ゼビル島でのナンバープレート争奪戦は5日目に突入していた。
この島ではプレートを全て奪われようとも試験終了までは依然参加者のままでいられるため、プレートを持たない者同士で徒党を組んで下剋上を試みるという手も使われた。
大半の受験者のレベルは近似していることから下剋上の成功率は高く、更に5日目ともなると寧ろ集団戦闘を主軸として戦い始める受験者たちが台頭してきたほどだった。
だが何事にも例外は存在する。
2日目昼頃にキルアと別れ単独行動していた鬼龍は、現在7ポイントを保持していた。他の受験者にすれば1ポイントでも欲しい状況で、7ポイントも持つ鬼龍は当然ながら狙われることとなる。
ゼビル島北東、半ば樹海化した藻と岩肌の広がる薄暗いフィールド。
そこで先日鬼龍がプレートを奪った黒人系の男と、3人の受験者たちが武器を構えて鬼龍の行く手を遮ってきた。
「ほう、4人なら勝てると思ったか」
「勝てる勝てねえは関係ねえんだよ」
「ようやくここまで来たんだ! こんなしゃべえ場所で終わってたまっかよ!」
「先日はよくも辱めてくれたな……倍返しにしてやる!!」
「こちとらヤー公やぞゴラァ! 極道舐めんじゃねぇ!!」
敵も必死なのだろう、肌の色も所属も異なる者たちが一致団結して立ち向かうその姿は、見ようによっては感動的な場面とも捉えられた。
鬼龍は黙ってジャケットを脱ぐと、近くの太枝に適当に引っ掛ける。
それから纏と、無意識に体得していた『流』を用いて、全身の筋肉に念のオーラという天然のステロイド剤を与える。
次第に鬼龍の筋肉は音を立てながら、みるみるうちに爆発的な隆起を遂げていく。
「な、なんだありゃ……手品か?」
「ビビんな! どうせヤクかなんかだ!」
言うに及ばず、念を知らない受験者たちには何が起こっているかは分からない。
瞬く間に鬼龍の身体は、一流のボディビルダーもかくやという巨躯へと変貌していた。本来の190cmをやや超えた背丈は、筋力強化の影響で195cmへと有意に増している。
「ククク……どうした? 見ているだけか?」
鬼龍や敵対する4人は知らぬことだが、とある煙使いのシーハンターも同様の芸当ができた。
しかしこうした状態を長時間維持すると、体力を過度に消耗してしまう恐れがある。それゆえこれは、あくまで短期決戦にのみ使用される形態に過ぎなかった。
「う……うおおおおッ!!」
黒人系の男が恐怖を振り切るように真っ先に飛び出すと、誰かから奪ったのだろう新品のナイフを差し向けてくる。今度は顔面を防御していることから、最低限の学習はしているようだ。
鬼龍は特殊な構えを見せる───彼は無駄に筋肉を膨張させたのではない、これはある実験でもあった。
成功の見込みは五分だが、同格以上の敵にぶっつけ本番で試せる技ではない。その意味で眼前の4人は最適な被験体なのだ。
(ミノルよ……お前の技、借り受けるぞ)
鬼龍は大腿部から脚部にかけて、流で強化された筋肉に重ねがけのオーラを纏わせる。そして風のミノルこと鈴木実の技『風当身』と、捩突の中間のような
(玄腿ではないが、俺にも龍腿はある。震脚もどう踏み込めばよいかは知っている)
鬼龍の狙い、それはただ一つ。
圧倒的に性能を高じた龍腿で震脚を再現し、風当身のレンジと捩突の威力を組み合わせた必殺の一撃を繰り出すこと。
鬼龍は集中に集中を重ねる。点と線を合わせ、確実なるクリーンヒットを見舞わんと限界を超えた限界まで的を振り絞る。
そして今、と鬼龍が感じた瞬間。
とうに脚は、腕は動いていた。
「しゃあっ!!」
鬼龍が咆哮したと同時、究極無双の秘奥義が放たれる。
その名は幻突。莫大な衝撃を蓄えた波動が、超電磁砲のように勢いよく砲撃された。
「なにっ!?」
「な……なんだあっ!?」
周囲で今か今かと奇襲の機会を窺っていた男たちの動きが一斉に止まる。
鬼龍の拳から、ともすれば光線を思わせる波動エネルギーが飛び出たように見えたからだ。
若干の色味さえ帯びているように見えるその波動は、接近していた黒人系の男に直撃すると、当たった箇所───腹部をベコッと大きく凹ませた。
「ぐおぉッ!!?」
それだけでは終わらない。波動の勢いは黒人系の男を押し出したまま数mも押し運ぶと、やがて背後の大木に激突させた。
「お゛ぎゃッ?!! ………」
男は大木を背に、ずるずると力なく垂れ下がる。
そして彼は、その場で起き上がることなく再起不能となってしまった。全身の脱力が見て取れ、生きているか死んでいるかも判じ得なかった。
鬼龍はそれを確認すると、バッと両腕を広げる。その顔には上機嫌という文字が書いてあった。
「クク、くはははははッ! 出来たぞ! 遂にこの俺も成し遂げてやった!!」
鬼龍は独り、現状も3人の敵に囲まれているにもかかわらず歓喜する。受験者たちは何だこいつと後ずさった。
「天空闘技場で見た放出系の発と比べても威力に遜色がない、いやさそのどれをも上回る破壊力! そうだ、これが、これぞ幻突よ!!」
幻突。幽玄真影流、灘神影流、そして灘心陽流の三流派に跨って最強最大とされる奥義。鋼鉄をも凌ぐ強度の拳圧を波動のように打ち飛ばし、絶対の勝勢を齎す武技の極北である。現存する使い手は宮沢熹一のみ。
鬼龍の狂喜乱舞の背景には、まさに今この技を修得したことにあった。
「この俺も得てやったのだ! 静虎も尊鷹も親父も幹の糞坊主も、誰もが使えなかった灘と幽玄最強の必殺技を!! ふははははははははははッ!!!」
鬼龍はハイになっていた。酩酊感と万能感に酔いしれていた。
だが唐突に首をぐるんと曲げると、いつしか固まっていた3人を凝視する。
「いい機会だ。お前ら、試し打ちさせろよ」
「えっ?」
素っ頓狂な声を出す真ん中にいた男。鬼龍は相手の反応を待つことなく、再度幻突を敵めがけて放つ。
破壊光線じみた衝撃エネルギーが男に急接近してきた。
「なっ、そんな゛ぶゥッ!!?」
頭部を直撃し、頚椎が破壊される。今度は誰が見ても即死だった。
あまりに唐突に訪れた絶望的な状況に、残った受験者らは明確な怯えを覗かせる。
「ひ、ひぃいいいいっ!!」
「ううっ……!?」
萎び切った闘志は、純然たる恐怖に換わる。
「こ、こんなの無理だっ! 逃げろぉっ!!」
「お、おい!? 何逃げて……くそっ!!」
1人が恐怖に駆られて逃走を開始し、もう1人は事態の変転に追いつけないまま持っていた突剣を鬼龍に向ける。
だが鬼龍は奇妙にも、残った男に幻突を放とうとしない。
「逃げたか……気に食わんと思わんか?」
「あ、ああっ!?」
「勇敢にも立ち向かった奴が死んで、卑怯にも逃げた奴がのうのうと生き残るシナリオがだ。演出力やプロットの巧緻にもよるが、俺はよほどでなければ好かん」
「ど、どの立場でほざいて……ぐっ!?」
鬼龍は縮地で背後に回り、突剣を差し向けていた男を手刀で気絶させると、逃亡した男に照準を定めた。
その後、胴に巨大な風穴を空けた無惨な死体が樹海で発見されたという。