父さんの真似したら俺の事見てくれる?   作:HIGU.V

3 / 3
3話 目標が決まる話

 

ぽてぽてと川平の家の庭にある立派な池の周りを歩く空太。この世の春だと言わんばかりに浮かれているのは、実のところ少し珍しかった。控えめで兄や祖母の前以外ではあまり感情を出さないからだ。

 

すると、どうしたどうした? とよくおしゃべりをする()()()()()たちが寄ってくる。この辺りは立派な霊地であるため、特段害のないこのような霊たちは川平家の庇護を受ける形で屯している。

 

将来妖怪に対しても人に接するように分け隔てなく関わる、と評されるほどの対外関係を構築していく兄の啓太と違って、空太は対人社交性が現代日本から見て並程度と言える。

それは、この時代の人間からすれば低いのだが……というのは置いておくとして、空太は物心がかなりはっきりとするまで、化け物と人との区別が大きくついていなかったことも大きい。加えて言えばそれらが急に襲い掛かってくることも多々あったからだ。

 

実のところ川平本家の周りは霊地ではあるが「ある原因」もあって怨霊やら雑霊がよってくる。最も孫が滞在している間は特にしっかりとクリーニングされており、害意を持った霊はいない。

 

この家で見れる霊や妖は無害なものしかもう「残っていない」ので、空太は日常的によってくる霊と仲良く話せているのだ。

 

「あのね、好きな子ができたよ」

 

はたから見れば、池の側でそんな拙い言葉を虚空に呟く幼い少年。その周りには

 

────やっと番いを見つけたのか

────もう五年も生きているのだからずいぶん遅いな

 

鳥妖怪の低級霊達がわらわらと頭の上を飛び回っている。空太にはつがいが何かは分からなかったが、彼らが喜んでいることだけは分かった。

 

これは兄が所用(修行、覗き、折檻等)で側にいないときの、空太の日常茶飯事である。最もこの家に出入りする大抵の人物には霊視があるので、ホラーのような光景ではなく、ある種のペットの鳥と遊ぶ子供の扱いである。

 

「でもね、誰だかわからないの」

 

────なんだ逃がしたのか

────メスは捕まえておかねばならんぞ。

 

変わらずやいのやいのと頭の上で騒がれるのを聞きながら、空太少年は悩む。彼が先日見た女性は、美しい銀色の髪を持った落ち着いた女性だった。

 

まだ入ってはいけないお山の近くを通ったのに、優しくこちらを撫でる手。

空太の麦わら帽子越しだったので、目線を合わせるように彼女に顔を覗き込まれた時の、少し驚いて悲しそうな、それでいて嬉しそうな、安心したが寂しそうな顔。

それを隠すようにすぐに持ち上げられて、そのまま家まで運ばれて、彼女は踵を返して去っていった。

 

実のところ、その鮮烈な出会いの次の日にも、恐怖と驚きの出会いがあったのだがそれはまた別の機会に触れるとしよう。

 

 

宗家の孫としてある種の周囲からのよいしょというものは感じているものの、ド田舎の山の中の川平本家には祖母と一時預かられ中の兄と彼自身の3人しか人間はいない。

あまり良い思い出のない両親と暮らす生家でも家から出ることは稀で公園の友達が幾人かいる程度だった。

 

そういう環境であって、妙齢の美しい女性に覗き込まれるのは、ひどくドキドキした。そう、5歳にして彼は不治の病にあったのである。

 

おませさんとも言えるが、6歳の兄啓太は既に宴の席にて酒をちょろまかして嗜みながら、奇麗な女性にちょっかいをかけるので、相対的にはずいぶんと健全であろう。

 

────あの青白い犬は知ってるのでは?

────数珠をかけた犬だ! 餌をくれるやつ!

 

「そうだ! はけさまに聞こう」

 

低級霊がやいのやいのと言っているからか、それとも自分自身で思いついたのか、彼自身にも曖昧だったが、ひとまず空太少年は、あの銀色の女性と「同じ気配」がしたはけさまに話を聞きに行くことにした。

この時間、あの犬はおばあちゃんと一緒に縁側にいることが多い。それを空太少年はしっかりと覚えていた。

そうときまれば自然と足はそちらへ向かうのであった。

 

「ああ、それはきっとごきょうやですね」

 

美麗衆目、ともすれば女性にすら見える蒼い髪を持った青年の犬神。空太少年からみたらおばあちゃんの大事な犬神。それがはけだった。

 

川平家はとある大妖怪に困っていた犬神達と協力し共に戦い封印した初代が祖となる家だ。犬神達はそのことに大変感謝し、住処のお山の近くに腰を据えた川平家と代々契約を結び、ともに破邪顕正をなしてきた。

その大妖怪と戦った、犬神の最長老であるこうがいえつの息子の息子が、現在の川平家の当主の唯一の犬神はけなのだ。

 

そんな川平家の人間からも犬神達からも一目おかれる彼に、特段物怖じすることもなく空太少年は拙い言葉で仔細を伝えたところ悩む様子もなくでた名前だ。

 

「ごきょうや……」

 

空太はまるで、大切な真言を唱えるかのように今聞いた名前を小さく口の中で繰り返す。それだけで体が胸の奥が温かくなるようであり、それがたまらなくなり、彼の顔は自然と綻んでいく。

 

「ん、どうした? はけよ」

 

あの銀色の髪を思い浮かべながら繰り返し声を出していると、手洗いにでも行っていたのだろうか? 彼の祖母が戻ってきた。

 

「いえ、先日啓太様と空太様を連れ戻しに行った際に空太様を保護したのが誰かというお話をしておりました」

 

「ほう……空太よ、きちんとお礼は言えたのだろうね?」

 

近々英国の大学にて教鞭を執るため現在引き継ぎに忙しい兄弟の母と、それに付き添う父に会えない分、当主である祖母は孫を愛情をもって預かっていた。

もちろん犬神使いとしての修行を見るという目的もあったが。

 

多少厳しいと言われても、礼儀作法はしっかりと教え込んだし、大層な型破りの問題児の兄と違って、空太は聞き分けの良い素直な子だ。

先日もその山へ向かいはすれど、鳥居に入りはしなったのだから、川平家的にはとても真面目である。

なにせ彼女も若いころは、その掟を破り勝手に入り契約してくれる者はおらぬかと助けを請うなどするほどに、大変やんちゃであったのだから。

最も空太も空太で時々、霊とのおしゃべりに夢中になり注意散漫になるのが問題とも考えていたが。

 

「おばあちゃん、僕も犬神使いになったら、ごきょうやに会える?」

 

だが、そう問いかけてきた、たった五歳の少年の瞳は、川平家の使命に燃える者の瞳だった。すでに「霊能力者」としての資質を計る修行は始めている。

だが、体質や年齢もあり犬神使いとしての本格的な修行ではない、替えが聞く汎用的なものだ。

意見をあまり主張せず言われたからしっかりやるといった熱量で修行をこなしていた孫。志した理由は余りにも邪念を孕んではりものの、それでも犬神使いを目指すとしっかり明言した。

 

故に、破邪顕正。退魔の家生まれた彼の中で目標となるべき何かが、空太の中で見定まったのを彼女は感じた。

だからこそ、真摯に答える。

 

「犬神使いは、犬神に選ばれてこそ。空太が破邪顕正に恥じない志を持ち、立派な犬神使いになれば、そのごきょうやもお前を主と認めるかもしれんね」

 

宗家はごきょうやという名前を口にして、そして彼の顔を見て、ああっ! と一つ思い当たることがあった。

引っかかっていた記憶のほつれ糸は、そういう事だったのかと

 

「なにせお前の父親に仕えていた犬神だからね、ごきょうやは」

 

こぼれる様に伝えた言葉と共に記憶がよみがえる。彼女からすれば忘れられない次男の婚姻の時の騒動だ。

 

「お父さんの? そっか……」

 

自分の息子が、数年前に起こした小さな騒動。霊能力者ではない普通の家の娘に惚れ込んだ息子は、彼女に結婚を申し込んだ。

それ自体は良い。もう時代は変わった。格式ある家との繋がりなどということは考えていない。だが、犬神というのは、犬が化生した存在であり、その多くが眉目秀麗な男女の姿となる。

今隣にいる「はけ」も数百歳を超えているが、青年学帽の書生のような、儚げで美しい顔つきだ。

 

そして次男は4人の犬神と契約しており、その全員が美少女。要するに性別としては女性となっていた。

主従関係というのは戦友でありパートナーであるのだが、そういった世界に馴染みのない一般の嫁には、受け入れがたいことだったようで。

彼女に首ったけとなった息子は、悩んだ末とはいえ、自身の契約していた犬神をすべて山に返したのだ。

 

もう一人の馬鹿息子である長男のように、海外に行くから比較的円満な契約解除、と満了で終わったのとは違い、多少こじれていた記憶がある。

 

ごきょうやはその中でも群れの中心的な端的に言えばリーダーの犬神で、その分、息子にも深く心を寄せているように見えた。そんな男の息子である空太が、どうやら彼女に感じるものがあったという。

 

因縁とは不思議なものだ。隣のはけが言うには、兄の啓太は若い頃の宗家によく似ているのだという。無鉄砲で向こう見ずなところもそうだが、顔のつくりや表情が。

一方で空太は、父親によく似ているという。好きなものへの執着がつよく真っすぐで穏やかなところが特にと。それは何故か匂いや雰囲気までも。

犬神の感覚なので宗家には少しピンと来ない部分もあったが、それでも似ているのは不思議ではない。なにせ実の親子であるゆえに。

 

「ごきょうやは大変宗太郎様に……貴方のお父上に懐いておりましたよ」

 

「ん……お父さんと仲良しだったの?」

 

穏やかに補足するはけを見上げる空太は、そう聞き返す。自分で言葉にしてみてそれがなんだかとても不思議な感じだ。うれしいようなくすぐったいような。そんな純粋な持て余している感情だった。この時はまだ。

 

「ああ、とても良い犬神使いだったんだよ、お前のお父さんは」

 

「懐かしいですね、彼女に関してはあるいはそれ以上の……」

 

「はけ、あんまりそういうのは言うんじゃないよ」

 

「失礼いたしました。つい口が軽くなって」

 

はけと祖母のやり取りをみながら、空太は思う。お父さんと仲が良かったなら、自分が仲良く、契約する時にはどうすればよいだろうかと。

 

「空太よ、お主が希望するならば、少しばかり早いが犬神使いに必要な修行をはじめるが良いか?」

 

「うん! 修行する!父さんみたいになる! 」

 

 

宗家が念を押すようにそう言質をとる。取っても逃げる兄の啓太と違ってこの子はしっかりと学びそうだが念のためにだ。

なにせ、ごきょうやもきっと気づいたであろう。今川平の家にいる子供が、昔の主の子供であることは知っているはずだ。なれば、彼が順当に育ち、試練の時を迎えれば、おのずと答えは出るであろう。それしかできないともいえる。

 

川平家の犬神使いは、10歳の頃に仙人のいる隠れ里へ修行に出て霊能力や体術を習得し、13歳のときに犬神の住む山を一晩巡る試練を受ける。

 

広義には、使役という関係である犬神は人と共に戦うことで真価を発揮する。何もできない「ぼったち」の犬神使いなどおらぬ。犬神と合わせるのが犬神使いの本領だ。

 

支援であれ封印であれ攻撃であれ、霊能力者として単独でやっていけるほどの力を得るため、大人の武芸者や霊能力者でも100人挑んで10は残らぬ修行を子供の身でこなさせるのだ。

 

そしていざ13歳になれば、約定に定められた1年に一度の契約の日に、多くの犬神たちが住む山で一晩過ごし、その者を主としてよいと認めた犬神とお互いの物を交換することで契約が結ばれる。

 

一人しか憑かぬ者もおれば、複数憑く者もいる。

霊障を起こしやすい物着きの体質というのは多少の重荷になるとはいえ、それでも真面目に修行をすれば、一人くらいは犬神が憑くものだ。祖母の贔屓目もあるが長年の経験がそう言っていた。

 

「まあ、孫が向上心を持ってくれるのならばよいか」

 

「早速修業だ!」

 

と言って庭の漬物石を叩き始めた空太を見ながら、当主は満足げに笑うのであった。

 

 

 

 




川平榧:主人公とオリ主の祖母、現在70代半ば、原作中に88歳になる。現当主なのもあり、基本宗家か刀自と呼ばれる。作中で一番詠唱が格好良い。90年代ごろから霊能力者向けのHPを運営したりゲームも遊ぶしバイクも乗り回すスーパーおばあちゃん。旦那はかなり早くに夭折している。

はけ:川平家現当主の唯一の犬神。優秀な犬神使いは多数の犬神を同時に使役する器を持つ。という言説の反例をしている。主人が大好き。アルバムが3桁あるほどに好き。ほかの犬神をはねのけて独り占めするほどに。原作に出てくるネームドの男性いぬかみは殆どいないのと当主のお仕えなので、大体なんか面倒ごとを持ってくる立ち位置。好きな下着は麻製

川平家の修行:原作だと13歳で犬神と契約は確定しているが、その前に最低1年ほど霊能力者として海外の霊地で修行するらしい超絶スパルタ。霊能力やオカルトは一般には伏せている系世界観なので学校とかどうしてたんだろうと思う。

漬物石:霊能力の指標を表す単位、TI値など要は霊力量。原作ネームド人間は900前後で歴代トップクラス。犬神は幅があり100-1200くらいが標準、3000位からハズレ値の犬神や大妖怪という程度の尺度。はけなら3200。
原作1部のボスの一人は11,000だが、もう一人のボスに対してこんな程度の力では到底かなわないので技術を磨いてるとかいうインフレ。



修行編をあっさり流すため修行のための準備編やって、時が少し進みます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。