瞬殺で終わった鬼龍の次戦は、クラピカの出番だった。
当初、常識人のクラピカであれば無難に事が進行すると思われた。ゴンもレオリオもクラピカには信を置いていたし、鬼龍も彼を問題のある性格とは感じていなかった。
しかし大勢の予想に反し、想定外の事態が起きてしまう。
対峙した囚人が幻影旅団という盗賊集団の一員を名乗ったことをきっかけに、クラピカは突然激昂してしまったのだ。
今まさに彼が、フランケンシュタインの怪物のような容貌の男───痙攣して気を失いかけている───を見下ろして言う。
「ひとつ……旅団のクモの中には番号が入れられている。ふたつ、旅団は殺した奴のことなどいちいち数えてはいない」
緋の目が爛々と光る。
「最後に……次に私の前で旅団員を騙ってみろ。必ずお前を殺してやる」
その声には、明確な殺意が宿っていた。
ゴンとレオリオは、冷や汗を垂らしながら事の推移を見守っていた。その後ろではキルアと鬼龍が特に面白くもなさそうに傍観している。
「…………」
クラピカは倒れ伏す囚人をゴミを見るように一瞥すると、一同のもとに帰還する。
「……すまない、みんな。見苦しいものを見せてしまった」
レオリオがなんと言えばいいか分からず言葉を躊躇っていると、ゴンがひと足先に口を開く。
「ううん、見苦しくなんかないよ。それがクラピカの誇りなんでしょ? だったら今の行動は正しいよ、きっと」
ゴンは慰める風でもなく、真剣な表情で言い放つ。それがクラピカには寧ろ嬉しかったようで───先ほどと打って変わり、表情が柔和に変わる。
「ありがとう、ゴン」
「あ、あんま思い詰めんなよな。オメーの気持ちもわかるけどよ」
「レオリオもありがとう……私はもう大丈夫だ、次を頼む」
これで2勝。次に勝てばこの試練はクリアということになる。
囚人側はほとんど勝負を諦めてしまっており、チラチラと視線を後ろに───影に潜む誰かに送っている。
「……情けないヤツらだ」
影が動く。
「だが、オレは肉が掴めればそれでいい……」
漆黒の闇の中から出てきたのは、異常発達した腕を持つ男だった。魔羅手やどこかで耳にしたデビルハンドとも違う、純粋に高密度な筋肉がその男には備わっていた。
「あ、あれは!?」
「知っているのか?」
クラピカが問うと、レオリオは素早く首肯する。
「凶悪殺人犯……解体屋ジョネス!! 確認されているだけでも146人以上の命を奪った怪物だ……!」
「ほう、怪物か」
鬼龍はジョネスを見ると、彼の方も鬼龍と視線を交わしてくる。
ジョネスの殺人鬼としての感性は頭抜けて優れていた。鬼龍を一目見て、フロアマスターとか灘神影流の使い手といった前情報がなくとも、彼を特等級の餌だと認識する。
「悪くない肉だ……」
ジョネスの口元が小さく綻ぶ。自然と、鬼龍に近づこうとしたところで。
「あ、アンタの相手オレね」
キルアがひょこっと横から現れた。
「……邪魔をするな、ガキ」
ジョネスがボキリと拳を鳴らして威圧する。
「邪魔ってか、アンタみたいな雑魚キャラじゃ絶対オレに勝てないんだから逆ね。アンタが邪魔」
これにはジョネスも標的を変えざるを得なかった。殺意の矛先は鬼龍からキルアへと移り変わる。
「自殺したいのか? だったら望み通り殺してやる……来い」
「ん、おっけー」
キルアはジョネスに悠々と接近しながら、流行りの曲を口ずさむ。
「大地をふーみしめーてー♪ 天使のほーほえーみーでー♪」
ナメられている───そう感じたジョネスは十分にキルアまで近づくと、まず鼻をもいでやろうと手を前に伸ばす。
その間、一瞬の出来事だった。
「………?」
キルアの姿が消えていた。
それに気づいたと同時に、ジョネスの体温が急激に下がる。
「あ……?」
何が起きたのか。あちらこちらに視線を這わすと、背後に気配を感じた。ジョネスは振り向く。
「……おい、ガキ───」
キルアは、満面の笑みで誰かの心臓を持っていた。
……自身の心臓の位置に妙な違和感を覚える。
「……え?」
ジョネスは胸に手を当てた。
無い。生温かい液体と、不自然に空洞の出来た肉穴しかない。
散々肉を掴んできた自分だから、これがどういう状態かは知っている。しかしあり得ない。これが自分の胸部に出来ていていいはずがない。
だが傷口を直視することなく、ジョネスは感触だけで全てを理解してしまった。
「あっ……返し………」
キルアは悪戯っぽく嗤うと、グチュッと心臓を握り潰す。それを見たジョネスは失血と精神的ショックで即時に意識を喪失し、倒れ際に血溜まりを作りながら息絶えた。
これにてゴンたちの3勝が確定。
まだ無事な囚人たちは泣きそうな顔で自ら道を空けると、一行は2番パートを歌うキルアを先頭に出口へと進んでいった。
「大空駆ーけぬーけーてー♪ 海原越ーえてゆーけー♪」
軽やかな歩みで前を行くキルアと対照的に、他の4人の面持ちは明るいものではなかった。
命のやり取りが行われることは重々承知していたとはいえ、それでもかなりショッキングな光景を見せられたことにレオリオが泣き言を漏らす。
「うう……畜生、ヤなもん見ちまったぜ……」
「医者、特に外科領域ならあの程度はいずれ見ることになる。慣れておかねば後が面倒だぞ」
そう口を挟むのは鬼龍。医者の卵なら分かっているとは思うが、とも付け加える。
「そ、そうっスね……ああそうだ、オレもあんくらいは慣れとかねえとな……」
言われたレオリオも道理だと思い、無理矢理にでも気を取り直そうと努めた。
⭐︎⭐︎⭐︎
5人がトリックタワーを踏破し、その先に伸びた林道を練り歩いていると、遠目に四次試験に関わりのありそうなテントが複数見えてきた。
なぜか数機、ジェット機が付近に停まっているのも見える。
「ひょっとしてあそこが四次の試験会場?」
「うんにゃ、あのジェット機でどっか移動するんじゃねーの? 着いた先が四次試験の開催場所とか」
ゴンとキルアが雑談していると、鬼龍が唐突に一行の列から抜ける。
「あ、キリュウさん……」
「ここからは別行動だ。組むのは三次試験までという約束だったろう」
「そうだけど……」
ゴンの声が名残惜しそうに途切れる。だがクラピカがその先を制した。
「キリュウ、貴方には世話になった。全員に代わって礼を申し上げたい」
「………」
「そして貴方の言う通り、ここからは別行動としよう。もちろん今後も協力できるケースがあれば我々も積極的に歩調を合わせていきたいと考えている、その時はよろしく頼む」
「ふん」
クラピカの言葉を聞き届けると、鬼龍は先に歩き去ってしまった。
「クラピカ、なんでキリュウさんを行かせちゃったの? まだ一緒に居れたかもしれないのに……」
ゴンが悲しそうに訊く。クラピカは子どもらしいストレートな感情表現に複雑な心境になりつつも、諭すように言う。
「あの男、思ったよりは会話ができる……がしかし、それだけだ。互いに状況に応じて手を組むのならいいだろう。けれどもあれは、常時行動するには問題ある人格だ」
「オレはいいの? 死刑囚の脳みそダメにするどころか、殺したけど」
キルアはクラピカが何を見て鬼龍を危険と判断したかを察していた。それと比較して、自分はどうなのかと問い質す。
「キルアはまだ幼いし、あの男のように何を考えているのか分からない人間ではない。それに、これから何度でも……」
「オレはオッサンの気持ち、そこそこ分かったりもしたけどな。歳が近いからって贔屓してるだけじゃねーの?」
「お、おいキルア、クラピカをあんましイジめてやんなよな……」
長らく黙っていたレオリオが、クラピカの困った様子を見て助け舟を出す。
「あーゴメンゴメン、ちょっと言い過ぎたかも」
「いや、構わないさ……それよりテントに急ごう」
4人は気を取り直して、次なる目的地を目指した。