ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
1621年十三月の陽が曇を貫いた。
五月蠅い冬の嵐の息吹が窓や扉を段々と重声を唸らして来る。踏ん張る様な事が鼕々と鳴る中、私は外套だけを着て、自室で趣味的な事に明け暮れて居た。いや、正確には、色々と溜まった腹部の収納庫の整理に等しいだろうか。淡く火を燈す蝋燭から漏れる薄く細い煙が満遍無く溢れて居る。
干乾びた灰皿の上、朽ちた胎児の様な煙草の胎盤から出た灰の仔。冷酷に酷使で削れる母体の煙草、粗悪で無骨な異形に相応しい姿形に成って居る。其れを無邪気に殺す社会の様な瞳と口の二重判決で、吸い滅ぼした。
帯封に束ねられた紙幣の煉瓦。荒い紙幣の模様、中央銀行と謳う紋章と共に書かれる100ルーヴル紙幣、折りが薄く付き、触り心地は最悪の二文字、三桁紙幣の癖に評価は二桁以下の紙屑。いや、もう価値は無いし、巧妙的で作り込みの凄い紙幣の玩具に相応しい偽札と紙一重な存在だ。
淡い黄緑に深緑の洒落た枠か額縁が印刷されて居る。無能で品質も塵、全てが塵屑。木屑の方が利用価値が有るかも知れない程に価値が無い。焚火の火おこしにでも使う紙切れの新聞と同じ使い道位しか思い付かない。何度も言うが、之は塵だ。
引き金に煙で永眠させる事に躊躇も迷いの誘惑も一切無かった。厄介物を全て縁切る様な解放感と、命乞いや願望を踏み潰して来た奴等が、格下の私に靴を舐める程に跪き、健気に子供を衛る英雄に化けて居る、全てが憎たらしかった。凍結した大河に子供諸共、群青の水檻へ沈めた。
官憲も
御伽噺みたいに悪役でも倒せば、幸福的な生活に成るとでも、思った妄想癖の強い馬鹿共が創った
臣民と戯言を言って、最後は王宮毎、燃えされた王も、何ら良いと言う言葉に
不都合で、何ら刺激が在るかも知らない旅路を辿って居る。上位階級を貪り屠る、無情的な時期の方が、お前等は好むかもしれないな。でも、革命が起きて仕舞ったのだから、仕方無い事だ。私には、そんな言葉巧みに大衆に放って、鼓舞したり団結される様な事は出来ない。お前等は上位の少数派の興亡記を観て居るだけで、其れが民衆側に成ると、体感が壊れた古時計の秒針に感じるのだろうな。
大丈夫だ、私は其の場の判断で、人生も旅路も変える。言わば、退屈も刺激も全て、私の掌で舞う愚かな灰に過ぎないのだ。凄く高揚的な波の動悸が聴こえる。浮き出る血管の畝、靡く血の巡り、生え栄える私の冬毛。此処はロヴァノよりも寒くは無い、だが、積雪が劇しい処では有る。鉛色の雪雲よ、何故、そんなにも雪を降らしたがる?
洒落を現わす様に、少し傾いたウシャンカの被り方をして居るのは、私。お前等と違って、耳が頭の上辺りに在るから、帽子も必然的も大きく成る、防寒帽。新品みたいな品質では無いが、其れでも丁重に物は扱ってる。助かるよ、命だと、抗う奴も居て、処理するのに一苦労して仕舞うからね。
先程とは変わって、雪雨は晴れ、積もる雪の中途半端な白絨毯が大きく敷かれて居る。濁った様な鉛色の少し融けた所も所々在り、白画用紙の様な均一的な一色では無い事が減点の一つの要因だ。廓寥とした空気が澄み、豁然と裂かれた傷な空模様。誰も気配が埋もれた様な闃寂。
「誰も居ないのか?」
自室の扉を引いて、廊下に出る。
今日は別にイデナも儀も文爲も出掛ける用事は無かった筈なのだが...何時も通り、私は皆が集まる居間へ軋む音を搔き立て乍ら、冬の寒さが染み込んだ廊下の木材床を踏み進んで居た。
居間に行っても、誰も居ない。途中で何か有った訳でも無く、机の上には何一つも無い。其れ所か、空き家にでも入った気分だ。寂寞の香水が降り懸って居る、私の靡く髪に。
深く目を瞑って、浅く息を吐く。
再び瞳を咲かせば、波皺の天井が拡がって居て、自室の畳に大きく寝転がり、夢を見て居た。
「何だ、唯の夢か...」
両掌で枕もせず、水面に浮く様な倒れの儘に、寝て居た。怪く光る蠟燭の火、奇した蠟の溶け姿が搖れ棚引く叢みたいだ。置かれた
引戸の隙間風、細い槍な寒風が我が物顔で入って来る。五月蝿く扉や窓を揺さぶり、手順を誤って、作動させた蓄音機の様な不協和音が響く。寝起きでも関係無く、煙草に火を付けて、濃々と出て来る紫煙を吸って吐く。
窓を少し開いて、優雅な雰囲気の儘に、紫煙は舞う。誇りを胸にする様に
摩天楼な聳える煙の塔。
煙草銜えた儘、色々と作業をする。
革製のトランクや柄付きの渋い花柄の封筒に襤褸付いた表紙な書籍類に旧式ながらも耐久性の在る軽機械品達、タイプライターとか銃火器位が其の対象だと思う。ガチャガチャと物音立てながら、漁る大きな掌二手。波打つ様に靡く十本の指、紙幣を一枚一枚、ペラペラと捲り数える様に、品々を捲り漁る。煙草箱、燐寸箱、服に帽子、似着かない金の権力の研磨剤と錆止めがされた嗜好品、輝く兜に剣。勲章や返り血の付いた服。当たり前の様に其れ等を手で退かして、何が在るのか漁り続ける。
所詮、どれも之も、過去の行った、小さな惨劇に過ぎない。
誰も殺されても、心配もされない何もかも軽いだけの事。命も物も、手で退かされる品に過ぎない。新鮮味も無い、誰かの手で触れられた歴史の有る品々が私の腹部には広がって居る。其れはシャベリンに有る世界有数の最深湖ヴァイカリにして、膠着と泥沼な鎧を来て、興す大革命、白い冬将軍が矛指す豪勢な大雪と積雪の様に広範囲に品々は腸の平野を流れて居る。
猟奇も狂気も味気無く、貧相な雑草のサラダに過ぎない私だ。
そんな例えを使っても、お前等には意味は通じる事も出来るかも解らない儘、こうして文字と物語の頁だけが、奇々怪々に増えていく。此の儘だと、分厚くて読む気も失せる膨大な辞書みたいな事に成って仕舞うかも知れない。大きな布の物語と展開をしても、中途半端な皺を遺した儘、折り畳めないよりも、若干の不満の皺と斑有って、包み切れる方が、未だ良い方だろう。でも、何で、そんな都合に振り回され無いと行けないのだ?...之も都合と言う検閲と称される物かも知れないのかも知れないな。
お前等の世界を知ろうにも、何かお前等の日々使う物で辞書引き感覚で物事を調べたけど。傾倒した新聞よりも中身が酷いな。偏向報道と書いて、正常報道と言っても過言では無いと思うぞ。頭は混乱する、タイプライターは骨董品、喫煙者は嫌われ者、見た事の無い物ばかりで便利な生活を送れて居るのかも解らない。虚像塗れの無法地帯な処ばかり。やっぱり、私は此の世界が一番だね。
「さてと、此処迄にして置くか」
ペッと吐き捨てる死に掛けの煙草。
腹に大きく開いた収納庫が閉じる。片手の指で顔の斜め傷を軽く触る。
未だ傷は完全に姿を消して居ない、何なら、私の象徴にも成って居る様に感じる。
より男気が溢れる様には成って仕舞ったがな。鏡に映る、我が顔、一見すれば...
(中性的か...?いや、男寄りに見えるな...いや、でも遠目で見れば、女性..か?)
瞳を凝らして、再度顔を見詰める。
其処には暗く朱い瞳の私。こんなにも季節の冷める中を微量で変化無しと言っても過言では無い程、顔に老いと言う厚化粧は無い。渇望に餓えた一匹の捻くれた狼の顔が其処には映って居た。
何時も通りと化した四人の食事。
イデナとも少しづつ距離が離れて行く。
夜の事、蝋燭を何本も燈し乍ら、寝る事もせず、唯々、自分のしたい事を長々として居た。雑な持ち方の黒筆で草書体な繋ぎ文字を描く。銃の手入れに色々と整理整頓をした後に、私は姿を消す様に煙と成り、密かに屋敷の外へ出て行く。燈された火も消し、黒に染まった夜に彩付く。
何時も通う杜へ入る。
曖昧な気持ちが淡々と私の心の中を染め上げて居る。
其の瞬間に、私は殺意が湧いて来る。自分は何がしたいのだろうか。別れ?自由?旅?其れすら曖昧に成りそうな位に進行方向に誤りが生じて仕舞って居る。酷い断末魔と共に、何の罪悪感も滾る事無く、奇者を屠る。此の曖昧で何色かも解らない程に染まる何かを知りたいと思いの下、同族関係無く、五月蠅い息の根を潰す。死ぬ奴に権利は期限切れ、的みたいに玩んで居る。
気が付けば、青天が目を凝らし、旭が悠々と光って居る。
周りを見れば、戦でも起こったかの様に無様に転がるは奇者の骸、集る蟲共。
大きく息を吐き出す。
「...面倒」
そう呟いた時だった。
矢が一本、私の頬を掠めて来た。
鋭く、そして、血を求めて居る様な矢先、深く刺さる樹の的。
様々な血が垂れる剣、返り血で服が汚れて居る。矢の飛んで来た方を向けば、其処には、一人の者が大弓構え乍ら、私を見て居た。頭の上周辺に生える耳、茶褐色にして、白髪が生えて居る物、虎視眈々と私に標準を併せる。
其の眼つき、薦に似て居た。
似ても似つかない近代風味な服装を纏い、熟練的な眼差し。
私よりも経験と言う鎧が違うかも知れない。
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続