超超かぐや姫!♡ 作:匿名月人
あれからまた1月が経ち、次第に蝉の鳴く声が増えてきた通学路を、少し速足で駆け抜ける。
昨日、バイトの疲れがあり、アラームをかけ忘れたまま寝てしまってたのだ。あぶない、静月からのメッセージアプリの通知がなかったら完全に寝坊するところだった。
「あ、彩葉やっと来た」
「おはー」
「ごめん、待たせた!」
いつもより少し遅れた私を、それでもいつもと変わらずに待ってくれている2人。
1人は、まるでモデルのような抜群のスタイルをした
もう1人は、小柄で守りたくなる庇護欲を誘うような容姿の
2人ともこんな私には勿体ないくらいの友達。私の大切な親友。
木陰で待ってくれていた2人は、私の到着を歓迎するように出迎えてくれる。
そのまま、私も歩く速度を落とし、3人で横並びになりながら歩幅を揃えて進む。
「今日は寝坊かなー?少し髪の毛がハネてるよー」
「目のくますごいよ。ちゃんと寝たのー?」
「寝たって~」
「彩葉の『寝た』は、どうせ3時間とかっしょ」
「ふっふっふ、なんと昨日は4時間も寝た!」
「おお、彩葉成長。でも私はあと2倍は寝たいかなー」
「そのままじゃ体調崩すよ、彩葉」
まったりとあくびをして目じりに涙を浮かせる真実と、私のまだちょっと寝ぐせが残ってたらしい髪をなおしながら心配そうに眉を八の字に寄せる芦花。
いやいや、これでも前よりかなりマシになったんですよ……まだ足りませんか、ハイ、すいません……
2人とおしゃべりしていて緩む気持ちを、校門が近づくにつれて引き締める。
品行方正、成績優秀、文武両道。隙のない完璧な女子高生。
それが、高校での私の姿。妹の前を歩き続けるために、必要な姿。
「あ、酒寄さんだ。おはよー」
「酒寄先輩、おはようございます!」
「酒寄さん、この前は助かりました。ありがとう」
いえいえー、みなさんおはようございまーす。
「酒寄先輩♡おはようございまーす♡」
はーい、おはようございます……ん?
「彩葉寝坊助さん♡芦花先輩、真実先輩、おはよ♡」
「ん、静月ちゃんだ。おはよう」
「おはー」
今日もぷにぷにだねーと真実にほっぺたをもちもちされる静月。
やめてーといいながらもなんだかんだ嬉しそうな様子を見て、思わずさっき引き締めた気持ちも緩んでいってしまう。芦花もかわいいと言いながら静月の頭を撫でていた。
「静月のほっぺたはもちもちだねー食べちゃいたいくらい」
「やめなさい」
「そうだよ♡静月は彩葉のモノなんだから♡」
「あんたも変なこと言うな」
「ええー♡じゃあ芦花先輩のモノになっちゃお♡いいよね♡」
「静月ちゃんなら大歓迎だよー」
「私の妹ですから」
芦花に甘えるようにくっつく静月を引きはがすと、手を握りそのまま引きずるように校舎へと向かう。
「シスコンだねー」
「シスコンですなー」
後ろから聞こえる声は無視して少しだけ足早に歩みを進める。
シスコンって……別に手を握るのも普通だし、変なことをしてる認識はないのに、人から言われるとどうにも否定の言葉ではなく照れくささの感情が湧き上がってくる。
「彩葉顔真っ赤♡」
うっさい。
◇◆◇◆◇
「……ふぅ」
両目からスマコンを外し、視界を防ぐように垂れていた前髪を横に払う。
時計を見れば、時刻は21時を回ったところであった。今日は思ったより長く話し込んでしまった。
もう少し早く終われば突発的に配信することができたが、21時以降は配信しないのがキャラ設定だから我慢、我慢。……正直、小学生なんてキャラ設定、信じてる人はいないだろうけど。
一応、SNSでおやすみなさいの挨拶だけはしておく。すぐさま、幾つもの通知がポップアップとして届くのをまたスクロールして眺めていく。途中、チラリと目につくアンチコメントはそのままスルーして、私に寄り添ってくれるコメントにだけいいねを付けていく。
「……いやなら、みなきゃいいじゃん」
うわ、女々しい。自分から、まだこんな甘えた言葉が出てくるなんて思ってなかった。
配信スタイル自体は途中で変わったけど、なんだかんだで、もう1年近くも配信を続けている。
当然、長く配信をしてそれなりに人の目も集めるようになってからは、純粋に私を推してくれる、好きだと言ってくれる声以外のものもよく聞こえるようになってきた。
昔は、そんなもんだよねって気にならなかった。
あの日。皆に愛されようと、好きでいてもらおうと仮面を被った日。
それを付けている時は、どんな罵倒だって悪口だって笑って受け流せる。
でも、仮面を被って自分を守るほど、脱いだ時の私は弱くなっていき、今じゃこんな有様になってしまった。
「大丈夫、大丈夫。去年のに比べれば、ネットの悪口なんてかわいいものだから」
自分を奮い立たせるように気丈に振舞って自信満々に笑ってみせる。
……鏡を見なくても、上手に笑えてないことくらいわかる。仮面越しでは、あんなに綺麗に笑えているのに、素の自分ってどうやって笑ってたんだっけ。もう、あまり思い出せなくなってきちゃった。
偽りの仮面で着飾った私は、みんなから愛される生意気でかわいい女の子。どんな言葉をかけられても気にはしない。
でも、本当の私はこんな暗い部屋で1人くよくよと、たった1つのアンチコメントにも傷つく弱い存在だって、皆は知ってるのかな。こんな姿見たら幻滅しちゃうかな?
――静月ちゃん、ごめんね。
「……おなか、空いたな」
ぐぅぅ……と腹の奥で濁った音が鳴り、思考が中断された。
どんなに悪いことを想像したり、過去がフラッシュバックしようが、時間は流れるし、そうしたらおなかだって空く。今日は帰ってきてからずっとお話をしていたし、まだ晩御飯を食べられていない。
「でもまぁ、1日くらいならいいよね」
冷蔵庫には何も入ってないことはわかっている。
外に出てもほとんどの店は閉まってるし、そもそも、これから
ちょうど3連休で人前に出ることもないから、別にぐぅぐぅいっててもそんなに気にしないでいいもんね。
うんうん、と自分を納得させながら、さきほどツクヨミ内で行われた秘密の会話を思い出す。
ツクヨミ全土を一望できる巨大な天守。その最下層の、
――お姫様と一緒に8000年生きたAIなので。未来予知なんてちょちょいのちょいなんだ。
そう豪語するロボットの発言内容について、今更疑うことはない。
何度か助けられてきたし、私に対してそんなことをする意味もない。それに、ちょっとずるい方法で確認したことではあるけど、悪意を持っているわけでないことだって分かっている。
そんなロボットが先ほど唐突に告げてきた、今日の話。
「……彩葉、彩葉か」
キラリと流れ星がカーテンの隙間から見える。
あまりにも一瞬の間のため、既に流れ星は消えてしまっただろうが、なんだか不思議と私の頭の中に思い浮かんだ願い事は叶ったような変な感覚を覚えた。
――ふえっふえっふええええええ!!
――うわああどうしようどうしよう!!
変な充足感に満たされていた私の耳に劈くような赤ん坊の泣き声が響く。
それと同時に聞き覚えのある慌てたような声が、階段を駆け上る音とともに移動していく。
「……ホントだ♡なんか面白そうなことが起こってる♡」
瞬間、景色が切り替わったように感じる。さっきまでの暗くて弱っちい静月はいなくなって、みんなの人気者のシキちゃんが顔を覗かせる。
意図なんかしていないけど、もう彩葉の声を聴いただけで、存在を感じただけで自然と仮面を被るようになってしまった。いいことなのかな?わかんないね。
彩葉に何が起こってるんだろう。赤ちゃんの泣き声してたけど、もしかして捨て子とか?
その身姿のまま、古くてきしむ階段をあまり足音を立てないようにあがり、彩葉の部屋の扉に手をかける。
予想通り鍵はかかっていなかったようで、そのまま開いた扉の先では、両手で赤子を抱えて慌てふためいている彩葉が立っていた。目じりに涙の浮かんだその瞳と目が合うと、思わず口角が吊り上がってしまう。
誤魔化すように、口を開いた。
「――彩葉、誘拐はダメだよ♡」
「違うわ!」