「おめでとう。白熱した良い闘いだったよ」
「世辞は要らん。見るに堪えん試合だったろう」
そっぽを向きながら言い捨てる鬼龍。
「……そうだな。いや、前半は文句なしに見事だったと思うが、一寸棒死というあのグロテスクな技を使ってからは流石にな……観衆には好評だったようだが」
カストロは苦笑とも、どん引きともいえない面持ちで本音を漏らす。
言われた方の鬼龍は鼻を鳴らすと、露骨に話を切り替えた。
「ところでカストロ」
「何かな、ミスター鬼龍。それとも新フロアマスターというべきか?」
「俺は天空闘技場を出ようと思う」
言うと、カストロは僅かに目を見開く。
そして間もなく、そうかと小さく言った。
「いつ発つんだ?」
「明日だ。俺は当初、金策のために天空闘技場にやってきた。金を稼ぎ目的を達成した今、ここで闘う理由は無い」
「寂しくなるな」
本当に寂しそうにこぼすカストロ。
対して鬼龍は惜別の念を表すでもなく、淡白に言う。
「別れとはいつも唐突だ。それでいて、必ず経なければならんものだ」
「……確かにな。人の出会いと別れは、ままならぬのが世の常か」
「ままならんから、思い通りにいかないから人生は面白い。未来が何もかも分かりきった世界など、退屈が極まって死んでしまうわ」
「ふふ、貴方らしい物の見方だな」
カストロがにこやかな顔を見せる傍らで、鬼龍も今回ばかりは会話中に無粋な皮肉や揶揄を混ぜることはなかった。相手は灘一族ではなく、恩義ある友人だったために。
「……明日から、どこへ向かうんだ?」
「ハンター試験の会場だ」
カストロは目を丸くした。鬼龍の口から出るには意外な言葉だったからだ。
「ハンター試験? ハンターになりたいのか?」
「ハンターそのものというより、ライセンスに興味がある」
「ライセンス……ああ。色々な区域に立ち入りできたり、売れば何代か遊んで暮らせるというあの」
「そう、それだ。だが別にハンターとしての仕事をするつもりはない」
きっぱりと断ずる鬼龍。事実、彼は身分証機能をはじめとする生活の利便性向上のためにライセンスを欲しているだけで、ハンター協会のために働くつもりも、ハンターとして自主的な活動をするつもりもなかった。
「はは、それを聞いたら真面目にハンターになりたがっている若人に怒られそうだな」
「どうでもいいな。ハンター試験に限らず、どんな選別も当落を決するのは憧れの上等下等じゃない。そいつがいかに素晴らしい『出会い』をしたかだ」
「出会い?」
「そうだ。ちょうど手頃な例があるだろう? 俺とあんただ」
「私とミスター鬼龍が……?」
「仮に、俺とあんたが出会わなかったとしよう。あんたは虎咬拳の修練には余分に時間を費せていただろうが、灘の技は修得せず、同格の近距離格闘タイプへの戦闘感覚も掴めずにいたはずだ。それが仇敵との交戦に響いたかもしれん」
「…………」
「前にも言ったが、あんたの虎咬拳はほとんど完成している。クオリティの維持のために時間を割くのは有意義だが、それを伸ばそうとしたとて目に見える実力の伸長は見られなかったはずだ」
押し黙るカストロ。
「例え俺と縁を持たずともあんたのモチベーションは高かっただろうが、やる気があれば何でも出来るわけではない。もちろんやる気もあって困る物ではないが、肝心なのは」
「成し遂げんとする意志だけでなく、そこに次ぐプラスアルファ……か」
「その通りだ。俺自身もあんたという知己を得たために、こうしてフロアマスターに相なった。そこにご立派な目的意識なんて無かったが、少なくともあんたとの邂逅が好影響を生んだのは揺るがぬ事実だ」
鬼龍はフロアのエレベーター方面に一歩を踏み出し、移動を促す。行こうとする先は上層階にあるバーフロア───最近カストロとよく呑みに訪れる小洒落たバーだ。
「だから俺は、心意気よりも出会いが重要だと考える。なんせ、我が身をもって実証済みだからな」
カストロはしばし黙っていたが、ややあって口を開く。
「ふっ、そうだな……おっしゃる通りだ、ミスター鬼龍」
⭐︎⭐︎⭐︎
翌日早朝、鬼龍は静かに天空闘技場を出発した。
カストロとは深夜まで酒を酌み交わし、十分に挨拶を終えていた。
「…………」
街中、鬼龍は人気のないタクシー乗り場を歩く。視線だけで辺りを見回していると、向こうに一台のタクシーが停まっていることに気づいた。
鬼龍は今や有名人である。少なくとも33万人がその面相を認識しており、ニュースやSNSで軽く情報を見ただけの人間を含めれば、彼のことを知る者は100万人を越しているだろう。
天空闘技場のフロアマスター。相手自身のミスや運もあって手にした称号ではあるが、その権威は曲がりなりにも燦然と輝く。
暁七つの頃合いはとうに過ぎ、時計を見れば針が5時を差し示していた。
鬼龍がタクシーに近づき窓をコンコン叩くと、新たな客の姿を認めた運転手はガチャッとロックを解除する。
そのまま座席に乗り込むと、運転手はギョッとした目つきで乗客を凝視した。
「あんさん……もしかしてフロアマスターのキリュウか?」
「………」
「……あ、あれ? もしかして人違い?」
「俺はフロアマスターなど知らん」
鬼龍が不機嫌そうに言うと、運転手はうーんと首を傾げた。
「おっかしいなあ? 似てると思ったんだけどなあ……」
鬼龍は運転手に、ザバン市ツバシ町へと向かうよう命じた。
ダークウェブの実績ある情報屋曰く、その町にある定食屋の地下に今期のハンター試験の集合会場があるという。数千万ジェニーを支払って得た情報なので、事の真偽はともかく確かめずにはいられなかった。
「ザバン? それもツバシ町? ええと距離的に……よ、4万ジェニーくらいかかるぞこれ?」
「ほらよ」
鬼龍は現金で4万ジェニーをポンと差し出すと、運転手は札の数を目算し、枚数の確認が取れるとやれやれと言いながらハンドルを握る。
「ザバン市ね、わかりましたよ。それじゃあ時間はかかるが、お付き合い願いますよ」
「ふん」
鬼龍はタクシーの窓越しに、天高く伸びる天空闘技場を眺め見る。
顔を出したばかりの太陽は、青白い摩天楼を淡く照らしていた。