない。

 

 相棒たる自分にすらも相談なく隠遁生活を始めた当時、ほんのちょっぴり寂しく感じただけ。

 一人で抱え込もうとしたのが心配だっただけ。

 今になってようやく家に招いてくれたが、ちょっと遅すぎやしないかとカワイイヤキモチをぶつけてやりたくなっただけである。

 

「......その節は悪かったよ。

 俺も余裕がなかったもんでな」

 

 伝わったのだろう。

 お手上げ、とアヤは小さく謝罪を口にした。

 せっかく少し艶も混ぜて言ってやったのに勘違いはしてくれなかったようである。まったくもって面白くないやつだ。

 

「キー坊とかアーちゃんはオイラより先に来たことあるのにナー。

 オイラは仕事の話でようやくだもんナー。

 あーやんにとってのオイラって、所詮は都合の良いオンナに過ぎないんだナー」

 

「あーマジでやめろやめろ。

 少しからかいが過ぎるぞ、アルゴ」

 

「ふーんダ。

 かまってくれないあーやんが悪いモン。

 業務連絡しかしてこない仕返しダ。

 釣ったサカナにはちゃんとエサをやレ」

 

 調子が出てきたので悪ノリしてやると、アヤはさらに焦りを見せ始める。

 いつも冷静沈着な彼のこういう姿を見るのはアルゴの楽しみのひとつであった。

 

 さて、そろそろ勘弁してやろうかナ、と。

 眉間に手を当てるアヤの姿をひとしきり楽しみつつお茶を一口。

 

 バサリ。

 

 音が聴こえた。

 振り返る。

 

 買い物籠からころりと調味料の瓶が転がり出る。

 ころころころ、とスローモーションのように板張りの床を進んで行くそれに目線が吸われる。

 

 瓶が壁に当たるのを見届けたのち、ほんのり視点を戻せばそこには。

 

 目に光を宿していない少女が立ち竦んでいた。

 

「アヤ......

 その女の人、だれ?」

 

 またかよ。

 アヤのそんな呟きがイヤにこの空間に響いた。

 

 またなんだ。

 

 

 触れると融けて消えてしまいそうな。

 そんな印象を抱かせる儚げな少女である。

 可憐で華奢なその容姿はどこか庇護欲をくすぐる。

 

 きっとおしとやかな性格なのだろう。

 それでいて健気で尽くすタイプであるとも、話を聞いていた限りでは推測できる。

 

 なるほど。

 アヤはこういう子が好みか。

 脳内のノートに付箋を貼り付けるが、いつどんな時に使える情報なのかは甚だ不明である。

 どうせ欲しがるやつもいないだろうから、とアルゴの中だけに留め置くこととした。

 

 軽く現実逃避をしかけたが、修羅場の気配である。

 

 アルゴはなんだか申し訳なくなった。

 ちょっとマズいスキンシップをしているところを目撃されてしまったかもしれない、と。

 

 アヤはフリーズしている。

 おそらく彼の明晰な頭脳は今、この場を収める合理的な手段を模索しているはずだ。

 別にやましいことなど何一つしていないのだから、彼が冷静でさえあったなら理路整然と状況説明を始めていたことだろう、今頃は。

 しかしながら、ことこの少女に関わる事柄については時折ポンコツと化す残念な頭脳でもある。平生に比して処理速度が遅い。

 

 こうなると、今この場をいち早く穏便に収められるのはアルゴしかいないということになる。

 

 しょーがないナァあーやんは。

 

 大事な相棒のため助け舟を出すことにしたアルゴであったが、そもそもの元凶もこのアルゴである。

 お手本のようなマッチポンプであった。

 

「ハジメマシテ。

 キミがあーやんの大切な人だナ?

 オレっちはアルゴ。ネズミのアルゴ。情報屋ダ。

 あーや......アヤの、唯一無二の相棒だヨ」

 

 別にとったりしないっテ。

 言外にそう言ったつもりで殊更に相棒であることを強調していた。

 

「えっ。あなたが、アルゴさん?

 確かに今日、いらっしゃるとは聞いてました。

 あなたのことはアヤがよく話してますけど......

 女の人だったんだ」

 

 サチはというと、ひとまずアルゴの正体に思い至ったようだった。

 警戒心は先程よりも薄い。

 よく話しているとのことだが、しかし。

 どうやら性別までは知らされていなかったようだ。

 

「男だと思ってたのカ?

 ま、名前も男っぽいシ。さもありなン」

 

 Argoという名前はどちらかというと男性に用いられやすい名前だろう。音の響きもどこか勇ましさを感じさせる。

 その名の由来となっているのはギリシャ神話に登場する「アルゴー船」だ。

 それもただの船ではない。英雄たちの乗り込む冒険船である。

 そこだけ聞くとやはりイカつい名前に感じるかもしれない。

 

 しかし。

 船とは勇ましさだけを象徴するものではない。

 いくつかの文化圏においては男性名詞・女性名詞といった概念が存在している。言語ごとに違いはあったりはするが、例えば月は女性名詞で太陽は男性名詞といった具合に物にも性別をつけるのだ。

 その中でも船は女性名詞のグループに属する。

 どういった基準で決められているのかは定かではないが、あちらのイメージでは船は女性なのだろう。

 そもそも、女性名詞という概念のない英語圏においても船を指す代名詞には「she」が用いられがちだ。

 

 すなわち。

 西洋において、船は女性として扱われる。

 荒れ狂う海の脅威から船乗りたちを守る大いなる母の似姿として。

 

 なので、れっきとした女の子である彼女がこの名を使ったって別におかしなことはないのである。

 

 長々とそんなことを思ったアルゴは、ジトーっとした目でアヤを睨んだ。

 当の本人は理由がわかっていなさそうで、たじろいでいる。

 

 彼女は一瞬にしてこうも考えた。

 やたらと律儀なアヤはきっと、サチに対してどの知り合いを話題に出すにしても性別を明示したうえで話をするはず。こいつはそういうやつだ。

 なおアヤの解像度が高いアルゴの推測が外れているわけもない。大正解である。

 

 そんなアヤの性質を加味したうえで、彼がよく話題に出していたアルゴが男だと勘違いされていたということは......

 

「......まァ、いい。

 相棒冥利に尽きル」

 

 色々言いたいことを飲み込んだ顔であった。

 たぶん今この場で言おうものなら尚更ややこしくなるだろうから、という配慮も込みである。

 

「なー、サッちゃん」

 

「サッちゃん......」

 

「あだ名。

 話戻すけどサ。

 さっきオイラも言ったシ、あーやんから色々聞いてるとも思うケド。

 オイラたちはこのゲームの初めからずっと一緒にやってきた仲間なんダ。

 悪いがこのポジションはサッちゃんにはくれてやれないゼ」

 

 サチが一瞬、怯えたような顔をした。

 共に並び立つ仲間ではなく、あくまでアヤに守られる対象。

 そのどうしようもない事実を突きつけられたからだ。

 

 アヤは常々、サチを褒めそやす。

 クラフト系スキルの熟練度が上がるたびにそれはもう褒めちぎる。

 センスがいい。これでもっと攻略が楽になる。

 そう言って、魔物と対峙できない彼女を肯定する。

 

 サチはそんな彼の優しい言葉に耽溺することしかできない。

 幸福な夢を見続けるように。

 

 サチの顔が伏せる。

 目に見えてしゅんとした。

 

「おいアルゴ。なにを」

 

 すかさず()保護者がカットに入ってきた。

 急にシュバるな話の続きがまだあるんだから落ち着け。

 

「コイツ、前にサッちゃんに言ったんだってナ。

 俺の生きる理由になってくレ、とか小っ恥ずかしいコト」

 

「いや厳密には」

 

「もうなってんだロ。オマエの生きる理由に。

 否定できるカ?」

 

 口を挟もうとしたアヤが口を噤んだ。

 言うに及ばず。更にも言わず。

 その沈黙が答えだった。

 

 アルゴは再びサチのほうを見やると、とても優しく微笑んだ。

 その表情はどこか、アヤに似ている。

 顔の造りだとかそういう話ではない。笑い方、笑みの質。そういったものが似ているのだった。

 

「あーやんの好きな言い回しをするならこうかナ。

 サッちゃんは、よすがダ」

 

 よすが。

 身と心の拠り所。

 

「コイツにとって間違いなく必要な存在なんだヨ。

 共に敵と戦うでもなク、一緒にあちこち駆けずり回って情報をかき集めるでもなシ。ただ後ろで待ってくれている人ガ。

 どうかオイラの大事な相棒の、帰るべき場所でいてやってくレ」

 

 アヤは何も言わない。

 いつもはぺらぺらとよく回る口が、回っていない。

 

 アルゴが今話していることは、きっと彼の本心そのものだろうから。

 そんな言葉が、自身の相棒から出たことにひどく驚いたであろうから。

 

「わたし」

 

 ぽつりと、サチがこぼした。

 

「あんまり自分に自信がないんです。

 どれだけアヤがわたしを慰めてくれても、褒めてくれても。

 アヤは優しいからそうしてくれてるんじゃないかって心のどこかで思っちゃう」

 

 アルゴはちらりと横目でアヤを見た。

 顔を歪めている。

 そんなことねぇよ、と言いたげに。

 

「時々、アルゴさんのことを話すんです。

 その時のアヤはすごく楽しそう。気の合うやつなんだ、って。

 さっきも二人で気安い感じでじゃれてて。

 正直、ヤキモチ焼きました」

 

「いや、あれは」

 

「アヤはアルゴさんのことを信頼してます。

 いつも自慢の相棒だって言ってます。

 俺たち二人でこのゲームの情報分野を掘り尽くしてやるんだって。したり顔で。

 それも、妬けます」

 

 アヤはひたすら狼狽えている。

 おそらく、サチがこんなことを言うのは初めてのことなのだろう。

 普段の彼女はほとんど自己主張をしないとアルゴは聞き及んでいる。

 

 多分に、遠慮しているのだろう。

 きっとアヤに嫌われたくないから。

 嫌われないという自信がなかったから。

 

 サチはアヤのほうへと振り向いた。

 ごめんね。困らせて。

 そう、呟いて。

 

「アヤのしてくれること、言ってくれること。何もかも全部信じたいのに自分のことが信じられない。

 でも。今のはあなたが一番に信頼してるアルゴさんが言ってくれた言葉だから。

 わたしはあなたの帰る場所なんだって、少しは自信が持てそう」

 

 めんどくさい子なの。

 嫌いになったかな。

 

 そう付け足す彼女の表情にいつもほどの不安の色はない。

 したたかな少女の顔がそこにあった。

 

 アヤは呆気に取られている。

 

 確かにめんどくさいことを言われはしたのだが。

 言い回しというかやり口というか、そういうのがめんどくさいのはアヤも同じなのだ。

 サチがアヤに似てきているような気がして、複雑な気持ちになってしまったのだった。

 

「......いや。愛されてる自覚が芽生えたようで何よりだよ」

 

 なんとか振り絞ったであろうその言葉と共に、顔を手で覆った。

 あまり見せたくない表情なのだろう。

 隠しても色でわかるのだが。ここはそういう世界だ。

 

 それにしてもめんどくさいやつである。

 素直な言い回しが出来ないらしい。

 

 サチもサチで気恥ずかしそうに俯き頬を朱に染めている。

 白い肌にそれがよく映えていた。

 

「はい、修羅場オシマイ」

 

 オイラ助け舟。名前の通り大活躍。

 アルゴは自分で立てた荒波を自分で乗り越え、ひとつ頷いた。

 

 やはりそれはマッチポンプであった。

 

 軽く睨んでくるアヤに目で語ってやる。

 丸くおさまっただロ。オマエの好きな結果論てやつだヨ。

 

 

 その後、サチはホームに増設した工房のほうへ向かって行った。

 アイテムの生産作業に入るとのことだった。

 

 一方で、アヤとアルゴはリビングから移動していた。

 

「おいおい地下室かヨ。

 どんだけ改造してんダ、この家」

 

「地上フロアでもよかったんだがな。

 せっかくある地下室も見せたかったんだよ。

 ここは秘匿性も高くてな。

 どれだけ《聞き耳》が上手くとも誰も中の様子は窺えないように設計されている」

 

 それは書斎の隠し扉から通ずる小さな地下室であった。

 椅子とテーブルと灯りくらいしかない極めて簡素な部屋だが、扉だけは只管に分厚い歪な造りをしていた。

 

「ロマンあるだろこういうの。

 半分趣味で用意してみたんだけど持て余しててな。密談スペースってことにしようかと」

 

「ここなら中で何やっててもわかんないナ。

 おいおい、オイラ今から何されちゃうんダ?」

 

 アルゴが身体の前で腕を交差して()()を作った。

 ニヤケ面である。

 

「お前まだそれやる気かよ」

 

「なにもしないノ?

 あーやんのいくじなしー」

 

「あー、少しわかったかも。

 なんだアルゴ。お前も可愛いとこあんだな」

 

「ン?」

 

 得心がいった、とアヤは手を打った。

 

「別に男扱いしてたつもりはねぇよ。

 相棒をそういう目で見ねぇようにしてただけだ。

 それで傷つけてたんなら、悪かったな」

 

 アルゴは目が点になった。

 

「俺にとっちゃお前も死なせたくない人の一人だよ。

 俺が帰るべき場所を欲してたのは確かだ。

 けど、始まりから共に歩んでくれたお前のことがどうでもいいわけでもない。

 アルゴのことも、俺は大事に思ってる」

 

 アルゴの目は点のまま。耳が赤い。

 

「お、オマエいつか刺されるゾ。

 オイラじゃなかったら勘違いしてるとこダ」

 

「言っとくけど何もしねぇからな。

 サチを悲しませたくない」

 

「オイラが期待してるみたいな言い方すんなヨ⁉︎」

 

「はん。いつもからかってくる仕返しだ」

 

 仕掛けたのは自分のほうなのにしっかりやり返されてアルゴは狼狽した。

 アヤが調子を取り戻してきたようである。

 得意の口がぺらぺらと回り始めた。

 

「仕事の話をしようぜ」

 

 アヤの目が呆れの色を帯びている。

 少しはしゃぎすぎた自覚はアルゴにもあったので、居住いを正した。

 

「まず犯罪プレイヤー......オレンジ共は《ALA》でも網を張ってるが。

 正直、誰がどう裁くんだっつー話だから対応は後手だ。現行犯をしばくしかねぇ。

 前々から言ってるけど無理に動向を探ろうとはすんなよ。

 お前だって危ないんだから」

 

 さらりと優しく身を案じてくる。

 散々からかいあってからのこれだ。

 先程はからかい混じりとはいえ本気だったのだろうことがわかり、少し嬉しくなってしまう自分がいた。

 

「わかってるヨ。

 もし危なくなってモ、あーやんが助けてくれるだろうケド」

 

「それは言うまでもねぇ。初めから首突っ込みすぎんなって話だ」

 

 その目は真剣味を帯びている。

 大切に思われている実感を湧かせる眼差しであった。

 

「ま、必要とはいえあまり面白くもねぇ情報のやりとりはこれくらいにしようや。

 今日呼んだのはこれについて調べてもらいたいからだ」

 

 ゴトリ、と。

 ドス黒いカラーリングのインゴットがテーブルに乗せられた。

 

「フム。これが言ってた例のブツ、ネ」

 

 禍々しい瘴気のようなものを放つそれは、この薄暗い地下室ではいっそう不吉な物のように見られる。

 

「無駄にインベントリを圧迫すっから倉庫に放り込んでたもんだ。

 さすがに前線に出張りつつ《ALA》でも働いてると、これについて調べる余裕まではなくなってきた」

 

「これ25層のLAボーナスなんだよナ?

 随分放置したもんダ。

 腐ってんじゃないカ、この色」

 

「腐ってたまるか。

 せっかくのLAでめんどくせぇもんよこしやがって。

 すぐ使えるもんにしろよ、と茅場に何度も文句を言った。言いふらした」

 

「たぶん聴こえてないゾ」

 

 《ノクス・インゴット》

 黒き衝動を封じ込めた謎多き金属。

 処刑人はこれを自らに課せられた宿痾が為に用いた。

 

「テキストも簡素すぎて何もわからん。

 おそらく何らかのクエストをトリガーにして使えるようになる代物だと踏んではいるんだけどな」

 

「んー、調べてみないとなんともナ。

 これ預かってもいいカ?」

 

「もちろんだ。任せる」

 

 用途不明とはいえおそらく一点物の貴重品をポンと渡される。

 

「腐っても......いや腐っちゃいないがインゴットだ。

 きっと武具の素材なり何なりになるんだろ。

 いやー楽しみだ」

 

 アヤはニヤケている。

 レア装備が大好きないつものビョーキの顔であった。

 

「めっちゃ変な装備に化けたらどうすル?」

 

「使い道さえあるなら使うさ。

 俺だけで思いつかなかったとしても、アルゴと一緒に考えりゃ何かしら出るだろうしな」

 

 変なこと思いつくのは大体オマエだけどナ。

 アルゴは心の中でツッコんだ。

 

「なんていうカ。

 変わらないナ、あーやんとオイラは」

 

 このゲームが始まってから今までずっと。

 二人の関係は変わりなくそのままだった。

 

 ほんのちょっと風変わりなゲームの遊び方をする。

 時にじゃれ合いながら。

 時に真剣に議論しながら。

 

 それが互いにとってきっと心地が良いからだろう。

 

 アルゴは彼の抱える事情を知らない。探らない。

 しかし、時折見せる行動にどこか華々しさを求めているような素振りがあったことには気づいていた。

 何のために、とは考えたくなかった。

 

 この言い方が正しいとは思わないが。

 あのサチという少女は、アヤが道を見失わないための灯台のようなものだ。

 彼女がいなければ、彼はどこへでも行く。どこまでもゆく。

 

 アルゴはサチにはなれない。

 その逆も然り。

 だから変わらず隣を進む。

 

「変わらんのは当たり前だろ。

 変わらず、俺らは相棒だ」

 

 ニヤリと笑う相棒が突き出した拳に、自らもそれを合わせた。

 

 しょーがないな、とは思わずに。




※作者からのお知らせ※

ここすき総数
1.《都会派バーバリアン》
2.《桶狭間の戦い》
3.《メルヘンむかしばなし》
4.《紅白歌合戦》
5.《半魚獣》

作者は《桶狭間の戦い》がお気に入りです。
以上、お知らせでした。
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