死んでもいいデスゲーム   作:夜深夜

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13. 今後ともユーザビリティの向上に努めて参ります。

 

 

from aaaaaaaa

 

 頼みがある。

 

 俺は今、史上最大の窮地を迎えている。

 俺一人ではどうにもならない案件だ。

 是が非でも力を借りたい。

 報酬は言い値を払う。常識的な範囲でなら。

 

 返信を待つ。

 

 

 

to aaaaaaaa

 

 返事が遅くなってすまない。

 何があった。

 俺は今すぐにでも向かうことが出来る。

 どこへ行けばいい?

 

 

 

 

「よく来てくれた。

 こちらは自家製ミックスジュースだ。

 よかったら飲んでくれ。

 ああいや、警戒するのはわかる。

 いつもいつもクソ不味いドリンクばかり提供してすまないと心から思ってる。

 しかし聞いてくれ。これは自信作だ。

 材料には《大王バナナ》《プリンセスピーチ》《ラブミカン》《メロン・オブ・トワイライト》等々、錚々たるレア作物をふんだんに使っている。

 無論のこと氷にもこだわっている。25層の山嶺地帯の奥地でしか採取できない《純潔の氷結晶》を惜しみなく投じている。溶けにくく、仮に溶けたとしても果実の風味をまるで損ねない一級品だ。

 だから、味は保証しよう」

 

「のっけから必死すぎるだろ......」

 

 そう言いつつ、キリトはアヤが鬼気迫る形相で差し出してきたミックスジュースに視線を落とした。

 ちょっと高級な喫茶店で出てきそうな小洒落たグラスに注がれたその液体は煌びやかに輝いているように見える。

 コースターにもこだわりがあるようで、格子模様のついたコルク製のこれまた洒落たものを使っている。

 見栄えにこだわらない彼らしからぬもてなし方であった。

 

 何ら異変のない......というか何なら以前より豪華になっているアヤのホーム、そのリビングにて。

 キリトは頭にいくつもの疑問符を浮かべながら、猫背で椅子に腰掛けていた。

 メッセージから伝わってきた緊迫感のようなものがここには無い。

 そしてこのあからさますぎるゴマ擦り。

 とてもじゃないが背筋が伸びるような案件とは思えなかったのである。

 

 アヤがこちらをじーーーっと見ている。

 どうか飲んでくれ。

 そう、顔に書いてある。

 

 飲んでほしいのは果たしてこのドリンクという物質的なもののことなのか、それとも彼が願っている「助力」という概念的なことについてなのか。

 

 どっちでもいいので、キリトは口をつけた。

 訝しみつつも、先程列挙されたレア素材の数々を使用したとされるこちらのミックスジュースの放つ文字通り甘い誘惑に抗うことが出来なかったのだ。

 彼は食道楽であった。

 

「いや美味うま......。

 言葉も出ないくらい美味い。なにこれ」

 

 ちょっとびっくりするくらい美味しかった。

 他に感想が出てこないくらいに。

 

 気がつけばもうグラスには氷しか残っていない。

 無意識のうちに飲み干していたらしい。

 

 いつものような筆舌に尽くし難い不味さを警戒していたものの、それは杞憂であった。

 美味しい。美味しすぎる。

 何の文句も問題もない。

 

「そうだろそうだろ! 美味いだろぅ⁉︎」

 

 問題はアヤである。

 あまりにも圧が強い。

 おかわりいるか? いるだろ? と、馬鹿でかいピッチャーを手に取ろうとしている。

 何人前作ったんだよそれ。もらうけどおかわり。

 

 グラスを差し出せば、上機嫌な様子でこれまた波波とジュースを注いでくれる。

 もういっそ怖い。

 

 キリトはいい加減、ツッコむことにした。

 

「で。頼みって何だよ。

 お前がここまでするくらい助けて欲しいことって何なんだ。

 どうしちゃったんだよ」

 

 はっきり言って気味が悪いぞ、と。

 

 すると、アヤはあっけらかんと答える。

 

「ああ、それはみんなが揃ってから話すよ。

 お前が一番最後に返信くれて、それでいて一番の暇人らしくノータイムで駆けつけてくれたからな。

 相変わらず事情も訊かずによく来てくれたな!」

 

「そんな弾ける笑顔でナチュラルにディスってくることある? 無自覚煽り?

 ていうか、俺だけじゃなかったんだな。

 他に誰に声をかけたんだよ」

 

 誰が暇人だ。

 暇だけど。

 言い返せない事実にキリトは軽く打ちひしがれた。

 

 それはそうと。

 

「ディアベル、アスナ、そしてアルゴだ。

 もうすぐ来るぜ」

 

 アヤが続けて答えたのがこれだ。

 さらっととんでもない顔ぶれがメッセージひとつで呼び出されていた。

 攻略組の二大巨頭《聖剣騎士団》と《血盟騎士団》のトップと実務上のトップに加え、アインクラッド最高峰の情報屋という豪華メンバーである。

 キリトは彼自身をカウントしていなかったが、彼もまた攻略組最強との雷鳴轟く凄腕の剣士である。

 そしてそんな彼らを集めたのがこれまた腕利きかつ頭も回るアヤときた。

 下手すりゃその辺のボスなど瞬殺可能な戦力であった。

 

 てっきりゆるい雰囲気なのかと思いきや、メンツはガチだ。

 本気で何かを攻略してやろうという気概が窺える。

 

 これから何が始まるっていうんだ。

 

 キリトは恐れ慄きつつ、緊張の面持ちでミックスジュースを啜る。

 頬が緩んだ。

 それはそれとして美味しかったのである。

 

 結局、メンバーが揃うまでの間にもう一度おかわりした。

 お腹ちゃぽんちゃぽんであった。

 

 

 よく集まってくれた、と前置きしてアヤが面々を見渡した。

 少々手狭に感じられる人口密度となったこちらのリビングに集っているのは6名。丁度フルパーティを組める人数だ。

 

 アヤ、キリト、ディアベル、アスナ、アルゴ......あれ、あと一人は?

 それは勿論、この家のもう一人の住人たるサチである。

 アヤの隣でちんまり遠慮がちに座っている。

 ちなみに先程キリトに提供され、今この場にいる面々もまた無言で啜っているミックスジュースの作成者は彼女らしい。道理で。

 

「詳しい事情を説明してないやつもいる。

 まずはその話からしておこうか。

 こいつを見てくれ」

 

 アヤはメニューを操作すると、アイテムをオブジェクト化した。

 なんか汚ねぇから食卓に置きたくない、と若干重たそうに右手に乗せているそれはドス黒く禍々しいインゴットであった。

 

「ああ、それ......」

 

 キリトも見覚えがある代物だ。

 あまり思い出したいことではないが、かの25層フロアボスのLAボーナスである謎素材アイテムだったはず。

 

「お前、まだそれ持ってたのか。

 ひとしきり騒いだ後にめっきり話題に出さなくなったから、どうなったのかとは思っていたが」

 

 ディアベルが言った。

 キリトも同感である。アヤは騒ぐだけ騒いだのち、これには一切触れてこなかった。

 

 騒ぐというのはネガティブな意味でのそれである。

 実はアヤ史上初ゲットのLAボーナスであったそうだが、浮かれるような気分になれる代物ではなかったのだ。

 

 まあ、それもそうだろう。

 25層はとにかく高難易度だった。

 フィールドからダンジョンからボスに至るまで、とにかく不条理な設計がなされた難関であった。

 そんな階層を攻略した報酬なのだから、それ相応の見返りがあって然るべき......と期待してしまうのは無理からぬことであろう。

 

 LAボーナスにはその先の数階層にわたって通用するような強力な性能の武具などが割り当てられる。

 第1層でキリトが入手した《コート・オブ・ミッドナイト》などがその例であり、さすがに性能的に型落ちとなった今でも、彼は思い出深いあの装備を実は今でもストレージの奥で大事にしまっていたりする。

 性能はもとより希少性が段違いであり、入手できれば嬉しいものなのだ、LAボーナスというのは。

 

 ところがアヤの手元に入ってきたのはちょっと見栄えが不吉なうえに用途不明なインゴットひとつである。さぞかしがっかりしたに違いない。

 

 後日の定例攻略会議にて、情報収集も兼ねてインゴットの存在を開示しつつも、それはそれはもう文句を垂れていた。

 

 死者が出るような文字通りの死闘の後だ。

 これからの攻略のモチベーションにも関わる大問題だぞこれは。

 何から何までふざけている。

 階層をあれだけ意地悪く設計したのだから最後の報酬くらいは帳尻を合わせようという気はなかったのか。

 悪意を感じる。プレイヤーを苦しめてやろうというヤツの悪意を。

 どうなってるんだ茅場晶彦、今すぐここに来て俺たち攻略組に説明してみせろと言ってやりたい。

 いくらデスゲームと言ったって、ゲームってもんをあいつはわかっちゃいねぇ。飴と鞭の使い所を考えたほうがいい。

 これでは故人も浮かばれない。

 だからなんとかこれの活用法を探りたい、情報提供を求む。

 

 そんな風にめちゃくちゃキレていた。

 あまり感情的にならない彼にしては珍しいくらいに。

 その思いについては概ね皆共感できることだ。

 死闘の末に難関を攻略したというのに達成感が少なく、先行きの不安が拭い切れていなかったのだ。

 せめて攻略ペースを上げられるような強力なアイテムでもドロップしていればまた話も違っただろうに、と。

 

 荒ぶるアヤを諌めたのは意外な人物だった。

 当時の会話を思い出す。

 

『アヤくん。その辺にしておきたまえ』

 

『なんだい()()()()()()

 攻略に意欲的なあんたらしくねぇな。

 腹が立たないのかい、あんたは』

 

『確かに君の言い分も分かる。

 しかし、よく考えてもみたまえ。

 このゲームを開発したのは確かに茅場晶彦であり、おそらくは階層ごとのデザインの大枠を設計したのも彼だ。

 だが、細かい仕様等のバランス調整を行なっているのはカーディナル・システムであるということは君も知っての通りだろう。彼に文句を吐いても無意味だ。

 らしくないのは君のほうではないかね。冷静になりたまえ。

 報酬バランスの悪さはカーディナルの仕業だ。文句ならカーディナルに言うんだ。

 その使途不明のアイテムについては私も調べてみよう。協力は惜しまない。

 だから、今は前向きに今後の攻略について話をしようではないか』

 

『......それもそうだな。

 いや、すまねぇ。

 会議に水を差しちまったな』

 

 このオジサン、こんな喋るんだな。早口で。

 キリトは当時そう思った。

 まさかあのアヤを言い負かすとは。

 

 さて、そんな過去の話は置いておいて。

 今になってアヤがこれを見せてきたということは、おそらくそういうことなのだろう。

 

「こいつの使い道がわかった。

 散々文句を言ったが、こいつは有用なアイテムだってことがな。

 アルゴ、改めてだけどありがとな。

 やっぱりお前の情報収集能力はピカイチだぜ」

 

「いいってことヨ。もっと褒めロ」

 

 良いのか不足なのかわからないが、突き止めたのはやはりアルゴらしい。

 

「この《ノクス・インゴット》は差し詰めクラフト用ユニーク素材といったところだ。

 こいつを素材にしてユニーク装備を作成することができる。

 ある意味ではクォーターポイントの報酬らしいのかもな。

 特定の武器種などがドロップしたんじゃ、それに熟達した者しか満足に扱うことができない。防具に関してもビルドに適合していなかったら使い物にならない可能性もある。

 その点、素材ならカスタム性が高い。これを素材にしてお好みの武装を作ってくださいね、ということなんだろう」

 

 アヤの説明を受け、皆がなるほどと頷く。

 ある程度自由のきくユニーク装備が入手できるというのであれば、ひと手間加えるだけの価値はありそうな話であった。

 

「ところがだ。

 ここで問題なのは、こいつの加工技術と機材・設備は現状ではプレイヤーには与えられていないということにこそある。

 そこらへんのNPCは無論のこと、クラフト職のプレイヤーでもこいつの加工が出来る者はいない。

 だが、それについても解決の糸口は見えている。

 第26層のとある隠しダンジョン。その最奥に、こいつの加工技術を持ったクエストNPCがいることが既に判明している。

 問題は、あるんだがな」

 

 そうしてアヤは語り始めた。

 自身がソロで踏破したそのダンジョンでの出来事を。

 

 

 第26層《狭間の牢獄洞》

 フィールドの隅の森林地帯にまるで埋もれるかのように隠されていた洞窟型ダンジョンである。

 実際、隠されていたのには違いないのだろう。

 入り口は厳重に封印されており、フィールドに点在するアークと呼ばれる解除ギミックをいくつも巡るはめになった。

 このアークというのはアクセスすると所謂中ボスのような強敵との戦闘を余儀なくされるものであり、討伐して始めてギミックが解除されるという代物である。

 要は牢を守る番人のようなものだったのだろう、と推測される。

 

 こちらのダンジョンはその名が示す通り牢獄だ。

 牢とは、咎人を収監し外へと逃さないためにこそ存在する。

 そしてまた、外との接触を断つためにも。

 

 この洞窟の最奥にいるとされるクエストNPCは、ある種族における罪人として扱われているらしい。

 詳細については会って話してみないことにはわからないが、アヤとしては詳しいバックストーリーなどは実利の前には些事である。

 クエスト攻略に必要なことであるならその罪人とやらをここから解き放つこともやぶさかではないし、中でおとなしくしていてくれるのならそれはそれでいい。

 とにかく、このインゴットを早いとこユニーク装備に変えてくれ。それが楽しみで仕方がないんだ。

 その一心で、ここまで来ていた。

 

 洞窟内部は壁面の至るところから黒水晶のような棘状結晶が飛び出しており、壮麗ながらもどこか不気味で暴力的な雰囲気を醸し出している。

 出現するモンスターはフィールドに比べ数段強い。

 種別こそ、この手の洞窟ではありがちな亜人型モンスターが多数を占めているのだが、こちらもまた黒水晶の棘を身体から生やした痛々しい外見をしており、主に防御面と攻撃面のステータス、そして何より凶暴性が増している様子が見て取れた。

 25層の高難易度を踏まえてのことなのか、この26層はフィールド、ダンジョン共に全体的に易しく設計されていたということもあって、こちらの牢獄洞の難易度だけがかなり浮いていた。

 

 入り組んだ洞窟内を練り歩くことしばらく。

 やっとのことでたどり着いた最奥部は、道中のどこか閉塞感のある様子とは打って変わって非常に広々とした大空洞となっていた。

 

 そしてその奥に一人。

 一人......という数え方で良いものなのか。

 少なくともカーソルの色は敵対的ではない。

 あれが件のクエストNPCに間違いはなかろうが、しかし。

 

「地上人の、冒険者か。

 お前さんがここに居るということは、そうか。

 あの子は逝ったか」

 

 デカい。

 椅子......と思しき巨石に腰掛けているので実際のスケールはわからないが、その種族特有の巨体がそこにあった。

 性別はおそらく女性である。燃えるような紅蓮のざんばら髪が特徴的であった。

 彼女の身体はここのモンスターたちのように水晶に侵されてはいないようだが、囚人らしく黒い鎖の足枷を嵌められており、自由は制限されているようだ。

 

 巨人族。

 大多数がプレイヤーに敵対する、ほぼモンスターのような種族である。

 実際に敵性モンスターとしても登場する。例外なく高いタフネスと攻撃力を持つ強敵である。

 そもそも使っている言語体系が違うらしく、通常はプレイヤーと会話することはない。

 ただ眼前のこの巨人はこちらと同じ言語を使う。意思疎通が出来る。

 

「......あの子、ってのは。

 アスラのことで合ってるかい?」

 

 その威容に怯むことなく、アヤは至って平静を保ち話しかけた。

 他の敵対的な巨人族とは異なり理性的な様子が見受けられたためである。

 メタ的なところで言えば、そもそも会話が通じなければクエストが進まないだろうということもあってのことだ。

 

「おお、おお。

 懐かしい名だ。確か、そんな名だったね。

 あの子を討ったのは、お前かい?

 塔の守護者となるサダメに殉じた、あの子の最期を見届けたのは、お前かい?」

 

 巨人はどこか愉快そうに笑う。

 ゆっくりとした語りは声量こそその身の丈相応に大きいが、どこか温和で気の抜ける声音であった。

 口ぶりからするに、アスラの関係者なのだろう。

 まさしく当事者であり何ならこの手でトドメを刺した、と答えて良いものなのか。

 

「......そうだ。

 俺だけではないけどな、あいつと戦ったのは。

 しかし、その首を獲ったのは俺だ。

 あんた何者だい。名は?

 あいつとはどんな関係だった」

 

 ここで誤魔化して話が進まなくなっても困る。

 アヤは素直に答えつつ、彼女の反応を窺う。

 

「アタイは、自分の名を忘れた。

 しがない鍛治師さ。巨人とドワーフの合いの子のね。

 混ざり者、と呼ばれることもあったかね。

 好きに呼べばいい。

 あの子は......何だったかね。少なくとも、縁者ではないよ。

 ただ、そうさね。

 巨人族の勇者であったあの子に、天の告げで守護者となってしまったあの子に、天命に殉ずるための道具を与えたのは、アタイさ。

 アタイの天命は、鍛治。

 それこそが、アタイの存在理由だから」

 

 便宜上、混ざり者......と呼ぶことになるこちらの巨人。

 なるほど、フレーバーとしても違和感があるボスであったアスラに関する謎がひとつ解けた。

 

 というのも、巨人族は通常、武装をしないのだ。

 彼らが誇るのは自らの強靭な肉体そのものであり、持つとしても巨木を荒削りしたような粗末な棍棒程度のものなのである。

 それがどうだ、アスラはいくつもの武器を携えていたうえに甲冑まで身に纏っていた。

 その出所がこの巨人とドワーフの混血種であるということらしい。

 

 彼女の体格は通常の巨人族よりも幾分小さい。それでもデカいが。

 小柄な種族であるドワーフの血を引いているからのようだ。

 そしてまた、本来なら持ち得ないはずの鍛治技術を持っていることもまた、火と土に愛されるドワーフに由来するものなのだろう。

 

「なるほど。

 ではあんたなら、これの加工法を知ってるっつーことでいいんだな?」

 

 アヤはそう言って《ノクス・インゴット》を取り出した。

 何にせよ話が早そうなのは助かる、と。

 

「おお、おお。

 また懐かしいものを。

 あの子に道具をってやったのを、昨日のことのように思い出すよ。

 そうさ。アタイはソレの扱いを知っている。

 今となっては、とうに失伝しているだろうね。

 何せ......あーーー......何年前だ。何千年か。

 今は遠い、昔のことさね」

 

 アヤは検証勢を自称しているがそれはあくまでゲームシステム面でのことだ。

 ゆえにこのゲームの世界観に明るくはないが、長命な種族は本当に長命であるらしく、何千年と生きている......という設定をされていることは知っている。

 少しとぼけた様子を見せる混ざり者であるが、そりゃ何千年と生きていたら記憶も薄れることだろう。

 羨ましい限りだ。

 

「要件を手短に告げる。

 あんたにこのインゴットを鍛えてもらいたい。

 そうしてくれたら、あんたの望みを叶えよう。

 この牢獄からの脱出でも構わない。

 地上人の冒険者は、公平な取引に対し相応の働きでもって報いる」

 

 老人の昔話に付き合えば絶対に長くなる。

 どこか冷めた考えで、アヤはさっさと取引を持ちかけた。

 

 しかし。

 

「それは、無理だね」

 

「何故?」

 

 にべもなく断られた。面倒である。

 せっかくここまで来たというのに、何も得られなかったではお話にならない。

 交渉の余地はどこだ、と探る。

 

 ところがである。

 

「何故って、お前。

 アタイの図体見てからモノを、言いなよ。

 お前ら小人向けの道具なんて、鍛てるわけがないだろうが」

 

「あっ......そっすね」

 

 めっちゃ単純な理由でお断りされただけであった。少し恥ずかしい。

 

「アタイは鍛治が好きだ。金細工もね。

 もったいつけたりは、しないよ。

 お前が望むのなら、ソレの鍛え方を教えてやってもいい。

 それがあの子を宿痾から解き放った、お前への報酬というもんだろう。

 お前が出来ないのなら、出来る者をここへ連れてくるといい。

 ソレの扱いは難しい。そこいらの設備じゃ、加工できん。

 ここの奥になら、ほら。設備も揃っているよ」

 

 話のわかるめちゃくちゃ良い巨人、混ざり者。

 彼女が指差す洞窟のさらに奥地にはどうやら別の空洞が広がっているらしく、そちらが彼女の工房となっているのだろう。

 

 クエストログがようやく更新された。

 

 対応する生産スキル......一定レベルの《鍛治》や《宝飾》を持つプレイヤーを同行者としてここに連れてくればいい。ただそれだけ。

 

 なるほど、拍子抜けするほど簡単だ。

 

 さすがにあれだけ25層で意地悪な足止めを食らったのだから、一応の帳尻合わせなのかこのクエストは至極単純なようだ。

 少しばかり話が早すぎて多少の違和感はおぼえるが、楽なのは良いことである。

 たまにはいいとこあるじゃん茅場見直したわ。

 

「よしわかった。連れてこよう。

 鍛治が得意な者なら武具を、宝飾が得意な者なら装飾品......指輪や首飾りへの加工を教えてくれるってことでいいんだな?」

 

「そうだね。

 なるべく、腕の良いやつを連れてきな。

 ソレはもはや、この地に数多く遺されてはいないだろう。

 失えば、二度とは手に入らないかもしれないよ」

 

「なに。失敗はありえない。

 熟練度480の《宝飾》持ちを今すぐに連れてきてやる」

 

 うきうきと心弾ませながら、アヤはインベントリからとあるアイテムを取り出した。

 

 《回廊結晶》という目ん玉飛び出そうなくらい高額なレアアイテムである。

 指定した地点に一時的なワープ座標を設置し、この結晶を起動することでその座標に通ずるワープゲートを開くことが出来るといった代物だ。

 

 この場所を出口に指定し、後は速攻で帰宅してからゲートを生成。

 アヤが知る最高の《宝飾》職人......つまりはサチをここに連れてくる。それでこのクエストは終わり。

 

 彼女はポーション等の消耗品類の生産を主な仕事としているが、実は《宝飾》スキルも高い。

 《鍛治》と違ってマイナーなスキルなので取得者が少なく、それでいて指輪や首飾りといった装飾品類の生産に関わるこのスキルを扱う者は代えのきかない人材だ。

 ゆえにアヤは彼女にこのスキルを習得してもらい、素材を惜しみなく提供して下級の代物とはいえ装飾品を大量生産してもらっていた。

 それを売り捌けば多少の金策になるうえ、なかなか装飾品類までは装備の整わない下層プレイヤーたちの支援にもなる、と。

 

 とにかく、このクエストは楽勝である。

 ユニーク装備が手に入るうえ、サチのスキル熟練度も上がるだろう。

 

「《回廊結晶》、現在地点の座標登録を実行」

 

 座標を登録するため口頭で起動する。

 成功すれば結晶が光を放ち、アイテムのテキストにもその旨が追記される。

 

「......おい。まさか」

 

 しかしである。

 

「そいつは結晶だね。

 だとしたら、使えないよ。

 ここに来るまでに黒い結晶が、あったろう。

 あれは、ここを封じるためにある。

 他の結晶の力を、吸っちまうのさ」

 

 そういえばここ牢獄でしたね。

 あんた罪人なんでしたね、全然そう見えないけど。

 

 アヤの顔が引き攣った。

 

 要するにフレーバーつきの結晶無効化エリアということだ。

 この広間はおろか道中至るところにあの黒結晶は生えている。

 つまり全域において頼みの《回廊結晶》は勿論あらゆる結晶アイテムの類が使えないということがわかった。

 

 さて、これは大問題である。

 何が問題かって、そんなの言わずともわかることだろう。

 茅場許すまじ。

 

 

「というわけだ。

 サチをあんなに危険な場所に連れて行くなんて、護衛のための戦力が俺だけでは全ッ然足りてない。

 確かに今となってはあそこのモブも雑魚だ。俺一人でも労せず蹴散らせた。しかしサチに掠り傷一つ付けてはならないという条件を課されれば話は別だろう。

 由々しき事態だ。俺はどうしても生産ラインナップに載っていた指輪が欲しいんだ。

 武器はいらん。どうせそのうち型落ちになるのは目に見えてる。他に代替品になりうるものが存在しなさそうな、指輪が欲しいんだ。妥協はできない。

 サチ以上の宝飾職人なんてこのアインクラッド中どこを探したって居やしない。最高の技術者だ。そも、どこの誰かもわからんやつに俺のユニーク装備を任せるのは嫌だ。

 でもあんな、あのような結晶の化け物共が徘徊する洞窟の奥地までサチを連れて行ってもし万が一何かあったらどうする。

 かといってサチのことは公にしていない。俺は自分で言うのも何だがそこそこ影響力のあるプレイヤーだ。クソみてぇな犯罪者共がいつ俺を狙ってくるか知れたもんじゃない。要はその辺のやつを護衛として雇うことは出来ないってことだ。

 だから、なし崩し的に俺たちの事情を知ることとなり、実力も確かなみんなにしかこの件は頼めない。

 お願いだ。力を貸してくれ。一緒にサチを護ってくれ」

 

 すげぇ早口で過保護だな。

 過保護ね。

 過保護すぎル。

 それでこそ騎士だ。

 

 みんなが何とも言えない顔やら満足げな頷きやら、めいめいに反応を見せるが、つまりそういうことであった。

 

 アヤの過保護が発動しただけである。

 非力なクラフト職を結晶無効化エリアの道中ずっと護衛するのは確かに骨が折れるだろうが、彼ならどうとでもしそうだ。

 本気で掠り傷ひとつ負わせたくないという強い意志を感じる。

 

 サチもサチで、ここに集った面々に申し訳なさそうにしながらもどこか嬉しそうなのを隠し切れていない。

 どっちもどっちだなこいつら。

 キリトは思った。

 

「私は事前にメッセージで承諾しています。

 協力を惜しむ気はありません。

 アヤさんの不安も、わからないでもないですし」

 

 アスナもしょうがないなこいつら、という顔をしている。

 なんだかんだで人が善い彼女なので付き合うつもりのようだ。

 

「同じク。

 まあオイラはどっちかと言えば守られる側だけド。

 索敵なら任せてくれていいヨ」

 

 アルゴも同様だ。

 彼女はアヤの相棒でありかつお得意様だ。

 些か過保護な協力要請を受けるのもやぶさかではなかろう。

 

「俺もちょうど暇だし手伝うよ。

 今度飯でも奢ってくれ」

 

 便乗してキリトも参加を表明した。

 暇だし。

 

「話はわかった。

 何をするのかは知らなかったがギルドの仕事については問題ない。

 アヤの大切な人ならば俺にとってもそれは同じこと。

 安心してくれ、サチさんには掠り傷ひとつ負わせないことを約束しよう」

 

 最後に、全然まったくこれっぽっちも事前に話を詰めていなかったらしいディアベルが承諾の意を示した。

 間違いなくこの中で一番忙しいであろう彼はやる気に満ちている。

 

 実は冒頭のアヤとのメッセージのやりとりのくだりはディアベルのものである。一番にここに到着したキリトのものではなく。

 彼は超多忙にも関わらずアヤからのメッセージに気がついた瞬間に全部の仕事をリンドに丸投げして駆けつけた、というのが真相である。

 つまりスタイリッシュなオチ担当だ。

 

「ありがとうみんな。

 いい仲間を持ったぜ......!」

 

 アヤが大袈裟に感動している。暑苦しい。

 こいつほんと普段の冷静さどこにやったんだよ。

 

「えっと、すみません皆さん。

 ありがとうございます。

 よろしくお願いします」

 

 サチがぺこりと遠慮がちに頭を下げた。

 すみませんうちのアヤが、と言っているような幻聴をおぼえた。

 

 

 善は急げと《回廊結晶》で洞窟入り口までのワープゲートを開くと、ガチ中のガチメンバーはダンジョンへと突入した。

 

 アスナとアルゴが先頭で真ん中にサチ、その側ではいつもの長槍ではなく短槍と小楯で武装したアヤが張り付き、しんがりはキリトとディアベルといった陣形だ。

 これだけガチガチに固めて問題など起きようはずもなく。

 

 特にアヤがおかしい。普段まったくそんな戦い方はしないのに、敵が振るう攻撃に一切のミスなくパリィを決めまくる。

 パリィとは盾で敵の攻撃の出掛りを弾いてモーションを中断させるテクニックである。当然、その難易度は高い。

 アヤは敵のありとあらゆるモーションを記憶しているため、再現性はともかくやろうと思えば確かにやれるのだろう。

 しかし、ミスれば当然直撃を受けるはめになるので普段は選択肢から外しているのである。

 今回は護衛対象がいるので避けるという選択が取れないためにそのような立ち回りをしているらしかった。

 それにしたって集中力が普段の比ではないが。

 

 そんなこんなでいとも簡単に奥地に辿り着くと、サチを連れてクエストNPCのもとへ。

 呆気なくホクホク顔でユニーク装備を手に入れたアヤの表情はこれまで誰も見たことがないほどに輝いていた。

 

「わかってたけど絶対過剰戦力だったよなこれ」

 

「俺、今回盾使ってないぞ。

 これじゃお散歩じゃないか」

 

 キリトの隣でディアベルが苦笑する。

 

「そうね。

 でもいいんじゃないかしら。

 アヤさんの装備強化は課題だったもの。

 彼、近頃は忙しいから自分のこと後回しだったし」

 

 アスナもまた苦笑していたが、どこか優しい声音である。

 

「あーやんは本当に時々おバカになるナー」

 

 わりといつも馬鹿ではないか?

 アルゴの呟きに対するツッコミを、皆が心の中に留めた。

 

「さあ、帰って祝勝会だ!

 サチ、ご馳走を頼むぜ!

 レア食材も惜しむ必要はねぇ!」

 

 はしゃぐアヤの姿に、一堂は肩をすくめた。

 たまにはこんな攻略もあっていいだろう、と。

 





開発メモ

 緊急アップデート実施。
 特定のクエストに関する難易度を調整。
 敵性NPCの友好度を上方修正。
 前提条件となるクエストアイテムの入手難易度の高さを鑑みてのバランス調整を目的とする。
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