ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
「あばよ、旅人、気を付けろよ」
「あぁ、ありがとう」
こうして、私はシャベリンの中へ誘われる様に、旅路を辿る。今日は往きも一切降らず、快晴に等しい様な天候だ。白く輝く陽の下、白く絨毯みたいに積もった雪、辛うじて遺った径を縫う様に其の巨歩で何処かへ行く。今の私には、仲間が居ない。其れが居ない事が別に悪い事では無い。然し、こんなには静寂と寂寞に包まれるとは思わ無かった。まぁ、お前等と言う見知らぬ存在を話して居ると言う時点で孤独なのかも解らないけどな。
地図も無き、見知らぬ土地に立つ私、本当に何もかも解らない状況の儘、径を延々と辿る。地上に積もった雪を舞わせる様に吹く、悪戯好きな風に煽られ乍らも、平坦な径を歩む。何重にも重なった防寒着、毛皮の厚い大外套の内側は合計で3枚は外套や下着は着てる。でも、一番冷え込むのは、下半身の方だ。特に足、体毛は冬毛の筈なのだが、其れでも、冷気の水虫が蔓延して来る。
煙草を銜えて、径を歩いて居るが、煙草の煙が弱いね。火種が先ず先ず、弱い。気温が阿保みたいに低いのも、相まって、真面に煙草も吸えた物じゃない。でも、単調的な風景で何か娯楽でも見出せる訳でも無いし、一生懸命に煙草の僅かな煙を吸うしか無い。痩せた作物の実の様な少なさだ。
ガサ、パサと雪を踏み潰す音、吐く煙が紫煙なのか、吐息なのかも解らない儘、気にせずに、辺りを見渡し乍ら、旅を続ける。本当に何も無い、夏場とかなら、緑の生える雄大な大地が視れたかも知れないが、冬で雪で一面が銀世界。そんなのロヴァノでは日常風景に過ぎない。冬は白か銀か灰色の三原色しか、景色が染まらない退屈な季節だ。そんな旬な物を使った美味しい料理を嗜む訳でも無いし、観光目当てで此処に来た訳でも無い。祖国は広過ぎ、痩せろ。そんな不毛な地域を領有するよりも、民の生活を支援しろよ。
多分、領地と人口の密度の差が激しそう。
其れに此処はロヴァノ国内でも一番遠い処、文化の発展も遅いし、こんな寒い処に何百万規模の街何かある訳無いだろうし、何か突出した特異点とか無さそうだし、本当にこんな所で國なんか、よく存在するな。夏場限定とかじゃないの?
国境を仕切る柵も一切無いし、何処からロヴァノリヤか解らないけども、まぁ、此の径を適当に辿れば、其の内、何処かの街には到着する筈だろ。でも、こんな寒い処よりも、何かしら、襤褸い壁でも良いから、宿に泊まりたいな。どうせ、お前等は温もった所で、優雅に色々な物語を読んで居るんだろうな。私とお前等の寒さの感覚が違だけで、寒い処に居るけど、私にとっては寒く無いみたいな感じの所も有るかも知れないけども。
...何度も言うが、本当に何も無い。
地平線まで大きく続く果て亡き白い大地、其処には人影や建物の跡すら無く。まるで、世界には私一人だけ取り残された様な気分だ。其れ位、誰も居ないし、何かの建物も其の跡も無いのだ。絵の具一色位で書かれた素朴な絵の様な情景。0ルーヴルと値打ちが付きそうな風景。之、何時間も見てるから、飽きと言う言葉が脳内に跋扈して頭痛い、或る意味だったら、拷問だな。
「本当に何も無い、之、本当に集落とか街とか存在するのか?世界滅んで無い?」
人類諸共全て滅んで、人類のして来た事や痕跡が全て自然に飲み込まれて、全て無にでも帰った様な感じに思えて来た。...駄目だ、退屈すぎて、変な妄想世界が拡がって来た。遥か未来、見た事も無い様な技術で世界は溢れて、幸福は感じる物から枠を出て、金で買える嗜好品へ落ちぶれ、其の幸福と言う大義名分の下、悪に転じた正義と救済と偽った強欲で大戦争が起きて、最終的には皆が死滅して、勝者は自然で、戦争の痕跡も歴史が紡いで来た物も全て呑まれ消えた世界の何処かの雪原の様だ。
...凄く具体的な妄想世界が出来上がった。
退屈と思えても、過去には此処には街とか何処かの國と國の戦場に成って居たのかも知れない。そう思うと何も無い、其の大雪原には、何かしらも仮初の温もりを帯びた歴史が醸し出て来る。種族が争って居たのかも知れないし、皆が手を取り合って、仲良く暮らして居たのかも知れない。其れか、大軍勢同士が悲惨な戦場を築いて居たのかも知れない。
眼には見えないし、嘘かも知れない何かしらの歴史の幻覚が拡がって来た。...何か凄く暖かい料理が食べたく成って来た。スープ系が良いかな。あの温かいスープが冷えた喉を融かす様に通って、身体の中心から、温もりが細部まで届くのが良い、心地よい。
...腹が減って来た。
この辺は焚火とか出来るのだろうか?
いや、普通に寒風に吹かれて、死ぬだろうな、雪を搔き集めて、
「そうと決まれば、早く作るぞ、豪邸みたいな物を作るぞ!!」
こう言う事は童心に還るんだよね。
...時間が延々と在る、私の様な巨体でも十分な位の大きさにしないとな。両掌を大きく掲げる。其の瞬間、モクモクと煙が泡立ち、直ぐに儚く消える。其の両掌には、鋭い金属製の角型スコップが悠々と置かれて居る。まるで聖剣を持つかの如く、握っては力の儘に、雪を搔き集めて行く。
数時間後...
「ふぅ、何とか出来たぞ」
歪な形をした
「ほらよ」
継ぎ接ぎ模様な破れた新聞紙を瀕死な焚火の中に入れたら、釦も開けずに、私の其の大きな腹部を触る。モクモクと煙の渦が出ると、手馴れた様に腹部の大収納庫を弄り回す。狂気を纏った奴が殺した奴の腹部に叢がる臓器の群れを抉る様に。
「之かな」
一つの革のトランクを取り出して、少し力加減が緩みながらも、地面に置く。慣れた手付きで人差しと親指の交差点から煙を帯びた鍵が出て来て、其の儘の勢いで、トランクの鍵穴に差し込んで、ガチャッと大きく開く。跳梁跋扈な小物の蟲の羣が溢れて来る。煙草に燐寸の箱、
「...飲んでみよう」
蓋を開けて、匂いを手扇の様に嗅ぐ。
...何かの腐敗臭も無い、無臭に近しい匂いだ。覚悟は出来た、思いっ切り、口の中に注ぎ込む。何時もの刺激、何も腐って何かして居なかった、全然普通に飲める。
「やっぱり、酒は美味しいなぁ...」
舌を鋭く辛す刺激が寒さで敏感に成った感覚に雷を落として来る。異様に冷たい液一滴一滴が大いなる背中に刺さる鋭き矢が深々と神経に当たる様な強い刺激が舌を枯らす様な勢いの儘に、濁流みたいに注がれる。
パチパチと燃え跳ねる火の根。
火種が香ばる匂いと、火の粉が弱い噴火の様に飛んで来る。落ち葉拾って、一つに蒐める様に枯葉模様な新聞紙を火種が乱れ燃ゆる焚火に注ぎ込む。拍手喝采の様に響く火の音、煙だけが、不思議な程に私に吸われ取られ、火の鋭い山脈だけが延々と棚引いて居る。
外の吹雪く音が段々劇しく成って来る。
入口から見える広大な雪原も、豪雨の様に降る雪雨が見えて来た。だが、そんな事お構い無しに、私は大きく開いて小物に溢れ籠ったトランクの中から色々と食糧品らしき物を取り出す。新聞紙や襤褸布の加護に包まれた黒パン、私お手製の不思議な肉。何だと、思う?そんだな、殺した奴の肉に決まってるな。
人肉喰う事自体、もう何ら抵抗も無くなって仕舞った。こんな極寒の地帯で毎年毎年、穀物が豊作な訳が無いのだ。酔っ払いが、街中の色々な処で寝る処を見た事が有るんじゃ無いか?そんな感覚で凶作の時期に成ると、街中には餓死で斃れた奴の屍が転がってる時が在った。もうね、街の住民も驚愕もせず、日常の様に過ごすんだ。歩く路に死体が居ても、小枝や小石を蹴る様な感覚なのか、避けるだけ何だ。面白いだろ?いや、違うか、怖ろしい?だろ?
葬儀もしないし、蠅や蛆が集っても、皆、素通りするだけ。そんな皆も身体が痩せ細り、何ら凹凸も無い平坦な路でも、急に転んだり、倒れたりする事が多い。助けろだって?そんな事、出来る訳無いじゃん、私も金も無ければ、先ず先ず、穀物とかの食糧が無いから、買う事も出来無いのに、どうやって助ければ良いのだ?何なら、私も今でも、痩せ型の体型なんだぞ。身長に総した体重に成って居ないのだ。
で、穀物とかの食糧が無いと、皆、どう思う?
皆、そんな絶望して、其の儘、自害する奴も居るが、血族とか年齢とか関係無く、死んだ屍を食糧として、食べるんだ。之を胸糞悪いと言うか、生存本能と言うのかは知らない。言って置くが、虐待と書いて、愛情と読む様な事をして来た私の両親も殺した後に普通に食べた。だって、土葬も火葬も時間も費用も嵩むし、喰った方が栄養も存在も腹の中に消えるし、倫理観なんざ、既に存在しない。法は明確には機能せず。
別にお前等は経験も体験もして無い身なのだから、否定も賛美も出来ないだろ?其の癖、変な妄言を吐いて来るんだから、腹立たしいね。お前等の方が何十倍も良い暮らししてるだろ、一日三食か二食はしてるだろ?私は毎日、痩せた穀物や其処等の林に生えてる木の実や食用でも可能な雑草食べてた。
勿論、其処等に転がった死体も食べてたけど...味がね...癖味が強い。
其の分、財力で弛んだ奴の屍は美味しいぞ。血は林檎の果汁の様に甘く、肉も之以上に無い柔らかさと丁度好い油の量をしてる。人間は全体的に骨や肉は柔らかく、亜人は種族にもよるが、獣系は肉硬めで血は甘い。柘榴か無花果を磨り潰した様な物だろ。之が同族とか関係無く、色々な種族を食人した者の評価です。実用性?知るか。
「凄く吹雪が激しく成って来たな、まぁ、いいや、取り敢えず、之でも食べるかな」
麻か何か解らない襤褸い布に包まれた何かの大きな物。
...あぁ、之は
じゃあ、焼いて喰うとしますか。
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続