ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか—   作:南部 八十一朗

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紫煙と退屈 XVII

私がスプーンを握り、ふと、イデナの方を見ると、スプーンやフォークを握らず、手を合わせてから、フォークを握って居た。何の仕草なのだろうな...気にせず、私はペースト状の挽肉を抄い、そのまま口に入れる。

 

所謂上品さと礼儀が此の空間では占められて居る。周りの乗客も、言わば庶民とは違う少し金に盲目な愚者。服装だけは一人前な私らとは違う本物の金に餓えた者達。裏の表情を悟られない様に厚化粧をして、輝る服の色で相手を落とし込もうとしている。

 

所詮、私らには関係の無い階級の塵だ。関わっても利点は無いだろう...

さっき迄は、仲良く会話していたのに、食事には成ると黙食に成る。別に嫌な事では無いが、何か食事の時間だけ親近感が覚めてしまう様に感じてしまう。

 

車内の蓄音機から流れる音楽。曲名は知らないが、恐らくトゥラードの民謡か何かなのだろうね。車内は賑やか、私らは黙食。響くのは皿に当たり反響するスプーンやフォークの金属音に僅かに唸る咀嚼ぐらいだ。

 

料理自体は美味い、ペースト状の挽肉は、辛味が程好いし、パンとかに塗ったら愛称は良さそうだが、パンは無い。代わりにビーツのスープを飲んだりして、味変をした。温かくて良いかな、ハンバーグの肉は羊で口内での舌のとの感触相性が良い。

仄かに馨る檸檬水も酒には敵わないが、まぁ味は別に不味い訳では無いし、関係無いし、口直し的な物だ。

 

硝子の盃に注がれた檸檬水も列車の揺れで、傾いて揺れている。まるで葡萄酒を大きい盃で回す様に洒落た様に、猥らに舞い揺れている。

 

そんな描写共に食事は静寂で終わった。動くのは食としての口の動き。

ただ、食事以外は会話は起きる、例えば今の様にお前らの為に心理描写で説明をしているが表面上は私とイデナは会話している。

 

温かみは絶妙な会話、楽しくないとは別の意味だ。冷めてはいない、冷えているのいは外の事だ、日常生活の話題が無いのだから、薄いだけだ。新聞の内容を共有して意見を述べたり、車窓に映る景色で話題の不足を補ってる。

 

小さな時間の粒が多すぎる雨雲の様に多量で、晴れる事が無い。寧ろ、此処まで時間が有り余っている事自体が可笑しく感じる。時間僅かで此処まで亡命《逃》げて来たのに、逆に時間に余裕を感じる、皮肉か?意味は合って居るのか?お前ら?...

 

泊部屋の廊下、私達以外にも乗客が歩いている。食事が終わり部屋に戻る者、之から食事を堪能しようと食堂車へ行く者、如何にも財力が溢れ漏れ出て居る髭長な人間、私らとは恰好が違い、白いドレスを着る狼獣半人《ウルヴチェラ》、いや一応は同胞だ。

「...薄気味悪い...」

「...汚らしい...」

 

小言で人間も一応の同胞も私かイデナに陰湿な悪口を言って来る。

言うと言う事は、自ら私やイデナに宣戦布告している信号と捉えて良いのだな?

面白い奴だ。

 

イデナも其の小言を聞こえたのか、いや正確には、わざと聞こえる様に言って居る。

それぐらいしか誇れる事が無いのだろう。金で遊びと言う物が無く成ったから、自分よりも下の連中しか煽れないのだ。最早、感染症に罹り、医師に早く直せと促す愚かな病人の様だ。いや、既に金の依存症が発症しているか、可哀そうだな。

「早く部屋に戻ろう...」

「...あぁ」

 

大丈夫だ、お前ら、復讐とかしたいだろ?顔付きと部屋番号は解った。金と価値は在りそうな道具品は在りそうだ。本人達の価値は厘以下だ、ただ、侮辱は私にとっては...”殺してください”か”商品に成りたい”と高々に言って居る様だ。

 

良いのだろう?

所詮、お前らにとって此の世界の住民何ぞ、知る由も無いだろう。

あぁ、此処は”異世界”なのだから、過度で刺激的な事が起きても、其れは別世界の事だからと言う理由で受け流れるだろう?殺し(作業)の描写が有っても、平気だろ?

 

お前らは受け流しと言う逃れを得た変わりに、救えないと言う物を得た。

私は、お前らの世界を知れた。

 

...少なくとも此処では偽物の抄訳しか描かれて居ない、私も所詮、操られる側。ただ印象操作しか出来ない、此の作品では、本当の歴史は語れない。私はあくまで、主人公と称された特異点だから。

 

さぁ、修正主義者《ノーメンクラトゥーラ》共が改竄した、素晴らしき此の世界へ戻ろう。

所々、私の干渉が激しいな、すまんすまん...

 

嫌らしい金の格差の臭いが漂う廊下を過ぎて、私らの泊部屋まで戻った。

部屋に入り、イデナは椅子に座り、車窓から外を眺める。大して私は壁に凭れて、火が点いた煙草を銜える。

「あんな泥に塗れた拝金主義者で他者を嬲る奴は生きる価値は在るの?」

 

車窓を眺め、イデナは私に呟く、言葉からは鮮血と細かい憤怒の霧が滴って居る、興りの軋む音が聞こえる。対して私は煙草を人指しと中指の隙間に絡め、紫煙を吐く。

「少なくとも他者を嬲る奴なんだから、其れ位、中身は脆くて下劣なんだよ、其処等の安価な人形よりも」

「...じゃあ私らは何なの?」

「...深い宵の中で煌々と光る、属さない淡色の金平糖の二粒」

「其れなら、彼奴らは?」

「此処からでは視れない六等星以下の星粒」

「...」

「所詮、金が有るだけの塵なんだ、どうでも良い奴、死ぬ時は金目当てで事件に成るだけ、権利と金が有る奴は早死にするんだよ」

「...」

「金や自慢出来る事が有っても、結局残るのは、空洞の思い出だけ。私らとは違うんだよ」

 

そう言うと、軋む音は和らぎ、そっと深い呼吸が聴こえて来る。

どうやら、怒りは一先ず静まった様だ、一先ずは。

 

翌朝には、小言を吐いた者は露の様に儚く...も無いまま消えた。

私の胃袋と言う偽エデンの楽園で。刻々と溶け往く液上で悶える様にワルツでも舞ってろ、声も無く融けるだけだ、苦しみも無く死ぬのは老衰の様で良いではないか?安楽死の様では無いか、価値の無い存在が、有意義な存在に成ってでは無いか、私の食欲の'一部'を満たしてくれた。後...

 

お前らの世界に干渉したお陰で、お前らの世界の言葉を覚えたよ。エデンと言う言葉をね。何か天に有る楽園か何かの筈...所詮、神話や宗教関連の言葉だし、大衆寄りの言葉では無さそうだな。

 

列車は動く中、朝食を食べるために食堂車への廊下を渡って居る。

昨日とは打って変わり、早朝だからか、廊下は閑散としていて、朝の黎明さが薫って居る。

 

朝食は、まぁ、冬だし、温かい物が多い。

焼いたパンにトマトスープ、乾燥された南瓜の薄切りビスケット。

知らない上位階級の客何て喰っても、腹は満たされないし、ふわっとした軽食に過ぎない、此の朝食で少しは補おう。

 

腹鳴りは、消化される食糧の断末魔《歌声》の様な呻き声、いや鼾が聞こえる。

「そんなに腹が減ってるの?」

「あぁ、多少な...」

「じゃあ、食べよっか」

 

其処からは亦、静寂だった。だから、私は話した。

「なぁ、料理を食べる時に、何で両手を合わせるんだ?」

「...前に、幼い時から母の文化の影響を受けてたって言ったよね?」

「あぁ、言って居たな」

「其れの一つで母の教えで料理を食べる時に両掌を合わすって教わったんだ」

「何か意味は在るの?」

「意味は食べ物に感謝すると言う意味だよ」

「へぇー」

「まぁ、見慣れない事だしね...」

「別に変でも無いし、不愉快な事でも無いし、大丈夫だよ」

「...」

「まぁ、いいさ、食べよう?」

「うん...」

 

そうして、食事戦は始まった。

そして、私はスプーンや手拭きを手元に暖かい掌の盤上に動かし、イデナは両掌をピタリと合わした。

 

生暖かいトマトスープを飲む。喉中にトマトの酸味と汁の潤いが流れ、絶賛融ける側だけの貴族達が悶える胃袋園に注がれる。パンをスープに浸して食べたり、南瓜のビスケットを食べる。ちゃんと二人で量分けてね...塩の味の南瓜...ビスケットの硬さに似てて、まぁ美味しい。

 

舌の厭らしい感触音、感じる塩味、酸味のトマトスープと混ざって不思議な味がする。ヌべヌベと鳴る舌、歯茎に細かい南瓜の破片が挟まって、変な気分だ。後で頑張って取ろうか...

 

朝食は量も其処までだった事も含め、直ぐに僅かな時間も食料も無く成った。

朝の廊下同様に、静寂と窓から出る光りが照らす廊下を渡る。今日は、直ぐには部屋に戻らない。

 

ちょっとは車両と車両の間のスペース。所謂、入口の所だ。此の車両は完璧に壁に覆われて無く、小さなテラスが有って、扉から車両へ入る感じの車両だ。其の小さなテラスに出て、外の景色でも眺めるって感じの魂胆だ。

 

強く鋭い風と細い音が響く、テラス。金属の手摺りを片手に凭れながら、凪がれる景色を眺める。自然が流れ、奥に街が視える。

 

そう言えば、列車内に新聞が有った。此の国も多民族国家なのか、言語別の新聞がずらりと在った。その中にはロヴァノ語が有ったから、新聞を読んだ。クートゼイ新聞社の新聞、知らない新手の新聞と会社。まぁ、内容はお察しの通り、人権無視の差別発言の雨雲。日常の何の変哲も無い会話の様に、平然と差別用語とか正義を語って来る。

 

ただ、まだ、内容は柔らかい物だった。時間ももう数か月と革命は続いている。敵味方も曖昧で泥沼と膠着が拡がって居るし、全然平和に成らないし、内容も薄くなっている、嬉しいとかも感じないがな。

 

其れに比べて、今、映る景色は綺麗だし、空気もロヴァノよりも可愛い物だ。

其れに昔に比べ、何処か笑顔と言う物が分かって来た。新聞も歴史もそうだが、私も何時か見たいし知りたい、無血平和と言う物を。

 

人を殺しても、其れは歴史的に言えば、昔から在る事だ。殺したからと言って、歴史に刻まれる事は無いし、殺された人も時間が過ぎれば、歴史に刻まれなかったに等しくなる。自国が燃えど、国民さえ生きれば、国はまた産まれる。今は辛くとも、長い目で見れば、何時かは戦争は終焉《終わ》る。其れ迄待てばいい、其れだけ。

 

未だ、私は良い方かもな。意味は其の内解るさ。

ただ、ヒントは、”一人の生命体として価値”だな。

後の事は、お前らが考えるんだな。

 

あぁ、こんな平穏な所なら、私はもっと綺麗なのだろうな。

ただ、昨日の新聞では、昨日の黒煙の正体は、宗教建築の放火事件だったけどな。

ロヴァノよりかはマシだな、感覚麻痺が酷くなって来た。

此処なら、学校やら明るい家庭と愛って奴が十分に感じられるんだろうな。

....神を呪いたいね。

 

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