ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
仄かな朝の匂い。
哀愁の音、表現には困るが、此の秒針が刻む中、私は朝居た部屋で緑色の絨毯床にゆったりと足を延ばして居た。草木の良い馨りが風に揺られ、部屋に香る。秋と言うのに、焚かれる終夏の儚い
一刻と時計も無い部屋を煙の針が刻まれる。
無音と静寂が部屋に轟き、舞踏会の様な華やかも無ければ、蓄音機から発せられる音楽の様な癖も有る音みたいな雰囲気も一粍も感じて来ない。閑散、寂寥の風の聲、睡魔の揺り籠に靡かされて居る北鵬と儀。片付けられた食器、食具や酒瓶の羣。綺麗に吹かれ、僅かな陽の光沢を放つ長机。平らで派手な色使いで描かれた花模様の
少し離れた所、縁側の方。
立派に手入れされた庭を眺めながら、密か沈黙に煙草を吸う。
風情と浪漫を求めて、燐寸棒を擦って火熾して、其の儘、煙草に火を燈す。
振り払う様に棒先に芽生える火を消して、黒い燐寸棒を紙箱に戻す。同時に指の隙間に留めた若煙の吹く煙草を銜え、一服。習慣化した煙草の吹き方、燈し方の工程。闇市や売店で販売してる何処の会社が造ったのか解らない煙草の銘柄が沢山、私の煙の中に仕舞われて居る。今吸ってるのは、カズヴェクとか言う
正規の市場での買い物よりも繁華した都市の路地裏に佇む闇市の方が安いし、人情が有る。でも犯罪で最悪、極寒のシャベリンの
「はい、之、私お薦めの御菓子だよ~」
「おっ、美味しぃ....ん?何だ、此のお菓子、平らで硬いぞ」
「之は煎餅だよ、堅いけど、美味しいよ?」
「本当か?其の言葉信じるぞ」
一つ手に取って、大きく齧る。
バキバキと硬い物を砕く勢いの儘、バリンッと砕け噛む。
...うん、美味しい。此の茶色の何だろうな、スープ?味付けだろうか、其れが美味しい。味も濃いし、分厚く堅い。焼過ぎて硬く成ってるのと似た感じ。芳醇で舌を撫でる何かの香辛料か調味料の味付け、歯で粉々にして、喉を通らす。確かに美味しいし、或る意味、
「確かに美味しいな...」
「でしょでしょ」
病み付きなのか、全然手を止めずにボリボリと其のお菓子を貪る文爲。
私も大きな手で複数枚掠め取る。少し舐める様に齧り食べる。木製の中皿に盛り付けられたお菓子もあっと言う間にカラカラに成って仕舞った。
「之は腹の足しに成ってでしょう?」
「あぁ、何とか喰い繋げれる筈だ」
「其れは良かったです」
其の儘、話題は変わり、二人が深く眠る中で、私と文爲の二人で会話を始める。
世間話と言うか、単なる尋問的な会話だった。詰め寄ると言うか、質問が事情聴取的な感じだった。まぁ、異国の人と話す事は彼女にとって、憧れみたいな感じなのかも知れないな...興奮気味で色々と此方の世界を事細かく知りたいのか、根深く質問して来る。
「ミュハさんの棲んでた國はどんな所でしたか?どんな料理が有るんですか?どう言う事が盛んなんですか?好きな趣味は?如何して此処に?此処にも異国の人は居ますが、どんな印象を持って居ますか?此処の印象は?北鵬さんとはどんな関係で?」
まるで多数の新聞記者に詰め寄られて、取材を受けて居る様な気分だ。
或る意味、人気者と言えるが、彼女の好奇心が凄く五月蠅く感じる。そんな瞳を輝かせながら、私に聞くな。まるで、色々と興奮して居る子供みたいに見える。甲高く輝る瞳に威圧感と強制的な回答を請求して来る。
「...馬鹿寒い処で、スープ料理が多い、闇い..色々な物が売ってる市場、趣味は読書とか、イデナの付き添いみたい感じ、印象は特に何も思わない、此処の印象はまぁ、長閑で良い所、彼奴とは相方みたいな関係」
「成る程、成る程、色々と捗りますね...」
「何だよ、捗るって」
「一応、性別は?」
「女性」
「女性....ぇえっ、女性!?」
「何だよ、女性で何が悪いんだ?」
「てっきり、男性だと...」
「確かによく間違われるけども...」
「世の中、男性みたいに見える女性も居るんですね」
「別に世界は広いんだから、そう言う常識とは一致しない事も有るだろ」
「確かにそうですね!!あと、先ほどから、イデナと言ってますが、其れは何ですか?」
「北鵬のもう一つの名前、此処と泰西で名前が違うんだよ、此処だと、北鵬、向こうがイデナウアーこと、イデナに成る」
「えっ、じゃあ二つ名前が有るって事ですか?」
「そう言う事」
「えっ、格好いい!!」
「何処が」
「だって名前二つですよ、何か異名みたいで良いじゃ無いですか!!」
「異名じゃなくて、ただの名前なんだよ」
そんな感じの会話をして居た。
怠けた姿勢で柄付きの
「やっぱり、異國の名前って、馴染が無いので、何か名前の文字列だけ聞くと、何かこう、格好いいと思うの!!」
「確かに角々しい文字数文字が名前で、何と言うか判ら無くて、どう思えば良いか、解らないな...」
「あー、あ〜...」
そう、理解したのか、顎元を上げる様に手を当てて、深く考え込む様な表情と仕草をする。燃火式の香水の煙が睡な空間を通る。口先を出て来る不可解な小泡煙、禽共の叢がる部屋の中。
「もう、全然、二人共、起きないですし...私が朝食作りますね」
「良いのか?」
「別に私も普通に作れますのでね、ちょっとお待ちを...」
そう言って、立ち上がり、廊下の方へ行って仕舞った...私は此処へ来て、何かしただろうか。何か酒浸る奴に献上するみたいな行為に成って居る様に感じる。其れに見張りの
……
「で、之から何をして行くんだ?」
屋敷を出て、集落の住宅の群れが見える、一樹の下。早朝の樹とは違う処の方、私は太樹に凭れて、イデナは、湧き上がる木の根に座って居る。此処でも又、火と煙が沸いた煙草を銜えながら、叢と建物を見詰めて居る。
「...全然解らない、之から泉北鵬として生きるのか、イデナウアーとして生きるのか、其れを白黒決める事が出来ないんだ」
口先を濁らす様にそう言葉を吐き捨てる、痰の様に。一回の煙草の紫煙を吐く間が過ぎて、時間と二人に間には風が吹き通って居た。其れが不仲や気不味い雰囲気の幕開けと言える様な静寂でも無く、ただ、将来性の欠如した夢の無い二人の無情な会話に過ぎなかった。世間話の様に語り合うは、旅の風景の事。其れが何時もの話みたいに成り上がって居た。でも、今回は違う事だ。
「そんな事、私が決める事でも無いし、況してや、私は此処では所詮、
「...」
「折角、此処まで来たんだろ?其れ位の覚悟は在るだろ?私は翼人でも無ければ、泉家の血族でも密接な関りを持つような人物でも無い、傍から見れば、他家、異国の朋位にしか過ぎない」
「...」
また、深く煙草を吸って、大きく円を描く様に、荒い息遣いで紫煙を吐き出す。
何時の間にか、イデナも自前の煙草を取り出して、一丁前に煙草を吸って居る、外から見れば異種族の二人が煙草を吹かして居るだけかも知れないが、同時に見慣れない異国の服を装って、自分達とは違う文化の香りが漂って来るんだろうな。
そう思いながらも、二人は煙草に入り浸る様に樹の下で紫煙を焚いて居る。
儚く靡かれる名も知らない黄金色の叢、上からは青葉の小雨と葉と枝の隙間を縫って来る光りの洩れ。何処かから声がする、其れが幼稚なのか大人なのかは知らない事だが、集落と田舎の風靡を感じた。
「少し、私は甘く考えて居た気がする」
「...そうか」
零れた灰を靴裏で磨り潰す音と、煙草を吸う音が響く。
自然が瞳に拡がり、異国と言う事だけが、其処から解って居た。
あっと言う間に陽は沈んで、時だけが後ろを振り向かずに前へ進み込む。
深き淵の様に切り込む友情に成るのか、相方としての意志を継続出来るのかは知らない。況してや、何時まで此処に居るのか、革命が終わった後の事等、微塵も考えて居ない無計劃な思考回路が石油的な血で動いて居る。
罪で研がれた知識のインテリゲンツァは、こう言う時も、密かを演じて、未知を解明しないと、楽で状態の良い屍を生産出来ない。傍から見れば、そんな事言って、ただ単に狂気と猟奇を装った偽物とでも言って居るんだろう?そう言う描写が無いからね、我慢我慢、実行が未だ早いんだよ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続