鬼龍はタクシーから降りると、一軒の定食屋に足を運んだ。
情報屋によると目の前に立つ何の変哲もない定食屋が、なんと集合会場に繋がっているのだという。
のれんを潜ると、中にはカウンター前の調理台でチャーハンを炒めている料理人とスマホを弄る数名の客がいた。やはり多少儲かっているだけのただの定食屋にしか見えない。
「らっしゃーい! 好きなとこ座ってくれ!」
とりあえずカウンター席に座ると、料理人はフライパンを慌ただしそうに振りながら尋ねてくる。
「ご注文はァ!!」
「ステーキ定食だ」
鬼龍がそう言った途端、ピク、とその料理人が反応した。
「……焼き方は?」
「弱火でじっくり」
「あいよォー! ワカちゃーん、お客さん奥の席に案内してやってくれぇ!」
「はーい! それじゃお客さま、こちらへどうぞ♪」
看板娘と思しき少女が鬼龍を案内し、店の奥まった位置にある扉の前へと誘導する。ここまでは情報屋の提供した内容と寸分違わない。
(こうまで正確ならほとんど確実だが、さて……)
この目で確かめるまで事実は確定しない。鬼龍は堂々と扉を開けながらも、反面慎重な心構えで扉の先へと進んだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
「……ほう」
鬼龍の視線の先に、20名ほどの男女がいた。
軽く屈伸運動をする男、つまらなそうに本を読む男、仲睦まじげに喋る男女、3人組の兄弟風の男たち、ノートPCをカタカタ叩く太った小男、無防備に眠る少女、奇術師のようなナリの青年、そして情報屋に注意しろと言われていた『トンパ』らしき中年の男もすぐ視界に入った。
(3000万ジェニーの価値ある情報だったな。チップは弾んでおいてやるか)
鬼龍は物怖じせず集合エリアの中ほどまで歩いてくると、ずかっとその場に座り込む。そして懐から葉巻の煙草を取り出した。
その行動は周囲の注目を集めた。様々な性質の視線が鬼龍に降り注がれる。
それは好奇の視線だったり、調子に乗った人間を見る小馬鹿にした視線であったり、あるいは知名度ゆえにあれは最近話題のフロアマスターではないかと疑う声もあがっていた。
イヤでも集まる衆人の環視に対し、頑として無関心を貫く鬼龍。煙草に火をつけようとすると、彼のもとに近づいてくる者がいた。
「やあ♥」
それは、奇術師の格好をした青年だった。顔面に星と雫を模したメイクを施し、切れ目気味の整った顔立ちをしていたその青年は、これみよがしにオーラの奔流を見せつけてくる。十中八九、念使いであった。
「キミ……天空闘技場235階の新フロアマスターになった、キリュウ=ミヤザワだよね♠」
鬼龍は目を動かしすらしない。構わず煙草に着火し、葉巻をふかして虚空に目をやるだけだった。
「ボクの名前はヒソカ=モロウ◆ キミと同じこのハンター試験の受験者、なんだけど……」
やはり返事をしない鬼龍。まるでヒソカが存在しないかのように扱う。
こうも無視されると、さしもの彼もおどける他ない。
「なんだか歓迎されていないようだね◆ 残念♠」
「貴様のような快楽殺人者の戯れ言に付き合ってやる暇はない」
ようやく口を開いた鬼龍。初めての反応に、ヒソカは嬉しそうに微笑んだ。
「あれれ? なんでボクが
「下衆の臭いは当の下衆が思っているよりも鼻につく。餓鬼や阿呆は看破出来んだろうが、この俺が見破れぬと思うなよ」
ヒソカはクックッと含み笑いした。
「くくくく……どうやら匂っちゃってたみたいだね♥ 失敬失敬♣︎」
でもさ、と奇術師は言葉を接ぐ。
ギョロッとした、怪鳥じみた眼が鬼龍を射抜いた。
「それを言ったらキミも……ずいぶん、殺してると思うケド?」
辺りの空気が、異様な殺気に包まれる。
「…………」
日頃の鬼龍であれば、ここで睨み返していたかもしれない。そして貴様のような蛆虫と一緒にするなと、そのまま殴り合いに発展することも考えられた。
だが今の鬼龍は実益───ハンターライセンスを取得することに意識をシフトしていた。
のちにこの青年と殺し合うにせよ、それはこの場所で行うことではない。闘るなら別の場所だ……鬼龍はそう判断した。
「おやおや♣︎ 聞こえないフリ作戦かな◆」
「………」
挑発するように言うヒソカ。鬼龍はそれ以上何も答えず、自身の付近に白い煙を漂わせるのみだ。
「……つれないドコロじゃないね、ここまでくると♠」
ヒソカは萎えちゃったと言いたげに口を曲げるが、結果として鬼龍のこの対応は誤りでなかったといえた。
闘気に満ち溢れたヒソカを相手にせず、また過度に刺激しなかったことは、この状況における最適解に他ならなかったからだ。
「ま、今日はこの辺にしておこうか♣︎ いきなり脱落させちゃっても可哀想だしね♥」
「失せろ、クズめが」
ヒソカは肩をすくめると、おとなしく別の場所へと歩いて行った。