死んでもいいデスゲーム   作:夜深夜

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14. 蒼白のトナカイ

 

 

 サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは、他愛もない世間話にもならないくらいのどうでもいい話だが。

 

 そのようなモノローグから始まる物語も世の中にはある。

 

 アヤとしては、子供が寝ている間にサプライズプレゼントをくれてやる存在、という事実そのものさえあるのならば、そいつはもうサンタクロースってことでいいんじゃないかと考えていたりする。

 それが自分ん家のお爺ちゃんだろうがご近所さんとこのお母さんだろうが、善意からそうしてくれているのなら、もうその人は立派なサンタさんだと。

 枕元にそっと置かれていたゲームソフトを見てそのような感想を抱いた少年時代であった。

 夢のない小賢しいガキである。

 

 ときに、そんなアヤが今のように成長し、SAOのようなオンラインゲームというものに触れたのはこれが初めてなわけだが。

 ベータテスト期間中という短い間とはいえ、この手のゲームがどういった運営形態をとっているのかという勉強はそれなりにしていた。

 大抵の場合、この手のゲームは定額制かもしくは基本無料。そしてそこに課金要素......多くの場合は無課金プレイヤーより断然有利となりうる要素を付け加えてプレイヤー同士に札束での殴り合いを強いる構造をしている。

 少額というとっつきやすい入口からまずは多くのプレイヤーをかき集め、その中の何%かでもいいのでゲームにジャブジャブと金を注ぐ廃人プレイヤーに変わってくれたなら大儲けできる、という寸法だ。

 

 集めたプレイヤーをゲームに居着かせる方法には幾通りもあるが、重要なファクターのひとつはやはり「イベント」だろう。

 基本的に毎日毎日毎日毎日ひたすら狩場で雑魚を狩ったり時間になったら湧いて出たボスを殴り飛ばして良いドロップを狙ったりといった、いわば「日課」のようなものをこの手のゲームはプレイヤーに提供する。

 強要しているわけではない。プレイヤーが自主的にそうしているだけだ。あくまで。

 とことんのめり込む者はそんな「日常」だけでも十分に満足するのだろうが、人間、やはり変わり映えのない日々ではいずれ飽きがくるのは自明の理。

 居着いたプレイヤーとてある日突然いなくなる。金の生る木が一夜にして枯れてしまう。運営側としてはそれは困る。

 だからこそ「非日常」......イベントを提供するのだ。日常とはまた違った体験を与えることで飽きをリセットさせる、または飽きて辞めた者を帰ってこさせる。

 そうして、プレイヤー人口......金蔓を確保するのである。

 

 イベントの催し方にも色々あるが、ゲーム内と現実世界をリンクさせるものが主流と言えるだろう。

 春にはお花見と称して桜の木の化け物をしばかせたり、夏には祭りだと称してたこ焼きの化け物をしばかせたり、秋にはハロウィンだと称してカボチャ頭の化け物をしばかせる。しばいてばっかりだな結局それしかないんか。

 ともかく、その手のイベントで得られる報酬は通常よりも豪華なのが通例だ。そりゃそうだ、報酬まで普段と変わり映えしないようではイベントによる集客効果が見込めないのだから。

 

 客。そう、客である。

 ゲームというやつはそれを購入して遊ぶ人間、すなわち客がいないと始まらない。

 このSAOというゲームはそう考えると非常に歪な構造をしている。

 プレイヤーたちはこの世界の中で文字通り日常生活を送ることを強要されている。

 そもそも開発者の目的が金ではないのだから課金要素なんてものもない。デスゲームなのだから新たにプレイヤーが足されることもない。ゲームオーバーで即退場、人口は減る一方である。

 まさしく、どこぞの狂人の享楽そのものだ。

 

 そして、そんな狂人にもさすがにゲームクリエイターとして最低限の常識というか運営方針のようなものはあるらしい。

 

 思考が脱線するのはいつものことだが、話を戻すと。

 どうやらこんなデスゲームにも一応イベントらしきものを用意しているようなのだ。あの狂人。

 

 

from aaaaaaaa

 

 ねぇねぇ、

 イヴの日の予定、空いてる?

 あ、忙しかったらいいの全然。

 彼女さんと予定あったりするのかな、なんて。

 

 

 

to aaaaaaaa

 

 ちょっと何言ってんのかわかんない

 

 

 

 

「......で、話はわかったけど。

 なんなのあのキモいメッセージ。

 腹立つわ。ブがウに濁点つけた表記だったのが尚更腹立つわ」

 

「彼氏と過ごしたいからバイトのシフト代わって欲しいけど普通に言ったら代わってくれないかもと思ってとりあえず空いてるって言わせて言質取ってから交渉を有利に進めようとする女子高生風のメッセージ」

 

「無闇に人を傷付けようとするな。

 それで傷付いた人間がいくらいると思ってる」

 

 チキンステーキを切り分けながら、キリトはため息を吐いた。

 アヤからの戯けたメッセージのやり取りを経て、ひとまず飯を奢らせながら話を聞いている最中なのであった。

 

 話というのは他でもない。

 こんな世界に囚われているのでこの世界の中でのお話しかしようがない。

 

「で、目星ついてんだよなキリトも。

 あのめちゃくちゃ開けた場所に突っ立ってるあのもみの木が怪しいと睨んでんだよな、お前も」

 

 このゲームのイベントの話である。

 本日は2023年12月24日。世間......と言っていいのかはわからないが、クリスマスイブである。

 このデスゲームが始まってはや1年が過ぎ、みんなして「嗚呼もう一年も経っちまったのか」とげんなりするはめになったのがこの間の11月6日と記憶に新しい。

 当然喜ばしいことではなく、それに追い討ちをかけるかのようにこのゲームには所謂周年イベントなんてものもない。

 本ッ当にただただ1年間この鉄の城の中で生き残り続けた日、というだけのド平日であった。

 

 そんな頃だった。

 とある噂がプレイヤーたちの間でぽつぽつと話題になり始めたのは。

 

 クリスマスイブの24時......すなわち25日の0時になると、このアインクラッドのどこかにクリスマス限定のイベントボスが出現する。

 そのボスを見事討ち果たせば()()()()()()を入手することができる。

 そんな、噂だ。

 

 馬鹿がまたデマに踊らされてんのか。

 と、キリトは思った。

 

 それはアヤも同様だったようだ。

 噂が流れ始めた頃は彼も「イブは完全オフ。家でクリスマスパーティ決定。キリトも来る?」とか言っていたので、キリトもノリノリであった。美味いもんが食える、と。

 

 しかしながら、一応念のために、と検証プレイヤーの血を騒がせたアヤがあちらこちらへ駆けずり回っているうちに、噂の信憑性が徐々に増してきたようで。

 

「どうもボスの存在はマジっぽいんだよな。

 お前も聞いたことあるだろ、エルフの言い伝え。

 子供に贈り物を届ける聖者とか言ってやがったけど、それまんまサンタクロースだろっつーアレ」

 

「まあ、そうだな。

 おあつらえ向きにボス戦用っぽいフィールドに立つ意味ありげなデカいもみの木。

 湧くとしたらたぶんあそこなんだろうな」

 

 キリトもキリトで思い当たる節があったので、マジであるんじゃないかという気持ちは捨て切れてはいない。

 だが、しかし。

 

「報酬は眉唾物だけどな。蘇生アイテムて。

 例のチュートリアルでの茅場の言を信じるなら、そもそもプレイヤーのHPがゼロになったらナーヴギアに脳みそレンチンされてお陀仏なわけだろ?

 沸いた脳をどうやって復元するってんだ。

 一年前に亡くなった人とかとっくに葬式まで終わってんだろうよ。

 だから考えられるとしたら時間制限あり。HP全損から一定時間内にそいつを起動すればレンチンを免れられるって代物ならありうると思えるが。

 目の前で人が死んでテンパらずにそれ起動できるか? しかも自分もピンチだろそういうシチュエーションて。普通ムリだろ。おたおたしてる間にレンチンだろ。

 救えるはずだったのに手間取ったせいで救えなかった、ってオチをつけるための悪意あるアイテムにしかなり得ないだろそれは」

 

 アヤときたらひたすら現実的である。

 まるで夢も希望もなく、只々悲観的で絶望しかない話だ。

 そしてそれは現実として起こりうる。もしそんな蘇生アイテムが実在するのであれば。

 

「付け加えるなら。

 そもそも蘇生アイテムなんてものが存在したら、それは所有者に()()()()を強いる物にもなりうる。

 目の前で同時に2人死にました。どっちを助けますか?

 Aくんとはそこそこ仲が良いけどBくんは普通です。じゃあ、Aくんで。

 Aくんを助けました。後日、Cくんが死にました。Cくんはあなたの親友でした。蘇生アイテムはもうありません。彼はもう生き返りません。Aくんに使っちゃったから。

 それ耐えられる? 普通の精神構造で」

 

「お前マジで身も蓋もないな......」

 

「でもそういうことだろ。

 倫理的にアウトだそんなアイテム。

 いくら倫理観がガバガバの茅場のアホタレでも、さすがにそんなもん用意してねぇと思いたいね俺は」

 

 アヤは報酬の蘇生アイテムの存在については否定的だ。

 キリトもそれについては同意する。

 死者は帰ってこない。それが自然の摂理だ。

 

「けどさ。

 だったらどうして、そのボスを狩りに行こうなんて提案してきたんだよ。いらないんだろ、蘇生アイテム」

 

 しかし、疑問もある。

 これだけ蘇生アイテムに懐疑的なアヤは、どういうわけかキリトにイベントボスを狩ろうと持ちかけてきた。

 ちゃっかりお昼間のうちに嫁と二人でクリスマスパーティをやった上でしっかり昼寝までしてからここに来ていやがるのが大変許せんが、そうまでしてボスを倒したい理由は一体なんなのか。

 

 アヤはキョトンとしている。

 キリトの質問の意図がよくわからないらしい。

 

「なんで、ってお前。

 イベントなんだから参加するだろ。

 報酬美味いかもしんないじゃん。

 限定レアアイテムとか落ちるぜきっと。

 見栄えの良いフレーバーアイテムとかだったらサチへのクリスマスプレゼントにするわ。スノードーム落ちないかな。可愛いやつ」

 

 そして答えがこれだ。

 相も変わらず歪な人間である。

 

 普通のゲームをプレイしているみたいに。

 アヤの常の行動は大体それである。

 死んだらそこでおしまいのこんなデスゲームの真っ最中でも、彼はプレイスタイルを乱さない。

 報酬の美味そうなイベントだからやる。それが自身にひいてはプレイヤーたちに利する行為ならば。

 彼はきっと素でそう思っている。

 

「......暇だし付き合ってもいいけどさ。

 そういうの、大々的に発信してやりゃよかったろ。なんで俺だけなんだよ。

 どうしてお前と二人きりでイブにデートしなきゃなんないんだ。

 しかもデュオでボス戦て。普通に危ないし」

 

 色々言いたいことを飲み込んで、キリトは尋ねた。

 蘇生アイテムとやらが実在するかはともかく欲しがるやつはいるはずだ。

 そういうやつらも募って行けばいいんじゃないの、と。

 

「もし本当に蘇生アイテムがドロップしたら争いの種にしかなんないからだよ。

 俺は実在を疑ってるが、もし本当にドロップしたなら俺はその存在は隠す。無かったものとする。必要と感じなければ使う気も起きない。

 困るんだよ、そんな心を乱すアイテムをプレイヤーに与えられると。

 だから既にボスの居場所に目星もつけてて戦力としてこれ以上ないお前だけに声をかけた。

 ま、無理はしねぇよ。ヤバそうなら逃げようぜ。フィールドボスだし。

 ああ、もしお前に蘇生アイテムが落ちたら扱いは好きにしていい。耐えられるならな」

 

「......」

 

 本当に恐ろしいやつだ。

 ただただ冷淡に考えた結果の行動なのだろう。

 そして、アヤならば心乱すことなく合理的にそのアイテムを扱うのだろうという確信まである。

 なんだかんだ1年ほどの付き合いだ。キリトには彼がどういう人間なのか、それなりにわかりつつある。

 

「で、乗るんだよな? この話」

 

 どこか薄ら寒いものを感じつつ、キリトは頷いた。

 

「......まあ。

 目星がついてる場所に行ってみる分には構わない。ボスが現れたら交戦してみるのも。

 せっかくだから参加しようか、このデスゲーム始まって以来のイベントに」

 

 すっかり冷めたチキンに口をつけつつ、この歪な男に付き合うと腹を決めた。

 奢らせちゃったし。

 

 

 第35層《迷いの森》

 非常に悪名高いこのSAO史上最大のクソマップ候補筆頭である。

 此度のイベントボスの出現箇所と目されるフィールドダンジョンだ。

 

 こちら、そもそもが森林フィールドという視界も足場も悪い傾向にあり事実その通りな構造をしつつ、一定時間でランダムに変わるワープポイントを介さなければ後にも先にも進めないという特有の仕様がまず牙を剥いてくる。

 そしてまたこのフィールド専用の地図までもが存在しており、NPC販売のそれがまた高価である。

 付け加えて出現するモンスターにもいやらしいものが多い。

 

「猿二匹そっちに逃げた」

 

「あいよ」

 

「ウギーッ⁉︎」

 

 たった今キリトが斬り伏せた《ドランク・エイプ》などもその一種だ。

 酔いどれの猿、というもはや悪口ではないかというコミカルな名前に反してなかなか凶悪な習性を持つモンスターである。

 こいつらは複数同時に現れる。そうしたらまず前衛と後衛に分かれ、前衛が戦っている間に後衛は手持ちの瓢箪の中の酒らしきものを呑んで体力を回復したりバフをかけたりする。

 そうして強化された個体が前衛とスイッチし殴りかかってきて、これまで交戦していた前衛の猿は後衛へ......と非常に鬱陶しいムーブをかましてくるのである。

 要するに普段プレイヤーがやってることである。敵に同じことをされるとこんなにも鬱陶しいんだな、と思うこと然りだ。

 

 なので高火力でさっさと殲滅するのが常套手段となっている。

 そしてアヤとキリトにはそれが出来るだけの能力がある。

 こいつらが群れをなして現れたら突貫して陣形を乱し、散り散りになったところを瞬殺である。

 猿よりはほんの少し賢い蛮族たちの姿がここにあった。

 

「次のワープポイントは?」

 

 剣の血払いをしつつキリトが問うた。

 

「そこの太い木を右。

 それで目的地に到達する可能性が高い。

 ワープポイントの変更まであと7分」

 

 アヤは地図も見ずに答える。

 ランダムワープといえどもある程度の周期・法則性はある。

 浅い場所ならともかく奥地にまで来てしまえば、ここに至るまでのワープの傾向からある程度の推測を立てることは彼にとって難しい話ではない。

 

「OK、急ぐか。

 周期が変わると面倒だ」

 

 現在時刻は23時23分。

 初めは少々ハズレなワープパターンを引いてしまったこともあり24時までの猶予はさほどない。

 

 二人は若干の駆け足でワープポイントを目指す。

 本当にボスが湧くのだろうか、と思いつつ。

 

 

 迷いの森の奥地。

 そこに一本の巨木がある。

 ただでさえ多くの樹木の立ち並ぶこの森の中にあってひときわ大きいそのもみの木は、まるで海外のクリスマスイベント会場に設置される巨大クリスマスツリーのようなサイズ感をしている。

 

 無論、飾り付けなどはされていない。

 電飾もなければリースもない。

 ましてやてっぺんに星などもついていない。

 ただデカいだけの木である。

 

 周囲には他に何もない平坦なフィールドである。

 少し勘の働く者であれば、ここには何かがある、何かが起きるということを推測するのもさほど難しいことではないだろう。

 そもそも辿り着くことができればの話であるが。

 

 アヤとキリトはそれぞれ、この森の探索中にここに来たことが何度かある。

 ランダムワープなのだから当然なのだが、別に狙ってここに来たわけではない。来ても何もないのだから探索においてはハズレの通過点だ。

 

 しかし、今夜に限ってはそうではない。

 夜の星明かりに照らされる巨木はどこか荘厳な雰囲気を纏っている。

 

 ひときわ大きく瞬く一等星が、偶然か、はたまた演出なのか、ツリーのてっぺんに被さった。

 

 Merry X' mas !!

 

 そう告げんがばかりに。

 

 それは空から現れた。

 舞い降りた、ではなく、降ってきた。

 

 黒い影。

 天遠くにおいてはそうとしか見えなかったそれが段々と輪郭を帯びてゆき。

 

 12月25日午前0時。

 

 ドシリ、と。

 

 雪煙が舞うもそれすらも登場演出のひとつにしか見えず。

 大きな身体をふらりと揺らし、怪物は二人の前にその姿を現した。

 

 

 《背教者ニコラス》

 

 

「マジで出やがった」

 

 どう見てもイッちゃってる目をした、ズタボロの赤い服を着た背高のっぽの老人。右手には斧を。そして左手には巨大なずた袋を携えている。

 ニコラスの外見を端的に表すとこうなる。

 一応クリスマスのイベントボスだからかサンタクロースをモチーフとしているらしいこの化け物、子供に見せようものならギャン泣き必至の異形の姿であった。

 

「子供の夢ぶち壊しだな、このイカれサンタ」

 

「お前も人のこと言えないだろ。

 なんだその武器ふざけてんのか」

 

 キリトはツッコんだ。

 アヤがおもむろにメニュー画面を操作して切り替えた武装があんまりにもあんまりな見た目をしていたからだ。

 

「いいだろこれ。

 《ツリーランス》っつーんだ。

 クク、なかなか洒落てるじゃねぇか。

 これでサンタをしばくとかそれこそ背教者だろ」

 

 それはどう見てもパーティグッズである。

 というかクリスマスツリーである。

 長い柄をすっぽり覆うように青々と生い茂るギザギザの葉、先端部は鋭利な星飾り。

 そのリーチは縦にも横にもすさまじく広い。

 カーディナルがイカれたのかと思ってしまうデザインのこの武器、両手槍カテゴリのレア装備のひとつである。

 

 この装備をドロップするのはこの迷いの森に登場する《ウェイステッド・エイプ》というモンスターである。

 このモンスター、《ドランク・エイプ》の群れの中に混ざってごく稀に出現するレアモンスター、おそらくはヤツらの変種であり、瓢箪の代わりにシャンパンボトルを携えている。

 タフネス・攻撃力共に高い難敵だが、一定回数シャンパンを飲むと酔い潰れて隙だらけになるという弱点を抱えるネタモブの一種でもある。

 余談だがとあるギルドの団長はこいつからなら酒がドロップするかもしれない、と付け狙っていた時期があるのだが、ついぞ酒はドロップしなかったそうだ。

 

 このクリスマスツリー、見た目は完全にふざけているし性能もはっきり言ってネタ武器寄りだ。

 攻撃力はお世辞にも高いとは言えない。特殊効果を持ってはいるが、元々の低火力を補い切れるかというと疑問を抱く程度のものでしかない。

 しかし、それでもなおこれを担ぐに足る理由が、今この時に限っては存在する。

 

「別にふざけちゃいないぜ。

 種族特攻持ち、フィールド特攻持ちよ。

 亡者、寒冷地、森林。これらへダメージボーナスが重複するんだ。こいつが相手なら。

 使ってくださいって言われたようなもんさ。

 これを持ち込んだ時の鍛冶屋の子の顔は笑えたな。まぁ......」

 

 アヤが獰猛に犬歯を剥きつつ笑う。

 その目がスッと窄まる。

 

「いい仕事はしてくれたけど、なッ!」

 

 イッちゃった目つきでこちらを窺っていたニコラスへと、疾風のようにアヤが駆ける。

 その速さはやはりプレイヤー随一。

 

 ニコラスはろくに反応することも出来ずにファーストアタックを許すこととなる。

 

「うっわ」

 

 キリトの口からドン引きの声が漏れた。

 HPバーがゴリっと削れたのである。

 

 マジでソシャゲーのイベント特攻武器みてぇな火力してんな。

 

 イッちゃった目と真っ赤に染めた怒りの形相で暴れ始めたニコラスを見やり、キリトもまた油断なく剣を構え直した。

 

 

 ニコラスが拳を振るう。

 それを避ける。

 よたよたと、まるで老人のように......事実見た目は老人どころか屍に片足を突っ込んでいるのだがそれはともかく、覚束ない足取りで体幹が揺らぐ。

 

 そのまま前のめりに転倒しそうであったニコラスはしかし。

 ダンと地を踏み締めると、背後をついていたキリトに向けて高速で反転。

 

 カァッ‼︎

 などと吠えつつバックナックルを叩き込んできた。

 

「うおおッ⁉︎」

 

 咄嗟に剣で受けるも吹き飛ばされる。

 ガードは成立したが、それなりにHPを削られた。

 

 いや、なんだその酔拳みたいな動き。

 このサンタ武闘派すぎる。

 

 先程からこのような調子である。

 ニコラスは左手に携えたずた袋をとても大切に扱っているようで、それを攻撃に用いることはほとんどない。

 空いた右手による拳打、掌底、貫手、そして今のような裏拳などなど。無駄にバリエーションに富んだ拳法の数々を披露してくれる。

 そのひょろ長い腕から繰り出されるそれらの技はいずれも当たると痛い。とてもとても痛い。

 

 手ばかりを警戒しているわけにもいかない。

 これまた長い脚による蹴り技も脅威だ。

 

 ホホーッ‼︎

 

 ニコラスがまた吠えた。

 幾分サンタクロースらしい掛け声と共に繰り出されるは必殺の威力を秘めた踵落とし。

 キリトはこれは必死こいて避けた。

 

「アヤ、回復まだか⁉︎

 強いんだけどこいつッ‼︎」

 

 なお先程その踵落としを避け損ね、トップスピードになる前に自らニコラスの太腿に当たりに行ったアヤのHPは3割ほど持っていかれた。

 直撃なら悲惨なことになっていたかもしれない。

 

「わりぃ。

 今、フルになった。

 スイッチいつでもいけるぜ」

 

 削られた分をポーションでじわじわと回復していたアヤが復帰を宣言。

 それを確かめたキリトはニコラスを注視する。

 

 ニコラスのHPは現在、最終ゲージ。

 もうじきそれも半分に差し掛かろうかという頃だ。

 のたのたとその虚弱そうな見た目の通りに手緩い攻撃を繰り返していた1、2ゲージ目は極めて順調であった。

 しかし、最終ゲージになって唐突に右手の斧を投げ捨てた今のニコラスはまるで別人である。

 

 コォオーーーッ

 などと謎の呼吸法で白い息を吐き出している。

 その佇まいはもはや達人の風格すらある。

 相変わらず、目はイッちゃってるのだが。

 

 しかしながら、そのイッちゃってる目すらもニコラスにとっては武器となる。

 めちゃくちゃ視線が読みづらいのだ。

 どこを見ているのかまるでわからない。どこも見てないんじゃないかとすら思う。気配とかでこっちを察知してるんじゃないかと。

 

 そんなカンフーマスターと化したイカれたサンタの攻撃を捌くことが出来ているのは、相対しているのがアヤとキリトだからこそと言えよう。

 

 言わずもがな、アヤはニコラスのモーションをほぼ完璧に把握しつつある。その猛スピードかつトリッキーな拳法にも喰らい付いていけるのは一重に彼の記憶力が優れているが故だ。

 

 ではキリトはと言うと、こちらはもっと単純だ。いっそ異常と言えるほどに敵の動きへの反応が速いため、極論見てからでも避けられる。場合によってはカウンターすらも合わせられる。彼が攻略組最強と称される所以である。

 

 とは言え二人ともノーミスとは行かない。

 攻撃の連携パターンがあまりにも多くランダム性も高いニコラスに翻弄され、いくらかもらってしまうこともある。

 スイッチ戦法の基本に忠実に、相方が回復中はもう一人はヘイトを稼いで場を繋ぐ。

 それを徹底することによって、たった二人で強敵との戦いを成立させているのだった。

 

 ニコラスが動く。

 やはり左手は使わない。

 右腕を高く高く天へと掲げている。手の形は貫手。

 

 Hoo‼︎

 などと、これまたほんのりクリスマス感を演出しているような気がする掛け声と共に繰り出されたその攻撃は瓦割り。

 先程の踵落とし同様、真上から垂直に振り下ろされる必殺の一撃である。

 

「うるせぇよこいつ‼︎」

 

 いい加減掛け声によって攻撃パターンを予測できるようになってきたキリトが、その高速チョップに対してソードスキルをかち当てた。

 

 ニコラスの腕が跳ね上げられる。

 

「スイッチ!」

 

 言うが速いか、アヤはもうキリトよりも前に出ている。

 そのとてつもなく長く大きなクリスマスツリーの葉をバサバサと靡かせながら、ニコラスへと突撃している。

 

「グッジョーーーッブ‼︎」

 

 ハイテンションに吠えるアヤの()()()ライトエフェクトが包み込む。

 

 《ペネトレイト・チャージ》発動

 アヤが常々愛用している両手槍の基礎的なソードスキル《ペネトレイト》の上位スキルである。

 鋭い踏み込み突きを繰り出す癖のない挙動をとる本家に対し、こちらは長距離をダッシュしてから渾身の一突きを繰り出すといった少々隙の大きいモーションをしている。

 ダッシュした距離に応じて段階的に威力が上昇し、最大まで距離を稼いだ場合の破壊力は両手槍カテゴリのソードスキルの中でも一、ニを争うものとなる。

 

 大抵のソードスキルは発動時に武器にライトエフェクトを帯びるのだが、このスキルは段階的に威力が増すとあってか、発光の度合いもまた威力に応じて増していくという仕様がある。

 やたらとデカい《ツリーランス》を包むこれまたデカいライトエフェクト、それがもはやアヤの身体をすっぽり覆って彼自身が発光しているかのような状態となっているのだ。

 

 距離は十分、威力は十二分。

 そしてまた、槍自体が持つダメージボーナスまでもがこの一撃には乗っている。

 

 ズドンッと。

 

 クリスマスツリーとサンタさんが正面衝突、そんなありえないシチュエーションが発生。此度の軍配はツリーに上がった。

 

 HPゲージがガツンと減ると共に、ニコラスは吹き飛ばされてフィールドの巨大もみの木に激突した。その命は風前の灯火だ。

 

 巨木に背を預けるように座り込んでいる。

 吹き飛ばされてもなお左手に握りしめているずた袋は手放さなかった。

 しかし、不意に。

 腹に抱えるようにして大事な袋を身体の前に持ってくると、それを地べたに置き。

 口紐を解くと、その中に両の手を突っ込んだ。

 

「あ、やべぇ。

 あいつやる気だぞ」

 

「プレゼント爆弾か......」

 

 ニコラスの持つ唯一と言っていい物理攻撃以外の攻撃手段、それがプレゼント爆弾である。

 彼が大事にしているあの袋の中から綺麗にラッピングされたプレゼントボックスを取り出し、それを投げつけてくるのだ。

 箱のサイズは大小様々だが、いずれも規模と威力が違うだけの爆弾である。爆発に巻き込まれるとただでは済まないだろう。

 これまでは片手で放っていたその攻撃を、この最後の最後と言える局面で両手で放ってくるようだ。

 

 ニコラスの口角が歪む。

 イッちゃった目で、嗤っている......ように見える。

 

 Happy Holidays‼︎

 

 たぶん、そう吠えた。

 ノイズ混じりの音声であったが、おそらくそう言った。

 

 ニコラスが両手を袋から引き抜きつつ勢い良く立ち上がると、中からは大量のプレゼントボックスが次々と噴き出すように飛び出てくる。

 

「ちょ、退避するぞ!」

 

「爆発までにゃタイムラグがある。

 逃げ場を見つけるしかねぇな」

 

 フィールドのあちこちにばら撒かれた大小様々な箱。

 これがニコラスの最後の大技なのだろう。

 箱と箱の間隔は比較的広いため爆風の隙間を縫って回避するしかなさそうである。

 

 アヤとキリトは各々で安全地帯と目される箇所へと退避する。

 万が一受けてしまった場合に備えていつでも回復アイテムを起動できるよう気を配りつつ。

 

 プレゼントボックスがチカチカと点滅している。

 如何にもこれから爆発しますよ、といった演出である。

 箱ごとに色とりどりの光を明滅させるそれらはちょっとしたイルミネーションのようであった。

 

 やがて遂にその時は来た。

 

 フィールドのあちらこちらで色彩豊かな爆風が上がり始める。

 ぼっかんぼっかんと派手な音を立てながら。

 花火大会じみた光景である。

 

 そして、その爆風が止みフィールドの雪煙が晴れた時。

 

「あっ⁉︎

 あのクソサンタ‼︎」

 

 アヤが叫んだ。

 視界が通ると共に、ニコラスの異常に気づいたのだ。

 

 Good night !!

 

 ニコラスはなんと空を飛んでいた。

 ケタケタと笑っている。

 天高くから垂らされたロープを握りしめている。

 そのロープの先には空を飛ぶソリと、天翔る巨大な獣の姿がある。

 

「そういや連れてなかったな、トナカイ‼︎」

 

 初め、ニコラスは空から降ってきた。

 登場演出に過ぎないと思われたそれにはどうやら理由があったようで。

 

 おそらくヤツは、空に停めたソリから飛び降りてきたのだろう。

 そして、戦闘中は気にかける暇もなかったが、ソリは、トナカイは、ずっと頭上で待っていたのだろう。

 主人たるニコラスの退路を確保するために。

 

 こいつボスの癖に逃げやがった。

 

「ふざけやがって」

 

 アヤはキレた。

 ここまでやって逃走なんて、害悪が過ぎるぞと。

 

 彼の左手の指輪が暗い光を放つ。

 

 《二輪の指輪》起動

 

 こちらの指輪、ユニーク装備である。

 そう、以前に例のインゴットから作成したものである。

 この装備が持つ効果はまさしくユニークと呼ぶにふさわしい、唯一無二のものだ。

 

 腕を振りかぶる。

 ジャラリ、と。

 指輪を起点に黒いエフェクトを纏った鎖が顕現する。

 それはかつて25層フロアボス・アスラが召喚し攻撃に用いていたものによく似ている。

 

「逃すものかよッ‼︎」

 

 腕を振るった。

 ジャラジャラジャラと、甲高い音を立てながら鎖が伸びてゆく。

 高く遠く、そして長く。

 それはやがて宙空でこちらを嘲笑していた背教者のもとへと辿り着く。

 そしてそのヒョロ長い脚に巻き付いた。

 

 HoHo !?

 

 ニコラスの顔が驚愕に歪んだ。

 

 この指輪によって召喚された鎖の性能は、流石にアスラが用いたものほど優れてはいない。

 無制限に使用できるものではなく、顕現時間や距離に応じて専用のゲージを消費して発動する。

 状態異常付与はなされていないし、攻撃としての威力もほとんど無い。

 アスラのような膂力も持たないアヤがこれをニコラスに巻きつけたからと言って、綱引きのようにヤツを地上に引き摺り落としてやることが出来るというわけでもない。

 

 ただ。

 

 魔力なのか何なのかは知らないが、物理的な干渉力を持ちつつも実体を持たないこの黒い鎖は伸びもすれば縮みもする。

 ニコラスの足に巻き付いた今、鎖が縮まればどうなるか。

 

 飛翔。

 まさしく、アヤは空を飛んでいた。

 

 鎖を縮めると同時に地を強く蹴り付けた彼は、跳躍による加速と鎖の巻き取りによる加速、両方の力によってその身を天高くに投げ出していた。

 

 アヤが迫る。ニコラスへと。

 クリスマスツリーを抱えながら。

 

「サンタさんを捕まえるのは全少年少女の夢だろ」

 

 たぶんそんなわけないことを言いながら、極太のツリーをニコラス目掛けて突き刺した。

 

 風前の灯火であったニコラスにその一撃を耐える余力はなく。

 

 

 《Congratulations !!》

 

 

 至極呆気なく、その身をポリゴン片と化して霧散させた。

 

「アヤ!

 お前それ、落下ダメージ大丈夫なのか⁉︎」

 

 地上でキリトが焦っている。

 ごもっともである。

 このゲーム、高所から落下すると当然のようにダメージを受ける。

 一定以上の高度から何のブレーキもなしに地面に叩きつけられたら、普通は死ぬ。

 現実より幾分マイルドとはいえ、この世界でもそれは当然のように起こるのだ。

 

「織り込み済みだ!」

 

 アヤは再び指輪を起動すると、鎖を顕現。

 落下しながら、巨大もみの木に向けてそれを振るう。

 枝葉に巻きつけてブレーキをかけるつもりなのだ。

 

 その目論見は成功した。

 しっかりとアンカーのように引っかかり、落下の勢いを殺すことには成功した。

 

 ただ。

 

「あ゛ーーー腕ッ抜ける肩外れるゥ⁉︎」

 

 悲鳴を上げながら、アヤはもみの木に突っ込んだ。

 

 そりゃ、そうなる。

 

 

 《還魂の聖晶石》

 

 ①このアイテムのポップメニューから使用を選択する

 ②手に保持して《蘇生:プレイヤー名》と発声する

 ③手に保持している状態で表示される()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し実行する

 

 これらのいずれかの方法で起動した場合、対象プレイヤーが死亡してから2()0()()()()ならば、対象プレイヤーを蘇生させることができる。

 

 

 

「......ってことらしいわ」

 

 アヤが苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 その手には青白い水晶のようなアイテムがある。

 

「噂は本当だったってことか。

 でも、それは......」

 

 キリトも難しい顔である。

 実在が疑われた蘇生アイテムは確かにあった。

 所有者にいらぬ業を背負わせかねない悪意の結晶のようなアイテムが。

 

「悪趣味な。マジで用意してやがった。

 効果も大体想像していた通り。

 茅場の倫理観は俺の想像以上のガバガバぶりだったがな」

 

 吐き捨てるように言った。

 とんでもないもんをよこしてくれた、と。

 

「あー......アヤ。

 他に目ぼしいドロップは?」

 

 逸らすようにキリトが尋ねた。

 事実、あまり話題にしたい代物ではない。

 

 アヤはドロップアイテムの一覧を検分したのち肩をすくめた。

 

「何も。

 まあ経験値とコルは美味いな。

 今回は俺がチートじみた特攻武器使ってたからか、こちらに多めに割り振られてるようだ。せめてコルは均等に分配しよう」

 

「いや、いいって。

 活躍したじゃんそのツリー」

 

 なんとなくそうしたほうが見た目が面白いかと思って、柄の部分を雪に深々と突き刺された《ツリーランス》は直立している。

 もう完全にクリスマスツリーであった。

 

「何言ってる。お前がいなきゃ勝ててねぇよ。遠慮すんな」

 

 メニューを操作し取引画面へ。

 余分に受け取ったコルをトレードメニューに乗せる。

 

「あー、じゃあ。

 これやるよ。俺のほうにドロップしたんだ」

 

 キリトがトレードメニューにアイテムを乗せた。

 名称は《セイントグローブ》となっている。

 

 お? レアな手袋か何かか?

 アヤは期待した。

 

 受け取ったアイテムを早速実体化してみる。

 

「いやgloveじゃなくてglobeかよ」

 

 それは球体だった。

 

 スノードーム。

 日本ではそう呼ばれる置物であるが、原語ではスノーグローブ、雪の球体と呼ばれている。

 

 可愛いスノードームとか落ちたらサチにあげようかな、などとここに来る前は皮算用をしていたが。

 

 きらきらと雪のような光のエフェクトが踊る球体の真ん中には、イッちゃった目をしたヒョロ長い老人がバンザイポーズで堂々と鎮座している。その表示はどこか晴れやかだ。

 

 お前は聖者じゃなくて背教者だろうが。何がセイントグローブだ。

 

「ぶっさ......」

 

 可愛いのが欲しいって言ったじゃん。

 これ、可愛くない。

 

 とんだクリスマスプレゼントを二つも手に入れ、アヤは肩を落とした。

 

 茅場、やっぱあんたセンスないよ。

 





開発メモ

 今回は先手を打った。

 起動方法を対象への直接使用、口頭使用の元からあったものに加え、新たに手動入力も実装した。
 発音が難しい名称のプレイヤーへの配慮が足りていない、といった意見が出ると考えられたためだ。

 効果猶予時間も10秒から20秒へ延長した。
 ナーヴギアが高出力マイクロウェーブを発してプレイヤーの脳を焼き始める瀬戸際を攻めた。
 こちらの修正理由は、緊迫した状況下で起動するには猶予が短い、といった意見が出ると考えられたためだ。

 ゲームのことがわかっていない、などとこれで言えまい。文句あるまい。
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