◇
ご注文の品ッ
お持ちいたしやしたあッー!
ねじり鉢巻の店員がやけにハイテンションな調子でやってきた。
ちょっと着いていきづらいので無言で会釈し品々を受け取る。
これまた無言での乾杯。
互いに一口ずつドリンクを嘗めてみる。
「......酒が欲しい」
眼前のプレイヤーが呟いた。
彼はアヤの同行者......というか今日はアヤが彼の同行者である。
「健全な青少年もプレイできるこのゲームにそんなもんねぇよ」
開幕早々、アヤはツッコむことになった。
そして、再びカシスオレンジみたいな色をした謎のジュースを口に含んだ。
うーんやっぱ不味いなこれ。グッジョブ。今度キリトを連れて来よう。
そんな風なことを思った。
唐揚げをパクリ。
淡白な質感の肉にほんのりベチャッとした衣が被さっている。
見た目はともかく味は悪くない。
対面の人物は樽ジョッキを手に持ち、もう一口。
ブハッ、うぐ、と小さく呻く。
味は察した。
「......デスゲームに健全も何もあるかッ!」
突如、ゴトン、と音を立ててテーブルにジョッキが叩きつけられた。
店員NPCが何事かと振り返る。
その中身は当然彼が望んだお酒ではない。
いわゆる子供ビールみたいな雰囲気飲料である。
せめて、せめて雰囲気だけでも......!と彼が注文したものであった。
雰囲気だけで酔えれば苦労はなさそうだが、酔ったように管を巻くこの有様からするに多少は雰囲気を味わうことが出来ているようだ。
とにかく雰囲気が大事なのだ。こういう場では。
「どうどう。
すんません店員さん、おかまいなく」
アヤは自分の目の前で荒れに荒れている不審人物を宥めた。
その彼はフード付きローブを身に纏っている。
表情は窺えないが、これは相当
訝しがる店員にひらひらと手を振り前を向き直る。
そこにある未だジョッキを手にしたまま肩を振るわせる姿を見て憐憫の情を抱いた。
「......すまん。
だが本当に、本当にストレスがやばいんだ。
酒がないならタバコとかどうだ。
アヤ、お前持ってたりしないか」
「だからねぇってそんなもん。
存在してたとしても俺はやらねんだから持ってねぇよ。
てかお前リアルだとタバコ吸う人なん?」
「いや吸わない。吸ったことない。
でも今は無性にそういうのが欲しいんだ」
やっぱり相当キてやがる。
「ディ......あー、ベル。
お前今からベルな。
ちょっとイメージの問題とかあるから。
とりあえず唐揚げ食え唐揚げ。
トリじゃなくてヘビだけどこれ。美味いぞ」
なおアヤの美味いは「食える」という意味だ。
◇
第10層飲食店街《ウワバミヤード》
外観上も実用上もいわゆる飲み屋街である。
赤提灯の連なるレトロな雰囲気が売りとなっており、しかし多くの街には当たり前のようにある道具屋や鍛冶屋ですら設置されていない正しく飲んべぇのための街である。冒険者が来る場所じゃない。
なお先ほどアヤも言及したようにこのゲームに飲めるアルコールは存在しない。アルコールランプみたいなのは存在するが。
ディ......あー......
まあ普通にディアベルなのだが。
今宵、アヤとディアベルは二人して場末の居酒屋で密会していた。
今となっては攻略最前線からかけ離れた第10層。
ここが最前線であったベータテスト当時には、この街に数多ある酒場でトッププレイヤーたちが正式サービスに向けて今後の展望を語り合ったというのも昔の話。
クセの強い挙動を取る蛇人型モンスターが徘徊するこちらの階層は敵が厄介な割に報酬も大したことなく、下層・中層プレイヤーにとってすら旨味の少ない不人気フロアと化している。
基本的に西洋風の世界観であるこのゲームにおける数少ない和風のフレーバーを感じられるということもあって一部の熱狂的なファンは存在しているのだが......利便性諸々を秤にかけるとやっぱりここを拠点としているプレイヤーはかなりのマイノリティである。
こちらの居酒屋《アオダイショウ》は殊更に人目につかぬ路地裏でひっそりとやっている隠れ家だ。
隠れ家的名店、ではない。
レビューサイトなどが仮に存在したら低評価も免れない程度には料理もドリンクも質が低く、高いのは店員のテンションくらいのものである。
ここがゲームの世界でなければとっくに閉店していただろうと思うほどに閑古鳥が鳴いている。
ちょっと人目を避けたほうが良さそうな今のディアベルと密会するにはうってつけの場所であった。
一応理性は残しているらしい彼がこの場所を指定したのはそういった事情のためか、はたまた単に居酒屋チックなところで管を巻いてみたかっただけなのか、ベータ時代の栄光を懐かしむためなのか。たぶんいずれも真である。
常日頃色々と神経を擦り減らし心労が積み重なっているこちらの《はじまりの騎士》様主催で決行される運びとなった本日の飲み会もといお食事会。
アヤはとことん付き合うつもりであった。
攻略組のリーダーのメンタルケアという実利的な側面を抜きにしても、単に友人との飲み会に興じるのもたまには息抜きになると思ったのである。
攻略組の二大ギルドが一角《聖剣騎士団》団長の双肩にのしかかるプレッシャーは強く重い。
騎士然とした頼もしき振る舞いで全プレイヤーを勇気づけ、それでいて部下の管理やら他ギルドとの折衝やらの面倒事を一手に引き受けつつ自身のレベリングまでこなしているディアベルは超人じみたメンタル強者だ。
そんな彼でも疲れる時は疲れる。
もう疲れ切ってる。
気の置けない友人と何らゲーム攻略に関わりのない雑談に興じたくなる日もあることだろう。
「酒もタバコもないとなると後は女か。
とにかくいけないことに手を染めたい気分なんだ、今は」
「お前マジでイメージ崩れるからやめろって。
一応人気商売みたいなとこあんだぞ俺ら」
「......家では素敵な女性が待ってるお前に俺の気持ちはわかるまい」
が、やっぱりちょっとめんどくさいな。
とアヤは思いつつある。
ディアベルのキャラ崩壊が甚だしい。
「こっちは普段むくつけき男共に囲まれて過ごしてるんだぞ。
あいつらに慕われるのはそりゃ悪い気はしないが癒しのかけらもない毎日だ。
リーテンくらいだぞ、うちの女性団員は」
「いいじゃんリーテン。可愛いじゃん。彼氏持ちだけど」
「彼氏云々抜きにしても基本甲冑姿だろうが。
視界に入るやつの中で一番小綺麗なのがリンドってどうなってるんだよこの世界は」
こうなってる世界だよ。
そもそもMMORPGに女性プレイヤーなんてほぼいねぇよ。
アバターのガワを剥いだら中身は大抵男なんだよ。悪いのは茅場だよ。
アヤは懐かしんだ。
「めちゃくちゃ騎士ロールプレイしてる弊害だな。
お前モテるだろうに、キャラが邪魔しすぎて女の子に声かけらんねぇもんな」
「......そうなんだよ。
俺は高潔な騎士として振る舞ってるからな。
軟派な真似なんて出来ないんだ」
ここで管巻いてんのも高潔な騎士の振る舞いではないと思う。
アヤは不味めのジュースと共にその言葉を飲み込んだ。
道端にたまに生えてるブルーベリーに似た果実の皮みたいな後味が口の中に広がる。
「アヤ、お前はキャラ的にそういうのが出来るからいいよな。
バンドでギターとか弾いてそう。ファンの子に手出してそう」
「とんでもねぇ言い種しやがる。
お前ん中の俺のイメージどうなってんだ。
あれか。昔ヘイト稼ぎで《吟唱》使ってたことあるからか」
もはやスキルにセットしていないし熟練度も低いままのエクストラスキルに思いを馳せた。
エクストラスキル《吟唱》
フレーバースキルに過ぎない《演奏》とは違って戦闘にも使用することの出来るレアスキルの一種であるが、その挙動はクセが強く運用の難しい性能をしている。
演奏しつつ歌唱する、というやたらと難易度の高い行動をとることで範囲内の味方にバフ効果をばら撒くスキルなのだが、同時に周辺のモンスターのヘイト値が爆上げされるという特性を併せ持つ。
アヤは一時期、もっぱらヘイト稼ぎのためだけにこのスキルを用いては楽器を出したりしまったりするなんちゃって吟遊詩人と化していたことがある。
演奏判定と歌唱判定が重なりさえすりゃいんだろ、とリュートを譜面通りにかき鳴らしながら調子外れの童謡を熱唱するその姿は敵味方問わず注目の的であった。
普通に殴ったほうが早いことにすぐ気づき、さっさと楽器を売り払って以来それきりとなっている。
「ま、キャラは大事だわな実際。
取れる言動がそれ次第で変わるのは確かだし、与えられる影響力も違ってくる」
そう言って肩をすくめた。
今はいいけど普段はしっかりしろよお前、と。
「......貫くさ。
みんなの前に立つ、攻略の最前線に立つ。
そう決めたのは俺なんだから。
でもあんまりだろ。
なんで仮想世界の中でまで激務に追われて女っ気もない日々を過ごさなきゃいけないんだ」
たぶんアヤよりも幾分歳上の彼は今、おそらく現実世界に思いを馳せている。
この世界で英雄願望を発露させた彼であるが、それは裏を返せば現実では英雄でも何でもない普通の人というわけで。
大抵みんなそうなのだが、ゲームの中でくらいリアルの自分とは違う何かになってみたいものなのだろう。
彼は今、せっかく攻略組のリーダーになれたというのにやってることが現実とあまり変わりない事実に打ちのめされているのだ。
「大変だね企業人は。
いやお前がそうなのかは知らんけど」
お気楽な感想を告げる。
ディアベルがそっと窺うようにこちらを見た。
「......そういうアヤは学生、だよな。
大人びているからあまりそうは見えないが」
ゲームの中でリアルの詮索は御法度。
とはいえ、親しい間柄であれば多少は許されて然るべきことという風潮もある。
彼の質問もあながちマナー違反というほどのことでもない。
「いんや。高校中退。
ま、これ以上は言わんよ。
俺はミステリアスを売りにしてるからな」
あ、不味いこと訊いちゃった。
ディアベルがそんな顔をしたので、ぱたぱたと手を振ってやる。
「気にすんな。
さして面白くもねぇ話だからしねぇだけだ。
ほれ飲め飲め」
促され、ディアベルはジョッキに口をつける。
もう慣れたのか呻き声は上げない。
不味いだろうに、それ。
「......いや。
本当にすまないな今日は。
俺のくだらない愚痴に付き合ってもらって」
「お前マジでそういうとこあるよな。
急にブルーになんなって。
いや髪は依然ブルーだけども」
「お前それ昔アスナに面白くないって言われただろ」
「真面目ちゃんには良さがわからないハイレベルなジョークなんですー」
「いや俺も面白くないと思ってたよ当時」
アヤのメンタルが下方修正された。
◇
「アスナといえば。
彼女、ずいぶんな人気があるよな。
ぶっちゃけ彼女が血盟騎士団に入ったせいでそれに引きずられるようにうちから引き抜かれて行った団員も多い」
「そりゃあんだけ美人だとな。
攻略組の華だぜ、華。
性格キッツイけど朗らかにしてる時は可愛いしなあの子」
ディアベルは女の子の話を諦め切れていないのか、今度の話題の中心はアスナとなった。
近頃はリンドとバチバチのあのアスナである。怖いほうのアスナだ。
「......ファンクラブみたいなのあるくらいだもんな。
そういえば一時期、キリトとデキてると噂が立っていたがあれはどうなんだ?」
「さぁね。少なくとも俺は知らんが。
第一層攻略会議の夜のことだ。
実を言えばあん時、俺は個人的にキリトと会ってたんだけどな。
どうもあいつ、俺と会う前にアスナと何かあったみたいだ。
攻略戦当日にはキリトとはそこそこ打ち解けてたよアスナは。
パーティリーダーの俺には塩対応なのに」
「当時は不審者だったんだからそりゃそうだろ。
いや今も時折不審者と化すが。
しかしそうか。やはり仲が良いのか。
俺はやはりキリトには勝てないのか......」
「そこで劣等感出してんじゃねぇよ」
冷め切ってベッチャベチャになった唐揚を一口。
ただでさえ淡白な身がパッサパサになっている。
まだ食える。
「お前もお前でいつの間にか妻帯者だ。
以前事情を聞いた時にはそれはもうたまげた。
どうして俺の身の周りはこうも......」
「事実婚みてぇな関係だけどな。
ちゃんとしてあげられないのは悪いと思ってるけど、彼女を大切にしているのは確かだ。
手続き上の契約よりも行動で示す。
俺にできる愛情表現は今はそれで精一杯だよ。情けないことにな」
今頃、家で俺の帰りを待ってるんだろうか。
こんな場末の居酒屋で酔っぱらい(0%)の相手をしていていいのだろうか。
ダメ亭主なのではないだろうか。
いやでもこいつも大事な友人だし。
そんなことを思った。
「どういう子なんだ?
あのアヤがそこまで夢中になるくらいだ。
さぞかし素敵な人なんだろうとは思っているんだけど」
「あのって何だ。俺を何だと思ってる。
いや、普通の子だよ本当に。
怖がりで甘えたな普通の女の子だ。
こんなゲームに囚われるのが可哀想になるくらいにな」
「だから俺が守る、って?
何だ。お前も騎士ロールプレイか?」
ディアベルがニヤケ面で茶化してくる。
「......そうだな。絶賛、姫プ中だよ」
こうして改めて振り返ってみると、アヤはやはり変わってない。
それはそれはもう在らん限りにありとあらゆるものを彼女に注いでいる。
ネカマに貢いでたときから行動そのものは全然変わってない。
違うのは意識だけだ。
「見た目は? どんな感じだ」
「お前面食いだよな結構。
いや、見た目は......とても可愛らしいよ。
リアルの知り合いだという話もしたよな。
妹みてぇに思ってたが、ちんちくりんだった当時から順当に女性らしくなった。
白く儚げで、雪の妖精のようだ」
「訊くんじゃなかった。
リア充爆発しろ」
「仮想世界で何言ってんだお前まで」
◇
「二軒目どうする?」
「リーマンかお前」
「今は気持ち的にナイトやってる」
「そうだったな」
なんとも味わい深いドリンクとベチャパサのつまみが嫌になってきたのか、ディアベルが二次会を提案してきた。
ノリノリである。少し上機嫌になってきている。
アヤとしても否やはない。
今日はとことん付き合うつもりでここに来ている。
そして店を変えたほうが少なくとも舌の満足感が上方修正されそうなのも確かであった。
会計のため店員NPCを呼ぼうか、と思ったその矢先。
「うぃーっす大将やってる?
《アオダイショウ》の大将やってる?」
たぶんアヤより面白くない感じのノンアルコールの酔っぱらいが来店してきた。
アルコール度数0%とはとても思えない勇敢なエントリーの仕方であった。
おそらく他に客なんていないと思っていたからなのだろうが。
「んぉ?」
「あ?」
アヤはそのやばめの男に見覚えがある。
向こうもそうだ。
「おー! アヤじゃねぇか!
久しぶりだなぁ元気だったか!」
「ご機嫌じゃねぇかクライン。
ヘビも冬眠しそうな来店の仕方しやがって」
いつぞやはじまりの街で女性NPCを口説いていたところを面白がったアヤが絡みにいったプレイヤー、クラインである。
攻略組最強の剣士と名高いキリトとも縁のある人物だ。
彼は友人らと《風林火山》というギルドを立ち上げ、そちらのギルドマスターに就いている。
準攻略組と言っても差し支えない実力派ギルドであり、近々攻略組への合流も視野に入れているとのことだ。
彼自身も戦闘時にはそのギルド名に違わぬ赤備えの甲冑を身に纏い、時に華麗に大体は泥臭く《カタナ》を振るう優秀なアタッカーである。
こんなんだが、一廉の人物なのだ。こんなんだが。
「どうしたってんだよ。
攻略組がこんな場末の居酒屋で。
あーそちらのフードの人。おめぇの知り合いか?
なんだ、これか? 逢い引きか?」
そう言って小指を立ててくる。
なかなかふざけ散らかした考察であった。
確かに女性プレイヤーは姿を隠しがちだが、このゲーム。
「体格でわかるだろ男だよこいつ。
あー......ベルっつうんだ。
俺の友人だよ」
ディアベルが軽く会釈する。
クラインもどうもどうも、と返礼した。
偶然ばったり居酒屋で会ったリーマン同士のやりとりであった。
「おめぇらはまだ飲むのか?
ご一緒させてもらっても大丈夫か?」
クラインはその人柄的に結構グイグイ来る。
人目を避けて飲みたかったであろうディアベルを慮り、ちらりとそちらに目を向ける。
「アヤの知人というなら俺は構わないよ。
ましてや《風林火山》のリーダーだ。
その活躍は耳にしている。
ご一緒できるなんて光栄だよ」
「うぉー!
俺らも有名になったもんだな!
や、そんな大したもんじゃねぇって実際!」
こいつ、ちょっと騎士ムーブに戻ってやがる。
ええかっこしいめ。
アヤは思った。
遠慮はいらなくなった、とドカリと席に腰を下ろすクライン。
手慣れた様子で店員を呼びつけ注文を始める。
アヤたちもそれに倣った。
場末の居酒屋で男三人。
これは長い夜になるかもしれない。
ごめん、サチ。
なるべく早く帰るから。
この場をコントロールできるのは二人の共通の知人たる自分しかいない、とアヤは自らを律する。
暴走しそうになったら必ず止める。終電で帰る。と。
ご注文の品ッ
お持ちいたしやしたあッー!
店員のテンションは相変わらずだ。
NPCらしくて大変よろしい。
届いた謎飲料を今度は三つ分打ち鳴らす。
「クライン。
お前今日はギルメンはどした?
なんで一人寂しく飲みに来てんだよ」
今度はレモン酎ハイ......風の飲み物を口にした後、アヤが尋ねた。
味わいとしてはミカンの白いところみたいな後味が鼻腔を突き抜け口腔内を満たしている。これもキリト行きだ。
「いやー、ちと喧嘩しちまってよ。
あいつらひでぇんだぜ?
困ってそうな女の人がいたからよ、俺ぁ助けになってやろうぜって提案したんだ。
だけどな、罠だからやめとけって聞かねぇんだあいつら。
武士の風上にも置けねぇよ。
かといって俺一人じゃまだまだ力不足だからよ。
どうすっかなぁって考えてたんだが、ひとまずパーっと飲みゃいい案も浮かぶんじゃねぇかと思ってな」
先程のディアベルが飲んでいた子供ビールみたいなやつを一気飲みして、そのまま一息にクラインは答えた。
飲み慣れているのか不味そうにはしていない。
それを聞いたアヤとしてはああ、こいつまたか。
といった感想を抱くばかりである。
このクラインという男、とにかく人が善い。よすぎる。
そしてあまりにも女に弱い。
ちょっと美人な女性NPCが困ってそうにしていれば、あからさまに罠っぽいクエストにも平気で引っかかる。
何度か死にそうな目に遭っても懲りない。
なんだかんだで切り抜けてきたあたり嗅覚は優れているのかもしれないが、非常に危なっかしいのだ。
「ふむ。
それは確かに騎士の風上にも置けないな」
お前正体隠す気あるんか。
そのフード剥いでやろうか。
すっかりロールプレイをし始めたディアベルにげんなりとした。
「なんだいベル。
おめぇさんも話がわかるじゃねぇか!
やっぱそうだよな、困ってる女性は見過ごせねぇよな!」
意気投合すんのはええなこの陽キャども。
今のディアベルはちょっとさっきまでの女に飢えた感じを引きずってるだけだぞきっと。
普段のそいつは結構清濁合わせ飲む策謀家だぞ。
一応正体を隠しているので、言いたくても言えないアヤであった。
「クエストの詳細は?」
「《あなたへ届ける花を》っつうクエスト名だ。
23層にきっれーな未亡人の町人がいてよ。
その人は亡き夫のことが今でも好きなんだ。一途だよな。
でな、その人はとある貴族の屋敷で使用人として働いてんだけどよ。
その理由がまた泣けるんだよ。
亡くなった夫には弟がいるんだが、そいつは身体が弱い。
その弟を助けるには高価な薬がいる。
夫はもう死んじまっていねぇから代わりに自分が弟を助けるんだと。
街外れに今の時期しか咲かねぇ花があるらしいんだが、それが薬の材料なんだ。
それさえあれば薬の代金を大幅に減らしてもらえるんだと。
弟は日に日に弱ってもう長くなさそうだ。このまま働いてても金が足りねぇ。今の季節にしか咲かないその花がどうしても今欲しい。
そんな感動のストーリーラインなんだ」
固く拳を握り締め、何なら男泣きしながら熱く語るクライン。
感情移入が激しすぎる。
一方で無感動、アヤはめちゃくちゃ冷えていた。
知っているからである。結末を。
「ネタバレすまん。
まずその弟と女はグルだ。弟はピンピンしてる。
夫はそいつらに謀殺された。遺産目当てでな。
さらに金が欲しいから冒険者を襲ってるわけだ。
街外れに咲く花は確かに存在するが、それは毒薬の材料だ。夫を殺した劇薬のな。触れると確定で《激毒》が発症する。
分岐は二つ。
一つはプレイヤーが《激毒》でHPが半分以下になったら、近くでハイドしてた女がモンスターをけしかけてくる。
もう一つはすぐに治癒して無事に持ち帰った場合。こちらは普通に謝礼がもらえて次のクエストに派生だ。
今度は元気になったと嘯く弟からの依頼で、女への礼がしたいからと街外れの花畑で綺麗な花を摘むよう頼まれる。
こっちはクエスト地点に着くなりわんさとモンスターに囲まれる。
ちなみに、女は彼女が仕えてる貴族の庇護下にある。いわゆる愛人だ。
女の不義を訴えても揉み消されるから捕えることは出来ない。
実に後味の悪いクエストだ」
「......まじ?」
検証プレイヤーの本領発揮であった。
クラインは顔を青くしている。
「《あなたへ届ける花を》のあなたっつーのは夫とプレイヤーのダブルミーニングだろう。
毒花で死ぬか、花畑に囲まれて死ぬか。
まさしく死者への手向の花だな」
「注釈しなくていいよぉ!」
クラインは泣いていた。
無論のこと悲しみに暮れた涙である。
店員を呼びつけおかわりを頼んでいる。
「ま、まあ良かったじゃないかクラインさん。
罠にかかる前にアヤから話を聞けて」
一瞬ノリ気にさせようと、何なら自分も手伝おうかとしていたディアベルが気まずそうにしている。
あわや無用なピンチで攻略組と準攻略組が危険に身を晒すことになるところだったと。
「ぐぐ......くっそぉ、ふざけやがって。
男の純情を何だと思ってやがる。
ああ、明日あいつらに謝んねぇとなぁ」
クラインはヤケクソのように不味いドリンクをぐびぐびやっている。
顔を顰めているのは味のせいではないのだろう。
ディアベルはハイボール......チックなドリンクを口に含んでゲフッなどと呻いている。
お前もそろそろ懲りろよ。酒諦めろって。
アヤもまた二人に倣ってまあ飲めなくもない謎ジュースを啜った。
◇
「いやぁー結構話し込んじまってんな。
おめぇらは時間は大丈夫なのかよ?」
時刻はすでに23時を回っていた。
その間に騎士ディアベルと武士クラインはすっかり意気投合してもはやマブダチと化していた。
東西の戦士の手が固く結ばれた瞬間であった。
なんだかんだでロールプレイに興じる者同士、どこかウマが合うのかもしれない。
その一方で。
アヤのもとにはサチからのメッセージがめちゃくちゃ届いている。
わんさか来ている。通知が鳴り止まない。
その度に「ごめんなまだ少し」「話が盛り上がってて」「そろそろ切り上げたいんだけどこいつら止まる気配がねぇ」「ちゃんと埋め合わせはするから」「いや先に寝てていいって」「イヤってお前」「わかったちゃんとそばにいるから」と逐一返信し続けている。
もう途中から話に加わる暇もないくらいに。
「アヤは、その、大丈夫......じゃなさそうだな」
一応、サチのことを口止めされているディアベルは安易に「奥さんからのラブコールか?」などと茶化さないくらいの分別は残しているようだ。
配慮ある質問を投げかけてくれたが、もうちょっと前に別の配慮が欲しかったと思った。
「ん、わりぃ。
アヤは他に予定でもあったか?
すまねぇな、ベルが話せるやつなもんだからすっかり盛り上がっちまってよ」
クラインにも悪気がないのはわかっている。
もとよりアヤはディアベルにとことん付き合うつもりでここに来ていたのだ。
彼のエントリーが想定外ゆえにこうなっているが、リカバリーは不可能ではない。今ならば。
「ああ、ちょっとな。
盛り上がってるとこ悪ぃんだが今日はこの辺でお開きにしねぇか?」
機を見るに敏。
いや遅きに失している感は否めないのだが、とにかくアヤは今が機と見た。
二人のトークがひと段落ついた今しか解散の音頭は取れないと。
「おう!
今日はいい出会いがあった。
これでちゃんとダチにも謝れる。
俺ぁ満足だ」
クラインはすっきりとした顔でそう言った。
相変わらず気持ちの良い男である。
ディアベルは......とアヤがそちらを見れば。
フードのせいで表情こそ窺えないものの、姿勢でわかる。
ぴしりとしたいつもの彼の姿である。
ちなみに最初は猫背気味だったのだ今日は。
「アヤよぉ。
俺らはもうすぐおめぇらの力になれるぜ。
まだおめぇらには及ばねぇにしても、邪魔にはなんねぇよう力をつけてきたつもりだ。
俺らが攻略組に合流したら、よろしく頼むぜ」
ニカリと笑い、親指を立てている。
頼もしいんだか頼もしくないんだかわからない男だが、良いやつなのだけは間違いなかった。
「ああ。期待しているよ。
我ら《聖剣騎士団》が掲げるは"ノブリス・オブリージュ"。
君たちにも俺たちと同じ志があるのだと、クラインと話していて確信した。
攻略組は最前線にて《風林火山》を待つ」
うわ、こいつ。
アヤは軽くヒいた。
明らかに正体を明かすタイミングを図っていた様子のカッコつけ野郎が、フードを下ろしてその青々とした髪を空気に晒していたのだ。
「う、うぇ⁉︎
あ、あ、あんた!
いや......ベル?
そうか、そういうことかよ。
にしたって安直すぎんだろ!」
クラインは今までけらけら笑って気安く話していたやつが、自分たちの目標たる攻略組のトップであったことに腰を抜かしていた。
まさに理想的なリアクションである。
ディアベルもご満悦であった。
ここからもう一盛り上がりしそうな気配であったが、この続きはこの先いつでも出来るだろう。
悪戯に、しかしキザったらしい笑みを浮かべるディアベルを見てそう思った。
今日ここでの邂逅はきっと彼にとって。
否、攻略組にとって良いものであったと。
◇
なお。
アヤは帰宅後ひたすら平謝りするはめになった。
最近は相棒の影響のせいなのか少しばかり遠慮のなくなった小悪魔にまったくもって頭が上がらなくなっているのだ。
依然控えめながらも八の字眉毛でむすっとされるとどうしようもない。
ディアベル、こういう苦労もあるんだぞ。
男友達と遊んでるほうが楽しそうだった友人に向けて、アヤは呪詛を吐いた。