ゼビル島での1週間が終わり、試験官のリッポーから6点以上を獲得した受験者が発表された。
ゴン、キルア、レオリオ、クラピカ、ヒソカ、ギタラクル、ボドロ、ハンゾー、ポックル、そして鬼龍。この10名が最終試験への進出を果たす結果となった。
最終試験行きとザバン市への帰りの機、二手に分かれる際にトンパは鬼龍に近づいてくると、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「やっぱアンタは最終試験まで残ったか。ここまで来たらオレの代わりに合格しちまってくれよな」
今年は行けそうな流れだったんで途中から本気出したんだがなぁ、とトンパ。彼も合格できるならしたい気持ちも無くはないのだろう、少し悔しげな本心を滲ませる。
「お前も1人倒したらしいな」
どうせ最後なので、鬼龍は言葉を返す。
「お、そうなんだよ。まあキルアってガキに負けて全部奪われたんだけどな」
「クズにしては上出来なんじゃないか。クズにしてはな」
鬼龍は率直な感想を述べる。トンパは苦い顔で鼻の下を擦ると、じゃーなと言って去っていった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「キミが鬼龍くんだね?」
目の前の老人が鬼龍の名を呼ぶ。妙に発音が綺麗なこの老爺がハンター協会会長、アイザック=ネテロその人らしい。
「ああ」
「それじゃあ最終試験前に幾つか面接をするので、出来うる限り正確に答えてほしい。まず、注目している選手と戦いたくない選手はおるかな?」
「前者はまだしも、後者は答える必要があるか? 俺は誰だろうと関係なく潰すまでだ」
「うーん、言わなきゃ落としちゃうかもしれんのう」
「ちっ……99番、44番だ」
キルアとヒソカの番号を挙げる。鬼龍も力量差が分からぬほど耄碌はしていないので、ヒソカとギタラクルの強さは何となく見抜いていた。
「ふむ、どうも。次にキミは何のためにハンターになりたいのかな?」
「ライセンス目的だ。ハンターを生業とするつもりはない」
「何か好きなモノはないのかね? 趣味でもいいが」
「……絵画鑑賞だな。俺は個人的に絵の上手い奴は無条件で尊敬している、何も無いところから美を作り出すのは人間に与えられた能力の中で最上のものだからな」
「ふむふむ、ならキミは
「アートハンター?」
「芸術に関わる活動を行うハンターじゃよ。美術品の蒐集、保全、修繕、自分で描くでもよいが、この世にはそういうハンターが数多くいる。キミもその仲間入りをすればよいと思うがね」
初めて知る職種だった。ブラックリストハンター、マネーハンター、シーハンター、幻獣ハンターなどは前もって知っていた鬼龍だったが、アートハンターの名を聞くのはこれが初だった。
「ちなみにアートハンターといえば、かつては芸術系全般を取り扱うハンターのことを指していたんじゃが、今では芸術畑もミュージックハンターとかコミックハンターのように枝分かれしててのう。近年じゃ定義の多様化が進んどるんじゃよ」
どうでもいい豆知識を披露される。
「……うむ、では面接はここまでとしよう。行ってよいぞ」
ネテロはニッコリ微笑みながら、面接の終了を告げた。
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最終試験は、端的に言えば負け残りトーナメントという特殊な形式で執り行われる方向となった。
ネテロ曰く、一度でも勝てばその場でハンター試験に合格となるが、最後まで敗北し続けた人物だけは不合格の憂き目に遭うという。
誰よりも早い一回戦目、鬼龍の対戦相手はギタラクルだった。
試合開始直前、ゴンとキルア、そして距離は感じるがクラピカとレオリオが鬼龍に近づいてくる。
「キリュウさん、頑張ってね! オレたち応援してるから!」
「トップバッターじゃん。上手くやれよ、オッサン」
純粋に激励の言葉をかけてくれる2人。クラピカは会釈、レオリオはどもと言うと、同じく応援の言葉を口にする。
「貴方には力を貸していただいた。微力ながら、我々も応援させてもらおう」
「だな。相手はなんかキメェけど、キリュウさんなら楽勝ですよ。ぶっ倒しちゃってください」
社交辞令だとは分かっているが、一方で本当に応援している気持ちも伝わってくる。仏頂面ではあったが、鬼龍は軽く右手を挙げて彼らの声援に応えた。
試合を行うコートに入り、ギタラクル───針づくめの不気味な男と相対する。
この男が念能力を隠し持っているのは既に知っていた。逆も然り、鬼龍も気取られているに違いなく、双方ともに探り合っているような状態にあった。
「どうぞ、よろしく」
ギタラクルがカタカタ揺れながら挨拶をしてくる。言うまでもなく鬼龍は無視し、審判役を務めるネテロに目を配った。
「……ん? もう始めてええのかな?」
「早くやれ」
ネテロは眠そうに目を擦りながら、ほんじゃ開始と手を叩いた。
ギタラクルと鬼龍は同時に動く。ギタラクルの初速はシンプルに速く、正確にそのスプリントを見切ることができたのはヒソカやネテロといった一部の強者だけだった。
対する鬼龍は俊敏さと不可視性を兼ね備えた異質な動きをしており、その不明瞭な足運びからは朦朧拳を使っていることが明らかであった。ただしこれを朦朧拳と理解できる者は誰1人としておらず、ゆえに真正面から打ち破ることは困難といえた。
2人の拳が凄まじい勢いで交差する。鬼龍の拳はギタラクルに刺さっていた針を数本吹き飛ばしながら彼の耳を抉り、ギタラクルの拳も鬼龍の頬を刃物のように掠めて血の線を描いた。そして両者は攻撃を被弾したにもかかわらず特に距離を取ることなく、寧ろ互いの懐に入り込もうとする。
そこからは近距離格闘戦の様相を呈した。殴り、蹴り、受け流し、叩き落とし、稀にギタラクルが針を突き刺そうとしてきてはそれを弾き飛ばし、鬼龍も鍼を刺そうとしてきてはギタラクルも寸前で回避する。
傍目で見ていたゴンたちは、その試合内容に驚愕しきりだった。いつのまにかヒソカも近くに来ている。
「あれが、フロアマスター……!」
「あの針のヤツ、メチャクチャ強え……もしかしたらイルミにも勝てるかも」
「うんうん、どっちも最高だね♥ ボクも彼と闘りたかったなァ♥」
流れが動いたのは鬼龍の一撃からだった。一見互角に見えるが、ギタラクルが本気を出していないことは鬼龍には分かっていた。
(この俺と闘って手を抜くか……ふん、ならばその罪)
絶対なる恐怖で贖え───鬼龍は半歩引くと、拳をグッと内に戻す。
「───?」
ギタラクルは変わらず攻撃を加えながらも、やや警戒しだす。しかしもう遅い。
(灘神影流)
構えに持ち込んだ時点で工程の大部分は完了している。
これは、当てなくともよい打撃なのだから。
(幻魔拳!!)
鬼龍がギタラクルの顔面に正拳突きをすると、ギタラクルは反射的に身体を反らす。一瞬2cmほどにまで拳に迫られたが、直撃は完全に回避した。
「………? ………!?」
回避した、そのはずだった。
だのに、ギタラクルの様子がおかしくなる。
「え……!?」
「なんだ……?」
ポックルとハンゾーが疑問符を浮かべる。もともと彼らに捉えられないレベルの戦いであったが、それ以前に何か不可解な出来事が起こっているように思われた。
「ククク……痛いか? 苦しいか?」
「お前……何をした?」
自らの顔面に触れながら、ギタラクルが尋ねる。
「何をしたと思う? 当ててみろよ」
「いや、いい」
ギタラクルは突然駆け出すと、貫手を繰り出してくる。その表情は苦痛に歪んでいるわけでもなく、無表情だった。
「もう慣れた」
「なにっ!?」
鬼龍は驚いて目を見張る。幻魔が効かないというのは、尋常ならば有り得ないことだった。
しかし事実としてギタラクルの動きは鈍くなっておらず、先までと同じスピードで貫手や手刀を見舞ってくる。これは痩せ我慢の類いでは有り得ぬことだし、ギタラクルに何らかの耐性がなければ説明のつかない事象だった。
鬼龍は幻魔拳───対象に自身の骨肉が弾け飛んだかのような錯覚を強いる技───が効かないことに焦りつつも、朦朧拳で逃げに徹する。
「ぬうううッ!!」
戦況はマイナス方向に転じた。後退に次ぐ後退を重ね、防御と回避以外の手立てを失う鬼龍。ギタラクルは硬と堅を瞬時に切り替えながら峻烈な連打を打ち出してくるため、どうしても後手に回らざるを得ない。
(くっ……幻突はまだこの位階の敵に対しては実用段階にない! 朦朧拳は回避には有効だが所詮それまで!! ならばどうする……?)
鬼龍はギタラクルの攻撃を紙一重で避け続けながら、脳内にある灘の技を一度全て洗う。塊貫拳、回転潰し、斧旋脚、鼓爆掌、破心掌、天勘刺突……様々なモノが頭に浮かんでは現時点では放ちようがない、有効ではない、状況違いと消えていく。
「…………」
鬼龍は観念した。もはや、これしかない。
突如、守勢を弱める鬼龍。ギタラクルの攻撃がより通るようになり、乱撃の苛烈さが増す。
「ん? 諦めちゃったのかな?」
能面とも違う、何とも言えない薄い笑みで男は言う。
「違うな」
鬼龍の念のオーラに、波打つような変化が現れた。
「ただ、カードは切らねばならんようだ」
鬼龍の纏が、さざなみの如きオーラへと変わる。それは唐突に青赤白の色合いに変色したかと思えば、さざなみの波高も大波へ───すなわち波濤へと変化する。
波濤は青色のオーラだけを鬼龍に残し、赤色と白色、2つが荒波のように彼の周囲で暴れだす。そして何の前触れもなく、2つともが近くにいたギタラクルに襲い掛かろうとした。
「おっと」
流石の彼も当たれば何が起こるか分からず、攻撃を中断して大きく後ろへ跳ぶ。
波濤はギタラクルを捉えられはしなかったものの、しかしだんだんとその輪郭、造形が鮮明になっていく。2つのオーラは抽象的な波から縦長状の塊へ、縦長状の塊からそれぞれ全長2m弱の何かに纏まり始める。
「……人?」
コート外で見ていたキルアが呟く。少年の言う通り、そのオーラは人のような形を象りだしていた。
鬼龍はそんな人型になっていくオーラを見て、心中で思う。
(……分身体か。カストロには間違いなく影響されたな)
あるいは念人形ゆえ、元フロアマスターのシーハンターにも影響されたかもしれない。
そのオーラに意思はなかった。中身もオーラの奔流に過ぎず、元の人物を精巧に再現できているともいえない。しかしオーラが象った容姿は、鬼龍に縁深いある人物と酷似していた。
かたや眼鏡にスーツ姿の中年男性。しかしその体躯は筋肉質であり、身長も鬼龍と全く同じ大きさである。
かたや長い髪を一本結いにした男性。同じく筋肉質ではあるが、それよりもしなやかさを思わせる外見をしている。
具現化系念能力『
元はC国の故事成語。まるで虎に翼を授けるような無法さを例え、強き者に更なる利潤や武器を与えることで、強者を超えた強者と化すことを意味する語である。日本の諺では鬼に金棒という。
宮沢鬼龍、第一の発である。