ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
「今は私くらいしか居ませんが、夕刻に成れば、戻ってきますし、其の時迄は、少しで此処で休んで下さい」
「有り難う御座います」
「..其れにしても、ミュハーンさんに気を取られて気が付きませんでしたが、貴方も長身の素敵な方ですね」
「有り難う御座います」
「少し、此処までの旅路でも教えてくれませんかね、私も一族も数か月に贈られる貴方の手紙を待ち侘びる程に期待と言うか興味のあった人物ですのでね」
イデナも儀と言う者も雰囲気が似てる。
何か話して居る、対して私は淡い緑の芳しい叢の匂いのする床に寝転がんで居た。
両掌を後頭部に当て、天井をまじまじと見つめる、そんな感じだ。微笑ましい風の靡きと麗かに落ちる葉、季節と自然の儚い声が聞こえる様だ。
「其れは大変な旅路でしたね...」
「其れでも何とか此処まで来れて、本当に良かったです」
「そうですか」
「其れと、聞きたい事が有りましてね」
「はい、何でしょうか?」
「私の母について、知ってる限り、教えて欲しいのです、如何して、こんな極東からミュハーン等が住む、泰西迄来たのか、知りたいんです」
「......」
儀は、口を縫う様に、硬く其の事を隠す様に、黙り込んで仕舞った。然し、其れは一時の事で、寝転ぶ私の耳は正確に、其の内容を聞き取って居た。
「貴方の母は、一族では除け者扱いをされて居ました、私は直接姿を見た事は有りませんが、産まれ付き、奇怪な瞳の持ち主だった様です、今の違って、昔は外見で差別も活発でしたので、気味悪い存在として扱われる様に成って、家を出て行った、そう私は聞いています、凄く優しい方で、滅多に怒ったりする様な方では無く、出て行く時も笑顔で手を振る様な感じだと聞いて居ります、之が真実なのかは判りませんが、ずっと優しいとばかり念押しされる位に優しい方だったのでしょうね」
「...教えてくれて、有難う」
「いえいえ、此の話自体、本当かは知りませんので、一つの話だと受け止めて下さい」
「其れでも、母の事を知れて良かった」
「...そうこうして居る内に夕焼け空になり始めましたね、もうすぐでしょうか」
「一族達の帰り...」
「とは言っても、此処は私の屋敷で有って、完全なる一族の聚まる家では無いです」
「あっ、そうなんですか?」
「えぇ、各地を治める我ら泉の天狗の領地の一部に過ぎませんよ、此処は」
「じゃあ、他に統べる土地とか一族が散らばってるんですか?」
「まぁ、そんな感じですよ」
「今、帰って来る人は誰なんですか?」
「貴女から見れば...私と同じ、従姉妹ですよ、因みに貴女が一番従姉妹で年上ですよ」
「えっ?」
「見た感じ、貴女の方が年上に視えそうですしね」
「えっ、私、未だ
「私、
「普通に年上として扱ってたよ...」
「確かに私は周囲から大人びてるとは言われますが、体格差も凄いのに、よく年上だと言えますね」
「こう言うのって、見た目よりも中身の方が予想よりも違う可能性が高いみたいな感じじゃないですか」
「初耳ですね」
「あっ、そっか、此処はロヴァノじゃ無いんだった」
「やっぱり、イデナはロヴァノの文化が根強いねぇ~」
「当たり前だろ」
そんな事を言って居る内に玄関の方から、扉を引く音がする。
誰かが帰って来たのだ、恐らく、イデナの血族なのだろうなぁ...
ドタドタと足音が徐々に近づき、此の部屋前まで来る、そして、ガラッと扉が引き開かれる。
「ただいまー...って、客人?」
「...手紙の北鵬さん」
「へぇ~....えっ?」
「此の人は?」
「私と北鵬の母父大兄妹の仔、つまり、従姉妹の一人」
「成る程...」
「其の人が...」
「泉北鵬、ほら、数か月に一度、手紙を送って来る人、ほら、写真と同じ顔でしょ?」
「嘘でしょ...」
「ほら、
「思って居たよりも、大きい...」
「其れは私も思うわ、でももっと大きい人が居るのよ」
「...イデナの血族が亦増えた」
「何、其の言い方」
「デカっ!!」
「北鵬さんの相方のミュハーンさんだよ」
「ミュハーン・ゼムリャツキ、其れが私の名前だよ、まぁ、ミュハーンでもミュハでも気軽に読んでくれ」
「凄く、癖強そう...」
「そう?」
「まぁ、此処までにして置いて、取り敢えず、夕食にしましょうかね」
「私、手伝います」
「北鵬さんが手伝うなら、私も」
「...じゃあ、私も...」
「「「ミュハーンは絶対大食だから、指銜えて、待ってろ」」」
「やっぱ、血族だな」
て事で、此の部屋で退屈に過ごす事に成った。廊下から部屋に漂う、料理の仄かな旨味の馨り。縁側に座って、煙草を一気に吹かす事も無く、呆けた様な瞳の濁りで、外の風景を眺める。哀愁薫る寂寥の夏終わり、冷たい風が冬の様に残酷に積もる。
秒針の様に時間は直ぐに透って、長い机の上、豪華で質素的な料理が模様に置かされた華色な皿が並んで居る。そして、丁寧に使われたのであろう、食具が置かれて居る。刺激が柔な酒に、腹に溜まりそうで、良く噛まないと行けなさそうな料理。
終夏の夜の匂い。紙に染み付く色や匂いの様に、部屋の空気に夜の香辛料が掛かって居る。儚さと秋へ変わる夏の魘される様な風が吹くが、夜の黒い帳に包まれて、夢の戯言と称される。皿に眠る焼き魚の馨り、白い
銀色の泰西食具のスプーンやフォーク、ナイフも平然と食卓と様変わりした、長い机に当たり前の様に存在して居る。多分、私に配慮して用意してくれたのかも知れないが、其の二本の棒の食具とは全然違うから、違和感が半端無いのだ。まぁ、でも、儀の服装は明らかに近代で泰西的だし、まぁ、多少、こっちの文化の影響とか受けてる可能性も有るし、まぁ、多少な?
皆、手を合わして居るから、取り敢えず、手を合わせる。
注がれる小さな丸い盃に澄んだ水の様な酒、色々と芳ばしい料理の匂いが、腹の奥底の食欲の本能を揺さ振って来る。
……
料理と酒宴は順調に弾んだ。
酒に包まれ加工された息吹、乱雑に鎮座する空き酒瓶、机に突っ伏す様に眠る者達、縁側の方、胸
星空には輝かしい程に星が喧しく、だが侘しく、孤高の光りを放つ。
目立ちがり屋な其の光りが五月蠅く感じる。対照的に吹かす煙草の紫煙は夢の様に儚く、天目指す様に幽々と薄い灰色の煙を孅く棚引いて居る。口先から溢れる白い吐息も亦、白から無色へ死ぬ。
何も考えて無さそうな感覚の中で、退屈の皮を縫い止めた様に、時間の流れが全くとして感じ無い。星の耀きの劇が盛大に開幕する事だけ有って、時間の流れを感じるが、こう無心に煙草を吹かして、灰皿に欠片を何度も落として行く中、寂寞の外套でも羽織った様に肩に何かの重さを感じるんだ。
季節代わり特有の一時的な死の前に遺言を残す季節達の哀れみの風が
其れにしても、静かな所だな。
夜に啼く者も、這い蹲り悶える市民虫の群れや食の渇望の呻きを上げる奴も居ない。
単なる星々の劇が天に拡がって居る、ただ其れだけの事だった。風に吹かれ、樹が靡き、灰が飛び、煙が斜めに成るだけの何ら刺激も無い事、でも其れが一番良いと想えて来た。
溜息交じりの紫煙を吐き、何度も見た星夜を刻々と深々と覗き込む。
何時の間にか、イデナも軽く鼾掻いて居た。私もそろそろ、眠りに着こうかな...
銜えた死に掛けの煙草を灰皿で何の躊躇も無く捻り潰し、灰皿を掌の上に置き、軽く覆う様に握り、再び大きく花開く様に開くと灰皿は消えて居た。
腕を組んで、眼を瞑る。
そうすれば、魔の手の如く、眠気が浸透して来る。
靄の様に曖昧な眠気に包まれ、私は何度も見て来た夢へ誘われるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続