死んでもいいデスゲーム 作:働け蜂
◇
ゲーマーたちの間で「高難易度のマップ」について語られるうえで、昔からよく言われていることがある。
曰く「火山系マップは終盤のダンジョンに選ばれやすく難易度が高い」
曰く「寒冷系マップは終盤のダンジョンに選ばれやすく難易度が高い」
いやどっちだよ。
とケンカになったりすることもなく、どちらの主張をする人物も互いに「あー、そっちもムズくなりがちだよな。あるある」と手と手を取り合う関係であったりもする。
海外ではどうなのかはわからないが、少なくとも日本のゲーマーのコミュニティにおいてはこれらのマップの難易度が高いというのは一種の共通認識のようなものになっているようだ。
日本はその大部分が温帯気候に属する島国であるからして、特に日本のゲーム開発者たちはそのような極端に暑い寒いといった過酷な自然環境のフィールドを高難易度のマップとして設計しがちなのではないか、と考察されていたりもする。
「天才ゲームデザイナーの茅場晶彦もやっぱり日本人ってことなのかねぇ」
アヤは白い吐息と共にそう呟き、改めて周囲の景色を見渡した。
第25階層《氷晶の渓谷》
あたり一面が巨大な氷の山で出来たこのフィールドは、まさしく「寒冷地の難関マップ」そのものであった。
視界と足場が悪くて敵が強い。そのうえ寒いときたものだ。最悪である。
「そんな考察しなくたって日本人だよ茅場は!
それより頼むから早くこいつら何とかしてくれ!
そろそろ凍傷のデバフを発症そうなんだよこっちは!」
しみじみと呟くアヤに対し、キリトは叫んだ。
実を言うと、彼は今、うんざりするほどの数のモンスターと追いかけっこを繰り広げている。
吐く息が白い。身に纏う漆黒のコートのところどころに雪が付着しており、まだら模様のようになっている。
キリトを追っているのは《アイス・スピリット》という名称の小型モンスターである。
氷の結晶が小さく歪な人形をとったようなこのモンスターの最も厄介な点は、遠距離攻撃手段を持つということである。
こいつらは威力こそさほど高くはないものの厄介な状態異常の一種である《凍傷》を引き起こす氷の礫を発射する能力を持っているのだ。
このSAOというゲームにおいて、プレイヤー側にろくな遠距離攻撃手段が用意されていないということは今更になって賢しらに語るようなことでもないだろう。
あるとしたらせいぜいが《投剣》スキルがそれに当たるのであろうが、鍛えれど鍛えれどショボすぎるその火力はある意味で目を疑うほどのものであり、残念ながら実用性に乏しいネタスキルの域を出ていない。
現実世界においてでさえ、弓という狩猟道具が初めて歴史の舞台に登場したのは石器時代にまで遡るという。
だというのに、このゲームにおいてはその弓すらも存在していない。
要はこいつらを狩るには雨霰と飛んでくる氷の弾幕を掻い潜って接近し、かじかむ身体に鞭打ちながら、その顔面を近接武器でぶん殴ってやるしかないということである。
とはいえ、だ。
ゲーム的なロールで言えば後衛にあたるであろうこの害悪氷精たちは遠距離攻撃手段を得たその代償として耐久力がかなり低く設定されている。
「ん。すまねぇ。
もう十分な数は集まってんな。
そのままこっちに引きつけてくれ。
よしいいぞ。スリーカウントだ。
3、2......」
「1ッ!」
キリトが一段と強く地を蹴り付けたと同時、アヤは槍を構えつつ軽やかなステップで前に出た。
アヤは着地と共に上体を大きく捻り、槍を脇に構えている。
ソードスキルのモーションが起動。ライトエフェクトが槍を覆った。
キリトはそんなアヤの横をすれ違うように全速力で駆け抜けて行く。
《スパイラル・スイーパー》発動
流麗に、されど力強く。
廻るアヤの身体と共に槍が振るわれ、大きく円を描いた。
その軌道はいつぞや第一層フロアボスが放った《カタナ》カテゴリのソードスキル《旋車》によく似ている。
軌道上にいたモンスターたち全てが纏めて薙ぎ払われ、一撃のもとにポリゴン片となり霧散した。
しかしながら、キリトを追っていたモンスターたちは列を成していたのだ。円の軌道から外れていた後続の者たちはまだ生きている。
討ち漏らし? そんなわけもない。
この技が描くのは一重の円にあらず。
回転の勢いのままさらに強く、一歩先を踏み締める。
そして、速度を増してもう一回転。
遠心力により威力を増した必殺の一撃......厳密には二撃目だが、その鋭い斬光は殺到していたモンスターたちを一匹残らず塵に変えた。
リザルトである。
美味い......いや美味いかこれ? 手間かけた割にはやっぱショボくねぇか? タゲ取り分だけキリトに吸われてるっつってもこれはさすがに。うーん。
といった感想を抱く微妙な報酬を得たことを確認し、アヤは首を捻った。
「お前の狩り方見せてくれって言ったのは俺だけどさ。
だったらちょっと手伝ってくれっつーから手伝ったけどさ。
アヤ。お前いつもこんな狩り方してんの? しんどいんだけど」
ポーションをがぶ飲みしながらキリトは言った。
HP回復に状態異常回復、状態異常耐性、体感温度上昇の各種ポーションである。
まずい。喉が渇く。スポドリ欲しい。
なんて呟きながら。
「さすがにあんな数は釣らないかな。
てかよく釣れたな」
「あいつら火が嫌いだからか群れに松明投げ込んでやったら怒って仲間呼ぶんだよ。
性格悪い設計だよな。松明持ってたら近寄ってこない、とかだろ普通のゲームだったら」
「へぇ。それ知らんかったわ。いいこと聞いた」
「もうやらないぞ。
あんだけやってもどうせ不味かったんだろ報酬。
俺に至っては赤字だぞポーション分で」
「そんくらい出すよ。
いくつ使った? 上質品も取り揃えてるぜ」
「......あとでまとめて請求させてもらう。
まだここで狩るんだし」
今日、彼らがここに来ているのは主にアヤのレベリングのためであった。
最前線である25層は効率が悪い。狩りをするならこんなところじゃなく24層のほうが安全で美味い。
そんな理由で攻略組のプレイヤーたちは24層の美味い狩場を押さえようとそちらに殺到している状況である。
アヤとしてはあまり人目につきたくない事情があり、かつあまり進んでいないマッピングも同時並行で進められるとの理由で25層を主な狩場に選んでいるのだった。
とはいえ。
「悪ぃな付き合わせて。
俺の個人的な事情だってのによ」
自分ひとりならともかく、このような危険な狩り場にいつまでもキリトを付き合わせるのは少々気が引ける。
そうでありつつも、その実力と性質から狩りを手伝ってもらう人材として替えのきかない存在であることも事実であり、甘えざるを得ないというのが正直なところであった。
キリトは本人の性質的にあまり群れることを好まない。
というか単なるものすごい人見知りである。
自由人を気取りつつもちゃっかりギルドに所属していたことのあるアヤとは違って、ここまで完全にフリーを貫いてきたあたり筋金入りであった。
「水臭いこと言うなよ。
俺としてもアヤには早く戻ってきてもらいたいんだ。
その......アスナが怖いし。
攻略がなかなか進まないからか、焦っていそうに見える」
しかし、そんなキリトも完全なる一匹狼というわけでもない。
第一層からの縁なのか、なんやかんやで同じくフリーであるアスナと組んで攻略に臨むことが多く、周囲からはほとんどコンビやバディのように見做されている。
アスナの焦りはアヤも理解している。
先日の彼女の突然の訪問もその焦りからくるものであったことは想像に難くなかった。
と、いうか。
「そのアスナがそろそろ来る頃だよな。
第一層以来だな、俺ら3人で組むのは」
そもそものところ、今日の狩りを提案してきたのはアスナである。
先日、アヤの事情を知ることになった彼女が彼のレベリングを手伝うと申し出てきたのであった。
今日の狩りの予定が組まれるまでに至る彼女とのメッセージのやりとりを思い出す。
『こんにちはアヤさん。
提案なんですが、レベリングの効率を上げたいのなら私もお手伝いしましょうか?
勿論キリトくんには事情は伏せておきますからご心配はなさらず。』
『それは助かるよ。ありがとう。
実はキリトとはこれまでも最前線で何度か狩ってたんだけどね。
あいつ事情訊いてこないから居心地よくてさ。
今まで黙ってて悪い。』
『あー、キリトくん時々いなくなると思ってたら。
いえ。気にしていませんよ。
でしたら尚のこと都合が良いですね。
彼にも声をかけてみましょう。
私とペア狩りですと、ほら。
サチさんのこともありますし。』
何故そこでサチの名が出てくるのか。
どうして「友達と遊んでくるわ。え? 女の子? いや男もいるって。ダイジョブダイジョブ!」と言い訳をかますかのような気分を短いメッセージのやりとりの中で味わされるはめにならねばならないのか。
それに引きずられてか、今日出かける前にそれとよく似たことをサチに告げてから家を出てきた。「キリトとアスナ。キリトは以前にも話した凄腕の野郎だ。その3人でレベリングしてくる。3人でな。3人で」といった風に。儚げな笑顔で送り出された。
アヤはげんなりとした。
「なに急に落ち込んでんだ。どうした」
「すまんなんでもない。
一旦、セーフティエリアに戻るか」
「あ、ああ。
待ち合わせ時間も近いしな」
謎にテンションを下げているアヤに疑問を抱きつつも、キリトは頷いた。
◇
アスナと合流してからはとんとん拍子にマッピングが進んだ。
回避タンクのロールであるアヤが徹底した間合い管理で敵を引きつけ、高火力のダメージディーラーであるキリトとアスナ、それにカウンター攻勢に出たアヤも含めた3人がかりで早々に敵を始末する。
メンバー全員が火力偏重気味のビルドであるにも関わらず何故か噛み合うパーティであった。
典型的な「やられる前にやる」バーサーカー達の姿がここにあった。
そうこうしているうちに一向は本日の目標地点に到達する。
その間にアヤたちのレベルも上がり、特にアヤに関しては階層の安全マージンを確保していると言って良い水準をようやく満たすことができた。
迷宮区は目前といったところで、セーフティエリアで休息を取る。この後の攻略をどうするかといった相談もしつつ。
「思ったんですけど」
ぽつりとアスナが言った。
アイテムの受け渡しをしていたアヤとキリトがちらりとそちらに顔を向ける。
「アヤさん、今日はまともな格好してるんですね」
とんだ言い種であった。
「俺のことなんだと思ってんの」
頭の先から足元まで豪奢な毛皮つきの鎧で身を包んだアヤが苦笑した。
キリトが改めて、といった風にアヤの装備を検分している。
そして、思い出した、と手を打った。
「蒼き狼一式だよなそれ。
よく手に入れられたな。何層だっけ、ユニークボスの部屋に置いてあるのに無敵の狼の霊体に邪魔されて誰も取れなかったやつだ」
「21層。北の洞窟のクエ。
方々駆け回ってる時にたまたまユニーク品の槍を手に入れてな。
それがこの槍なんだが、どうやらギミック解除のトリガーだったらしい。運が良かった」
手に持った槍を掲げて見せつつ言った。
《狼王牙》という名称の槍カテゴリのその武器は、見かけ上は槍というよりも戟を思わせる造りをしている。
そのためか、刺突攻撃のみならず切断攻撃にも高いボーナスが付与されている逸品である。
控えめにあしらわれた毛皮製の房飾りが、彼が今身につけている鎧とマッチしていた。
そう。なんとアヤは不審者を卒業していた。
この氷雪マップにもよく似合う、どこか東洋風の鎧できちんとコーディネートされている。
その見た目に違わず耐寒ボーナスも付与されており、実用性を重視する彼のお眼鏡にかなう逸品であった。
トンチキなちぐはぐ寄せ集め装備で身を固める姿が目立つ彼にしては貴重な統一感のある装備構成である。
防具の名前からして元ネタは明らかであるが、武器も含めてトータルコーディネートをしたときにその武器だけが元ネタより時代を遡っちゃってる感じがお気に入りポイントである。
「戦ってる時のアヤさんって私の中では第一層の頃のあの姿のイメージが今でも焼きついちゃってて、今は逆に違和感がすごいんですよ」
「いや今でもあんな感じの装備の時はあるぜ。
雑魚狩りなら火力特化、守りも考えるならこれ。
ケースバイケースだ」
「なーんだ。
家庭持ったから身なりの意識も変わったのかと思ったのに、そうじゃなかったんですね」
「ちょ、おま」
あまりの変わりように思わず、といったところだろうか。
アスナがとんでもないことをポロリしてしまった。
「は? 家庭?」
キリトが食いついてしまった。
「あっ。ごめんなさい」
もう遅ぇよ。すごい天然ボケをかましてくれたものだ。
とアヤは思ったが、これだけ助けてくれているキリトにいつまでも黙ったままでいるのも不義理か、ともまた思った。
眉間を押さえつつも、頭上に?マークを浮かべている彼にも事情を話すことにした。
「家庭ってのは多分に語弊があるんだけどよ。
まあ、なんだ。
俺ん家に住んでもらってる子がいるんだ。訳アリで」
「え。同棲?」
「そ、そうとも言えるかもな。
あーそうだ。お前らこのあと時間ある?」
「俺はあるけど」
「ごめんなさい。私はちょっと予定が。
夜には友達とご飯に行く約束があるんです」
「そか。じゃあキリトだけで。
ちと待ってくれ。
夕飯、多めに作ってもらえるか確認するから。
客連れてってもいいか確認するから。
よかったらうちで飯食ってきなよ。その子も紹介できるし」
アヤはそう言ってメッセージ画面を操作し始める。
手慣れた様子であった。
「うわ返信早すぎでしょ。
ああ、オッケーだってよ。
マッピングもキリが良いし、今日はこの辺で帰るか?」
そして、爆速でやり取りを終えたらしいアヤは顔を上げると二人に声をかけた。
キリトの目は冷えている。
「語弊もクソもないだろ。嫁とのやり取りじゃん」
「そうよね! キリトくんもそう思うわよね!」
砂糖でも吐き出しそうな顔のキリトと、どこか興奮気味のアスナがめいめいの反応をしつつ頷いた。
「......」
アヤは眉間を押さえた。
◇
「おかえりなさいっ。ケガしてない?」
「ただいま。ないよ。
仮にしててもポーションで治ってるよ」
「あ、そっか。
じゃ、お風呂......は違うか。お客さん来てるんだもんね。
ご飯はもう用意してるよ。あとは仕上げだけ。
そちらの人が......キリトさん?
いつもアヤがお世話になってます。サチです。
こんな格好でごめんなさい」
エプロンを身につけたまま玄関で二人を出迎えたサチは、ぺこりと丁寧に腰を折った。
キリトは圧倒されつつ挨拶した。
完全に嫁じゃん。
口には出さなかった。
アヤの招きでキリトはリビングに案内された。
二人でテーブルにつき、今日の攻略について振り返り始め......ようかとアヤは思ったのだが。
「おい、アヤ」
「どした」
「リア充爆発しろ」
「仮想世界でなに言ってんだお前」
キリトは壊れていた。
「お前さぁ。いや、まだ深い事情を聞いたわけじゃないけど。
こっちがメチャクチャ心配してるときに、なに悠々と新婚さんやってやがんだ」
「......違う、とも言い切れない感じに見えるよな」
「そうにしか見えない」
玄関先でのやりとりとか完全にそれだっただろ。
キリトの目が氷点下を下回っている。
アヤがたじろぐ。
「最初は違ったんだ。
一生懸命、追い詰められたような様子でスキル上げに勤しんでくれてただけのはずだったんだ。
ここに来るまでの間にその辺の事情は軽く説明したよな。
だから初めからああいう感じではなかったはずなんだ。
いつの間にかああなってたんだ、サチは」
アヤにしては大変珍しいことに頭を抱えていた。
キリトはいつもへらへらしているこの男のこんな姿を初めて見た。
もっとシリアスな場面で見せろよと思った。
「俺は後悔などしてない。
自分が選択した行動の結果だ。
こうなった以上は責任を取るしかない。
もとよりそれとは違う意味でなら何から何まで責任を持つつもりだった。しかし、するすると懐に入り込まれているように感じられるこの現状に、今まで知りえたことのない恐怖のようなものをおぼえているのもまた事実だ」
「すげぇ早口で心境を表現し始めたな......」
「プロポーズもしてねぇのにいつの間にか嫁が出来てんだぞ。怖いに決まってんだろうが」
がっつりプロポーズみたいなことをした過去を棚に上げて、アヤは言った。
何から何まで覚えているもとい忘れられない彼の明晰な頭脳は、こうなった理由をほとんど理解している。
ただ感情の面ではそれに追いついていないというだけだった。
そんなつもりはなかった。などと言おうものならクズの誹りは免れない。
「まあいいんじゃないか。
お前も憎からず思ってそうだし」
ちょっと面倒くさくなってきたキリトは投げやりに言った。
「それはそうなんだけど過程の怖さがすげぇんだよ。これは体感してみねぇと絶対にわかんねぇ」
そういうもんかね、とキリトは出された茶を飲んだ。
いつもクソ不味いドリンクばかりよこしてくるアヤが出すものとしては珍しいことに、美味しい麦茶であった。いつもこういうのよこせよ。
キリトはほんの少し楽しくなっていた。
他人が懊悩している様を安全圏から眺める愉悦を味わっていた。彼は自他共に認める陰キャであった。
「いわゆるヤンデレではないんだ。
嫉妬みたいなのも見せない。束縛もない。
ただただしっとりとした湿度を感じさせてくるんだ。
どこそこに行くんだね。気をつけてね。待ってるね。いい子にしてるね、と。すんごい控えめに語りかけてくる。
そしてまた。
今日はこれだけスキルが上がったよ。こんなものが作れるようになったよ。わたしはあなたの役に立ててるかな、と。すんごい嬉しそうにも語りかけてくるんだ。
そこには善性のものしか感じられない。こちらがどのような心境でいようとも絆されるしかないんだ。逃げられないんだ」
アヤの苦悩という名の惚気が続いている。
キリトは半分くらい聞き流した。
茶が美味い。おかわりもらえんかな。
「死の恐怖に怯え夜も眠れないと彼女が泣けば、そばにいるから安心しろと俺も語りかけざるを得ない。以降毎日寝室が同じになった。
なかなかクラフト系スキルが上がらないとしょげていたから、手軽に熟練度にブーストのかかる調理アイテムを揃えて渡してみた。今では《料理》の熟練度500超だ。毎日朝から晩まで手の込んだものが出てくるようになった。
報連相は大事だからと逐一行き先と帰りの時間を共有するようにした。いつしか必ず玄関で見送ってくれるようになり、帰る頃には必ず時間きっかりに玄関で待ってるようになった。
なあ、俺がそうしたから彼女はああなっているのか?」
「森羅万象一切合切有象無象徹頭徹尾お前のそれが原因だろ」
どっちもどっちだなこいつら。
キリトの感想はそれに集約された。
完全無欠にお似合いであった。
「......薄々わかってたけど、やっぱそうなのか」
アヤは天を仰いでいる。
その表情からは魂が抜けている。
馬鹿みたいな言動がよく目立つが、実際には根がクソ真面目なやつなのだろう。何から何まで完璧にケアしようとした結果こうなったことは想像に難くはなかった。
決して満更でもなさそうなのに未だ踏ん切りをつけていない態度なのが引っかかるが、ただのヘタレということで処理していいものなのか。
そういった経験のないキリトにはそこまでのことはわからなかった。
とりあえず、そろそろ惚気も聞き飽きたから飯来ないかなと思った。
熟練度500超の飯がひたすら楽しみなのであった。
彼はアヤに負けずとも劣らない食道楽である。
「お待たせしましたっ。
アヤ、お料理運ぶの手伝ってもらえる?」
そしてまたタイミングの良いことに、サチがキッチンからひょこりと身を出して言った。どうやら夕飯ができたらしい。
「ああ、ありがとう。今行く。
キリトは座っててくれ。客に配膳はさせられん」
腰を浮かしかけたキリトを制しつつアヤは立ち上がると、キッチンのほうへと向かって行った。
どこか哀愁漂う背中が見える。
「......よくわからんけどあいつも大変なんだな」
デスゲーム黎明期、攻略会議のその夜。
彼と初めて会話を交わし、キリトが自らの弱さを曝け出した日。
その時の頼もしくクレバーな彼の姿を今改めて思い返す。
自らを責め、苦悩し続けていたキリトはあの夜、確かにアヤに救われた。
その日からも彼との交流は今に至るまで続いている。
二人とも基本的にいつもあちこちほっつき歩いているが、必要な時には組んで戦う機会もそれなりに多かった。
互いに頼りにしているのは間違いなかった。精神面でも、それ以外でも。
仮想空間である。背格好は変わりようがない。
中身のほうもお互い大して変わってはいないことだろう。
しかし、モノの見方というのは時間と共に変わるようで。
あんなに何もかも見透かしてわかってそうなやつでも、どうしたらいいかわからない時はあんな顔するんだな。
キリトはそう思ったのだった。
その後ご相伴にあずかった夕飯は信じられんくらい美味かった。
メチャクチャ家庭的な一汁三菜をお出しされた。
こいつやっぱ許せんわ爆発しろ。とも思ったのだった。