第三次試験の開催地は、トリックタワーと呼ばれる長大な塔だった。
リッポーというモヒカン丸眼鏡の試験官曰く、内部では凶悪な仕掛けや試練が行く手を阻んでくるだけでなく、一部試験官や囚人の周到な待ち伏せもあり、それらを全てを潜り抜けた上で72時間以内に地上の出口まで到達できなければ不合格なのだという。
一応崖をロッククライミングの要領で下っていくことも可能なようだが、先ほどそれを実践した男が謎の鳥に掴まれ誘拐されていったのを見ると、あまり得策とは言えないようだった。
「こりゃ無駄なエゴなんざ捨てて協力した方が良さそうだぜ……なぁ、キリュウさん?」
トンパが媚びるような上目遣いで鬼龍を見てくる。明らかに同行したがっている態度だ。
「なぜ貴様と組まねばならんのだ」
「いやいや、天下のフロアマスター様と一緒に攻略した方が安心だからに決まってますでしょうよ」
「ふざけるな蛆虫め」
鬼龍が独りで行こうとすると、背後にいた少年に呼び止められる。
「あ、キリュウさん! ちょっといい?」
「…………」
ゆっくりと後ろを振り向く鬼龍。
釣竿を持った黒髪の少年が、フリフリとこちらに手を振っていた。
「お、おいゴン……何話すつもりだ? まさか協力してくれなんて言う気じゃねえだろうな?」
「うん、そうお願いするつもりだよ! ダメなの?」
あっけらかんと言うゴン。サングラスの男、レオリオは思わず眉間を揉んだ。
「……ゴン、彼からは危険な匂いがする。不用意に近づくのはやめておいた方がいい」
「えー? でもあの人すっごく強そうだよ? この塔を進む間だけでも居てもらった方が良いと思うけどなぁ」
どうやらゴンは臨時の攻略パーティーとして鬼龍を誘う気だったようだ。しかし仲間の2人は乗り気ではないように見える。
「なんか向こうは勝手に話進めてるけど、あんたはどう思ってんの? オッサン」
白髪の少年、キルアと呼ばれていた少年が鬼龍に話しかけてくる。寿司の件で鬼龍の手元を盗み見てきた子どもだ。
「どうとは何だ。俺があの坊主の提案を受け入れるかどうかという意味か?」
「うん。どーすんの?」
鬼龍はキルアと目を合わせると、次にゴンを見やる。ゴンは純粋無垢な笑顔で鬼龍が同意してくれるのを待っていた。
「……状況によるとしか言えんな。俺もお前たちも、まだあの塔の中身を確認していない。単独の進行が非現実的な作りになっているならば引き受けてやるし、そうでなければ俺独りで攻略するまでだ」
先こそトンパをつっぱねた鬼龍だが、仮に協力を要するシチュエーションがあればやむなくではあるが他人と組むことも視野に入れていた。とはいえ基本、彼は独りで進む方が楽ではある。
「だってさ。聞いたかゴン?」
「うーん……じゃあせめて、途中まで一緒に行かない? それならキリュウさんは状況に応じて別れればいいし、お互い柔軟に動けるでしょ?」
ゴンの意見も尤もではある。それにこのハンター試験、一見誰かが得をすれば誰かが損をするようなシステムだと錯覚するが、そのようなゼロサムゲームだとはっきり明示されたわけでもない───少なくともこの三次試験までは。
「いいだろう」
鬼龍は応諾した。損得勘定と気まぐれの二点が噛み合ったために。
だが横で、その決定を聞いたトンパが騒ぎだす。
「えっ!? じゃあオレとの約束は!?」
「貴様と約束なんかしていない。消えろ」
相変わらずトンパには冷たい鬼龍だった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「キリュウさんって頭いいんだね! あんな難しい暗号を簡単に解いちゃうなんて」
「あの程度は誰でも解ける」
ちょうど途中で複数人行動が必要なルートを通ることになった5人は、力を合わせて第三次試験をクリアする方向でまとまっていた。
道中には運動神経だけでなく知識や知能を試される場面もあったが、鬼龍とレオリオが解決することで難なく突破に成功していた。
「まぁ時間かければオレらでも解けたかもしんないけど、オッサンが居てくれて助かったのは事実だろ。てかレオリオも頭いい側だったのが意外」
「オレはこう見えて医大の受験生だからな! そら普通のヤツよりは勉強できるぜ」
「なんだお前、高校生なのか」
「え? あいや、高校はちょっと前に出てますけど……」
「つまり浪人生か? 無職なのか?」
「…………」
「オッサン、やめてやれよ」
「レオリオが可哀想だよ……」
クラピカが落ち込むレオリオの肩に黙って手を置く。その目は優しかった。
「お、お前らぁ……!!」
レオリオは両目に涙を浮かべ、ぐずっと鼻水をすする。
初め同行を不安視されていた鬼龍だったが、一度混ざってしまえばなんてことはなく、彼らと馴染むことができていた。
ゴンは持ち前の素直さで対話ができ、キルアは生きてきた世界が似通っているためか自然と話題に共通点を見出していた。
レオリオも看護医療や社会福祉、前世界でいう東洋西洋医学など、広義の医療全般に関する議論を交わせる鬼龍には畏れというよりもリスペクトが勝ったようで、忌避感は早くも消え去った。
クラピカだけは未だ少し隔たりがあったが、それも徐々に縮まっていくように思われた───そんな矢先。
「む?」
クラピカが道の向こうに明かりを発見する。次の試練のようだった。
一同がその部屋に到達すると、前方には複数の囚人たちが居た。禿頭の男、ピンク髪の女性、手術痕の目立つ大男、ひょろひょろとした男の4人がほぼ一列に並んで立っている。
(……奥にもう1人いるが、念能力者ではないな)
鬼龍が確認したと同時、キルアが一歩進み出て問いかける。
「で、今度は何? もしかして5対5の先取マッチとか?」
キルアも奥の男の存在には気づいていたようだ。禿頭の囚人がいのいちばんに答える。
「そういうことだ、話が早くて助かるぜ。ちなみに最初の相手はオレだ」
「あっそ。じゃ誰行く?」
「俺が行こう」
鬼龍が名乗り出る。キルアはヒュウと口笛を吹くと、禿頭の囚人もまた一歩前に出てきた。
「多少はやりそうだが、俺も伊達に刑期喰らってないんでな。死ぬぐれえは覚悟してもらうぜ」
「いいや、貴様如きに時間をくれてやるつもりはない」
鬼龍は持病のバーストハートの発作を止めるため、常に仕込んでいる鍼をベルトのパックから取り出す。それを目にも留まらぬ超高速で投げつけた。
鍼は額のやや上、正中線上の神庭と呼称される部位に突き刺さる。
「ぐ……っ!?」
禿頭の囚人はぐらりと体勢を崩し、膝をつく。そしてそう時間を置かずに胃の中の内容物を吐瀉し、蹲ってしまう。
周りの囚人が驚いて声をかけるが、禿頭の男はふるふると震えるだけで全く動けない様子だった。
レオリオは刺さった箇所を見て、息を呑む。
「キリュウさん、あの部位って前頭筋の……!」
「神庭。督脈に属する経穴だ」
「なにそれ?」
不思議がるゴンに、脳の動きを司るツボだと答える鬼龍。
「だ……大丈夫なのか? そんなところに鍼を打って」
クラピカが心配そうに訊く。
「さあな。だが、奴は長期刑に服す罪人だ。その上俺を殺す気で来ていたのだから、これも単なる自業自得だろ?」
いつにも増して露悪的に言ってのける鬼龍に、レオリオとクラピカは唇を真一文字に締め、内心で改めかけていた認識を当初のそれに引き戻す。
これまでの会話で好感を持ち始めていた彼らだったが、ことここに至って、やはりこの男は危険だという考えに立ち返らざるを得なかった。
ただ1人、キルアだけは特に変わらず。
(このオッサンは、多分永遠に『こっち側』なんだろうなあ)
と値踏むに留まった。