ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
「で、此処は何処なんだ」
「抵当に降りたから、何処かは知らないよ」
「おいおい、之から如何するんだ?」
「野宿」
「通りに戻る選択肢は出て来ないのか...」
「私は勘で此処まで来たし、後退はしない」
「はいはい、解ったよ、で何処へ行く?こんな自然豊かな所に住宅一軒も建たない中、本当に一族が居るのか、聞き込みも相手が居なくて出来ない」
「虱潰しに飛び回るしか無いな」
「また、あの豪風に耐えないと行けないのか...」
「甘えてても、見つかる訳無いし、此処は我慢」
倒木の長椅子、芒みたいな叢が拡がる中に佇む二人。吹かす煙草と紫煙、ガチャガチャと銃を捌き、薄い紫煙燈る煙草が銜えて居る。
淡い風が吹き靡く髪と葉と艸。過疎的で何処か懐かしい臭いと違和感の有る視線を感じる。
「...何か居るな」
「...敵か?」
「解んない、兎も角、少し場所を変えよう」
ガサガサと艸木を搔き分け、淋しい獣路を辿る。
(何か起きないかなぁ...)
刺激も無ければ、退屈さが何時でも潜伏して居る。緑と青の景色も何かも、文明に爛れた私には本当に退屈のヴェールを覆い被されて居る様な感覚に等しく、奇者と言う存在も滅多に現れ無いし、内容の無い空風だけが腹立つ程に煽り散らかして来るのが、呶々しい。
「おい、あれ見て見ろよ、凄い山だな、此処よりも断然高い」
眼の前には巍々しい山が堂々と聳えて居る。
少し興味が湧いたし、何処か其の山から人気らしい気配が感じ取れた。
其れに少しは進展が無いと、こんな退屈な旅の刺激は勘弁だ。
「それじゃあ、あの山迄行くか?」
「そうしよう」
また羽に変わる私はイデナの大翼に潜み込む。
微かに光る黒翼の中、嵩張り萎びれる羽達の包みの加護を受けて居る。
「やっぱり、力強く飛ぶんじゃ無くて、優しく飛べ!!」
「無理に決まってるだろ!!」
又も、巨風が吹き荒れる翼の中。
吹飛ばされない様に、羽毛が集う山積みな処へ行く。
此処が一番、安全地帯の筈だ。
「取り敢えず、もう少しで地上に降りるから、もう少しの辛抱だぞ」
「早く降ろしてくれ、死にたく無ーい」
「死ぬにはしないでしょ、怪我は負うが」
「だからだよ」
そうして、亦も地上へ着き、私は黒羽から人狼へ変わる。
物に化ける事も段々慣れて来た、案外、面白い視点で色々と体験出来るな...
之は他の事にも使えそうな事だ、損は無いだろうな。
「そろそろ、時間がな...」
「夜に成るのか」
「夜とかが奇者の活動時間とか普通に有りそう」
「まぁ、昼間は活動出来ないのと、今全然、遭遇して居ない事に一応の納得が出来るな...」
「まぁ、単純に私達がこう何度も移動するせいで、本当は会えた事も会えなくして居るかも知れないけどね」
「まぁ、其れは其れで仕方無いだろ」
「奇者って言っても具体的な姿がどんな感じなのか解らないし...」
「亜人みたいに複数の獣人達を纏めた言い方みたいに色々と姿は在りそうだな、奇者って奇妙とか奇怪みたいな不思議さとかを現わす言葉だし、具体的に何かを指し示す様な言葉では無いだろうな」
「会って見ないと解らないし、今は野宿の準備をしよう」
「焚火は
「少しは量を考えて食べてね」
「私の腹が許すかな?」
「胃袋、捏ねるぞ」
「其れ、吐く様の技じゃん」
可憐的な舞踏の様に颯爽と舞台の上を舞うかの如く、大自然の大舞台の上で可憐な足取りで素材や食料を搔き集める。不自由で不愛想な堅苦しいリズム刻みで集材作業は無事、時間が掛かって半分失敗した。
ボッと火を熾し、白煙の狼煙が星夜に伸びる。
二本の倒木の長椅子には、一人ずつ、座り込む私とイデナの姿。澁さに塗れた煙草と紫煙吹かして、平気を詐る様に星夜を眺める。
叢を散らす漣に揺られて、狼煙は棚引く。
雨雲の様な濁った煙は孤獨雨を降らす、そんな気分だろう。
「星座解る?」
「さっぱりだな、でも星座は解らなくても、此の星夜は綺麗な事は解る」
「あー確かに、凄く綺麗な星天だよね」
「栄えた街だと、こんなに綺麗な星空は滅多に見れないし、新鮮な気分だな」
「名付けたく成る程に好奇心と興味の湧く様な光景だよね」
「そうかな」
綺麗で満開に咲く花畠の様に大小様々な星々が天の地で咲いて居る。
でも、お構い無しに耀きを競い合って、眩しい。夜の第二の陽が舞って居る様だ。
何重奏にも分れた星の群れ、遮る白布の叢雲、自意識過剰で異端な欠けた月の三つ巴状態、何故か溜まった澄水の水溜りの水面に映った暗い朱色の瞳、一瞬で黒い瞳に戻る。後ろを振り返れば、私の影が一瞬、大きく成ったり、僅かに動いた様に見えた。
「如何した?」
「いや、何でも無い」
何か違和感と言うか、影の沼から誰かに視られて居る様な気分だ。
鋭く、まるで虎視眈々と獲物を喰らおうと睨む様な針な視線が私の背筋を刺して来る。既に私は其れが何なのか、少しの憶測が付いて居た。だから、私は静かに瞳を閉じて、夢の中へ歩んだ。
あの雪原の様な白い平原。
私だけが其処に立って居た、其の筈だった。
心臓が途端に痛くなって、私の影が突如として、自我を持ち始めたかの如く、私の目の前まで動き、黒く大きな水を被った黒く暗い朱い瞳をした狼が佇んで居る。
解って居た。
私と言う概念も傍観者も翻訳家の意味も知れた事も、硬化した表情も、摩天楼の様に積んだ者の骸の塔も、私がそれだけを知った、彼女の贋物に過ぎない事が解って仕舞った。所詮は、お前等と彼女の傀儡人形で有り、此の直隠しにされた偽りの真実だって、お前らには理解し難い事だと思う。
だが、そんな事に頭を使う暇は無い。
私よりも遥かに大きい黒い狼は私を丸呑みした。
私は目を大きく瞑る様に、運命に従う様に、息を整えた。
しかし、眼を瞑った、瞬間に白光が放ち、気が付けば。
「ミュハ、大丈夫?何か魘されて居たけど...?」
「.....何でも無い、少し変な夢を見ただけだ」
「其れなら、良かった」
ふと、後ろに佇む私の影を見る。何も怪奇的な事も平常的な私の容をした大きな影。
だが、ほんの一瞬に二つの朱い瞳が微笑む様な眼差しで私を見ている様に感じた。
バッと直ぐに前を向く。
「本当に大丈夫?何か落ち着いて無いけど」
「..寝起きで少し頭が回って無いだけだ」
「...そう..?」
本を頁を捲る様に、人生も淡々と時間の頁が過ぎる。
時間が過ぎると、其の紙は古く成り、何時しか捲る時に破れる。
私は一旦の紙の捲り途中な存在に過ぎない、完全なる主人公でも無ければ、捲り途中と言う中途半端な役を演じて居る台本の心理を悟った微妙に過ぎない、乱期は捲りの促進で、翻訳者や運命に抗い、蘇生した時の私は本当の私では無かった。
分厚い辞書の数頁に私は過ぎなかった。煙草に吹かれた煙は私だったのだ。
救済も出来ない、私は静かに迫る本性の開花に抗戦の選択は出来ない、其れはミュハーンと言う存在の否定で有り、私のアイデンティティが千切れて仕舞う可能性が在るからだ。複雑に織られた伝統品の様に、私にも複雑で且つ、装飾と模様の様な美学が有る。未だ、其の美学の全貌の黎明と開花の瞬間が起きるんだ。
翻訳家と呼ばれる上位存在に隠蔽と改竄をされ、操られ、仮初の称号と玉座に座る
またも、眠気の毛布が掛けられる。
そして、同時にまた、あの夢に誘拐されるのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続