俺の幼馴染が俺の親友に寝取られました。社会的に抹殺するから今に見とけ。   作:αβ-アルファベータ-

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死ねくたばれ、笑いものにしやがって

 

 冷たいコンクリートの床。鼻を突く消毒液の臭いと、どこか饐えた人間の汗の臭い。そこは、娑婆のような清潔で静寂な世界とは完全に断絶された「檻」の中だった。

 

 赤色灯に照らされた公園から連行され、厳しい尋問の末に下された判決は、少年院への送致だった。現行犯での殺人未遂。

 

 九条凛の息がかかった警察と司法の処理は迅速であり、湊が「裏切られた」「精神的に追い詰められていた」という主張は、公的な記録において「身勝手なストーカーによる凶悪な凶行」という歪んだ形に書き換えられた。

 

「おい、新入り。何見てんだよ」

 

 少年院の雑居房。同室になった少年たちは、誰もが鋭い眼光と、社会への剥き出しの敵意を抱えていた。かつて学園で成績優秀、品行方正だった湊のプライドは、ここでは何の価値も持たない。

 

 むしろ、「進学校の坊ちゃんが色恋沙汰でトチ狂って人を傷つけた」という経歴は、不良たちにとって格好の玩具《オモチャ》でしかなかった。

 

「……別に」

 

 湊が掠れた声で顔を背けると、一人の大柄な少年が湊の胸ぐらを荒々しく掴み上げ、壁に叩きつけた。

 

「あァ? 生意気な口叩いてんじゃねえぞ、コラ。ここではなぁ、外の肩書きなんて関係ねえんだよ。俺たちの言うことに『はい』か『イエス』で答えろ。拒否権なんざねえ分かったか、佐藤ォ!」

 

 背中に走る激痛。湊は歯を食いしばり、拳を握りしめた。この世界の湊は、理詰めで相手の弱みを握り、支配する術を知らない。

 

 ただ、心の中に燻る泥々とした憎悪の炎に油を注ぎ続けることしかできなかった。

 

「——放せよ」

 

「何だと、テメェ!」

 

 ボカッ、と鈍い音が響き、湊の顔面が殴り飛ばされた。口内が切れ、鉄の味が広がる。

 

「ふざけるな……! 悪いのは俺じゃない……! あいつらだ、あいつらが俺をここに入れたんだ!!」

 

 湊は獣のような咆哮を上げ、殴ってきた少年に向かってがむしゃらに掴みかかった。知性も技術もない、ただの狂乱の暴力。当然、鍛え上げられた不良たちを相手に、そんな攻撃が通用するはずもなかった。

 

 同室の他の少年たちも加わり、湊は集団での激しいリンチに晒された。 

 

「おい、やめろ! 何をやっている!」

 

 看守の鋭い怒号が響き、ホイッスルが鳴り渡るまで、湊は冷たい床の上で何度も何度も蹴り飛ばされ続けた。

 

痛みに悶絶しながら、湊は涙を流した。

 

(藤堂……結衣……九条……! 許さない、絶対に許さない……!)

 

 その涙は、悔恨の涙ではない。さらに深く、暗く、ねじ曲がっていく憎悪の結晶だった。

 

 少年院での地獄のような日々が数ヶ月続いたある日。湊に「面会」の報せが入った。両親は湊が事件を起こして以来、世間体と仕事への影響を恐れ、一度も面会に来ていなかった。

 

 実質的に親から見捨てられた状態の湊は、一体誰が自分に会いに来たのか、訝しみながら面会室の椅子に座った。

 

 アクリル板の向こう側に現れた人物を見て、湊の呼吸が止まった。

 

水瀬結衣。

 

 彼女は、かつての女子高生の雰囲気から一変し、どこか大人びた、しかし酷く冷徹な「女」の顔をしてそこに座っていた。

 

「久しぶりね、湊」

 

 結衣の声には、かつての幼馴染としての温もりなど、ひとかけらも残っていなかった。アクリル板越しに響くその声は、湊の耳を冷たく突き刺す。

 

「結衣……お前、なんで……! よく俺の前に顔を出せたな!」

 

 湊は立ち上がり、アクリル板を激しく叩いた。ガン、と高い音が室内に響き、背後の看守が「静かにしろ!」と鋭く威嚇する。

 

 結衣は眉一つ動かさず、ただ哀れみのこもった目で湊を見つめていた。

 

「そんな風に怒鳴るから、みんなに危険だって言われるのよ。……私ね、今日でここに来るの、最初で最後にするって決めてきたの。あなたに、ちゃんと言い残しておかなきゃいけないと思って」

 

「言い残す? 何をだよ! 裏切ったのはお前らだろ! 俺をこんな場所に閉じ込めて、満足か!?」

 

「裏切ったんじゃないわ」

 

結衣は静かに首を振った。

 

「私はただ、自分の幸せを選んだだけ。……蓮くん、あの時の怪我から無事に退院したわ。頭に大きな傷跡が残っちゃったけど、それでも彼は貴方を責めなかった。ただ私を守ろうとしてくれたの」

 

 結衣の口から語られる「藤堂蓮の美談」。それが、湊の臓物を激しくかき乱す。

 

「九条さんがね、私たちを全面的にバックアップしてくれているの。蓮くんは退院後、九条財閥が支援する海外のサッカースクールに特待生として留学することが決まったわ。私も、彼のパートナーとして一緒に付いていくの」

 

「留学……? パートナー……?」

 

「そう。私たちは、この街を出て、誰も私たちの過去を知らない世界で新しくやり直すの。あなたのせいで一度はめちゃくちゃになりかけたけど、私たちは愛を深め合うことができた。……ある意味、あなたのおかげね、湊」 

 

 結衣は微かに笑った。その微笑みは、湊という「邪魔者」を完全に人生から排除し、勝者として未来へ歩み出す、本物の幸福の笑みだった。

 

「お前ら……留学だと? 幸せになるだと? ふざけるな! 俺がここでどんな目に遭っているか知っているのか!」

 

「あなたが勝手に暴力を振るって、自滅しただけでしょ」

 

結衣の言葉は、冷酷なまでに正論だった。

 

「さようなら、湊。もう二度と、私たちの前に現れないで。あなたと過ごした幼馴染の時間は、私の人生の『汚点』でしかなかったわ」

 

 結衣は立ち上がり、一度も振り返ることなく面会室を去っていった。

 

「結衣! 結衣ぃぃぃ! 待て! 許さねえ、絶対に許さねえぞ!!」

 

 湊の絶叫が面会室に虚しく響き渡る。看守たちに取り押さえられ、床に押し付けられながら、湊はただ、自分のすべてが他人の幸福の「踏み台」にされた現実を知り、狂いそうになっていた。

 

 結衣の面会からさらに半年が経過し、湊は少年院を仮退所した。しかし、彼を待っていたのは「自由」ではなく、さらなる社会の底流、真の奈落だった。

 

 実家に戻ったものの、両親からの扱いは冷淡そのものだった。

 

「お前が事件を起こしたせいで、父親の昇進はなくなった」

 

「近所の目が怖くて、まともに買い物にも行けない」

 

 家の中に湊の居場所はなく、言葉の暴力と無視が彼を包んだ。高校は当然のように退学処分となっており、前科一犯の少年を雇ってくれるまともな職場など、この街のどこにも存在しなかった。

 

 昼間から街を徘徊し、濁った目で通行人を眺める日々。かつての制服を着た生徒たちとすれ違うたび、湊の心臓は嫉妬と憎悪で破裂しそうになった。

 

(藤堂と結衣は、今頃海外の綺麗な街で、笑い合っているんだろうな)

 

(九条凛は、今もあの学園の頂点で、俺のことなんて忘れて退屈しのぎをしているんだろうな)

 

自分だけが、泥の中に置いていかれた。

 

 無計画に突撃した結果、手に入れたのは「前科者」という消えない烙印と、完全に破壊された人生の残骸だけだった。

 

「おい、お前。佐藤湊だろ」

 

 ある雨の夜。路地裏の自動販売機の前で雨宿りをしていた湊に、一人の男が声をかけた。男は高級なトレンチコートを着ていたが、その瞳には、かつて湊が少年院で見た不良たちとは比較にならないほど、深く、洗練された「本物の悪意」が宿っていた。

 

「……誰だ、お前」

 

「俺は……まあ、お前には関係のない名前だな。だが、お前が『九条凛』や『藤堂蓮』を激しく憎んでいることは知っている」

 

「まあ、好き勝手呼んでくれ。安心しろ、味方だ」

 

 男は不敵な笑みを浮かべ、湊の前に一枚の紙切れを差し出した。そこには、ある「違法な賭博場」の住所と、そこで行われている闇の仕事の内容が書かれていた。

 

「お前のような、失うもののない前科者のガキを探していたんだ。どうだ? 俺たちの下で働かないか。まともな社会にはもう戻れないお前でも、ここなら『使い道』がある。上手くいけば、お前をハメた九条凛の足元をすくうくらいの力は、手に入るかもしれないぞ」

 

それは、悪魔の誘いだった。

 

 今の湊には、状況を客観的に分析する知性は残っていされていない。あるのは、一縷の望みにでも縋りつき、自分を裏切った世界に報復したいという、盲目的な飢餓感だけだった。

 

「……やる。何でもやる。あいつらに、復讐できるなら……!」

 

湊はその紙切れを強く握りしめた。

 

 雨水に濡れた彼の顔は、かつての聡明な少年の面影を完全に失い、ただ闇社会の濁流に呑み込まれていく「捨て駒」のそれへと成り下がっていた。

 

 佐藤湊の、本当の地獄へのカウントダウンが、静かに始まった。

 

 

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 ここまで読んでくださりありがとうございました。最終話についてはサポーター限定記事にて掲載させていただきます 

 

 もし興味のある方はぜひ以下のリンクから確認してみてください。今作の応援本当にありがとうございました……!

 

https://kakuyomu.jp/users/alphado/news/2912051600990247974

 

 

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