俺の幼馴染が俺の親友に寝取られました。社会的に抹殺するから今に見とけ。 作:αβ-アルファベータ-
第1話 泥の中の王冠
地方都市の片隅、解体現場の土埃が舞う中で、藤堂蓮は鉄パイプを振るっていた。かつて聖鳳学園のサッカー部キャプテンとして、緑の芝生の上で喝采を浴びていた男の姿は、そこにはない。
油と汗と泥にまみれた、安っぽい作業着。荒れた指先。かつての整った顔立ちには、深いシワと、常に何かを恐れるような卑屈な光が宿っている。
湊が用意した「下請けの解体現場」。それは、蓮にとっての王国であり、墓場だった。
周囲の作業員たちは、訳ありの人間ばかりだ。彼らは蓮の過去を知らない。だが、蓮だけは知っている。今のこの生活が、佐藤湊という神の掌の上で行われている「見世物」であることを。
「おい、藤堂! ぼさっとするな! 今日のノルマが終わらなきゃ、給料は半減だぞ!」
現場監督の怒号が響く。蓮は「はい」と短く答え、ふらつく足で再び鉄パイプを握り直した。彼は稼いでいた。低賃金で、死に物狂いで。
稼いだ金の大部分は、湊が設定した「損害賠償」という名目の返済に消えていく。残ったわずかな金で、狭くカビ臭いアパートで独り、インスタントラーメンを啜る。
それが、藤堂蓮の現在の日常だった。
彼がこれほどまでに真面目に働くのは、決して再起のためではない。 「藤堂蓮」という人間が、どれほど惨めに堕ちたとしても、死なずに這いずり回り続ける姿を、湊に見せつけるためだ。
……それが湊の望みだと、蓮は信じている。いや、信じ込まされている。
◇◆◇
異変は、ある晴れた日の午後に起きた。
現場で、大規模な盗難事件が発生した。解体に必要な高価な機材と、作業員たちの給料が入った金庫が、一夜にして消えたのだ。
現場監督と警察が駆けつけ、作業員一人ひとりに厳しい尋問が始まった。蓮は、作業の合間に端で休んでいたところを、二人の刑事によって囲まれる。
「藤堂蓮だな。お前、以前にも似たような横領の疑いで、少年院に入っていた過去があるな?」
「違います! 俺はやってない! 今は本当に、真面目に……!」
刑事の冷ややかな視線が、蓮の過去を暴き立てる。「過去」は、蓮にとって消えない烙印だ。かつて学園で蓮が手を染めた小さな悪事、そして湊によって捏造された巨大な罪。
それらが積み重なり、警察官たちの脳内で「藤堂蓮=犯罪者」という強固な図式を作り上げていた。
「防犯カメラの映像には、お前と体格の似た男が写っていたんだ。言い逃れはできないぞ」
そんなはずはない。俺は昨夜、ずっとアパートでただひたすらに怯え、震えていたはずだ。だが、蓮にはアリバイを証明する証人も、金も、弁護士もない。
唯一の味方だったはずの湊は、今は遠くの空の下で、かつての幼馴染を「管理」している。
「……ああ、ああぁ……」
蓮は膝から崩れ落ちた。逃れられない。また、泥沼だ。パトカーに押し込まれる際、彼はふと空を見上げた。そこには、かつての自分には眩しすぎた、冷たい青空が広がっていた。
◇◆◇
留置所の鉄格子の向こう側。
蓮は、冷たい床に顔を押し付けていた。
絶望は、新鮮なものから、次第に腐った澱のように彼の精神を侵食していく。
「佐藤……湊……」
独り言のように、その名を呼ぶ。
ここで、湊に泣き縋りたいと思った。あいつなら、きっと何とかしてくれる。そう思わせるほどの、根拠のない「親友」への期待が、まだ蓮の心の奥底にこびりついていた。
たとえ湊が自分を壊し、蓮の全てを奪い去った怪物であっても。皮肉なことに、今の蓮にとって、世界で唯一「自分を認識してくれる」存在が佐藤湊だったのだ。
「助けてくれ、湊……。俺は、俺は……本当は、お前をずっと見ていてほしかっただけなんだ……」
独房の壁に向かって、蓮は泣きながら告白を繰り返す。その涙には、過去への後悔、湊への憎しみ、そして何より、「愛されたかった」という歪んだ飢えが混じり合っていた。
彼の精神は、物理的な拘束以上に、湊という呪縛によって少しずつ、音を立てて砕け始めていた。闇の中で、蓮は震えながら、湊が現れる「来月」の面会を夢見ていた。
「また来てくれる。助けてくれるんだ」
その面会こそが、彼にとっての地獄であり、唯一の救いであるとも知らずに。