やあみんな、よく来てくれたね。
僕の名前は狭山ケイ。
油断すると制服姿のままコンビニで酒をカゴに入れてしまう、元男性社会人転生者系女子高生さ。
今日は文化祭の準備で、生徒会が少し荒れていた。
仮申請の書類が二転三転し、会計の数字も合わない。
僕は淡々と処理を進めた。
感情を挟むと効率が落ちる。
ちくわ部には「試食会の候補、考えておいて」とだけ伝えて顔を出した。
燻製部はチップの発注表を更新して終わり。
どちらも短時間で済ませた。
日が傾き始めた頃、僕は校舎の廊下を歩いていた。
そこで、氷川蘭と英智が話しているのを見かけた。
氷川が何か提案している。
英智が少し困ったように頭を掻いている。
距離は近い。
胸の奥が、小さく、しかし明確にざわついた。
(……なんだ、これ)
僕は自然なタイミングで近づいた。
「英智。話は終わったか」
二人がこちらを見る。
氷川が「あ、狭山さん」と軽く会釈した。
英智は「おう」とだけ返した。
「氷川が、今度の昼休みに一緒にどうかって」
「ほう」
僕の声は平熱だったと思う。
少なくとも、自分ではそう制御していた。
「予定がある、と断っておいた」
「適切な判断だ」
「適切な判断とか言うな。ただ断っただけだ」
氷川が「じゃあまた」と笑って離れていく。
その背中を見送りながら、僕は英智の隣に立った。
「……報告が遅れたな」
「は?何の報告」
「重要事項の報告だ。君が他の女子と親密な会話をしている事実は、すぐに僕へ共有されるべきだ」
「共有とか言うな。ただの立ち話だろ」
「立ち話が人生を変えることもある。僕はそれを知っている」
「知りすぎだよ。だいたい、ケイが来た瞬間に雰囲気変わったんだけど」
「気のせいだ」
「気のせいにしすぎ」
二人で校舎を出る。
今日は英智の部屋に向かう途中で、自販機に寄った。
英智がスポーツドリンクを買い、僕は無糖の炭酸を選んだ。
「で、ケイは何でそんなに氷川のことが気になるんだよ」
「気になっていない。君の安全を確認しているだけだ」
「安全とか言うな。昼飯に誘われただけだぞ」
「昼飯一つが、関係性を変える入り口になる。入り口を放置するのは、管理者として不適切だ」
「管理者とかやめろ。俺はケイの管理下にねえ」
「認識が甘い。君は僕の守護対象だ」
「守護対象とかかっこつけんな! ただの面倒くさいやつだ!」
「面倒くさい、ではない。正確な監督だ」
「監督とか言うな。学校の先生かよ」
自販機の前で、妙に長く言い合う。
通行する生徒が、ちらちらとこちらを見ていた。僕は気にしない。
事実を述べているだけだ。
英智の部屋に着くと、いつものようにゲームが始まった。
しかし今日は、操作の合間に英智が何度もこちらを見る。
「ケイ」
「何だ」
「さっきから、なんか機嫌悪くないか」
「機嫌悪くない。平常だ」
「平常の顔が、かなり不機嫌なんだけど」
「不機嫌などしていない。これは思考の顔だ」
「思考の顔が、氷川の話の後からずっとそのまんまだぞ」
図星を突かれて、僕はコントローラを握り直した。
「……君は鈍い。だから僕が確認する必要がある」
「確認とか言うな。ただの嫉妬だろ」
「嫉妬などしていない」
「してる。してる目をしてる」
「これは守護者の目だ」
「守護者とかもうやめろ!二回目だぞ!」
英智がコントローラを置いて、本気で呆れた顔をした。
「……ケイ、最近本当に変だぞ。前はここまでくどくなかった」
「くどいのではない。進化しているだけだ」
「進化とか言うな。ただ拗ねてるだけだろ」
「拗ねなどしていない。正確な情報を処理した結果だ」
「処理の結果が、そんな顔になるかよ」
沈黙が、少しだけ落ちる。ゲームのBGMだけが部屋に流れていた。
「……しっかり断ったんだから、もういいだろ?」
英智がぼそりと言った。
「それでいいのか?」
「いやこれ以上ないだろ。あー…まぁケイがそこまで気にするなら、次からは、ちゃんと報告するよ」
その言葉が、胸の奥に小さく落ちた。
ざわつきが、ほんの少しだけ収まる。
(……報告する、か)
良かった。
いや、良かったという表現は不適切だ。
単に、管理がしやすくなっただけだ。
僕は親友の面倒を見ているだけだ。
前世から変わらない、僕の性分だ。
なのに、安堵した自分の感覚が、少しだけ異物に感じられた。
「……適切な判断だ」
「適切な判断とか言うな。ただの妥協だ」
「妥協ではない。運命的な合意だ」
「運命とか出すな!」
英智が再びコントローラを手に取った。
僕も操作を再開する。
指先の熱は、まだ完全には引いていなかった。