ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
早くも人気の少ない時間帯の朝食を済ませて、早速、船内を周る。咲き晴れた天気の耀が窓を貫いて来る。仄かで有耶無耶な雑味な甘い薫が埃の様な花蜜の様な液か物体なのかも解らないが鼻を突く。
上級共の眠りは長い様だ。甲板上に佇む二人の影、粒の様に爛れ錆びれた手摺りに僅かに身体持たれながら、果て見え無き蒼の草原を見渡す。
可憐で綺麗な蒼では無くて、滴る泪の様な群青でも無くて、水銀の様に光を反射していて、其れなのに透明等無い濁った碧の海が拡がっていた。煙草も吸って居ない状態でも、紫煙を吐くかの様に大きな息を吐き出す。
風が舞って、両腕通して羽織っただけの毛皮の大外套に二人の髪も
辺りには他の乗客たちも居るが、其処まで大勢とは言い難い数だ。其れ位が丁度良いがな。ジリジリと時の砂が流れて、何かが起きる。道標の無い碧い道、其々の価値観と生活の差、其れが白濁した海の泡が無く成って蒼に戻る様に透けてくる。
誰かが嫉妬し、羨望し、無視する。其れだけでも十分な犯行動機に成って仕舞う程に此処の空気感は冬の様に寒く、杜の様に静寂さが自らの体臭を誤魔化す重い香水の様に辺りに充満している。
此処も安泰とは言えない、此の船さえも本当はかなり年式の古い船でとか、本当は今すぐにでも修理しないと危ないのに、利益の為に駆り出されているのかもしれない。でも、其れは真実でも無いし、あくまで個人の妄想。其れも被害妄想に近いだろう。全てに疑問を出していいけど、其の疑問が真実に変わるのは低い確率だ。生命と言う物が存在する時点で、数多に生命が芽生えている。個性でも性格でも民族でも種族でも善悪なんか幾らでも存在する。
自分が正義だとか、君は悪と決めてる時点で、正義も悪も無いし、子供も大人も成長しようが、齢を刻んでも残るのは疲弊だけだし、友を創ったって何時かは散るし、大往生な人生は孤独が付属品だし、長寿は病気との戦争だし、短命は後悔の連続だし、此の世界だって、悪い所しか無い。
実際、今、海からの風に当たっても、髪が靡いて鬱陶しいし、其処まで心地良い風とは言い難いし、変な海の臭いがする。良い事は一つも感じ取れない、良いと思える事も悪いと思える物も何一品も無い。
何時だって、都合で人生は周って居る。其れも干渉可能と来た。ただ、其れは大きな賭けで在り、一生の罪でも病気でも有る。お前らは弾丸、しかし都合の為に消された雷管を知らない。引き金を引いた時から無知のまま、社会と言う相手の体を貫く。
酒瓶を閉める蓋も開ければ、酒が溢れ零れる様に言葉一つで欲も心の血も零れる。産れて言葉も感情を握って仕舞った時点で、私達は殺すと言う権利が有るのだ。
新聞に書かれた革命と難民の差別、自分たちを正義と称し、無辜を殺す事を正当化している。何時しか時の津波に呑まれ消える事も知らずに。
そして、此処はどうだろうか。答えはもう決まって居る。此処も個人個人の正義が渦巻いている。何時しか互いの心臓に刃物を刺し合う程に陥ってしまうのが解って仕舞う。だって、人が消えた。私が煙った者と煙った奴が喰った物が在るから。
かならず、露呈されてしまうだろう。表に漏れて仕舞ったら、どうなる?
其れこそ、面倒な事に成って仕舞うし、最悪更に時間の荷物背負う羽目に成るだろうね。じゃあ如何するのかって?
決まってる、隠蔽するんだよ。
隠れて仕舞えば、惨状は平常に変わる、私は正義を執行する物では無いし、悪とも言えない。私も”都合”の為に動く者だからだ。真実も正義も夕焼けに尽きた、都合で蔽った宵こそが、世界の理だ。其の世界に住まう者なのだから、少しは理に従わないと疑われるだろ?
飽和した状態から煙みたいに気体に成って、変化を与えないと著しさの華が無いだろ?枯れた色よりも鮮やかな色が良いだろ?刺激が必要だろ、既に一秒一秒の時の変化に気づかずにでも居るのかね?
掌から滴る手汗の様な薄い煙。
私の本来の運命等知らない、労働に老け朽ちていたかも知れない、革命に参加して兵士として戦って居たのかも知れない。ただ、其れとは違う運命を辿って居るのだから、賽の目は此の運命に投げられたのだから、薄い煙の様に存在感は淡くても、
何時も犠牲に成るのは安い価値の
同種族でも同民族でも殺し合う程には、赤の他人に成った。
其れ位には、
甲板上には、人間も居るが、私と同じ
同じ種族だからと言って話が弾む何て事も無いし、逆に敵対する事も有る。
祖先を辿れば、同じ処だとしても何も思えない。今は違うんだから。
強い風を浴びたら、直ぐに二人で部屋に戻った。何気ない脆い中身ばかりも話し合いを交わし乍ら、空虚に似た静かな廊下を渡る。多分、朝食を食べに行っているのだろう。まぁ、そんな深く考えずに部屋まで戻る。
「何する?」
「う~ん...」
「言うて、何かしたい事も無いしねぇ...」
「解る、何か話題に成る様な刺激も無いしなぁ...」
「本当にその通り、何か話題出来る程の出来事も無いし、退屈なんだよね」
「うーん、此の部屋に何か時間を潰せる物は無いかな」
部屋の中を探りの眼差しを向ける。ベッドに其れなりには綺麗で模様が彫られたテーブルに厚く弾力の在る椅子。後は...何か棚に一つの機械が静かに佇んで居た。其の機械を手に取り、テーブルの上に置く。
「此の機械は何だ?」
「何だ之?知らないね」
「何か小さなダイヤルとか幾つかのボタンが在る」
「適当に押してみる?」
「でも、変な事が起きるかもしれない...」
「確かに...でも、押してみないと解らないよ?」
「...じゃあ押してみよう」
適当にボタンを押した。すると、ザーザーと豪雨の様な音が鳴り響く。
「何だ?之」
「五月蠅い!!」
「...ちょっと待て、微かに誰かの事が聞こえる」
「えっ?」
「此の激しい雨みたいな音の中に微かに、僅かに誰かの喋り声みたいなのが聞こえるんだ、耳を澄ましてみたら解るかも」
「....確かに何か男の声みたいなのが聞こえる」
「でしょでも何を言って居るのか解らない」
「...他のボタンやダイヤルとかを弄ったら聞こえるのかも...?」
「ちょっとやってみよう」
また適当なボタンを押すと、今度は何も声は聞こえず、ただただ豪雨の音が響く。また別のボタンを押せば、さっきよりも鮮明に声が聞こえるが、完全に聞こえる訳でも無いし、内容も解らない。ダイヤルを回しても、豪雨が激しく成ったりだ。
そんなこんなで悪戦苦闘を強いられながらも、最初に押したボタンを押して、ダイヤルを慎重に回すと、豪雨は少しずつ止む様に静まって、男の声が聴こえて来る。
「之で良いんじゃない?」
「でも、何言ってるのかさっぱりわからないね」
「之、他のボタンでもダイヤルを調節すれば、何かしら聴けるんじゃない?」
「確かに」
「ちょっとやってみよう」
今度は、別のボタンを押して、ダイヤルを回す。豪雨が強くなったりしたが、其れなりには慣れたから、其程には時間は掛から無かった。
「之も聞けたけど、ロヴァノ語では無さそうだね」
「何か話す事以外にも何かやっていないのかな?」
「と言うか、此の機械は何なの?」
「私にも解らないけど、、取り敢えずこれで時間潰すか」
僅かに豪雨の音が響きながらも、機械からは声が聞こえる。低い男の様な声で、何か喋って居る。でも、何を言って居るのか解らない。豪雨の様な音が妨げているかも知れないが、ロヴァノ語でも無さそうだし、まぁ、トゥラード語も多少は聞き取れる筈のなのだが、全然解らない。
先ず、機械から発せられている言葉自体、何か不気味だ。
(と言うか、此の機械は本当に何々だ?)
そんなこんなで、此の小さな機械から出る声を聴いて時間を沈めた。時には声では無く音楽が流れて来たりして、其れなりには退屈さは無かったし、良かったと思う。
時刻は7時半の標を僅かに越えたばかり、白布とレースが縫われたテーブルクロスの机盤上、白く磨かれ光る食具と水が注がれた硝子の盃、多色で多様な模様が刻まれた皿の上には、緑黄色の森と断面だけが鮮血色な焼かれた肉が盛り付けられている。
そして今日も二人静寂を醸し出して居る。二人だけが閑散としていて、口は動かして居る筈なのに、まるで緘黙の様に静かに食べている。鳴り響くのは周りの音か食器類の音ぐらいだ。
今宵の食堂は昨日よりかは少し静けさの馨りが彷徨って居た。
周りの奴らも少し大人しい表情を浮かべて居る奴も居た、其れ位には少し違和感が在った。そう思いながらも、野菜やら肉を口に運んでいると、静寂を突き破る様に、イデナが私に口を開いた。
「少しくらいは喋らない?何かこう、何時も黙食して居るけどさ、偶にはさ、話さない?」
「...まぁ、良いけど...」
「此の肉、美味しいよね?何か凄く断面紅いけども...」
「確かに美味しいよ」
「「...」」
別に私は食事中に喋る事は状況によって、思う事は違うけど、こう言う大勢が食事する所で、尚且つ、周りも何か喋って居るし、私も良いと思うけども、之は単に話題が在ればの状況。今は話題も無い、悲しいな。
でも、少ない会話だったけど、良かったと思う。
だが、中途半端と言うか、直ぐに終わってからの再びの静寂は、何処か淡い艱苦を感じるな。まぁ、そんな精神が大きな苦痛を感じるとかの感じでは無くて、どっちかと言うと羞恥心?微妙と言うか、気不味さが煮え滾って居る。
まぁ...食事は済まして、部屋へ戻る最中、また何処か妖しい視線を感じた。
耽々と餌を見つめる様な鋭く尖った視線の矢が飛んで来る様な、そんな感じの視線が後ろから感じた様な気がした。
萎びる紅い絨毯の廊下の浅い河を渡り、部屋に戻る。僅かに軋む床、波皺が激しいベッドと毛布。照明を点けると何処か渋い雰囲気が零れている、柿色の酒が飲みたくなる。其れとは打って変わって、毛皮を大外套を寝ていたベッドに投げた。
そして其の数分後には事件が起きた。
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続