死んでもいいデスゲーム 作:働け蜂
◇
無心で草をむしる。
無心で小石を拾う。
「......」
無心で耕す。
ゲーム的な表現なのだろう。クワを一振りするごとに土が掘り起こされ、柔らかくなっていく。
メニューを操作し、アイテムをオブジェクト化した。
《キャベツ・オブ・ホワイトヴェールの種》というアイテム名だ。
小さな巾着袋の中には真っ白な種がこれでもかと詰め込まれている。
無心で種を蒔く。
丁寧に、整然と、農地の隅から隅まで。
「......」
無心で水を蒔く。
土が乾いていては作物は育たない。
まして、この通称《花嫁キャベツ》と呼ばれるレア作物の生育条件は厳しい。
システムから水田判定を受けるほど農地をひたひたにしてはならないが、通常のキャベツカテゴリの作物に比べるとかなり高めの湿潤度を保っていなければ満足に育たないのだ。
土にもステータスはある。栄養状態や乾燥・湿潤度などなど、育てる作物に応じてこれを上手く調整してやるのが農業プレイのコツであり鉄則のひとつであった。
今回は水源から水を引っ張ってきて水路を作り、隣接する土の湿潤度を上げるといった方法も無論併用している。
そのうえで水を蒔く。ひたすら、蒔く。
「美味しく育てよ、お前ら」
野菜に語りかけてやることも忘れない。
愛である。愛を持って育てるのである。
そうすればきっと、野菜たちは応えてくれるはずだから。
「......なにやってるんですか」
「わからないか」
無粋な闖入者に対し、アヤは手拭いで汗を拭き取りながら言った。
サッと風が吹き去る。
飛ばされないよう麦わら帽子を手で押さえた。
「農業だ」
年季の入ったクワを片手に、堂々たる立ち姿であった。
「それは見てわかります。
なんで攻略もしないで畑を耕してるのか訊いてるんです、私は!」
攻略組の一員、細剣使いの美姫は全霊のツッコミを放った。
◇
「まあ飲めよ。
うちで育てた《ゴールデンバーレイ》から作られた最高級の麦茶だ」
「......いただきます。
あ、美味し。すごく香り高い。
じゃなくて。
アヤさん。もう一度訊きますけど、何のんびりスローライフしちゃってるんですか。
もう24層も突破されて、いよいよクォーターポイントですよ。25層ですよ。
いつになったら前線に帰ってくるんですか」
アスナは上品な所作でガラスのコップをコースターに置いた。氷がカランと音を立てる。
そして彼女は、今日彼のもとを訪ねた要件を端的に告げた。
アヤが前線から離れてはや二ヶ月。
攻略組の面々はその豊富な資源と情報により着々とこの鉄の城の攻略を進めていた。
しかし、近頃の攻略ペースは遅い。
その理由のひとつに、プレイヤー間で俗にクォーターポイントと呼ばれている現在の最前線・25層の攻略難易度の高さが関わっている。
とにかく敵が強いのである。そこらへんの雑魚ですらこれまでの階層とは一線を画した高水準のステータスを誇っている。
その強さは百戦錬磨の攻略組ですら油断すれば命を落とし兼ねないほどであり、雑魚ですらそれならエリートモンスターやましてやボスなど。
死んだらそこで終わりのこのゲーム。無茶な攻め方など到底できようはずもない。
故に最前線で戦う者たちは慎重になっていた。あるいは臆病になっていた。
この階層は、やばいと。
アヤもそのことはわかっている。
というか、こっそり前線で狩りはしている。
流石にソロでとなると危険なので、彼がその実力を高く買っているキリトに声をかけてのペア狩りである。
これがまた経験値もドロップも不味い。敵は24層より格段に強いのに、報酬は24層の敵に毛が生えた程度のものしかもらえないのだから、二人は25層に早々に見切りをつけていた。
この階層はハズレだ。旨味がなさすぎる。たぶん駆け抜け推奨マップ。そんなことを二人でぼやきながら夜な夜な狩っているのだった。
「ていうかさ。
アスナ。なんで俺ん家知ってんの?
情報は売らねぇようにアルゴには頼んであったんだけど。
信じたくねぇが、あいつ俺を売りやがったのか?」
話を逸らすようにアヤは尋ねた。
そう。アヤが隠遁生活を送るようになったきっかけがきっかけなだけに、この場所は伏せてある。
ペア狩りをするくらいには交流を取り戻したキリトですらもこの場所は知らない。
20層。この階層の主な戦場である森林フィールドから外れたところに、NPCたちがめくるめく農業ワールドを繰り広げている農耕地がある。
第一層はじまりの街でNPC商人たちの元締めである大商会から受注することのできる、階層すらも跨いだ連続クエストをクリアしていくことで辿り着いたこの農耕地の一画に、アヤは居を構えている。
そこそこ造りの良い煉瓦造りの一軒家に畑もついた物件である。
この商会クエストがまた長い。新しい街に着くたびに何らかの形で商会員から声をかけられ、クッソつまらないのに面倒くさく報酬も不味いおつかいをひたすらさせられるこのクエストは、プレイヤーたちからは圧倒的な不人気を誇っている。大体の者が序盤で投げ出し無視する代物である。一説にはカーディナルがプレイヤーの忍耐力を計るために作ったクエストなのではないかと噂されているくらいだった。
そんなクエストをアヤは今も忍耐強く続けている。20層にしてようやく、土地の購入権という少しは旨味のある報酬を得られたのであるから無駄ではなかったとも思っている。
まあ、辺鄙なところにある余った土地を売りつけられたとも捉えられるのだが、アヤとしては気に入っている物件である。特に文句はなかった。
話を戻すが、この場所はほんの限られた一部の者しか知らない。
この農耕地で他に受けられるクエストもアヤが知る限りでは無い。
つまり普通のプレイヤーは立ち寄らない、あまり人目につかない場所なのである。
どうやってアスナはここを嗅ぎつけた?
教えてはいないがこの場所のこともおそらく知っているであろう神出鬼没の情報屋の存在が頭にちらつく。
金に汚いやつとはいえ、道理は弁えているはずなのだが......。
アヤは頭を捻った。
そんな時であった。
ガチャリ、とリビングのドアが開く。
「見て見て!
薬草畑にレア作物生えてたよ!
ほらっ《マンドラ草モドキ》!」
満面の笑みを浮かべた少女がしおれた植物の根っこを手に持って部屋に駆け込んできた。
いち早く見せたかったのだろう。頬についた土も落とさず、麦わら帽子もかぶったままでのエントリーである。
「......え。
その女の人、だれ?」
そんな彼女はリビングの光景を見るなりスンッと真顔になった。
なんでわざわざ
浮気現場みてぇになってんじゃねぇか。
呆気に取られるアスナを見やりながら、アヤはため息を吐いた。
◇
「紹介しよう。
こちら攻略組きっての細剣使いにして攻略の鬼......と一部で呼ばれつつあるアスナさんだ。
俺との付き合いはなんだかんだで1層の頃からになる」
「その呼び名を広めたのアヤさんですけどね。
私は真面目に攻略してるだけなのに」
アスナはむっとした。
「で、こちらは......あー、俺の妹分であるサチだ。
一応、俺のリアルの知り合い」
サチがむっとした。
アヤはその理由はわからないことにした。
「詳しい事情は説明しづれぇんだが。
俺が前線に出ていないのは、この子のためだ。
ちとワケありでな。この子のレベリングやらを俺が手伝ってる。
ああサチ、待て。他意はない。サチのせいとかじゃないから」
サチがまた「わたしのせいでアヤが前線に出られないんだ」みたいな顔をし始めたので、アヤは慌ててなだめた。
アスナはじとっとした目をしている。
「......デレデレじゃないですか。
しかし、なるほど。
理由もなく前線に顔を出していないわけではないようですね」
目の前でイチャイチャしている......ように見える彼の姿に少しだけイラッとはしたが、アスナは一応の納得を見せた。
アヤはなんだかんだで攻略組の中心人物のひとりだ。
ふらふらと好き勝手にしょーもないクエストを受注して「報酬まっず」とけらけら笑っている姿がよく目立ったが、それでも戦力としては攻略組に一定の貢献を示していたのもまた事実。
アルゴとタッグを組んで情報をかき集め、自らもその卓越した槍捌きでもってフロアボス攻略戦で活躍を見せていた。
口と態度では自由に振る舞いつつも、力ある者の責務とでも言おうか、行動のうえではこの鉄の城の攻略に前向きに臨むプレイヤーの筆頭格のような人物のひとりだったのだ。
そんな彼が前線に顔を見せなくなって久しい。
きっと何らかの事情あってのことなのだろう、とアスナは考えていた。
この男が理由もなく戦いの場から離れるとは思わなかったから。
「私がこの場所に辿り着いた方法は至ってシンプルです。
悪いとは思ったんですけど、アヤさんを尾行させてもらいました。
街からの転移ポータルもなく、道中にモンスターも湧かない。
私の脚なら、走るあなたを追跡するのも難しいことではありません」
だからアヤを尾行しこの場所を突き止めた。
話が聞きたくて。
戦いから離れる理由があるならそれはそれでいい。
彼の行動を決める権利など彼以外の誰にもない。
しかし、彼の能力は攻略組に必要なものだ。
せめていつになれば戻ってこられるのか、あるいはそもそもその気はあるのか。
ただそれが聞きたかったのだ。
「マジかよ尾行て。
全然気づかなかったぞ。
というか意外すぎる。まさかアスナに尾けられるなんて」
アヤは目を剥いて驚いている。
アスナとしても驚かれるのに不思議はない。
自分がそんなはしたない真似をするようになるとは彼女自身でも思っていなかったからだ。
停滞する攻略への焦り。理由としてはそんなところである。
ところでサチの目が怖い。目だけがすごく怖い。
理由はなんとなくわかるし悪いことをしたのは自分なので甘んじて受けるがそれはそれとして怖い、とアスナは思った。
「本当にごめんなさい。
でも私、どうしても気になっちゃって。
アヤさん、誰にも何も言わずにいなくなっちゃったから。
言いたくない事情があるんだろうなとは思っていたんですけど、それでも。
あなたの力が攻略組には必要だと思ったから。
だから、失礼を承知のうえでこうして訪ねたんです」
アスナは頭を下げた。
それは真摯な所作であった。
アヤは横目にサチを見た。
尾行、というワードが出たときだけハイライトが消えた目をしていたような気がする彼女であるが、今は何かに怯えたような表情をしている。
安心させるためにポンと頭に手を置いた。
「実を言うと。
この子にはクラフト系スキルの熟練度を上げてもらってる最中でな。
《薬草学》と《調合》に《宝飾》、あと《料理》もか。
有用なバフを得られるアイテムや装飾品の生産に必須となるスキル群だ。スキル上げに必要な素材は俺が調達している。
そして、有難いことにこの子はスジが良い。すでにいくつかの有用なポーション類のレシピはアルゴを介して共有しているし、現物も攻略組に流している」
アヤの言葉を聞いてアスナは目を剥いた。
「急に商人たちの取り扱う物資の種類がたくさん増えたと思ってましたけど、アヤさんたちが出所だったんですか」
「一部はな。
他のクラフト職の尽力も大きいだろうよ」
24層の攻略中のことだった。
一時、前線のプレイヤーたち......特にクラフト職につくプレイヤーたちがどよめいていたことがある。
突然、NPCが取り扱うアイテムの中に性能の高いアイテムが入り混じるようになったというのだ。おそらく何らかのクエストの達成をトリガーとして品揃えが変わったのだろうと思われた。
そしてクラフト職のプレイヤーたちは、そんな素材アイテムを元にして高性能なアイテムを作り出す。そのレシピはこれまた出所不明だったが、有用なものであったのには変わりない。
そうして作り出されたアイテムは商人プレイヤーなどを介して前線のプレイヤーのもとへと届く。
アスナももちろん、それらのアイテムは常にポーチに入れている。
「プレイヤーメイド品で最も目立つのは武具だが、消耗品もそれに負けず劣らず有用な品は多い。
ほんの1%でも効果の高いアイテムを所有していれば、時にそれが生死を分かつこともある。
NPCにより秘匿された生産レシピや希少素材をクラフト職だけで発見するのは難しい。中には戦闘系のクエストを介して入手するものもあるからだ。
方々駆け回っていて前線にまで手が回らないのはそれが理由」
アヤが言うように、質の良い消耗品の存在は確かにプレイヤーたちの助けとなっていた。
現在攻略が難航している最前線においては特にそれを実感している。
敵の攻撃は苛烈だ。戦闘は熾烈を極める。そんな中で所持できるアイテムひとつひとつの質が上がるということはすなわち、戦う者たちの生存能力や継戦能力に少なくない影響を与えているということだった。
「言い訳にはなってねぇだろう。俺が前線にいないのは事実だ。
だけど、俺は。そしてサチも。
決して攻略から逃げちゃいない。俺たちは今も戦っている。
それはわかってくれねぇか」
そう言ってアヤは頭を下げると、隣にいるサチに微笑みかけた。
普段のへらへらしている笑顔とは質の違う表情であった。
アスナはいたたまれない気持ちになった。
責めるつもりはなかったにしても、アヤに攻略への積極性を取り戻して欲しいと思っての此度の訪問である。
それがどうだ。彼は彼なりにこのゲームを攻略していた。ただその方法を目に見えづらい形に変えたというだけのことだったのだ。
あと。
私ここにいていいのかしら、とも思った。
この人たち今にも二人の世界に入りそうなんですけど。
妹分とか言ってましたけど嘘でしょその感じで?と。
「......わかりました。
改めて、ごめんなさい。
事情を知らなかったとはいえ、不躾な訪問でした」
再び、アスナは頭を下げた。
麦茶の入ったグラスが汗をかいている。
氷が溶けかかるほど長居していた。
「いや。こちらこそすまないと思ってる。
クォーターポイントの攻略が難航してることは俺もわかってるから。
しかし俺自身のレベリングは......もうちょっとかかりそうだ。今行ってもおそらく足手纏いになるだろうな」
アヤは自らの手元のグラスに口をつけ、一息ついた。
促されたような気がして、アスナも同じようにする。
「俺の一個人としての戦力は大したことない。
ディアベルみてぇな指揮能力もなきゃアスナやキリトみてぇな剣技も持ち合わせちゃいない。
いずれ前線から取り残される可能性もあると思っていた」
「そんなことは」
「そう見せねぇように格好つけてんだよ。
薄々気づいてるだろうが俺は記憶力がいい。敵の動きは一度見れば確実に覚えられる。
覚えたことにきちんと対処しているから、まだ覚え切れてねぇやつよりも上手く戦えているように見えるだけ。
ステータスの差を覆すための要素としてはちと弱い」
アスナにも心当たりのあることだった。
ゲームというものに多少詳しくなってきた彼女は、アヤの戦闘スタイルが回避タンクと呼ばれるものであったことを思い出す。
盾で受けるのではなく、避けるタンク。
敵のヘイトを買う行動を取り自らを攻撃するよう仕向け、それを的確に回避しつつカウンターを叩き込むスタイルである。
初見の攻撃に対する対応力は低く、一度は敵の動きを見る必要がある。対応を誤れば身を危険に晒すリスキーな戦い方だ。
アヤはその常人離れした記憶力でもって、少ない機会で敵の行動を把握し対応することによってそれを成立させている。
「さすがに初見殺しでワンパン即死となるとまずいんでね。レベルで取り残されているうちは、鉄砲玉にはなれても戦力にはならない。
だけど、このままでいる気はないぜ。
釣って避けて範囲攻撃で狩る。雑魚狩りは得意中の得意だ。レベルなんてすぐ取り返してやるさ。
それまで、前線のことは頼むよ」
そう言って、アヤは不敵に笑ってみせた。
それは大したことない人のする顔じゃないでしょ、とアスナは思った。
どうやら心配する必要はなさそうである。
「ええ、待ってます。
それから、ありがとうございます。
あなたたちの提供してくれたアイテム、大切に使わせてもらっています」
アヤは必ず戻ってくる。
アスナの不安や焦りはもう解消されたと言ってもよかった。
そもそも、彼は今でも攻略組の助けになっている。
そのお礼もきちんと告げた。
「大切になんてせずジャブジャブ使いなよ。消耗品なんだからさ」
「あは。言われてみたらそれもそうですね」
アヤの至極真っ当なツッコミを受けて、アスナは上品に笑った。
◇
ごちそうさまでした、と。
育ちの良さが見て取れる所作で礼をしたアスナは帰って行った。
何故か主にサチのほうに目線を合わせながら「お邪魔しました」と言っていたのが家主のアヤとしては釈然としないところだったが。
時刻は夕暮れ。
アヤが途中になっていた農地の片付けを終えて部屋に戻ると、サチはリビングの椅子にぽつんと座ってノートを取っていた。
クラフトレシピの整理をしているのだろう。
「あっ。おかえりなさい」
サチはアヤに気づくと顔を上げて微笑んだ。
柔らかな笑顔の中にどこか儚さを感じさせた。
「ただいま。
今日はびっくりさせちまったな。
俺にとってもまさかの客だった。
アポ無し訪問とかしそうにないやつなんだよ、アスナって」
サチが苦笑する。
そして、ぽつりと。
「アスナさん。
綺麗な人だね。それに、格好良い」
言葉の裏に色んな感情が隠れていそうな様子でそう言った。
アヤはその正体に気づいていたが、あえて触れようとは思わなかった。
今日のアスナの訪問は予想外だったが、サチにとって決して悪いものではなかったとアヤは考えている。
サチの心理的負担......死への恐怖という面において、アヤ自身はそれを解消する手助けをすることが出来ていると自負している。
だがその一方で。
サチはそれとはまた別の心理的負担も新たに抱えているであろうことを理解していた。
そして、それはアヤだけではどうしようもないことだった。
何故なら彼女は「自分がアヤの攻略組への復帰を妨げている」と考えていると想定されるからであり、事実として彼は前線に出ていない。
自罰的な性格の子である。いつぞやのキリトのときもそうであったが、ネガティブな感情というのは一度まとわりつくと中々離れてはくれない。
ただの重荷。きっと彼女は、自身をそう定義していた。
しかし今日。
サチの後ろめたさの要因たる攻略組のアスナが現れた。
アヤはその前でしかと言った。
クラフト職もまた戦う者である、と。
俺とサチは今も戦っている最中である、と。
そしてそれは、他ならない攻略組によって肯定されたのだ。
いくら言葉を尽くしてもそれを認めてくれる当事者がいなければそれは真実とは見做されない。
その大事なピースを彼女は埋めてくれたのだった。
幾分、心が軽くなっていてくれたらいいのだが。
アヤは眼前の儚げな少女を見て思う。
「あいつ性格キッツイぜ。
俺はサチのほうがずっと付き合いやすい子だと思うね」
「そ、そうなんだ?
そっか。えへへ......」
努めてなんでもないことのように振る舞った。
それはそれとして、早いとこ日常に帰してやったほうがいい、と。
「ところで夕飯なに? 腹減ったわ」
「あっ。もうこんな時間?
ごめんね。すぐに作るね。
えと、ポトフにしよっかな。いい?」
「おー、熟練度だいぶ上がったんだな《料理》の。
複数食材を扱えるようになったのか」
「そうなの! すごいでしょ!
でもさ、もう。
リアルなら失敗せず作れるのにさぁ。
このゲームだと熟練度が足りない!ってシステムに言われて変な汁物に化けちゃってたんだよ?
でももう失敗しないから! 美味しく作れるから、待っててね」
サチは張り切った様子でぱたぱたとキッチンへと小走りで駆けて行った。
微笑ましい気持ちでそれを見送る。
《新規メッセージ有り》
その時、システムが鳴った。
アルゴからの情報共有か何かだろうか、とメニューからメッセージウィンドウを表示し確認する。
from Asuna
先程は急な訪問にも関わらずご歓待いただきありがとうございました。
あの場で伝え忘れていたので遅ればせながらメッセージで失礼致します。
アヤさん、ご結婚おめでとうございます。
このゲームって確かそういうシステムあるんですよね?キリトくんから聞いたことあります。
ゲームの中でのこととはいえ、おっしゃっていたようにお二人はリアルでもお知り合いとのことで。そういうことなんですか?
よかったら今度、馴れ初めとか聞かせてくださいね。
どうかお幸せに。
予想だにしない人物からの予想だにしない内容のメッセージにアヤは頬を引き攣らせた。
「アルゴだけで十分ややこしいのにアスナもかよ。
どんどん埋まるじゃん。外堀」
柱時計がチクタクと時を刻む。
それには猫っぽい架空の生き物のステッカーが貼り付けられている。
サチが猫好きなのを覚えていたアヤが、クエスト報酬で得た何の付加価値もないただの装飾アイテムであるそれを貼り付けたのだった。
キッチンからはご機嫌な調子の鼻歌が聴こえてくる。
そういやあの子、一番スキル上げのモチベが高そうなの《料理》なんだよな。
ふとそんなことを思った。他意はない。
キッチンから、ひょこりとサチが身を出した。
「ねっ。また熟練度上がったよっ!
野菜切ってるときに上がったの! 完成させたらもっと上がるかな⁉︎」
猫柄のエプロンをひらひらさせてご満悦な様子であった。
アヤがいつぞやのネカマ......Mr.RINKOとかいう大丈夫なのそのブランド名、という服飾職人に依頼して作ってもらったそのエプロン。
これを彼女は大層気に入っているらしく、料理をする時にはただのフレーバーアイテムに過ぎないにも関わらず必ず身につけるようにしている。
「そだね。
やればやるだけ上がるさ。
それがゲームの良いところだよ」
「そうだよね、がんばるね!」
再びキッチンへと戻っていくのを見てほっと息を吐いた。
モチベが高いのは何よりだ、と。
そんな時、またしても音が鳴った。
《システムログ更新》
メッセージウィンドウは開いたままでいた。
そういった場合に新着のログがあった場合、親切なシステムはそのことを知らせてくれるようになっている。
次から次へと今度はなんだと開いてみればそこには。
《キャベツ・オブ・ホワイトヴェールの芽が出ました》
そんな無機質な表示がなされていた。
そういや畑にお知らせ機能つけてたな、と。
さすがゲーム、芽が出んのメチャクチャはええな、と。
芽吹いたらしい作物の通称が何だったのかをあえて考えないようにしながら、アヤは夕飯が出来上がるのを静かに待った。
情報提供者: aaaaaaaa
《キャベツ・オブ・ホワイトヴェール》
甘味: ★★★
苦味: ★☆☆
酸味: ☆☆☆
成長速度: ★★★
備考 : 見た目が真っ白なキャベツだナ。その見た目から通称《花嫁キャベツ》と呼ばれてるゾ。もちろん生のままでも美味いケド、ロールキャベツにすると絶品とのことダ。