ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
天狗の戯れ Ⅰ
1621年臘月。
季節は冬に染まり、寒風の吹き荒れる銀色の雲が棚引く日々が続く様に成って来た。之位の気温なら、未だ毛皮の大外套は要らない、精々、まぁ、外套着るか、着ないかの取捨選択をするくらいかな。ロヴァノよりも寒くは無いね、雪の厚さも薄いし、退かすのも時間が掛らない。
「すいませんね、私が腰をやって仕舞い、態々、雪掻きして貰っちゃって」
「いや、別に慣れた事だし、如何って事でも無いさ」
「其れは心強いです」
「此の雪は此処に集めれば良いんだな?」
「はい、其処に集めて下さい、足元滑りますから、気を付けて下さい」
中々に広い中庭の除雪を頼まれて居る。
濁った鉛色の剣先円匙で搔き集める、山盛りな雪の塊が一つ出来た。
腰を摩りながら、縁側の手摺りに凭れながら、眺める儀の姿、分厚い柄付きの袢纏を着て居る。僅かに馨る薄い湿布の匂い、少し眼を震わせ、痛みに藻掻いて居る儀。
「有り難う御座います」
「ちょっと其処に留まってろ」
「はい?」
急いで玄関に行き、靴を脱いで、儀の所へ行く。
芳しい冬の風が吹き、窓がグラグラと震える廊下を進んで、縁側の柱に掴まる儀の姿。片手を腰に当てて、産まれたての山羊みたいに足を小刻みに震わして居る。私は勢いの儘、儀を負ぶり、駆け足でリビングに戻る。
「す、すみません、こんな事迄させて仕舞い...」
少し頬を薄く赤らめ乍ら、感謝の言葉を霧の様に垂れ零す儀。
「別にいい、腰は大丈夫か?」
「は、はい...」
「其れなら良かった、少し力んで負ぶったから、痛くしたかもと思ってな...」
「いえいえ、全然痛く無かったですよ」
「其れなら、良かった..ちょっと部屋に戻るな」
「...はい」
そうして、のそりと軋みの音を快感とでも勘違いする様に重みの有る足音が搔き立てながら、部屋に戻るので在った。障子扉を引いて、慣れた仮初の自室に入る。革のトランクが並ぶ静寂と寒気が蔓延る部屋の雰囲気。怠けた姿勢で畳に座り込み、幾つかのトランクを開けて、色々と物を漁る。
「じゃあ、此方の方か?」
両腕を勢い良く、腹部に抉り込ます。同時に、白煙が薄い霧の様に棚引く。両腕を色々と動かす。
(之か?)
ガタンと言う音と共に、煙を放つ異端な腹部から、大小様々な革製のトランクに年季の皺を肥やす収納品ばかりが溢れ出て来る。物によっては、返り血が付いた儘の、当時の状態の儘に収納された物も一定数は有る。私の腹部の大貯蔵庫には、そう言う物も入って居る。
腹部から出て来た、少し無骨的な装飾が施されたトランク一つを手に持って、雑に音を掻き立てながら、机の上に乗せる。ガチャガチャと金属製の留め具を外して、豪勢にトランクを全開にする感じで開ける。
「之は何だっけ...?」
黄ばんだ色の襤褸布。
何か包んで居る、色々な臭いが交じった雑臭がする。人体や芳香剤的な感じの匂いでは無い。何方かと言うと、無骨な機械系統の濁った臭いに似て居る様に感じる。大量の革のトランクの羣。記憶から塵に成った中身不明の代物を封じたトランクも幾つも存在する。若しかしたら、中途半端な解体しかけの何かの骸の一部とかも十分有り得る。此処に来て、後悔する羽目に成るとはな。彼奴等が居ないのが、不幸中の幸いだ。
そろりと黄ばみ色の襤褸布を剥がすと、其処には錆び付いた缶詰。
一つ持って、剥がれ破れ、黄ばんだ缶詰の表紙を深々と目を細めて、霞んだ表紙の文字を見る。ロヴァノ文字の印刷跡、シュ..シュール...
「あっ、駄目だ、之は...」
「逆に使えるか?」
臭いの刺激の強さによったら、普通に気絶も十分可能性有る。狂った品物だし、何か有った時に、之出して、形勢逆転でも出来そうだな。...如何言う状況に使えば良いか解らないけどな。喧嘩した時にでも、開ければ良いか?目に見えない、お前等の壁越えて、開いた状態の此の缶、投げても良いか?食べれるから、捨てたら駄目だ。もう拷問として優秀な物だな。
そんな事迄にして置いて、他の革のトランクを白煙の溢れる腹部の収納庫。
双子みたいな柄の印刷されたトランク、革と言っても、色合いや触り心地、若干異なる物も在れば、同じ奴も有る。大きさで何とか区別するしか無い。何か識別の紋章でも描いとけば良かったかな...
「之は昨日のタイプライター二台、之は冬用の外套や毛皮の大外套用、之は色々な地域で売られて居る様々な
十分、ロヴァノリヤの文化臭が漂って居る。
厭々しい思い出が淡々と頭から腫れ出て来る、何とも最悪な事だ。
一応、物によってはトランクに入れずに、私の腹部の収納庫に直接、収納した代物も在るし、未だ未だ、骨董品級の収納品が沢山、白煙の揺り籠に燻らされて居る。
其の時だった。
バゴンッ!!と言う囂々しい音と共に柔な衝撃が窓等を震わせる。
剣と剣が火花を散り合いながら、鉄を擦り削る様な甲高い金属音みたいな音も耳に厭に成る程、聞こえて来る。
「何が起きたんだ?」
部屋を出て、急いで儀が居る部屋に行く。
「今、何か凄い轟音がしなかったか?」
「はい、凄い、何か金属音が聴こえましたね...何の音でしょうか、外の方から聴こえましたし...」
「...ちょっと、外を見て来る」
生憎、イデナと文爲はあの國人通に行って居て、私と儀、見た事も無い見張り兵の気配位しか無い。確かに外の方の建物街の方、異様な気配を感じる。奇者と言うよりも、戦意の有る何処かの連中が此処に来て居る様な気配を感じる。何か変な事に巻き込まれるかも知れない。
革靴を履いて、急ぎ足で木造で年季の有る建物街へ向かおうとした時。
屋敷の大きな叢や此処からでは死角な屋根の向こう等から、旧式な小銃や剣を携えた泰西文化の影響を大いに受け、自国の文化を少し混ぜた様な、少し見慣れない軍服を来た、恐らく見張りの兵が姿を現す。
「貴様が、北鵬様の腹心か?」
「腹心では無い、相棒だ、今の轟音は何だ?」
「今の轟音は、我らでも未だ解らぬ事だが、良い事では無いと思う、恐らく、何かの事件の可能性が在るかも知れない、もしや、貴様、何か企んで居るか?」
「そんな訳無い、私は此処に思い入れも無い処では在るが、此処に居候さしせてくれる恩は在るからな、其れに私も何が起きたのか、気に成って居るのだ」
「...貴様は我らから見れば、信用も出来るか解らない、異境の奇者、恩を平然と仇で返す不届き者かも知れない、言葉巧みに話し、敵となるかも知れない」
「じゃあ、今起きた事件か何か事を協力でもすれば解ってくれるか?」
「...良いだろう、我らに付いて来れるかな?」
そう言うと奴等は、翼を生やして、あっと言う間に建物街へ一直線に飛んで行って居た。
「おいおい、早いなぁ、私も遅れないようにしないとな」
黒い煙が瞳から枯れると、私の瞳は濁り暗い朱色の瞳が耽々と色付いて居た。異境での戦、面白そうな事では有る。皺が大きく目立つ革靴、勢い良く巨歩な歩幅の儘に大きく前進する。臘月の寒風の歓迎に息吹かれ、瞬く瞳、高揚な殺意の鼓動を揺らす私の心臓、揺れる隠された銃火器達。何時でも鎮圧の骸作りの準備は出来て居る。素早いとか関係無い、殺せば、止まる事だ。何なら、非殺傷の兵器、
(使うか?)
或る意味、平和的に成るかも知れない。
気絶出来る睡眠芳香剤でも在り、何でも毒を放つ飛沫兵器でも在る。よし、何か有ったら、使ってみよう。
急ぎ足で建物街へ行く。
其処には、さっきの見張り兵と、もう一つの和の軍服を纏った翼人もとい天狗の羣。和洋だと、見張り兵の方が洋に傾き、向こうが和に傾きを感じると言った所だろうか。近代的なのは此方、伝統文化でも嗣いで居るのは向こうの奴等だろうか。
「西洋の病原菌を蔓延させる自国文化を棄てた売国奴を駆逐せよ!!」
「誇りと言う錆びた鎧を着こなす、歴史の墓に沈み往く、天狗共を成敗せよ!!」
冷酷非情な銃口と鉛に染まる刃を和を帯びる天狗共に向ける、見張り兵もとい泉の兵達。相対して、複数色に輝く細い剱を構えて、其の誇りと言う名の和の軍服を着る者達が対面して居る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続