ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
「いやぁ...美味しかった...」
「此のザクロソースが良かったねぇ...」
其処には、何も残って居ない皿。トゥラード料理も其処まで悪くは無い物だ。
しかし、遠くから、重音が聞こえて来る。其の音が聞こえた時、僅かに哀愁の香水が漂った。だが、其の哀愁を消す様にハルィーヴが話し始める。
「そろそろ、泊まる部屋に案内しますね...」
何も装飾品も無い寂れた風が吹く回廊、其れに異国特有の見慣れない風景が増えている。壁柄や扉の形も模様も違えど、何処か渋く感じる。
「此処がミュハさん、イデナさん、こっちが私とユジノーの部屋です」
「相部屋なのか!?」
「すみません、一人部屋が埋まってるんですよ...」
「此の巨狼喫煙者と同じなのか...」
「お前も喫煙者だろうが...」
「まぁまぁ...喧嘩はしないでくださいよ...」
「まぁ、とりあえず、部屋に入るか...」
扉を開け、部屋の中へ入る。其れなりには、洒落た2つの寝具。回廊とは違う別の渋い植物柄の壁に絨毯の様な床。
「案外、良さそうだな...」
「取り敢えず、私はもう疲れたぞ、寝たぁ~い...」
「連射銃を乱射しまくっただろ?」
「其れもそうだけど、何か今日は色々と濃かった」
「まぁ、お疲れ」
「...言葉じゃなくて、何か贈ってくれよ~」
「うぅ~ん、じゃあ、之上げるよ」
煙の中から、酒瓶を取り出す。独特なラベルが張られた黄金色の瓶の酒。光が当たって、金色に僅かに視てしまう。
「酒ぇ~?」
「別に良いだろ、贈られないよりかはマシだろ...」
「まぁ、有難くもらうよ...」
「よし、飲もうか...」
外套《コート》に手を入れて、すぐさま手を出す。掌の中には、其処に模様が刻まれました硝子の盃。
「やっぱり、不思議だな、凄い手品を視ている様な気分だ」
「凄いだろう~?」
「ちょっと腹が立つ態度だな...」
「まぁ、気にするなよ...」
「あっ、私が酒を入れるんだよ」
「量は同じぐらいにするから...」
トクトクと酒を硝子の盃に注ぎ入れる。
「確かに同じぐらいだな...」
「之でいいだろ?」
「...許す」
「そうか、っじゃあ...」
「「乾杯」」
大きな窓から見える満天の星夜に、静寂な外の空気。酔いが周る様に一星一星の輝きがより酒の味を熟させてくれる。此の酒は、何時も飲んでる安いウォッカとかでは無い。之は...スピリタスだ。高いから、安いウォッカで済ましているが、今日は特別に高値のウォッカを飲もう...
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「私、もう疲れましたぁ~」
「急に疲れが浸透して来たの?」
「魔法道具は、一回でも使うと、多量の労力を使い果たすんですよ...近場でも遠地でも、疲れが来るんですよ...」
「魔力無しは、色々と苦労してるんだなぁ~」
「そうですよ~あーあ、馬人《アトイルサン》として生まれて、まだ良かった気がするよ...」
「馬人《ドラフチェラ》は、走るのが速いからね、脚とか筋肉質だし...」
「人間は知恵が凄いけど、馬人みたいに身体能力が高い方が嬉しいと思うけどなぁ...」
「でも、ハルィーヴは、何方かと言うと、頭脳派だと思うけどね...」
「えぇ~そうですかぁ~?」
「何か急に、お酒で酔ったみたいに成ってない?」
「そんな訳無いじゃないですかぁ~」
(もしかして、魔法道具の使用の代償でこんな感じに成るの...?)
「あははぁ~眠くなって来たぁ~」
「もう寝ますか?」
「うぅ~ん、もう疲れて、眠いよ~」
「じゃあ、燈消しますよ」
「いいよ~」
ガチャンと燈を消して、外から出る月光と星光が輝いている。薄く黒掛った紺色の光。ハルィーヴは、既に息を殺しているかの様に静かに寝ている。私もそろそろ...
「「..zzz..」」
あぁ...私は殺されかけたのか...後ろから首を絞められ、咄嗟にアイスピックで後ろに何度も何度も刺しまくった。暴行は何度も経験して来た事だ、殺めてしまった事も多々在る。
駄目だ、感覚が可笑しくなって来てる。何故だ、何故だ...だが、此処の静寂は何処か安心感を抱いてしまう。其れぐらい、良い国なのか、将又、あの国がどれ程まで以上だったのか...
私達の様な亡命者は、大勢居るだろう。皆はどう思うんだろう、異人が躊躇無く、地を踏まれる事はどう思われるのだろうか、迷惑なのか、歓迎なのか...少なくとも、この世界は残酷で冷酷だから、期待は出来ないだろう。
夢が見れない。喜劇も悲劇の夢も映らない、黒の無しか見えない...いや、少しぼかしが罹ったように、何なのか良く見えない。何かが目の前に在る、ただ良く見えない...
(何だろう...?)
と言うか、私、何時の間にか、横を向いている...まぁいいか...
眼を細めて、何が映っているのか...
案の定、ハルィーヴの近い寝顔だった。
酔っ払いの様に顔が紅く火照りながら、穏やかな寝息が聞こえる。
謎に眠気が無く成って来たな...
そっと、起き上がり、首を回す。密かな足音で、回廊に出る。扉を閉め、極力無に近しい足音で、外へ出る。夜は寒いと言うよりも、涼しくて、夜空には数多の星々が曜々としている。
風の聲以外に何も聞こえない。強いて言えば、吐息ぐらいだ。
「綺麗な星達だなぁ...」
寂しさとか蕭々しさでは無い、何処か生暖かい風が吹き、私の尾が揺れる。叢は月光で黄金交じりの青緑に成り、空に翔ぶ雲の群れは微力に蠢き、済々と星が精々光る。だが、ほぼ皆、静態。
噬臍勿れ。其処まで私は追い込まれていない、祖地が消えど、私は騎兵民族としての誇りを残す。例え、静謐が世に広がろうが、民族が滅する、其の時までは...死しても尚、私は、民族を高々に称する。
だが、私も何れかは、此の広々な星夜を変える、天馬に成ってみたい。月よりも白く輝き、星の様に煌びやかで、雲の様に大きい、翼を生やして、地と天を駆けたい。
「私は何がしたいんだろうねぇ...」
心の何処か、其処には何も無い。故郷も戦地、親も血族も行方不明。幼少期から、ただ一人で、草原と山岳と人生を駆けて来た。しかし、今は、仲間が居る。私から見れば、家族に近しく感じる。勿論、同胞のハルィーヴも其の一員に相応しい。
ただ、今の状況はどうだろう。馬人盟がどんな所なのかも解らぬまま、旅は進む。刺激の在る旅か、此処等で平穏な生活を送るか..
選択肢は二つ、分岐型の運命。馬人盟に加《はい》り、此処で暮らすか...ミュハと旅を続けるか...
まだ、此の選択肢の採決は早すぎるか、そもそも、馬人盟の事を深く知れていない状態で、運命を一つにするのは、難しいしね...
「あぁ~あ、私は何方に傾くかな...」
硬貨の裏表を賭ける様に、軽々と賭けて決める物でも無ければ、自らの命を賭ける程の賭けなのか?
「...今は深く考えない...」
叢に仰向けに横たわる、両手をお腹に置く。茂る草は厚く硬い、枕替わりには成るのだろう。仰向けから見る満天の星空は、更に美麗で壮大で自由に魅えた。
風が靡き、草が揺れ、雲が蠢き、月が光り、星が輝く。
「...」
数分は経っただろう。私は起き上がり、亦、宿室へ戻る。低い叢の波を搔き分けながら、宿へ戻る。
「今日は満足だな...」
明日は何をするんだろう。
少し休まして欲しいな...
「あぁ...もう眠い眠い...」
欠伸を掻きながら、薄く光りを出す宿へ参る
密かな足音で、部屋に入る。ハルィーヴは、すやすやと深く眠っている。
「...おやすみ...」
寝具の海に沈む様に瞼を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続