ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
「今日も平和だね」
「そうだな」
あれから、平穏と言う言葉が空気と同化して、来る秋の風に加わって居る。
時は、11月の中旬の陽。6か7カ月も此の國に閉じ込められて居る。然し、私もイデナも完全に此処に慣れては居ない。未だ、ロヴァノリヤの常識を天秤に掛けて、此処での行動に異常が起きて仕舞う。腐っても旧帝国の臣民の証が刻まれて居るのだ。此処、囹圄國での生活も良い。だが、私にはそんな家族と言う概念も温もりも粉々に破れた紙の様に無いに等しいし、一人で畠仕事等をして、時間と退屈の私服と土壌を肥やして居る。幼少期の強制労働の意味が此処で活かせるとは思わなかった。
派手に吹く野焼けの狼煙。
私も狼煙の様な存在だ、此の煙は一番好きと言うか落ち着く。
畠と言ってもそんな壮大な平野を開墾する様な巨大な畠では無い、趣味で行う様な広さでも無い、中途半端な広さの畠。植えて居るのは食べる鉄血事、ビーツ。やはり、ロヴァノだと、市場に行けば、新鮮とは言い難いが、訳有りの愛情の肥料で育てられた歪なビーツが売られて居る。市場と言っても都市の路地裏や農村の小規模な店の羣だ。あんな塵紙幣やコペイカの屑小銭では生活も出来ず、大半が物々交換で酒や煙草、古着でも交換出来た。私は体格が大きいから、古着はかなり多量に取引出来た。冬を凌げる防寒布としての需要が有ったからかな。
急速な近代化で細かい処が対応出来て居ないのに、よくもまぁ、列強と言う、王みたいな称号を名乗ろうとした物だ。嘸、貴族達は民の幸福よりも金の様な酒に溺れ易い事だ。生のビーツでも齧って、質素倹約の甘味を感じるんだな。そう言えば、此処最近はロヴァノリヤ革命に進展が有ったが、依然として国内では複雑怪奇で何が真実か解らない情報の罠の鉄柵が張り巡らされて居る。
最近、或る目標が芽生えて来た。
もう此の國に居るのは辞めて、臣民らしく、祖国に向き合う時間も必要では無いだろうか。新聞と言う租借の望遠鏡で覗くのでは、本当の意味も真実も解らない。危険に足を突っ込むと言う馬鹿な行為は命取りに成る事は重々承知の事だ。然し、何時までも亡命と言う言葉で逃亡と言う情けない事をして、真実と言う悲哀と歓喜に満ち溢れた事から、眼を背けて居る様に感じる。真実は年月を掛けて、見つかる様に、背くのを辞めて、向き合う時なのだ。
だから、私は祖国ロヴァノリヤに戻る。
だが、試練は幾つも用意されて居る。どうやってロヴァノリヤに戻るのか、瑞穂國から、如何やって帰還するのか。其れは未だ計画が練れて居ないし、未だイデナにも、此の事は伝えて居ない。彼奴は...如何なんだろうな。私か一族を優先するか、簡単に賭ける事なのだろうか?
そう思うだけで、時だけは無視する様に過ぎて往く。孰れ、秋が終わり、冬が始まり、一年が過ぎ、二年が過ぎ、私は齢を体の年輪に刻んで行くのだろう。煙草と酒も満足するまで飲む吸う馬鹿者だし、寿命も其処まで長々と行く訳でも無いだろう。然し、故郷の土を再び、踏むと言うのは駄目な事なのだろうか。況してや、出会いと別れを幾度をする旅人が深まった仲間と別れる事も駄目なのだろうか?
イデナも一人の人生を抱えた生命。
従属する傀儡では無い。自由に人生を彩る事が出来る、私何かに付いて振り回される人生よりも、此処で平穏で長閑な暮らしに老けた方がよっぽど、天晴な人生を送れるのかも知れないじゃ無いか。旅と言うのは残酷で美麗な物なのだから、長年の相方とさらばと別れをする事だって、在るかも知れない。
私は物語の為に動く人物では無い。
私と言う人生と存在を此処で歴史の様に刻み、私の瞳の連続的な写真で旅を白黒に移すだけの事だ。お前等の為に物語を捩じ伏せる訳にも行かないし、粗削りな私の瞳に品質を求めて来るな、白黒の彩が落ちて仕舞う。
何時しか、夕焼け時。
私は居候と成って居る、儀の屋敷の一室へ戻る。
其処には、私物が丁重に幾つかの革製のトランクに仕舞われて居る。私腹を肥やす嗜好品の数々。煙草に酒に思い出の品々が其処には詰まって居る。そんな良品が詰まって居る訳では無いが、まぁ、好いさ。
今日は儀と文爲は少し用事で夜に帰って来る。
私とイデナと見張り兵の奴等が隠密に屋敷を警備して居るくらいだ。
広い部屋、二人がそっと座って居る。静寂では無いが、気まずい雰囲気を纏い、話も無しで、何から話せば良いのか、どう思えば良いのか...
「私は、ロヴァノリヤに戻る」
「...は?」
断頭台から弾け飛ぶ生首の様に途端で急な会話始めの言葉だった。
冗談でも言って、会話の弾薬でも詰めたのかとイデナは表情は融ける。
然し、私は既に装填と銃撃も出来る拳銃に過ぎない、覚悟は出来て居た。
「如何して?此処まで、来たのに、戻るの?巫山戯けた事言わないで」
「...本当の事だ」
「革命で元から何も無かったのに、此処迄、頑張って来たんだよ?其の努力を泡にするつもり?」
「イデナ、考えて見ろ、お前には少なからず、家族と言う存在が居るんだろう?儀や文爲、両親みたいな存在では無いけれど、血の繋がった者が大勢居るじゃ無いか、私にはそんな燈を無いし、直ぐに消して仕舞った」
「...」
「言って仕舞うが、お前が本当の自分を出しても、私は未だ、本当の私を誰にも出して居ない、勿論、イデナにも」
「イデナには、私には、違った思考を持って、色々な事をする、其れが危険か安全と言う事は置いて、自由に行動をする、だが、其処で何か目的や夢を持たない限り、他の事をするし、別の所へ行く」
「..此処での過ごしに、目的も夢も一つも無いって事なの?」
「...正直に言えば、そうだ」
「...」
「イデナが傷つく事じゃない、私が想う刺激と違うだけなんだ、其れにイデナみたいに一族と何かする事も無ければ、此処で何かする事も無いんだ、決して、イデナと一緒に居ても、退屈とかでは無いんだ」
「...ミュハの行って居る事は解った、解ったけども...」
深く俯きながら、浅い溜息を吐くイデナ。
申し訳無い気持ちだけが喉を詰まらして来る、初めての気分だ。
寒さで頭の回転が凍える様な臨場感と危機感の様な気まずさと歪な感覚が蔓延して居る。
「此処で十分に休めるし、平和な生活が出来るじゃないか、君には」
「...ミュハは戻って如何するの?」
「一回、故郷へ戻る」
「戻ったら、如何するの?」
「また、旅へ出る」
「其れで良いの?」
「...」
「結局、一人で戻っても、孤独に成るだけじゃないの?」
「...此処に居たって、私は何も出来ない、況してや、此処で一生を費やす事も出来ないし、孰れや、革命も火種が潰える」
「そんな事、何時終わるかも解らないのに、戻る訳?」
「...正直に言う、私は孤独だ、
「...」
「イデナが悪い訳では無いんだ、私が可笑しいだけ何だ、本当に」
「何が言いたいの?」
「...お前と私は何時しか、相方では無く他人の様に感じる、お前には大事な存在が居る、私には居ない、だが、其の重要な存在に気付いた、其れが
「.....解った、ミュハの言い分は解った、でも、私は未だ、此処に居て欲しい、そんな唐突にロヴァノリヤに還る訳でも無いだろう?だからさ、そう簡単に人を、況してや、付き合いの有る奴を捨てないでくれないか...」
「.....悪かった、今出て行く訳では無いからさ、数か月後の事なんだ、そう俯かないでくれ」
「解った、未だ此処に居てくれよ、相棒」
「...解った」
旅と言うのは残酷な物でも有る。
仲と言うのは、一度結べば、深く絡まり、解くのに時間が掛かる。
旅と言うのは、出会いと別れを繰り返す事だ。長年付き合う旅仲間と別れると言うのは、悲しい事だ。然し、何度も言うが、之で終わりと言う訳では無い。
別れと言う事は決まった。
然し、人生最後の別れでも無い、お前が忘れない限り、私は忘れない。
たったの一桁の年月の付き合いだったが、味は防寒酒のウォッカよりも濃い味わいだ。未だ未だ、此処で過ごす事には成るが、亦、別れる事に成る。此の秒針が刻々と刻まれる中を大事にしないとな。
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続