死んでもいいデスゲーム   作:夜深夜

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8. 落差

 

 

from aaaaaaaa

 

 まずは久しぶり。

 長らく前線から離れていたことをお詫びする。

 そしてもちろん、事情も訊かずにいてくれたことにも感謝している。

 いずれお前にもしっかりとした説明をさせてもらうことになるだろう。

 

 先日、キリトを通じて共有させてもらった迷宮区のマッピングデータは役に立っているだろうか。

 ボス部屋の発見には至らなかったが、クサイ箇所には目星がつくマップの構造であることにはお前も気づいたことと思う。

 以前までのように隅から隅まで網羅したデータを提供することは叶わなかったが、おおよそメインの進行ルートとなるであろう通過点と、俺が一度は引っかかるはめになったトラップの位置くらいは最低限マーキングしたものも添付している。

 このゲーム始まって以来最大の難関を攻略するための一助となっていたならば幸いだ。

 

 こちらはようやくレベルを安全マージンを満たしたと呼べる程度にまで取り戻したところだ。

 まだお前たちには及ばないだろうが、ボス攻略戦では戦力として数えてもらって構わない。

 

 次の定例会議は2日後だったと記憶しているが相違ないだろうか。

 そちらには必ず参加させてもらう。

 本当に長らく、お待たせした。

 

 

「......改めて読み返してみてもやはりそう思うが。

 あいつ、こんな真面目くさった文章書けたんだな」

 

 《聖剣騎士団》団長ディアベルは言った。

 いきなり散々な言い種であったが、その表情は柔らかかった。

 

「俺もそう思います」

 

 そばに控えていた副団長、その片翼たるリンドも言った。

 彼はディアベルより幾分クセのない青髪を、なにやら気にしたように撫で付けた。

 

 それを見たディアベルは思った。

 

 リンド。

 お前、なんで突然髪を俺と同じ色に染めたんだ。

 カラーコードまで完全に一致してるだろそれ。

 青色にしたかったにしても、もっと薄かったり濃かったり色々あっただろ。

 どうして俺と丸被りにするんだ。

 キャラ被りは望むところではないぞ俺としては。

 俺はオンリーワンがいいんだよオンリーワンが。

 どういうつもりだ。その仕草はなんだ。

 触れてほしいのか? 触れないぞ絶対に。

 

 メチャクチャどうでもいいことに思考のリソースを割いてしまった。

 

 ひょっとしたら浮かれているのかもしれない、とディアベルは嘆息した。

 そうだとしても無理はない。

 長らく前線に復帰していなかった、待ちに待った、友が帰ってくるというのだから。

 

「会議の開始時刻までもう間も無くですが、遅刻の常習犯であるアヤはともかくとしてキバオウの姿も見えません。

 ヤツには映えある《聖剣騎士団》の副団長としての自覚が足りていないようです。頭髪もトゲトゲしています。俺とは違って、ね」

 

 不仲なライバルを下げつつ無理やり頭髪の話に持っていこうとするな。

 ディアベルはリンドの発言を半分無視することにした。

 

「確かに遅刻は褒められたことじゃないが、まだ少しばかり時間がある。

 キバオウには部隊を率いて迷宮区のマッピングの最後の大詰めをしてもらっているというのはお前にも説明しただろう。

 裁量を彼に任せたのは俺だ。トラブルがあれば報告するよう厳に命じてある。

 なに。時間になったら来るさ。彼もあれでいてなかなか生真面目だからな」

 

 正直、今日のリンドは常にも輪をかけて面倒くさい。

 アヤ、早く来てくれないかな。

 あいつに高らかにツッコんで欲しい。俺の代わりにリンドの頭髪にツッコんでやってほしい。

 ディアベルは顔だけはキリリと引き締めたままそんなことを思った。

 

 人情家で激情家のキバオウがそこそこ面倒くさいやつなのは確かなのだが、どちらかといえばまだ扱いやすい性格である。

 一方でこちらのリンドは忠誠心が高く冷静で視野も広いが、少しばかりエリート意識をこじらせているのが玉に疵であった。

 

 《聖剣騎士団》創設期にアヤから「こんなんどうよ。お前っぽいぜ」といつものテキトーな調子で提案されそのまま採用したスローガン「ノブリス・オブリージュ」。

 ディアベルも気に入っているそれを、少しばかり行きすぎた形で体言しようとしているのがこのリンドだった。

 彼は力ある者がその責務を果たすにあたり、その他の者はあらゆる物を差し出さなけばならない、と考えていそうな振る舞いをする時がある。

 

 それとは対照的に、もう一人の副団長であり今この場にいないキバオウは全体主義だった。

 いっそ過剰なほどに平等性を重視しており、力の平均化を図ることをよしとする。

 足りない者には施しを。その施しを行うのは当然多くを持つ者。そうして全体を平らに均せば、足並みを揃えて戦える。そう主張している。

 要するにリンドとは正反対の思想の持ち主であった。

 

 ディアベル個人の思想としては元々はリンド寄りであるが、細かいところは違う。

 有能な者がその能力に応じたことを成せばいい。

 ただそれで他者を蔑ろにすることなく、むしろ力のない者も上に引き上げて行くことでこそ、この難しいゲームを戦い抜いて行くことが出来ると考えている。

 つまりは、一部ではキバオウの思想にも賛同しているのだ。

 

 しかしながら、団長ディアベルにより近いのがリンドであるという風潮は拭えない。

 キバオウの態度がその頭髪同様トゲトゲしく良くも悪くも人を選ぶ性格だということも事実としてある。

 よって、上司たるディアベルは彼ら二人のギルド内でのパワーバランスを考慮して仕事の割り振りに神経を擦り減らすことになっている。

 此度の迷宮区のマッピングという重要任務をキバオウに割り当てたのもそれが理由だった。

 

 ギルドの中核を担う副団長二人の意見がその思想と性格の相違からよく割れるのはディアベルにとっても想定通りであった。

 というよりは、意図的に真反対のこの二人を要職につけた。

 彼はワンマンを忌避している。忌避するようになった。

 

 このデスゲームを一日でも早く終わらせる。

 ギルドのみならず全てのプレイヤーにとっての共通の理念たるそれが存在している限り、たとえ意見を違えようとも意思の統一はすでに成されている。

 であるならば、意見の相違など何するもの。むしろ歓迎されてしかるべきことだ。

 いずれかに偏った意見で凝り固まってしまうよりもずっと良い。

 

 多くの道を束ねるためには、そもそも道そのものが多く存在していなければならない。

 始めから終わりまで一本道であるなど、そんなつまらない話はない。

 それは王道の物語とは言い難い。

 

 ディアベルは無垢な子供のように、されど大人としての彼のままでそれを信じている。

 

 信じてはいるのだが......。

 攻略そっちのけで政治、もっと言えば派閥争いや権力闘争をするのはやめてほしい。不毛だからやめろっつっても、口ではハイハイ言いながらそのうちまたやり始めやがる。ふざけろ。

 ちょっと真反対すぎる。副マス二人が。さすがに人選ミスかも。助けてくれアヤ。

 

 思考の大半にやさぐれた感情が入り混じるほどに疲れ切ったディアベルにとって、派閥とかそういうのにまったく興味がなさそうなアヤの存在は癒やしであった。

 リンド派とかキバオウ派はいてもアヤ派など皆無だ。しいて言えばディアベルがそうかもしれない。

 

 いよいよもってこの仮想空間においては存在しえないはずの頭痛をおぼえそうになり、軽く眉間を揉みほぐしていたその時。

 

「すまん。開始時刻のギリギリになっちまった。

 今日くらいはさすがに遅刻できねぇからな。

 狩場から急いで来たぜ」

 

 待ちに待った男が帰還を告げた。

 

 来たか。およそ二ヶ月ぶりに俺たちの前に姿を見せるんだ。

 久々に、我がギルドでは恒例となっていたアレをやってくれ。

 装備更新したのにも関わらず変わらないトンチキな格好と、それが如何に合理的で有用な装備構成なのかを見せびらかしながら語るというアレをやってくれ。

 実を言うとアレが恋しくてたまらなかったんだ。

 

 ディアベルは期待と共に癒やしを求め、会議場の出入り口に目を向けた。

 

「誰だお前は。ここをどこだと思ってる。部外者は立ち去れ」

 

 リンドがその手を剣に添えていた。抜刀寸前である。剣呑すぎる。

 

「お前こそだれ......いやリンドかよ。どうしたその頭」

 

 開け放たれたドアの前には、チンギス・ハンが立っていた。

 

 

「なんて格好をしてるんだ、アヤ」

 

「言われ慣れた言葉のはずなのに普段と意味合いが真逆なのが納得できねんだよなぁ」

 

 アヤ史上初となるトータルコーディネートで会議場に入れば、彼は再会の挨拶を受けるよりも先にとんでもない言いがかりをつけられたような気分を味わうはめになった。

 まともな装備で参上しただけでこれである。普段からどう思われていたのかが改めてよくわかる。

 

 第25層主街区《ギルトシュタイン》

 ほぼ全域が寒冷地であるこの階層に似つかわしい雪の降り積もる街......といった風情でもなく、案外一般的な西洋風の街である。

 氷雪地帯だからこそ、ということなのか暖房設備が充実しており、街中は外の景色からは想像しがたいほどに過ごしやすい気温だった。

 《聖剣騎士団》は定期的にこの街で最も大きな宿の一角を丸ごと貸切にすることで攻略会議を開くための場としている。

 

 此度の会議の場には《聖剣騎士団》の主要な面々と、その他にも攻略に積極的に参加するギルドやパーティの代表者などが一堂に集っている。

 ディアベルが先ほどアヤの格好にいち早く言及したところであるが、他の面々もみな口には出していないが目が語っている。

 最初誰だかわからんかったぞどうしたその格好、と。

 

「いきなり話の腰を折るはめになるのは本意じゃねんだけどよ。

 俺だって性能さえ気に入ったならまともに見える装備くらい着るわ」

 

「まともというか、チンギス・ハンになってるじゃないか」

 

「防具の元ネタがそうなんだからそりゃこうなるだろうよ。

 《騎乗》スキルでも取ってみようかね。

 あとは弓でもありゃコスプレ完了だな」

 

 近頃、攻略組の空気はどこか重かった。

 停滞する攻略。定例会議での進捗報告は毎度のように芳しくないものばかり。

 ディアベルがどうにか取りまとめはするものの、主要メンバーであるリンドとキバオウによる小競り合いは絶えない。

 攻略の主体となる大ギルドたる《聖剣騎士団》が割れている様子を見せられる部外者たちの抱く不安もまたそれを助長した。

 

 そんな空気の中、アヤの復帰は蔓延する停滞感を払拭する良い風となっていた。

 彼がマイペースでゆるい雰囲気なのは相変わらずであり、本人の意図したところではないが普段トンチキなやつが急にまともな格好で現れるという変化球気味の一発芸をかましてきたので、ディアベルとの気安いやり取りも相まって全員の肩の力が少しだけ抜けていた。

 

「とにかく。

 好き勝手やらせてもらってはいたが俺も一応攻略組だ。

 この場にいる面々にはまず謝罪から入らせてもらうのが筋だろう。

 長いこと前線を空けていて悪かった」

 

 そしてまた、まともな格好と真面目くさった様子で頭を下げるその姿も一周回って逆にシュールだった。

 お前ほんとどうした、とツッコミ待ちなんじゃないかと思っている人間もこの場に少なからずいることだろう。

 なおこの時のアヤは完全無欠に大真面目である。別に何も待ってなどいない。

 

「顔を上げてくれ。

 変に自信家なところのあるお前らしいが、その殊勝な態度はかえって思い上がりが過ぎて見えるぜ。

 お前ひとりがいなくなったくらいでどうにかなるほど攻略組は弱くはない。そうだろ、みんな」

 

 アヤの謝罪に対し、ディアベルはぴしゃりと言い放った。

 

 攻略組の面々も頭ではわかっているが感情的には関連づけざるを得なかったことがある。

 アヤといういちプレイヤーの存在が攻略へと与える影響は、ひょっとしたらかなり大きかったのではないか。

 ここ最近の攻略の停滞は、そのアヤの不在によるところが少なからず要因としてあるのではないか、と。

 実際にはそんなことはない。停滞の原因はゲーム側がそうデザインしているからだ。25層はいっそあからさま過ぎるくらいにプレイヤーをここに留めてやろうと意図して設計されている。

 強力なステータスやいやらしい行動ルーチンを持つモンスター。過酷な環境のフィールド。NPCによる情報の出し渋りも酷い。そして何より報酬が不味く、プレイヤー側の強化をも阻害されている。これだけの要素が揃っていれば、これが意図を持ってデザインされたものなのだと推測することは難しくない。

 アヤが前線にいようがいまいが、攻略ペースは今とさほど変わらなかったことだろう。

 

 だからこそ、ディアベルのフォローは的確だった。

 一個人の力ではなく、全員で攻略する。

 その理念を、アヤの謝罪を出汁にしてこの場にいるプレイヤーたちに叩きつけたのだ。

 

 ゲーマーというのは存外プライドの高い生き物である。

 ましてやフロントランナーともなると、誰しも心のどこかでは「俺は上手い。俺は強い」と思っているものである。

 思い上がるなよトンチキ野郎。たまたま攻略が進まなかった時にお前がいなかっただけだ。俺たちが下手なわけじゃない。

 そんなゲーマーたちの心理を巧みに突いて見せたのだった。

 

 ディアベルの声掛けに対し、応と皆が声を上げた。

 

 アヤは内心、ディアベルに関心していた。

 意図に気づいたのだ。

 上手いこと使いやがって、と苦笑した。

 シナリオを描かずとも、ディアベルは勝手にピースを拾っていい感じはめてくれる。

 

「わかったわかった。

 確かにお前の言う通りだ。

 お墨付きも得たってことで、これからも好き勝手やらせてもらうよ」

 

「おいおい、そこまでは言ってないだろ。

 まあいい。その話は後にしよう。

 そろそろ時間だ」

 

 お手上げ、といったポーズを取るアヤに対しディアベルは苦笑した。

 しかし、すぐにその表情を引き締める。

 それに伴い、アヤの登場によりどこか緩んでいた場の空気もまた引き締まった。

 

「みんな聞いてくれ。

 先日、我がギルドが迷宮区でボス部屋を発見した。

 よってこれより。

 第25層()()()()()攻略会議を始める」

 

 

 第25層フロアボス。

 名は《アスラ・ザ・エクスキューショナー》だと判明している。

 外見は巨人型。四本の腕に鎌や斧といったその身の丈に見合った大型武器を持ち、強力な攻撃を矢継ぎ早に繰り出してくるという。

 ここまでがクエストなどによりNPCから得られている、確定している情報である。

 

 状態異常などの搦手を用いるタイプというよりは純粋な肉弾戦タイプと推測されるが、このゲームではただの武器攻撃に見えて状態異常を発症させるような技などいくらでもある。

 ましてやこの階層が寒冷地であり、フィールドにいる雑魚ですら《凍傷》の状態異常属性を持つものが多いということもある。警戒を怠ってはならないだろう。

 

 フロアボス攻略のセオリーに則り、2レイド96名による人海戦術でボスに当たる。その基本戦術はいつも通りだ。

 タンク部隊によるヘイト管理を徹底して行い、機を見てダメージディーラーたちによる火力を叩き込むという方針も変わらない。

 まずはボスの動きをよく見ることが肝要だ。そのためにも、開戦からしばらくはタンク部隊には敵の連撃を耐え忍んでもらう必要があるだろう。

 

 これらの第一工程にて、まずはボスの3本あるHPバーのうちの2本を削り切る。

 ボスは最終ゲージになると行動様式を変えるものが多い。

 その時点で損耗が許容範囲であれば情報収集のため戦闘を続行するが、攻め手を消極的にし守りを固める。

 最終ゲージのボスに対し危険で無謀な攻めを続ければ、一つのミスで取り返しのつかない事態を引き起こすはめになるだろう。

 それがどういったものなのかは、言うまでもない。

 

 第一工程の偵察戦では必要な情報を集め次第撤退。

 第二工程、すなわち本戦において、第一工程にて得た情報をもとに立てた作戦・対策をもとにボスを封殺する。

 

 ディアベルによるボスの判明している限りの情報と、いつもと変わらない作戦内容の説明がなされていく。

 

 これまでのフロアボス攻略戦よりも、ボスに関する情報が少なかった。

 おそらくはそれもこの階層のデザインなのだろう。いっそ不自然なまでにNPCたちはボスのことを話さない。弱点や要注意行動なども教えてくれない。これまでの階層では見られなかった傾向だ。

 不穏である。プレイヤー側にとってほぼ唯一のアドバンテージと言って差し支えない情報という名の武器を渡さないようにしている。

 

 しかし、それでいつまでも足踏みをしているわけにもいかない。

 情報がないならもぎ取るしかない。それが出来るだけの力はすでにあるはずだ。

 一日でも早い攻略を。解放を。

 ここにいる全員の共通理念だった。

 

「ここまでで何か質問がある者はいるか」

 

 ひとしきり説明を終えたディアベルは、周囲を見渡しつつ言った。

 さっそく、一人のプレイヤーが手を挙げる。

 質問があるのだろう。

 ただそれが......。

 

「アヤか。珍しいな。

 何か気になることでもあったか?」

 

 基本的に会議中は常に黙っていて質問らしい質問をしたことのないアヤであったことが意外であった。

 というのも、彼は情報を提供する側であることが大半であり、会議の場でディアベルが話すことは彼も把握済みの内容である。

 よって、以前からも会議中はぼーっとした顔でただただ話を聞いているばかりだったのだ。

 

 そんなアヤからの質問はというと。

 

「話の内容に気になる点はねぇんだが。

 いや、これが他のみんなにとって周知だったら悪ぃんだけどさ。

 キバオウどこ行ったよ。あの張り切りサボテンが会議の場にいねぇなんて珍しいなと思って」

 

 今この場にいない者への言及だった。

 

 そういえば。

 と皆が思った。

 

 ディアベルとしてもそれは気にしてはいたことである。

 定刻になったので会議を始めたが、ひとしきりの説明を終えた今になってもまだキバオウはここに現れていない。

 いつもだったら我先にと質問......というか主張をし始めるのだが。

 

「キバオウには迷宮区のマッピングをさせている。

 ボス部屋までの主要な通路は判明しているが、今は少しでも多くの情報が欲しい時だ。

 これまでにはフィールドにボスのヒントが散りばめられていたが、今回はそれがない。

 であれば、迷宮区にならどうか、と考え情報収集に当たらせたんだが。情報があったにせよそうでなかったにせよ、この会議の場で報告してもらうつもりでいたんだが。

 メッセージにも返信がなくここにも現れていないのが現状だ。

 トラブルがあれば連絡するよう、伝えていたんだけどな」

 

 キバオウはここにいない。

 ギルドの約1/3を占めるプレイヤーたちを率いて迷宮区に向かい、そのまま帰ってきていない。

 いずれも手練だ。確かに難易度の高い迷宮であるが、そうそう後れを取ることはないはずなのだが。

 意外と生真面目なキバオウが連絡を怠るなど、考えづらいことなのだが。

 

 不穏な空気が流れる。

 不自然な状況だ。

 何か、とんでもないことが起きているのではないかという予感がする。

 

 そして。

 悪い予感ほどよく当たるのが人生の常でもある。

 

「お、おいキバオウ!

 どうした、何があった⁉︎」

 

 会議場の入り口付近。

 誰かが言った。

 扉が開け放たれている。

 声を上げたのが誰かなど今はまるで気にならなかった。

 

 何故ならそこには。

 

「......すまんディアベルはん。

 悪い報告がある。

 全てワイの責任や。

 報告のあとは、好きにせぇ」

 

 満身創痍のキバオウと、()()()()()彼の部下たちの姿があったからだ。

 

 

 報告内容は惨憺たるものだった。

 そして、それは報告というよりは懺悔に近いものだった。

 

 キバオウが語る。

 

 気の焦りやった。

 ボスの弱点について記された石盤があると部下から報告を受けた。

 ワイもそれは確認した。でかい石盤やった。

 そこにはな、多数の戦士たちが四本腕のボスを取り囲む図と、少数の戦士たちが二本腕のボスと対峙する図が記されてたんや。

 

 事前のNPCからの情報やと、ボスは四本腕。やのに図のボスのうち片方は二本腕。

 せやから、こんボスは多人数で挑めば強くなるボスで、少人数なら弱体化する。そんな風に読み取れる図やと進言された。

 

 ワイは複数ボスの線も考えたがな。

 こんクソゲーム、嘘だけはつかへん。

 NPCの話にあったやろ。

 ボスは「只一人塔の頂に立つ無双の処刑人」てな。

 そんで複数ボスの線を除いた。実際、一体やったしな。

 

 それは今はええ。

 ワイは率いてる人員でボスに偵察戦を仕掛けることにした。あわよくば討伐しようとも。

 

 なんでか、ってな。

 仕掛けることにした理由は、レイドにも満たへん人数でなら弱体化したボスと戦えるチャンスやと思ったからや。

 そしてそもそも独断専行に走った理由やが。

 

 手柄が欲しかった。

 でかい戦果を持ち帰って、ギルドん中での発言力を強めたろう思た。

 それに打ってつけの機会やと思えてならんかった。

 

 結果は悲惨や。

 ボスは弱体化なんぞしとらんかった。

 事前情報の通り四本腕の処刑人がおった。

 それを確認したそん時すぐに撤退すればこうはならんかったんやろうがな。やったらあの二本腕はなんや、と。そんくらいは解き明かしてから帰ろう思た。思ってしもた。

 

 それがまずかった。ボスが突然ぶっ放してきおった範囲攻撃で一網打尽や。ご丁寧に《麻痺》まで撒いてきよった。

 退こうとした時には遅かった。あんボスは只々殺意が高い。そん長い脚でワイらを跨ぐと、逃さんように出入り口に立ち塞がりよった。

 

 そうして、命からがら逃げ帰ってきたんが今ここにおる生き残り。

 4人や。30人おった内の、4人や。

 

 ワイが殺した。

 あん時のワイの判断が、2()5()()を殺した。

 

 算数できへんのか26人やろって言いたいやろうが。

 ちゃう。報告には続きがある。

 

 ワイらがボス部屋から飛び出すとな。

 中におるときは気づけんかったが、一人、ボス部屋には入らず外で待っとったやつがおった。

 

 ワイに石盤の報告をよこした部下や。

 ジョー。ジョニー・ブラック。

 あんクソ野郎、ズタボロのワイらを見て言いおった。

 

 あーーー面白かった。

 

 あいつはこれ見よがしに手に石盤のかけらを持っとった。

 腹立ちすぎると逆に冷静になる。合点がいってもうた。

 矢印やろうな、あれに書かれてたんは。

 単純に考えるなら時間経過を表すもんや。

 

 あの大石盤はな。

 おそらく、戦っとるうちに姿を変えたボスと、戦いに倒れて数が減ってしもた戦士たちの図や。

 あんクソ野郎はそれを隠した。ワイらを欺いた。理由は知らん。

 たたっ斬ろうとしたけど逃げられた。今も行方が知れん。

 

 報告は以上や。

 ワイの失態への処罰は好きにせぇ。

 腹切って詫びろ言うんならそうさせてもらう。

 ただ。あん裏切りモンのクソ野郎だけは。

 アイツだけは、必ず探し出して報いを受けさせたってくれ。

 

 頼む。この通りや。

 

 

 会議の場は静まり返っていた。

 誰も彼も、息を呑むことすら躊躇するほどに、音を発することを避けていた。

 それほどまでに事態は凄惨を極めている。

 

 キバオウは地に頭をこすりつけていた。

 謝罪の意味を込めた土下座でもあり、厳正な対処を願う真礼でもある。

 

 あまりにも重たい事態にディアベルですらも口を開くことができない。

 この場を取りまとめるのに最もふさわしいはずの攻略組のリーダーはその身を強張らせ動けずにいた。

 

 何から対処すればいい。

 減った戦力はどうする。

 その原因となったキバオウの処遇は。

 キバオウ以上に、身内の裏切り者の存在は大いに士気に関わっている。

 裏切り者はそいつだけか。他にもいるのか。

 そもそもそいつの目的は何だ。

 考慮すべきことは、無数にあった。

 

 頭がまだ回っているほうのディアベルですらもこうなのだから、他は推して知るべし。

 泥濘ぬかるみの中でもがくように答えの出ない問いを各々の胸の内で繰り返している。

 

 冷静でいたのはただ一人だけだ。

 

「まず。生きて帰ってきたのは喜ばしい。

 全滅してたら報告者がいなかったわけだからな。

 ボスの情報を少しとはいえど手に入れられたのは成果と言えるだろう」

 

 その場にいる全員がバケモノを見るような目を向けた。

 

「独断専行については擁護しようがねぇな。

 戦力の大半を失うはめになったのも痛い。

 しかし、ギルド外も含めれば2レイドを組むには足りているな。

 ケジメのつけ方についちゃ、キバオウ自身もわかってるだろうよ。

 腹切ってる場合じゃねぇだろ武士かお前は。斬るなら敵を斬るべきだ」

 

 キバオウですらも得体の知れないモノを見る目をしていた。

 

 まだ空気読むつもりはないぜ。

 誰かが言わなきゃなんねぇことだ。

 

 ふてぶてしくそう言い放って、続ける。

 

「裏切り者への対処だが。

 ディアベルんとこにはおそらくもうギルドの脱退処理が届いてるだろう。確認してみてくれ。

 フレンド登録してたやつはいるか? 俺はしてねぇ。ギルドメッセージを介して連絡は取れると言って、あいつは誰とも直通の連絡手段を持つ素振りがなかった。

 つまりはシステム的な追跡が難しい。草の根分けてでも探すのは現実的じゃねぇな。このだだっ広いアインクラッド中を圏外まで含めて。

 それにそもそも。裏切り者にかかずらって攻略が疎かになるのもいただけねぇ。裏切り者の処分は後手に回るしかねぇのが現状だ」

 

 すらすると、考えを述べていく。

 他人事だと言わんばかりに。

 

「アヤ......」

 

 ディアベルが彼の名を呼んだ。

 呼んだはいいが、二の句が告げなかった。

 

「俺の考えとしてはこんなところだ。

 おそらく、みんな大体似たような考えに行き着くはず。

 いち早く冷静になった俺が代弁したに過ぎない」

 

「どうして、そんなに平然としていられる」

 

 ディアベルがようやく振り絞った質問は、全員にとって共通のものだった。

 

「さぁな。

 そういうもんだと思ってもらうしかねぇ。

 俺はこういうやつだ。前からそうだったろ」

 

 常に冷静。

 本当に、常に。

 それこそ一歩間違えれば死ぬ場面でも。

 誰かが死にそうな時にも。それを身を挺して救った時も。

 ディアベルには心当たりがありすぎる。

 

 そして今。

 仲間が死んだ時でさえも。

 身内の裏切りに誰もが敵を見失っている時ですら。

 彼は浮世離れした様を崩さなかった。

 

「ディアベル。

 俺はこう見えてちゃんとむかついてる。

 人の死を悼む心くらいはある。

 だが、優先順位が違う。人でなしと思われようとも、今この場で唯一冷静な俺がなすべきことは事実を述べることだと考えただけだ。

 俺らは攻略組だ。目的はゲームクリアだ。クソ野郎の横槍が入ろうともそれは変わらない」

 

 この場の空気を全部かっさらいながらもなお、リーダーはお前だと言わんばかりにディアベルを見つめた。

 むしろ、この場の空気を支配してしまえるような自分だからこそ、リーダーにはなれない。

 言外にそう告げているような眼差しであった。

 

「一日でも早い攻略を。解放を。

 俺は、前よりはずっと、それを望んでる。

 そうしたい理由ができてしまった」

 

 ここにいる全員の理念を改めて口にした。

 常よりも真剣な眼差しで。

 

 言いたいことは言った。

 いつもそうであるように、アヤはやりたい放題したあとは一旦静かになる。

 今回もまた沈黙を選んだ彼は静かに腕を組んだ。

 

 一時、しんとあたりが静まり返るが、それも間も無く。

 沈黙を破ったのは意外な人物だった。

 

「ソロのキリトだ。発言いいか」

 

 漆黒のコートを見に纏ったその少年のことを、攻略組はそんなによく知らない。

 基本的に物静かであり人ともつるまない。

 しかし、いざ戦いとなると鬼神の如き強さを見せつける。

 攻略黎明期に流れた噂によれば、ベータテスト時代のトッププレイヤーだったと言われているが真相は定かではない。いずれにせよ、当時の発言から元ベータテスターであろうことだけはわかっている。

 今はもうベータ時代の知識や経験などとっくに通用しない階層まで攻略が進んでいるにも関わらず、その強さは依然健在。それどころか磨きがかかっているとすら言える孤高の少年剣士だ。

 

 そんな彼の為人は誰も知らない。会議の場でもほとんど発言しないから。何を言うつもりなのか。

 

 ディアベルがキリトの発言を促す。

 

「俺もアヤに賛同する。

 ソロの俺が言うのも何だけど、攻略組の土台が揺らぐのはまずい。

 俺にも、現実に帰りたい理由がある。きっとみんなそうだと思う」

 

 最初は独白のようだった。

 

「敵は強い。

 そして新たな敵まで現れた。後ろから。

 でも今戦うべき相手は目の前の敵のほうだ。

 失ったものは戻らない。

 だけど、これから失われるかもしれないものは今ならまだ間に合うかもしれない。

 俺たちは恐れながらでも前に進まなきゃいけない」

 

 次は呼びかけるように。

 

「キバオウたちが持ち帰った情報は鮮烈だ。

 記憶に新しい間にもう一度精査して、確実にボスを叩くこと。

 そしてこの悪夢を一度払うこと。

 それが今できることの中で最優先の事柄だと思う。

 これは昔俺がアヤに言われたことの受け売りだけど......()()()()なら、今だ。あの時とは、意味の持つ重さが違うけどさ。

 上手く言えてるかはわからないけど、そんな感じ、です」

 

 最後は少し言い淀みながらも、彼は考えのすべてを伝えた。

 

 年若い少年である。

 その強さこそ誰よりも抜きん出ているが、その姿は小柄で華奢で、少し女顔の少年である。

 そんな彼が誰よりも早くアヤに......攻略組の本来の理念に賛意を見せた。

 

 誰しもの胸の内に火がともりつつある。

 

 取り返す。

 キバオウが呟いた。

 

「ディアベルはん。

 ワイの処遇はあんたに任せるっちゅうたが。

 しかし、厚かましい頼みもさせてくれ。

 ボス戦ではワイを先鋒に加えてくれ。

 死ぬまで。いや死んでもいい。死んでも戦う」

 

 決意の籠った声だった。

 

「実際にボスと対峙したキバオウは情報源・戦力として有用だ。

 大失態の責を取らせるのはボス戦の後でいい。

 キバオウの部隊には回避タンクの俺が入るよ。必要なロールだ」

 

「アヤ。ジブン......」

 

「俺はまだ死んでもいい時じゃないからそうしないけどね」

 

 アヤがキバオウのパーティに加わると宣言した。

 

 話が進んでいく。

 ディアベルは決断を迫られていた。

 

「......最終的に部隊編成をするのは俺だが、考慮しておこう」

 

 眉間を押さえながら、幻痛をおぼえたように息を吐き出した。

 腹が決まったのだった。

 

「みんな。まだ時間はあるか。

 少し予定とは異なるが......

 これより第25層フロアボス攻略会議を()()する。

 一日でも早い攻略を。解放を。

 このゲームに囚われたすべての人のために」

 

 静かな戦意がその場を満たしていた。

 

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