ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
ピシュッ!!
鋭い空気を切り裂く様な矢が私の額辺りを貫こうと迫り来るが...
シュンッ...
何事も無かったかの様に、矢が通り過ぎる。
額には僅かな煙が溢れ零れて、開いた通り跡も直ぐ様、煙で包まれて、直ぐに元に戻る。二本の矢が同時に私に向かうが、銃弾が硝子を通る勢いの儘、私は刻々と奴の元へ歩いて行く。矢は大きく穴は開けるが、一瞬にして、煙で無く成る。焦りなのか、矢の数も居る速さも段々早く成って行くが、そんな事、お構い無しに私の身体は煙を出した儘、着々と近づく。
すると、諦めたのか、私に白兵戦を挑む。
私よりも遥かに小柄で服装を見れば、何か勲章らしき物を付けた儘、其の無地の鞘から、鈍く濁った鉛色の細く長い剣を掲げ、荒馬の様に振り回す。其れも単なる振り回しでは無く、其れに視れた、急所狙いの刃先の使い。然し、今の私は煙に等しい様な状態だ。急所狙いの攻撃だろうが、其れは手応えの無い空振りに過ぎないのだ。
私が剣を振る、其れも切るのが困難な刃の無い処。
直ぐにでも切り殺せたが、此奴は他の奴等とは全然違う。まるで、其の径の専門の様に感じる。其の剣の捌き、弓の射、どれもこれも正確で尚且つ、確実に相手を戦闘不能状態に出来る。殺し屋でもやって居るのだろうか...?
カンッ――!!
剣と剣が甲高く擦り切れ、ぶつかり合う。
火花は出て居ないが、歯軋りの様な音と共に、私の圧倒的な力の前に段々押されて居る。凄く抵抗的で面白い奴だ。馬人で顔立ちは薦に似て居る...小柄で身長は154位だろうか、そんな小さな身体付きでよく私の攻撃をこんなにも防げて居るな...
だが、勝敗は既に零れる程に決定付いて居た。
「うぐぅ...」と私の力の前にしても、必死に抗う小馬人。明らかに体力の消耗が激しいのか、少しずつ向けて居るのが感じ取れて来る。ジリリと嵩張る刃音、眼の前の奴の刃の峰?が肩に当たり掛けて居る。
「...もう、いいや」
力づくで押し付けた剣を緩める。
冷たい白い大地に寝そべる小馬人、「えっ?」と疑問を浮かべた表情をして居る。
「今は、そんな乗り気では無いのだ」
そう言って、背を向けて戻る。
「ちょっと待て!!」
小馬人が話しかけて来る。
怯えや恐怖等も無く、澄んだ様な声。何処か聞いた事の有る様に感じる。
私は少し遅く振り向く。其処には服に付いた汚れを丁重に払い乍ら、私の瞳を深々と見つめる馬人の一人。
「何だよ」
「..何故、其処まで来て、殺しに掛からない?」
「...気分だよ、今はそんな簡単に殺したい気分じゃないんだよ」
「..お前の剣使い、相当な物だし、其の怪しい煙の力も凄まじい程に死臭がする、気分で命を幾つ掛けて来たんだ?」
「...お前に言う義務は無いだろ?」
「...」
「良いか?殺し何か正当な理由なんか無い、一瞬の恨みで直ぐに殺人は起きる、誰が悪いとか関係無い、私は塵や駄目と思った奴を殺すだけだ、其れが世間では聖人や善人と言われて居てもだ、殺す途中で辞める事も有る、今みたいにな」
「...そうか...」
「其れに思ったが、お前、薦と言う奴に似ているな...もしかして、血族?」
「...何故、曾孫の事を知って居る?まさか...」
「そんな訳は無い、何方かと言うと恩人だ...んっ、曾孫だと?」
……
私の目の前に佇む、小柄な馬人は、薦の大祖母に当たる人物だった。
名前は
先ほどまで、生死を賭けるかも知れない闘いをしたのに、途端として、何故か薦の話題に成る。和やかで穏やかな空気感が淡々と流れ往く。此処では殺し合いは闘技の一種に過ぎないのかも知れない。
「そうかい...薦も良い奴に成った者だねぇ...」
そう嘆くと言うか、凄く喜びを上げ乍ら、深々と息を吐く。
木漏れ日が浪々と垂れ込んで来る。冬の寒風に無いに等しい葉の金を持つ樹々は揺れ
る。
「お前さん、見た所、瑞穂の奴では無いと解る、少しお前さんの話でもしてくれ無いかい?」
「...私は旅人に過ぎない、祖国も腐り、革命で此処迄、亡命して来た身だ」
「...」
鋭く見つけ来る様な視線が私の背中に深く刺さって来る。
もう色々と疲れて来た。浄化も除去も出来ない疲労が山積みに身体に染まって来る。
此処に居ても、屋敷に居ても、何ら退屈と言う事だけがお決まりの様に其処に佇んで居る。
「...其れなのに、また其の祖国に戻ろうとして居るのかい?」
「..何で解った?」
「勘だよ、勘、私もそう言う時期が有った物よ」
「?」
「瑞穂の國にも革命と言うか、所謂内戦が有った」
「ほう」
「お前さん達で言えば、王と倒して、新しくしよう!!みたいな感じかね...」
「成る程...」
「今から、もう70年も前の事、私は当時から其れなりに齢が刻まれた百姓の身だった、今だと、農民と言う階級に属して居た、で、少女兵として戦った」
「其の胸の勲章が存在証明か?」
「そう言う事、そして、魁と言う名字の元に成った物だ」
「其の勲章がか?」
「あぁ、そうだよ、当時は上の階級の人達には名字が有った、私の様な低いの人達には名字と言う概念は無くて、何々の榮さんと言う感じで、名前しか無かった」
「そうなのか」
「で、内戦が終わって、新政府と言う者が國を統治する事に成ると、急速にお前さんの方の文化を取り入れる様に成り、農民とか低い階級も撤廃して、名字も使える様に成った」
「其の時に、魁って名乗ったのか?」
「そう言う事だ」
「へぇ~」
「お前さんの其の祖国の革命がどれ程までに悲惨な事は解らないが、私も同族や同じ立場の人達と戦って来た、戦争に正義は無く、悪滅ぼすと言う大義名分の下に、誰が正しい事も解らない儘に、闘い続けた、逃げるとか亡命も関係無い、お前さんの其の亡命行為も亦、誰かにとっては正しい事かも知れないな...」
「...行って置くが、私は今、眼の前に居るお前は直ぐに殺せる事も出来るんだぞ、何故、そんなに落ち着いて、自分の事を話せる?」
「...そんな事を言って居るが、其の朱い瞳、何か迷って居るでは無いか?殺すと言って居るが、なら、今、其の鋭い爪で私の喉元でも貫いて見よ」
そう言うと、強引に私の片手を掴んで、自分の其のか細い喉元に差し向ける。
「如何した?さっさと先程の様に力一杯に差し込んで観よ?」
何故か、前へ貫く程の力が出なかった。まるで、何処か鎖にでも、縛られて居る様に、微動だにしない身体。其れ所か、自らの身体を差し出して来る事に驚きが有った。
「言葉だけで、本心は殺しをしたい気分では無いのだろう?」
「...」
「別に答えなくて良い、でも、何時までも本音を貯め込んで居ても、自分が困窮するだけの事だ、其の例が私だ」
瞳を見れば、悲哀に満ちた様な瞳をして居る。
私は躊躇の気持ちは無かったが、其れでも、何処か、其の言葉に少し重みと、私の心の中に何か突き刺す様な事を感じた。
「何時までも、悩んでも時間だけが冷酷に過ぎて来る、其れでも立ち向かわなければ成らない。真実から背を向けても、後悔だけ心を刺して来るだけだ...お前さんは、未だ時間が有る、好きな事も出来るし、苦難の径も歩む事に成る、だが、其れを何度も越えれば自由が出て来る、其処まで這い蹲ってでも行くのが、人生って物よ、行けないから、行きたいじゃないか?」
「...」
「人生なんざ、そんな本を捲り返せる程に早く捲られる、此処で悩む時間も頁が捲られる、私は人殺しも犯したから、お前が殺して居ても何ら感じる事は無い、自分の罪悪感で周りの事何か、視る時間も無いからな、したい事は自分で印して、話せ、お前さんの人生も棄てれる物では無いからな」
どれもこれも悲哀に満ちた事に聴こえる。
言葉一つ一つの発音に嗚咽の様な悲しみを感じる。自分を強く保っている様だが、恐らく、生存の為の殺害に後悔と反省を長々と続けているのだろう。其の口先、何故、震えて居るのだろう。そんなに私を説教的な事を述べて居るが、私の事なんざ、誰も憶えてはくれ無い、消したから。
此奴もどうせ、かなりの長寿者。
幾つか時が過ぎれば、老衰か病死で此の世絶って行く。そんな大勢に覚えられる様な存在でも無ければ、一見すれば、革命の悲惨さを感じ、精神に異常を来たし、お前等と呼ぶ、何かに話しかける、頭の可笑しい存在に過ぎない。
如何すれば良いのだろうか。
此の世界に救済と言う概念は在るのだろうか?
皆、平和と言葉も忘れて、戦争と競争に明け暮れる世界の中で、愛と平和を唱えたって、世間と世論は否定し、売国奴や娼婦扱いにして来る。そんな世の中で自由と言う者が有るのか?殺人の自由か?人生には、結局、金と人が居ないと、孤独死で直ぐに閉幕する。狂気も猟奇も過去に過ぎない、一体、私は何の為に人殺して、何の為に此処まで、来たのだろうか。
イデナとも距離は遠く成る一方で、本当に孤独と言う言葉の先端が私に当たる様に成った。幼少期の歪んだ愛の降り注ぎで、結局、居場所が無かった時と同じ様に感じる。何もかもが、凄く憎たらしく感じて来た。何で私は産まれた?何で私は此処に居る?私には何の価値が有る?私には何の存在価値が有るのだろう?
あの寒く襤褸い家で、毎日、歪み朽ちた愛情を受け取って、復讐の誓いして、鍬握って、殺す様に耕した畠に、付く力の儘に。毎日、一生懸命に働いて、何とか食い繋いで来た人生。其れが今では、退屈に成って仕舞った、私は一体、何がしたいのだろうか?殺しも十分に行った。したい事が見付からない、見当たらない。
じゃあ、一体、何の為に産れて、如何して、こんな中途半端な物語を構築して居るのだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続