超超かぐや姫!♡ 作:匿名月人
「えっ♡殺風景すぎ♡」
とりあえず、外で話すのもなんなので、家の中に入れたときの第一声がこれである。
いったい、1人暮らしの女子高生をなんだと思っているのか。
バイトで学費を稼ぐので手一杯な私にはインテリアに気を使ってなんかいられない。
……そりゃ、祖父母からの仕送りに手を付ければ、ある程度余裕は生まれるけど。
律儀に玄関口で丁寧に脱いだ靴をそろえたあと、ふわりと鼻腔を擽る甘ったるい匂いが、私の横を通り過ぎていく。
口では生意気に殺風景といいながらにも、その顔からは隠しきれないワクワクが溢れ出ており、その視線は様々なところを行ったり来たりしていた。姉の1人暮らしの部屋に興味津々です、というのがその仕草から溢れ出ていて、思わず少し笑ってしまう。
「ていうかめっちゃ暑いんだけど♡」
「冷房使う余裕ありません。扇風機で我慢してください」
「冷蔵庫スカスカ♡客人迎えるための茶菓子どこらかお茶もない♡」
「ウチは水道水です」
ええー。といいながらも、楽しそうに部屋の中をうろちょろと動き回る静月。
その姿を見ながらも、先ほどから感じていた違和感を口に出す。
「……ねえ、前はそんな話し方じゃなかったよね?」
「イメチェンってやつ♡」
「お兄ちゃんともそうやってしゃべってるの?」
「そうだよ♡」
髪先をくるくると指先に巻き付けて遊びながら答える静月。
外見は全然変わっていないのに、その仕草と口調はこの1年でずいぶんと
私は静月がツクヨミでの有名なライバーであることを知っている。静月は、姉に知られてるとは思っていないだろし、直接言われたわけではないから私も知らない振りをしてはいるが。
切っ掛けは、お兄ちゃん――帝アキラの配信。兄が家を出て行ってからも、配信者としての活動を姉妹で追っていた私は、1人で上京した後も暇さえあれば配信でその軌跡を追いかけていた。
その中で、幾つもあるコラボ配信のうちの1つ。
『SETSUNAランクマ配信』と、題の打たれた配信を見た時だった。
プロゲーマーとして複数の大会で優勝経験のある程の腕前を持つ兄。KASSENのゲームモード:SETSUNAでも、全ユーザーTOP500の中には入っていて、それは確か自己ベスト更新を目指すという配信だった。
その初戦、その身に不釣り合いなほどの大太刀をぷらぷらと揺らしながら、対戦相手が姿を現した。その姿と、同時に表示されたプレイヤー名が一拍の間を置いて、コメント欄を沸き立たせる。急激に加速するコメント欄をチラリと横目で見た後、配信上の兄も薄らと顔色を悪くし、その頬に冷や汗が一筋垂れた。
『え』『初戦からコレ!?』『帝マジ頑張れ、いや無理だけど』『悪魔来た』……そのときはなんのことだったか分からなかったけど、今ならわかる。きっと私も同じ反応をしただろうから。
『おいおい、今日は子ウサギ共に良い夢見せてやろうと思ったのによ』
『――くそざこの帝じゃん♡またシキにボコられにきちゃったんだ♡』
『はは、お手柔らかに頼むよ』
『そんなこといって、ホントはシキと戦いたくてウズウズしてるのバレバレ♡そんなにシキのこと好きなんだ♡小学生に興奮するマゾ鬼こわーい♡』
『お前高校生じゃん』
『――ぶちころ♡』
それからは、文字通りの蹂躙だった。
帝の攻撃はすべて避けられ、防御され、対するSIKIの攻撃はそのすべてが帝を追い詰めていった。次第に守勢に入る帝は、あえて攻撃を受けてのカウンターを選択。
傍から見ても帝の防御ミスにしか思えないほど、視聴者たちを完璧にだまし切った乾坤一擲の肉斬骨絶の策は、しかし、それすら読み切っていたSIKIにドンピシャでのパリィを受けて、むしろ帝に大きな隙を作りだす結果となってしまった。
――結局、SIKIのHPバーは1ドットも減ることなく対戦の勝者が決まった。
あまりにも圧倒的な蹂躙劇に、コメント欄も思わず沈黙してしまう中、私の脳内ではずっとその動きが繰り返されていた。
動きの全てを見切ったようにわざとスレスレでよける。突拍子のない動きすら読んでいるかのようなジャストでのパリィ。言葉にするだけでは熟達したプレイヤーの技量そのものだが、その姿に、昔兄と一緒に敗北を重ねた記憶が蘇った。
それからは、すぐだった。
SIKIというプレイヤー名で検索をかけたら、すぐに配信者としての姿がヒット。今まで、ツクヨミで見たことのなかった配信のスタイルに驚きつつも、幾つかのアーカイブを追いかけて。
そうして、多少の日常生活を匂わせる会話内容に、ずっと隣で聞いていた声を確認して。
確信した。
『……静月』
配信者やってたんだ。めちゃめちゃ有名じゃん。熱狂的なファンもいっぱいついてる。
配信上では生き生きとしていて、本当に楽しいんだって視てるだけでもこっちまで伝わってきたよ。静月が心から熱中できるものができて、本当にうれしいよ。本当だよ。
でも。
『どうして、何も言ってくれないの?』
そんな自分から捨てたくせに、女々しい感情に蓋をして。
「――彩葉?」
「うわっびっくりした」
「どうしたの♡ぼーっとしちゃってアホ面かわいい♡」
「やめなさい」
ツンツンと指先で頬をつついてくる静月の声で我に返る。
……さっきの母の言葉のリフレインといい、今日はあんまりメンタルの調子がよくない日なのかもしれない。いけない、これからバイトだし、静月にも怪しまれないように切り替えないと。
よし、と意気込むように全身に力を入れるが、か細い指先に頬を押されることで口からぷひゅーと空気が漏れる。
かわいい、といいながらそのまま何度も頬をつつく指を振り払うと、お返しとばかりに静月の両頬を握る。
……うわ、すごいもちもちでぷにぷになんだけど。なんだこれ?同性として、すごい敗北感を感じる。
そのまま感触を楽しむように何度も頬を指先で弄ぶ。
少し心配の色の宿っていたその瞳はすぐに細められ、えへへと楽しそうな顔でされるがままにされる。そのまま何度も感触を楽しむように頬をいじりながらも、そういえば、と疑問を口にする。
「今日はどうしてきたの?何か用事でもあった?」
「う~ん……挨拶的な感じかな♡これからこのアパートに住むから♡」
「えっ」
「実は昨日まで朝日のアパートで暮らしててさ♡そろそろ自立しよ~って♡」
「……静月ってお母さんと仲悪かったっけ」
「別に♡」
じゃあなんで。と声に出す前に、人差し指を口に当てられる。
「ま、どーでもいーじゃん♡理由なんて♡」
「真下の部屋だから、あんまりドンドンしないでね♡」
そういうと、押し当てられていた人差し指が離れていき、穏やかな微笑みとゆっくり垂れた瞳が向けられる。
反則だ。
咄嗟に耳を手で触るが、そこまで熱を持ってしまっていることを感じる。
ここ1年、顔を合わせていなかったから、耐性の薄れてしまったその顔の破壊力に直視できず、思わず顔をそらしてしまう。
「……じゃあ、帰るね♡挨拶に来ただけだし♡」
「も、もう?」
「えー♡彩葉寂しがり屋さん♡」
あまりに唐突な言葉に、思わず少し裏返った声で慌ててしまう。
いつのまにか、橙色の斜陽は地平線の下に沈み込み、電気を消していた室内は、少し暗くなっていた。横目で時計を見れば、静月が来てからおおよそ1時間が経過しており、もうそんなに時間が経ったのかと驚いてしまう。
私の反応に対し、嘲るように言いながらも、静月はそのまま立ち止まることなく玄関までいくと、座り込んで丁寧にそろえられた靴に足を通す。
幾つもの制止の言葉が喉元までせりあがってくるが、あと一歩で口から出せないまま、靴を履いて立ち上がるのをただ眺める。
トントンと靴の先端を地面に押し当て、靴を奥まで通した後、振り返って、また微笑みながらドアを開ける。
「またくるね♡」
「……またね」
ドアを開けた後に少し熱気が室内に吹き込んでくる。それを感じながら、静月が出ていくのをただ眺める。
流れ星のように急に現れた静月は、願いの言葉を口に出すよりも早く、その姿を消してしまった。
さっきまで少し暗いだけだった部屋が、静月がいなくなった途端まるで夜のように暗く、シンと静まり返った。
ああ、いつもならなんとなく、暗い気持ちになってしまうんだろうなって思う。
けれど、部屋の中に残る甘い匂いが、先ほどまで静月がここに居たということと、最後に聞いた同じアパートに住むという言葉をハッキリとした現実感を伴って私の鼻腔を擽る。
ふと、携帯の時計を見ると、バイトのために家を出る時間を示していた。
「ってうわ、もうバイトの時間じゃん!」
慌てて身だしなみを軽く整えた後、そのまま玄関の扉を開けて、階段を駆け下りる。
1階まで降りた後、敷地から出る前に静月の言っていた部屋を軽く見ると、確かに住人のいなかったはずのその部屋の窓から人工の光が漏れ出ていた。
一瞬、その光景にバイトへと向かう足が行先を変えそうになるものの、なんとか自分を律して敷地外へと足を進める。
今日は祝日の夜だし、かなり忙しくなりそうだな、と簡単に想像できる天手古舞な店の様子を想像する。
けれど、そんないつもならため息しかでない状況なのに。足取りは重くなるはずなのに。
「またね、か」
少し騒がしくなるであろうこれからの生活を思うだけで、不思議と足取りは軽くなっていた。
超かぐやメシ1話見て泣いた。皆様もぜひご覧じてください。そんでもって泣いてください。