死んでもいいデスゲーム 作:働け蜂
◇
走馬灯。
実物を目にしたことはないが、確か大陸伝来の回転灯籠のことをそう呼ぶのだったか。
灯籠は二層構造になっていて、中からの光によって外側に影が映る。光源は火なので、温められた空気は上に向かう。上には風車がとりつけられているので、のぼってきた空気を力に変えて内側の部分が回る。そこに少しずつ体勢を変えた馬でも描いておけば、外に映し出される影絵の馬が動いて見える。それこそ馬が走る灯籠であるみたいに。
そんな感じの仕組みだったはず。ぱらぱら漫画みたいなものなのかな。昔の人は面白いことを考えたものだ。
走馬灯のように駆け巡る......という比喩は、コマ送りのように次々と記憶が呼び起こされる様を表現するときに使われる。
そしてそれが使われるのはもっぱら.......
死の間際だ。
◇
「マッピングデータの提供、感謝するよ。
しかし、よかったのか?
試しにと取引をお願いしてみた俺が言うのも何だけど、ここまですんなり応じてくれるとは思ってなかった」
「なんで?」
「ブザートラップの配置箇所や、危険な袋小路、セーフティエリアへの動線他多数。それらが記された添付資料は値千金の代物だよ。
これだけの情報、独占したいとは思わなかったのかな」
「マッピングは半分趣味みたいなもんだからね。
買ってくれるんならいい臨時収入でしかないよ。
それで攻略が進むならコル以上に価値があることだし」
まだ学生か、それよりは少し上の年代か。
少年と呼ぶにはやや大人びた容姿のこの男と出会ったのは第一層迷宮区の攻略中であった。
その時の彼は、トンチキな装備に身を包んだとんでもなく怪しいやつだった。何なら新種のモンスターかと身構えたくらいだった。
プレイヤーカーソルついてる? 嘘だろこれが? と思った。
警戒するこちらをよそにあちらはやたらとフレンドリーであった。
嬉々としてドロップ品の金銭取引や物物交換など持ちかけてきたくらいだった。
まるで普通のMMOのプレイヤーみたいに。
ちょうど物資が不足していたので応じてみると、お近づきのしるしだと言ってマッピングデータをよこしてきた。
低い階層のものではあるが、脇道まで網羅された完璧な代物だった。
極めて有用な情報である。
すぐに名を訊ねフレンド登録をした。
フレンド欄に追加されたaaaaaaaaという文字列を見て合点がいった。
ああ、この人がそうか、と。
もっとデータがあるなら買いたい、と申し出た。
特に迷宮区のマッピングデータは高く買う、と。
その申し出に対し彼は......アヤは、もう帰るところだから後で宿を訪ねてくれとだけ言って去って行った。
そうしていざ訪ねてみればこれだ。
予想以上の成果を得ることができたのである。
「これだけの情報量といい、迷宮区をソロで探索していたことといい、アヤさんはベータテスターなのかな?」
探るように尋ねた。
どういった反応を見せるだろうか、と。
彼の人物像が気になった。味方につけておきたい人物だったからだ。
「ディアベルさん」
名を呼ばれた。
「あんた意外と腹黒いんだね。
めちゃくちゃ演技するじゃん。
いや知ってるって。俺。
あんたが元ベータテスターだってこと」
空気が凍った。
知られていた? 何故?
面識はなかったはずだ。
ディアベルは動揺が隠せなかった。
理由はすぐにアヤにより明かされる。
「何故、って顔してるな。
言っとくけど俺とあんたに面識はない。
だけど、あんたはわりと有名な最前線組のひとりだったんだから知られてても何の不思議もないだろ。
俺は歩く攻略本なんて呼ばれちゃいたが、実際には最前線には遅れて到達することがほとんどだったのはあんたも知っての通りだ。
時勢に乗り遅れてた感じのやつだな。クリア済みの階層のマップを埋めたり未発見のクエ探したりして遊んでたクチなんでね。
しかし、正式サービスに向けて最前線の情勢を耳に入れるくらいのことはしてたんだよ。だからあんたのことも知っている」
「そ、そうか。
有名だったのか俺は」
「うわ嬉しそ。
承認欲求が満たされた顔してやがる」
「はっ⁉︎
いや、すまない。
しかし、そうか。バレていたのか。
アヤさん、すまないがこのことは内密に......」
「わかってるよ。
だから、人目につかないようにかつ常識的な人間なら仲間をぞろぞろ引き連れず一人で訪ねるであろう、宿を指定したんじゃないか。
その分だと仲間にもベータテスターってこと伏せてんだろ?
余計な火種作んないのは賢明だと思うぜ」
初めから全部わかったうえで配慮までされていたらしいことを知らされて、ディアベルは渇いた笑みを浮かべることしかできなかった。
だが、結果的にこれでアヤの人物像を少し掴むことができた。
彼は合理的であり、知性的だ。
トンチキな格好をしたりもしていたが、それも装備構成上の合理性を取った結果に過ぎないのだろう。
身内に抱え込むというよりは、相談相手として適した人物であると言える。
だから。
アヤの目を真っ直ぐに見つめ、告げる。
「アヤさん。
いや、アヤ」
「なんだいディアベル」
「俺はこのゲームをクリアしたい。
だけど、俺ひとりの力じゃそんなの到底ムリだ。
このゲームをクリアするためには、すべてのプレイヤーが一丸となって敵と......そして死への恐怖と戦う必要があると思っている。
君はそれを力強く後押しできるプレイヤーのひとりだ。
だから、どうか一緒に戦ってくれないか?」
「そりゃもちろん協力するよ。
でも具体的にはどうやって?」
「近々、俺は第一層のフロアボス攻略会議を開くつもりだ。
大々的に告知して、今の最前線を走るプレイヤーたち......《攻略組》を一つの場に呼び集める。
そして、このデスゲームに打ち勝つことができるようみんなの意思を束ねたい。みんなに前を向かせたいんだ。
だけどそのためには熱意はもちろんだけど根拠がいる。勝てると思わせるための具体的なデータが。作戦が」
「なるほどね。それを提供するのが協力できるポイントってわけだ。確かに、俺向きだね」
「君以上の適任はいないと思う。
頼らせてもらっても、いいだろうか?」
アヤの返事を待つ。
彼は腕組みをし、考えているような素振りだった。
しかし、それもすぐに終えたようで。
「いいよ。知り合いの情報屋......まあアルゴは知ってるよなあんたも。
彼女にも手伝ってもらいながらにはなるだろうけど、全面的に協力するよ」
へらりと笑いながらそう言ってくれた。
「おお、そうか。ありがとう。とても心強いよ」
心から安堵し、次いで嬉しさが込み上げた。
強力な助っ人を得ることができた、と。
思わずガッツポーズまでしてしまった。
「あんた意外と暑苦しいやつなんだね。
青色がイメージカラーのやつは、大抵クールキャラだろうよお約束的には」
それを見てアヤが笑う。
少し気恥ずかしい。
「あー、いや。はは。よく言われるよ」
染色プラグインを使用し染め上げた自らの青髪をいじる。
金髪や赤髪はリアルでもけっこういるけれど、青はそうそういない。
この世界では今のところ俺くらいじゃないか?とディアベルは思っている。
オンリーワンな感じが、好きだったのだ。
「ディアベル」
そろそろ、終わりかな。
こちらをどこか憂うような顔で窺うアヤの声を
「あんた、このゲームで生き残ったら英雄になりそうだね」
ああ。
俺はそうなりたいと思っていたよ。
◇
第一層ボス攻略戦。
7組のフルパーティとアヤたち3人の余り物組は、ディアベルの指揮や詳細なマップデータの存在もあって順調にボス部屋へと辿り着いた。
アヤのパーティは少人数のためか大きな役割は与えられなかった。
というより、必要以上に小さな役割しか与えられなかったとも言える。
ひとつはボス部屋までの道中においての索敵と雑魚処理。主力となる他7部隊の損耗を抑えるためである。
もう一つは、ボス戦においてボスが召喚する取り巻き《ルインコボルド・センチネル》の処理......ではなく他部隊が処理し損なったものを処理する、というほぼおまけみたいな役割。
アヤとキリトはもちろんだが、アスナもかなり筋の良いプレイヤーであったためパーティの実力は十分。
役割のほうが実力にまったく見合っていない采配だったが、少人数ゆえ妥当な配置とも言えるだろう。
彼らは決して少数精鋭とは見做されておらず、あくまで余り物だったのだから。
実際、主力部隊たちの実力はアヤたちを余り物扱いするだけのことはあり、当初ボス戦は順調そのものであった。
ここでもディアベルの指揮は冴え渡っており、的確なタイミングで部隊を入れ替えボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》にまったく上手く攻めさせない。
こちらの攻勢はといえば、取り巻きが召喚された途端に専門の部隊が迅速に敵を処理していき、ボスとの攻防に横槍を入れさせない。
優秀な指揮官がおり、それでいて手足となる兵も精強ともなれば負ける道理などあろうはずもない。
しかし、コボルドロードの2本目のHPゲージを削り取った時からどうにも雲行きが怪しくなり始める。
ここまで名采配を振るい続けたディアベルが、突如、自分以外全員下がらせるという迷采配を振るった。
まさかの指揮官がボスとタイマンを張ろうとするという、三国志かよってくらいハチャメチャなことをやり始めたのだ。
血迷ったか⁉︎
と、ハチャメチャに嫌な予感がしたアヤは、おかしくなってしまったディアベルよりもまずはボスを観察した。
ベータと同じならともかく、違っていたらディアベルが危険だ、と。
ベータ時代の情報とアヤ自身の経験則では、コボルドロードの3ゲージ目......すなわち最終ゲージは実はさほど怖くない。
片手斧と盾を装備した1、2ゲージ目のコボルドロードは元がタフなうえに盾持ち故に守りが固い。しかし、片手斧による重い一撃は当たれば痛いじゃすまないが隙は大きい。つまり敵の攻撃の後隙をしっかり狙って戦う必要があるという、程よくヒリヒリするスタンダードな良ボスだった。
ところが3ゲージ目で様子がおかしくなる。
盾を捨てて曲刀カテゴリのタルワール一本に持ち替えるのである。確かにそれで手数が増えて火力は高くなるのだが、盾がない分、当然守りは薄くなる。それだけならまだよかった。
何よりもその弱さに拍車をかけていたのが、武器種が曲刀であるという点だ。
ことわっておくが、曲刀という武器種が弱いのではない。むしろ強い武器種である。プレイヤーにも直剣と並んで人気の武器種だった。
そう、プレイヤーに人気なのである。
お分かりだろう。ボスが使うソードスキルが、自分たちプレイヤーにとっても使い慣れた、見慣れたソードスキルになってしまうのである。
ボス専用モーションを用意していなかったという、ある種の調整ミスが生んだ悲劇であった。
アヤより先に異変に気づき、声を上げたのはキリトだった。
「ボスの武器が違う!
全力で後ろに跳べ!」
コボルドロードがその太い腕、巨大な手に携えていたのは、かつての悲劇の根源たるタルワールではなかった。
それはアヤが見たことのない武器であった。しかし、情報としては知っている。
あれは《カタナ》か。
アヤはその正体を看破した。
ベータ時代の最前線、10層でようやく登場する敵専用武器種である。
ゆくゆくはプレイヤーにも解禁されるのではないかと噂され、みんながみんな心躍らせていたものだ。
男の子という生き物は大抵日本刀が大好きなのである。
ところが今はそんなことで胸をドキドキさせている場合ではない。
別の意味でならドキドキしているが、どちらかというとバクバクとか、そういう擬音のほうが的確である。
コボルドロードがソードスキルのモーションを起動しているのがわかった。
それも無論、アヤが見たことのないスキルだ。
このゲームのプレイヤーはいわゆる必殺技のようなポジションの攻撃としてソードスキルを扱う。
それは普通に武器を振るうよりも何倍も威力が高い強烈無比な攻撃性能を持つが、反面、デメリットもある。
ひとたび発動してしまえば、モーションアシストと呼ばれるシステムによってアバターに制動がかかり、そのモーション以外をとることができなくなるのだ。そしてまた、発動後の硬直時間も長い。
端的に言えばハイリスク・ハイリターンな攻撃方法なのである。
それはゲームである以上、ある種当然のバランス調整と言えよう。
「ローリスク・ハイリターンのぶっ壊れスキル」をプレイヤーが自由に振るえてしまえばそれはゲームの単調化を招き、果てはコンテンツを腐らせる。
だから、ゲーム側はそんな手段をプレイヤーには与えない。
だが、プレイヤー以外になら許される。それもまた、ゲームの常だ。
ゲームのボスキャラというやつは、時に理不尽な力をも振るう。
敵ユニット専用魔法、なんてのはレトロRPGではありふれたものだった。
それにどう対処するかを考え、遂には打倒したときに得られるカタルシスが格別のものであることもまた否定はできない。
だが、それはあくまで普通のゲームの話だ。
死んでも死なないゲームの話だ。
今は。ここで死んだら、それでもう終わりではないか。
それはあまりにも...... 現実だ。
ベータテストではプレイヤーと同じ武器を持たされ、必殺技のモーションまで使い回しという憂き目に遭った悲劇の獣王が。
今、敵専用武器種《カタナ》を引っ提げ、専用の必殺技を放たんとしている。
キリトによる、後ろに跳べという咄嗟の指示に従うことができた者は一人もいなかった。
それはただ一人で突貫していたディアベルも無論例外ではない。
コボルドロードが持つ大振りな刀《野太刀》がソードスキル発動時特有のライトエフェクトを帯びる。
《旋車》発動
その巨体に似合わぬ流麗な回転・一閃により、突出していたディアベルを含め、下がり切れていなかった前衛のプレイヤーたち全員がまとめて吹き飛ばされた。
反則的な初見殺しの全方位攻撃である。
コボルドロードはソードスキルの硬直モーションに入っているが、使っている武器が武器だけに残心のようにすら見えた。
スキルの直撃を受けた者たちの頭上に、多くのプレイヤーにとってあまり見慣れぬアイコンが表示されている。
バッドステータスの一種、スタン状態であった。
ただでさえ初見の武器で初見の技を放っておきながら、それが行動阻害を引き起こす追加効果まで持っているなど、反則に反則を重ねられたようなものである。
直撃を免れたプレイヤーたちですらあまりのことに思考が停止、あるいは迫りよる死の足音に怯え身を強張らせてしまっていた。
そこにさらに追い討ちをかけるように、もう出てこないはずだと思われたボスの取り巻きたちが再び湧いて現れた。
こうなってはもうパニック状態である。優秀な指揮官であるディアベルは無力化されており、誰も指示を出す者がいない中で各々がただ必死になって目の前の敵と戦うだけの烏合の衆と化してしまった。
そんな状況でも、このゲームにポーズメニューなど存在しない。
時間を止める便利なコマンドなどないのだ。
皆が落ち着きを取り戻せない最中でも王は悠々と動く。
まずは、先ほど自らに単身挑みかかろうとした身の程知らずから血祭りにあげてやる。
そう言わんばかりに、ディアベルへと接近していた。
野太刀を構えている。
次なる必殺技をディアベルに叩き込もうとしている。
文字通り、必ず殺すつもりでいるのだ。
ときに。
先ほど、キリトの後ろに跳べという指示に従えた者はいなかったと言ったが。
厳密に言えば、指示に
「キリトォ!
もしわかったらでいい!
ボスがスキルの起動モーションに入ったら、《スキル名》だけでいい! 教えてくれ!!
俺は《カタナ》をよく知らねぇからお前の声が頼りなんだ!!」
アヤは疾走しつつ、今まで聞いたことがないほどに必死な声で叫んだ。
あの時。アヤは全力で
キリトが無意味な指示を出すはずがない、そう信頼していたからだ。
案の定、コボルドロードの範囲攻撃により前衛が弾き飛ばされ戦線が崩壊するという事態が起きてしまった。
それをカバーできる者が近くにいない。突出していたディアベル隊だけ距離が離れすぎていた。
だからこそ、万が一のカバーに入るべくアヤは前へと飛び込んだ。
コボルドロードはディアベルの目前。
依然、アヤからの距離は遠い。
「アヤ!《浮舟》だ‼︎」
スキルの起動モーションを見切ったキリトが、アヤの指示通りそのスキル名を叫んだ。
ソードスキル《浮舟》。
素早い斬り上げにより対象を宙に打ち上げるスキルである。
これ単体なら威力はそれほど高くはない。防御力のあまり高くない敏捷型のプレイヤーが直撃した際にも、HPは3割ほどしか削れなかったという。
アヤは疾走しつつも頭の中のデータベースから適合する情報を引っ張り出して高速で吟味する。
どの道間に合う距離ではない。ディアベルは騎士を自称する程度には固いプレイヤーだ。まだ、死なない。
そう信じて駆け続ける。
スタン状態により行動不能となっていたディアベルは無論直撃を受ける。
HPが削られ、宙に打ち上げられる。
スタン状態はようやく解除されたようだが何の慰めにもなっていない。
むしろ問題はここからだ。
このゲーム、プレイヤーが空中でとれる行動には大幅に制限がかかる。
当たり前である。人は空を飛べない。
ましてやただ打ち上げられただけの今のディアベルに起こせる行動など皆無だ。
つまりは、《浮舟》はコンボ攻撃の起点である。
次に放つ大技を確実に当てるための布石に過ぎない。
デスコンボ、などと一部のゲーム界隈で言われることがあるが......このゲームにおいてはその表現に価するこの技は本当に洒落になっていなかった。
「まずい!《緋扇》か!? マジでヤバいぞ!!」
自らもアスナを引き連れディアベルのもとに駆けつけようとしていたキリトは絶叫した。
彼が言うに、コボルドロードの放つ次なるソードスキルは《緋扇》。
ソードスキル《緋扇》は、高速の二連突きの後に一拍溜めた痛烈な突きを放つ高火力スキルである。
一発でもそれなりに重たいのが、三発。
今のディアベルのHPでは、フルヒットしようものなら確実にゲームオーバーである。
予想違わず大技で仕留めてやろうという心算のようだ。
無慈悲な凶刃が水平に構えられる。
そして、死へのカウントダウンが始まった。
一発、二発。
いっそ美しさすら感じられる調子で、その攻撃はディアベルに突き刺さる。
一方。
コボルドロードが《緋扇》を発動するのと同時。
アヤは自らその身を宙に投げ出していた。
彼の高い敏捷値を総動員した全力疾走が持つ運動エネルギーは、かなり現実に即した物理演算が働くこの仮想世界において莫大な推進力を生み出すこととなる。
そこに、現実ではありえない仮想の肉体が持つ筋力でもって、全霊で地を蹴り付け跳躍する。
するとその結果、宙に高く打ち上げられたディアベルと同じくらいの高度にまでアヤは跳んでいた。ほぼ水平に。それはもはや飛翔と称しても過言ではないほどだった。
「ッダァアアァァaaa‼︎」
声とすら呼べぬ咆哮と共に繰り出されたのは、闘魂一閃・彗星が如き全力のドロップキック。
「まああああああ⁉︎」
なんとそれはディアベルの脇腹に突き刺さった。
◇
全員が呆気にとられた。
ここで言う全員というのは《イルファング・ザ・コボルドロード》を含んだこの場にいるすべての者という意味である。
無論、下手人であるアヤは除く。
アヤのドロップキックはディアベルを猛烈に吹き飛ばした。
突然のことに受け身など取れようはずもなく、地面に数回バウンドしてべちゃりと倒れ伏すはめになった。
宙に投げ出されていた彼に抗う術などもちろんなく、無遠慮に叩きつけられた運動エネルギーが物理演算に従ってただただ当然の現象を引き起こしたのである。
一方で宙空でディアベルにぶつかった形になるアヤは、もともとディアベルのいた位置で一瞬静止する。
そこに、すでに放たれていた《緋扇》の三撃目が直撃した。
自他共に認める紙装甲のアヤである。
あわや一撃死かと思いきや、不幸中の幸いにして右腕を抉り飛ばされるだけで済んだ。
そして、刺突の衝撃により吹き飛んだ彼もまた因果応報とばかりに無様に地べたを転げ回るはめになる。
半ばトレードマークと化していた骨の仮面も吹っ飛んでいき、生首のように床をころころ転がっているのが少しシュールだ。
だが、しかし。
窮地に陥っていたディアベルも、それを救ったアヤも。
いずれもまだ、死んでいない。
ソードスキルの硬直か、はたまたこの状況にAIがキャパシティオーバーを起こしているのか定かではないが、コボルドロードは固まっている。
「アスナ! アヤを頼む!
絶対に死なせるな‼︎」
「ッわかった!」
体勢を立て直す好機と、いち早く思考を取り戻したキリトが吠えた。
剣を構え、立ち塞がるようにコボルドロードに対峙する。
アスナも我に返ると、アヤを助け起こそうと駆け出した。
それを見たその他のプレイヤーたちも次々と我に返っていく。
ディアベルさんを安全なところまで連れて行くぞ!ディアベルさんさえ復帰すればいくらでも立て直してくれる!死んでも守れ!
B隊はあちらのセンチネルの群れを抑える!あいつらを自由にさせるな!
んならワイらはばらけた取り巻きどもの相手や!気張れやオマエら、一匹たりとも逃がすんやないで!
各々が今なすべき事を見出し動き始める。
元が優秀な攻略組のプレイヤーたちだ。
いざとなったときの実行力は非常に高い。
キリトはたった一人でコボルドロードと斬り結んでいる。
とはいえ、さしもの彼も一人でボスの相手はさすがに厳しい。
攻撃的なスタイルの彼が今は守勢に回らざるを得なくなっており、懸命に時間稼ぎをしている。
これは、ボスの動きを知っている自分にしかできないことだ、と。
ボスフロアの脇のほうに退避させられたアヤとディアベルは、そんなプレイヤーたちの奮闘を眺めていた。
近くには二人の護衛として数名がついている。
「ありがとな、アスナさん。
さすがに片腕失くすとバランス悪くなるね。
肩貸してもらえなかったらかなり歩きづらかったと思うわ」
左手でポーションの瓶を器用に開けながら、アヤはへらりと笑った。
実に痛々しい姿である。笑っていられるのが不思議であった。
「いえ。当然のことをしただけです。
その......立派だったと思います。あなたのしたことは」
アスナの表情はケープに隠れてわからないが、その声色はどこか丸みを帯びていた。
必要最低限の受け答えしかしないトゲトゲしかった彼女の本来の声はこちらなのかもしれない。
「だってよディアベル。
俺、立派かい?」
アヤは隣で俯いていたディアベルに声をかけた。
そもそもの耐久力に大幅に差があるのだろう。彼のHPバーの残量はすでにアヤよりも長かった。
片腕を欠損していることもあり、今ではアヤのほうが重症扱いだ。
「......間違いなく立派だろう。
俺とは違ってね。
ああ、すまん。まだお礼を言ってなかったな。
ありがとう。君は命の恩人だ」
そんなディアベルはメンタルが重症であった。
膝を抱えて小さくなってしまっている。
普段の溌剌とした様子は見る影もない。
「テンション低すぎるだろ。
いきなりブルーになるんじゃねぇよ。
いや、髪はブルーだけどさ」
「アヤさん。
今のはあんまり面白くないと思うわ」
「言うようになったねぇアスナさん。
このゲーム始めてから一番心にキたかもしれんわ今の」
アヤのメンタルも下方修正された。
「あー、アスナさん。
それと、エギルさんだったよな。あんたらの部隊も。
そろそろ戦線に復帰してやってくれ。
キバオウさんらが取り巻き全部倒してくれたみたいだから、もう俺らも安全だしさ」
「いいのか?
また湧くかもしれないぞ」
スキンヘッドの巨漢プレイヤー、エギルが落ち着き払った声で問うた。
そう言いつつも、前線の観察をするのも忘れていない。
冷静に状況を見極めようとしている素振りだった。
「俺は逃げ足が速いし、ディアベルはそもそも固い。
俺らの護衛に人を割くよりも、あっちに加勢してこの戦いの決着を少しでも早めたほうが結果的に全員の安全を確保しやすいはずだよ」
「......ふむ。わかった。
F隊、戦線に復帰するぞ」
アヤの言に一理あると判断したのだろう。
エギルはパーティを引き連れボスとの攻防に復帰していった。
「ほれ、アスナさんも。
キリトがやばそうだからスイッチしてやってくれ。
パーティメンバーが2人も抜けたんじゃ、いくらあいつが強くてもキツい」
「......わかりました。行ってきます」
アスナもまた復帰していく。
いってらっしゃーいと左手をひらひらさせた。
これでアヤとディアベルの二人きりである。
◇
「大体読めた。
あんた、ラストアタック狙ってたんだろこのボス戦で」
答え合わせをするようにアヤは問うた。
ディアベルの不可解な行動、その答えが知りたくて。
「......ああ。キリトに勝ちたくってね。
浅ましいだろ」
アヤの問いにディアベルは自嘲した苦笑と共に肯定した。
キリトに対抗心を燃やしていたことまでは読み切れていなかったが、やはり、間違ってはいなかったようである。
「散々に失敗したなと思っている。
一人で突っ走って、死にかけて、君に助けられて。
あまりにも惨めだ。
やっぱり、俺は英雄にはなれないんだな。
そう、思ったよ」
走馬灯の中でアヤは言った。
ディアベルは、このデスゲームで最後まで生き残れたらきっと英雄になれると。
アヤも当然、自分が彼にそう言ったことを覚えている。
それだけの資質を持った人物だと思い、掛け値なしに尊敬できたから告げた言葉であった。
彼の理念は高尚だ。
確かに多少の英雄願望はあれど、行動そのものは善性のものである。
彼の行動に救われる人は、きっと彼が思うよりもずっと多い。
彼自身がどれだけ自らを浅ましいと貶めようとも、それは変わらない。
だから、語弊があった部分については修正したいと思った。
「俺さ、レトロゲームが好きなんだよね」
「どうした、唐突に。
俺も好きだけど」
「職業でさ、"勇者"っているだろ。
あんたが思う英雄って、たぶんその"勇者"みたいな一人で何でもできるやつのことだと思うんだけど、合ってる?」
「......言われてみればそうかもしれない。
そうだな、なれるものならこの世界でなってみたかったな。"勇者"に」
剣と盾。
実にオーソドックスな彼のスタイルは、彼自身は騎士と自称してはいるものの、往年の名作ゲームの"勇者'"の影響を捨てきれていそうにはなかった。
「でもさ、俺が言った英雄ってのはそれとは別なんだよ。
"勇者"って初めから誰かに選ばれてそう呼ばれるものだろ?
だけど英雄は俺の見解ではそういうものじゃない。
たくさんの人の先頭に立ってさ、鼓舞したりなんかして。
そうしているうちにいつの間にかたくさんのものを救ってるやつ。
そんなやつがいつしか誰かからともなく呼ばれるようになるもの。
それが、俺の考える"英雄"。
要はワンマンじゃなくてカリスマ性があるやつのことだ」
「......それが俺だと?」
俯いていたディアベルは顔を上げた。
「さっき、リンドってやつが叫び散らかしてたろ。
ディアベルさんさえ復帰すればいくらでも立て直してくれる、って。
めちゃくちゃ信頼厚いじゃん。
口に出したのはあいつだったけど、みんな少なからずそう思ってるはずだぜ。
俺もそうだし、何なら今派手に立ち回ってるキリトだってな」
HP回復のためにキリトが後ろに下がったからか、ボスの動きにまだ慣れていないプレイヤーたちはとにかくスイッチしまくって場を繋ぐ作戦に出たようだ。
体力のあるやつは前に出ろ、減ったら下がって回復しろ、回復したらまた戻れ。
いつまでやるんだ、って?
リーダーが復帰するまでに決まっているだろうが。
そんな声が聞こえてくる。
ディアベルは天を仰いだ。
さっき無様を晒したばかりの俺をまだ信じてくれているのか、と。
「俺は見ての通り役立たずと化した。
LA争奪戦のライバルがひとり減ってる今がチャンスだぜ。
そろそろ決めてきてくれよ。
もたもたしてると気合いで腕生やした俺がLA狙いに行っちまうぞ」
欠損した右腕......というか右肩をぴょこぴょこさせながら言ってやる。
ディアベルは苦笑した。
「君なら本当に生やしかねない。
そうだな、そうなると困る。
キリトだけでも強敵なのに、アヤまでとなるとね」
ディアベルは立ち上がった。
まだ完全に心が晴れたわけではない。
だが、このレイドを作った責任は最低限果たしに行こう。
決してアヤに乗せられたわけではない。
これから、先ほどの無様を払拭するくらいに活躍してみせれば良いだけのことじゃないか。
剣を高く掲げてみせる。
「みんな、遅れてすまない!
俺はもう大丈夫だ!
これより戦線に復帰する。
勝つぞ‼︎」
レイドリーダーの復帰にプレイヤーたちは湧き立った。
そこからはもう、時間の問題だった。
コボルドロードの《カタナ》スキルを見たことがあるのはキリトと同じ最前線組だったディアベルとて同じこと。
冷静にさえなってしまえば、的確な部隊運用によりその脅威を抑えるのはさほど難しいことではなかった。
所詮は残り1ゲージ。
盾を捨てているのはベータの頃と同じであり、防御力は下がっている。
未知なる攻撃であった《カタナ》への恐怖心さえ取り去れば、ここに集ったプレイヤーたちがおくれを取るような相手ではない。
ディアベルの復帰よりまもなく。
アインクラッド第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》は討伐された。
ラストアタックはキリト。
別にキリトも狙っていなかったし、他の誰しもがそうだった。
ディアベルの指示により前線のスイッチングをしていたら、偶然キリトの手番でボスが倒れたというだけの話である。
ディアベルは苦笑しつつ思ったという。
キリトみたいな「持ってる」やつに勝とうとするのがそもそもの間違いだったのかもしれない、と。
そしてまた。
持ってないなら、これから手に入れていけばいい。
そんな風にも。