北部高原。そこは今なお魔族の残党がのさばり、人類の未踏地域や未解明の遺跡が数多く残る危険地帯である。その南部、うっそうと生い茂る針葉樹林の奥深くに、その迷宮は突如として姿を現した。
苔むした岩肌を割るようにしてそびえ立つ、禍々しい黒塗りの石門。門の奥からは、じっとりとした冷気と、濃密な魔力の残滓が漂ってきている。一見すれば、数百年前の歴史的建造物か、あるいは強力な魔術師の隠れ家のようにも見えた。だが、その本質はまるで違う。
「───最近になって突如出現した、見慣れないダンジョン、ですね」
石門の手前。生い茂る草むらを踏みしめながら、メトーデは形の良い眉を少しだけひそめた。彼女の視線の先には、闇の奥へと続く下り階段がある。手元の魔力探知を広げてみても、内部の構造は酷く歪でおよそ自然にできたものとは思えなかった。
「話半分に聞いていたが、ゼーリエ様の仰る通りだ。この禍々しい魔力の波長……。おそらく、数百年前にこの地を支配していた魔族の生き残りが、気まぐれか腹いせに創り出した嫌がらせの類だろう」
メトーデの隣で、漆黒の外套をなびかせながらゲナウが冷ややかに言い放つ。彼の鋭い眼光は、すでに周囲の警戒を終え、ダンジョンの入り口へと固定されていた。 数日前、北部支部にある大陸魔法協会の一室で、彼らは大魔法使いゼーリエから直接、この任務を言い渡された。
『北部高原のある一帯に、奇妙な迷宮が湧き出した。内部に満ちているのは、不快極まりない魔族の残滓だ。そしてなにより……その中身は、驚くほど低俗な罠、すなわち“ミミック”だらけだという』
ゼーリエは不機嫌そうに、しかしどこか退屈そうに黄金の瞳を細めて言った。
『ただの魔族の気まぐれに付き合う暇はないが、放置すれば周辺を通る民間人に実害が出る。民間人が間違って入れば、ただの肉塊に成り下がるだけだ。ゲナウ、メトーデ。お前達二人で行って、中を調査し迷宮を破壊してこい』
それが、今回の一級魔法使い二人に下された任務だった。
「ミミックだらけ、ですか」
メトーデはふふ、と妖艶に、しかしどこか楽しげに微笑んだ。
「わたくしは可愛い女の子も小さくて愛らしいものも大好きですが、さすがに宝箱の化け物に抱きつかれる趣味はありませんね。ゲナウさん、中に入ったらすぐに容赦なく吹き飛ばしてしまってもよろしいですか?」
「当然だ。調査と言っても、生態を調べるわけではない。目的はあくまで調査と迷宮の破壊だ。邪魔な障害物はすべて排除する」
ゲナウはそう言うと、背中の黒金の翼をいつでも展開できるよう、魔力を全身に巡らせた。彼の表情には一切の油断も、あるいは気負いもない。ただ淡々と、降りかかる火の粉を払うかのような、冷徹な一級魔法使いの佇まいがあった。
「それにしても」
メトーデがふと、顎に手を当てて小首をかしげる。
「ミミックだらけのダンジョンなんて、まるで誰か特定の人物を誘い出すために作られたような悪意を感じますね。宝箱に目がなくて、どれだけ罠だと分かっていても首を突っ込まずにはいられないような……そんな物好きな魔法使い、心当たりはありませんか?」
「……知らん。そんな愚かな魔法使いが実在するなら、とっくに胃袋の中だろう。行くぞ、メトーデ」
ゲナウは一蹴すると、迷うことなく黒い石門の奥、薄暗い階段へと足を踏み入れた。
「ええ、行きましょう」
メトーデもまた、その後に続く。一歩、足を踏み入れた瞬間、背後の陽光が遮られ、ひんやりとした静寂が二人を包み込んだ。壁のあちこちから、ギチギチと、木箱が軋むような不気味な音が小さく反響している。 二人の一級魔法使いによる、前代未聞の“ミミック迷宮”の攻略が、静かに幕を開けた。
「本当にミミックだらけですね……フリーレンさんが見たら大喜びしそうですが」
薄暗い通路のあちこちに、不自然なほど等間隔に配置された宝箱を見つめながら、メトーデは形の良い眉を少しだけ動かして、ふふ、と楽しげに微笑んだ。
「……そうなのか?」
その隣で、漆黒の外套をなびかせながら歩くゲナウが、怪訝そうに視線を向けた。彼の鋭い眼光は常に周囲を警戒しており、一切の油断もない。
「一級魔法使い選抜の二次試験で、零落の王墓の最奥でシュピーゲルを倒した後、宝物庫で明らかにミミックだと判る宝箱に自ら突っ込んで、暗いよー怖いよーとジタバタしてらっしゃいました。それはもう可愛かったですねぇ」
メトーデは当時の光景を思い出し、うっとりとした表情で頬に手を当てた。彼女は小さくて愛らしい女の子が大好きである。
「千年生きる魔法使いが、聞いて呆れる」
ゲナウは冷たく言い放った。魔王を討伐した伝説の魔法使いに対して、そんな締まりのない話など到底信じがたかった。
「フリーレンさんが言うには、ミミックの中にはごく稀に貴重な魔導書が入っているらしいのです。ですからゲナウさん、ここは一つ一つ開けて調べてみませんか?」
メトーデは悪戯っぽく微笑みながら、手にした杖で目の前の宝箱を指し示した。その宝箱からは、隠しきれない粘着質な魔力が微かに漏れ出ており、どう見ても偽物だった。
「『さすがに宝箱の化け物に抱きつかれる趣味はありません。中に入ったらすぐに容赦なく吹き飛ばしてしまってもよろしいですか?』と言っていた矢先に何を言っているメトーデ……わざわざミミックに喰われろと?」
ゲナウの冷徹な声が、薄暗い通路に低く響いた。彼はぴたりと足を止め、メトーデを冷ややかに見据えた。
「そうです。わたくし達魔法使いは身体のある一箇所に魔力を集中させればほぼ傷は負いません。ミミックは上半身を中に巻き込んで胴体を噛み千切ろうとするので、胴体に魔力を集中させれば食べられずに済みますから。フリーレンさんがそうでしたし」
メトーデはさも当然のことのように、人差し指を顎に当てておっとりと微笑んだ。その口から飛び出したあまりにも破天荒な攻略法に、さしものゲナウも一瞬だけ言葉を失う。
「メトーデ、お前……珍しい魔導書が欲しいとでも? 魔族が気まぐれで創ったダンジョンだとしたら、そのような褒美など用意していないと思うがな」
ゲナウの呆れたような、しかし鋭い指摘に、メトーデは嬉しそうに目を輝かせた。
「ええ、大好物です。それにゲナウさん、魔族の気まぐれだからこそ、面白い魔導書が紛れ込んでいる可能性があるのですよ。彼らは人類の執着を嘲笑うために、あえて本物を混ぜることがありますから」
メトーデの言葉は本気だった。彼女もまた、フリーレンに負けず劣らずの、魔導書に魅せられた“魔法使い”の一人なのだ。
「……勝手にしろ。ただし、任務の遅延は許さん」
ゲナウは深くため息をつくと、それ以上は止めようとはしなかった。一級魔法使いの防御力があれば、ミミックの牙など恐るるに足らないという点においては、彼も同意だったからだ。
「ありがとうございます。では、早速」
メトーデは嬉々として、すぐ目の前にある、怪しい魔力を放つ宝箱へと近づいた。慎重に鍵穴へと手をかける。
カチャリ。静寂の中に響いた軽い金属音の直後、宝箱の蓋がガバッと裂けるように開いた。中から赤黒い巨大な舌と、びっしりと生え揃った鋭い牙が飛び出し、一瞬でメトーデの上半身を丸呑みにする。
「ギチギチギチッ!」
ミミックは獲物を捕らえた喜びで激しく箱を軋ませ、メトーデの胴体を噛み千切ろうと凄まじい力で顎を閉じた。しかし、鈍い金属音が響くだけで、衣服一枚すら破ることができない。メトーデが言った通り、彼女の胴体には強固な魔力が集中し、完璧な障壁となっていた。
「……暗いよー、怖いよー、とは言いませんが、確かにこれは少し窮屈ですね。あ、ゲナウさん、この子はハズレです。ただの暗黒物質しか入っていません」
ミミックの口の中から、メトーデのこもった声が響く。
「……判っているなら早く出てこい」
ゲナウが冷たく言い放つと、ミミックの口の中から、メトーデのこもった声が返ってきた。
「早く出て来いと言われましても……中から攻撃魔法を放つとわたくしの髪が爆発してしまいます。それは嫌なのでゲナウさん、わたくしを一度後ろからミミックに向けて強く押し込んで下さい」
「……こうか?」
何の抵抗もなく、言われた通り尻に手を当て押し込むゲナウ。彼の無表情かつ無駄のない動きで、メトーデの身体がさらにミミックの奥へとグイと押し込まれた。
その時、オ"エッとミミックが激しく苦しみ、たまらずメトーデを外へと吐き出した。喉の奥を突かれたような衝撃に、ミミックはガタガタと震えている。そこへゲナウの放った黒金の翼が容赦なく一閃し、木箱の化け物を一刀両断にした。
「はぁ……こうすると安全に出られますが、ミミックの粘液で上半身ベタベタになるのですよね……」
メトーデは何処からともなくタオルを取り出し、慣れた手つきで頭を拭く。美しい髪が粘液で少し束になっていたが、彼女は特に取り乱す様子もなく、むしろ実験の成果を確かめるように満足げだった。
「……最初から判っていたことだろう」
ゲナウは呆れ果てたように吐き捨て、漆黒の外套を翻した。
「ですが、これで証明されました。フリーレンさんの攻略法は、確かに魔法使いの防御の理に適っています。それにゲナウさん、髪が爆発するよりは、粘液で汚れる方がまだ洗い流せる分だけマシだと思いませんか?」
「知らん。私はミミックに喰われる趣味も、民間人でもないお前を押し込む趣味もない」
「ふふ、冷たいですね。でも、手伝ってくださって助かりました」
メトーデは身綺麗にする魔法を軽く唱え、瞬時に服と髪の汚れを落とすと、再び艶やかな笑みを浮かべて通路の先を見据えた。
「さて、まだまだ部屋はありますよ。次はあの角の宝箱を調べてみましょう」
「……やれやれ、先が思いやられる」
こうして、前代未聞の“ミミックをしらみ潰しに開けては押し出す”奇妙な迷宮攻略が本格的に始まってしまった。
「───今度はゲナウさんもやってみては?」
メトーデは悪戯っぽく微笑みながら、通路の脇にある一際大きな宝箱を指さした。
「ミミックに喰われる趣味はないと言っている」
ゲナウは一蹴し、そのまま通り過ぎようとした。
「まぁまぁ、そう仰らず」
しかし、メトーデは素早くその背後に回り込むと、宝箱に化けているミミックに向けてゲナウを強引に押しやった。その際、ゲナウの身体が宝箱に触れてしまう。
獲物が来たと感知したミミックは、ガバッと大口を開けてゲナウを頭から勢いよく呑み込み、その胴体に激しく噛み付いた。
「ギチギチギチッ!」
凄まじい力で顎が閉じられるが、鈍い音が響くだけだった。ゲナウが瞬時に展開した防御魔法により、ミミックの牙は彼の皮膚一枚すら傷つけることができない。
「メトーデ、お前よくも……」
ミミックの腹の底から、ゲナウの低い怒声が響き渡る。だが、メトーデは全く怯む様子もなく、むしろ楽しそうにパチパチと手を叩いた。
「あらあら、ミミックに食べられてるゲナウさんも可愛いですねぇ。そのままフリーレンさんみたいに、暗いよー怖いよーって言ってみて下さいな」
「誰が言うかッ。……む、これは」
怒りの言葉を続けようとしたゲナウだったが、ミミックの不快な粘液に満ちた暗闇の中で、彼の右手が何らかの硬い物体に触れた。手探りでその感触を確かめてみる。四角く、分厚い革のような装丁。形状からして、それは間違いなく本のようだった。
「……どうやら当たりが出たぞ、メトーデ」
「本当ですか!? 今すぐゲナウさんを押し込みますね!」
メトーデは目を輝かせると、すぐさまミミックの背後に回り込み、ゲナウの尻に向けて両手を添えた。
「いきますよ、せーのっ!」
メトーデの容赦ない力で、ゲナウの身体がミミックの喉の奥へとさらに強く押し込まれる。
「オ"エッ……!!」
あまりの苦しさにミミックが激しくのたうち回り、勢いよくゲナウを外へと吐き出した。床に膝をついたゲナウは、容赦なく黒金の翼を放ってミミックを粉々に粉砕する。ベタベタになった髪と外套を忌々しげに払いながら、ゲナウはその手にしっかりと握られていた一冊の古びた本を睨みつけた。
「はぁ……。本当に、魔族の気まぐれの中に本物が混ざっているとはな」
「すごいです、ゲナウさん! さあ、それは一体どんな貴重な魔導書なのですか!?」
メトーデは自分の上半身が汚れるのも構わず、興奮した様子でゲナウの手元へ顔を近づけた。一級魔法使い二人の視線が、粘液に濡れたその表紙へと注がれる。
「こ、これは……」
古びた本の表紙をめくったゲナウの顔が、見たこともないほど引きつり、みるみるうちに不機嫌を通り越して赤くなっていく。
「あらまぁ、なんて貴重な! これはフリーレンさんも大喜び……」
「やめておけ! こんな破廉恥な……《すぐにバニーガールになれる魔法》などッ」
ゲナウは珍しく怒鳴り、魔導書を叩きつけんばかりに握りしめた。そんな彼の様子を見て、メトーデは「まぁまぁ」と口元を押さえてクスクスと笑い声を漏らす。
「───おやおや、まさか引き当ててしまう魔法使いがいるとは」
薄暗い通路の奥から、不意に低く、どこか冷やかすような声が響いた。二人が瞬時に身構えると、そこにはいつの間にか、一人の小柄な魔族が浮遊するようにして姿を現していた。その手には禍々しい魔力を放つ杖が握られている。
「貴様か、この趣味の悪いミミックダンジョンを造ったのは」
ゲナウが鋭い眼光で魔族を睨みつける。周囲の空気は一瞬で戦闘の緊迫感に包まれた。
「趣味の悪いとは人聞きが悪い。私はミミックをこよなく愛しているのだ。これは人間とのちょっとしたゲーム」
小柄な魔族は、小馬鹿にしたように歪んだ笑みを浮かべて二人を見下ろした。
「魔導書を引き当てた褒美に、大型のミミックの餌になってもらおうか」
魔族がニヤリと笑い、その杖を高く掲げた。次の瞬間、二人の真上の天井が生き物のように不気味に歪み、ガバッと大きく裂けた。現れたのは、通常の数倍はあろうかという、禍々しい巨体を誇る大型ミミックだった。 避ける暇すら与えられないほどの速度で、牙だらけの大口が天井から容赦なく振り下ろされる。
───ガブゥッ!!! 凄まじい衝撃音と共に、ゲナウとメトーデの二人は、衣服の汚れを気にする暇もなく、一瞬にしてその巨大な闇の中へと丸呑みにされてしまった。
巨大な闇の中。天地の感覚すら曖昧になるドロドロとした空間で、二人の魔法使いは冷静に言葉を交わしていた。
「瞬時に防御魔法を全身に展開したが、どうする……暗闇でも判るこの粘液は普通のミミックと違って強力な胃酸のようだぞ」
ゲナウの緊迫した声が、肉壁に反響する。彼らの周囲を包む粘液は、触れただけで防御魔法をじりじりと焼き削るような、不快な熱を孕んでいた。
「つまりわたくし達を消化しようというのですね。全身への防御魔法の展開は魔力消費が激しいですから、早く脱出を」
メトーデのいつになく真剣な声が返る。さすがにこの規模の酸の中に長居すれば、いかに一級魔法使いといえど魔力を枯渇させられかねない。
「私が防御魔法を解いて黒金の翼を展開し全身に纏い、高速回転して壁に穴を開ける。そこから脱出するぞ」
「はい、その後の魔族の始末はわたくしにお任せを。巨大ミミックに食べられる直前、ゲナウさんから魔導書を引ったくりましたので」
「お、お前、何をするつも───」
「さぁ、脱出を始めましょう!」
メトーデが言い切ると同時に、ゲナウは自らの防御魔法を限界まで絞った。代わりに、全身の魔力を背中へと爆発的に集中させる。
「《ディガドナハト》」
暗闇を裂いて現れたのは、何百枚もの漆黒の羽。それがゲナウの身体を繭のように幾重にも包み込み、超硬度の黒鉄の盾と化す。次の瞬間、ゲナウは弾丸のように激しく身をよじり、超高速の回転を始めた。
ズガガガガガガッ!!!
鋭利な羽の刃が、巨大ミミックの肉壁を容赦なく引き裂いていく。肉が削られ、酸混じりの体液が飛び散る中、ゲナウの黒翼はついに外の光を捉えた。
「オ"オオォォォッ!?」
二人を呑み込んでいた巨大ミミックが、内側からの激痛に絶叫を上げる。その腹を真っ二つに割りながら、黒い竜巻となったゲナウが、メトーデの手を引いて勢いよく外へと飛び出した。
「な、何だと……!?」
空中を浮遊していた小柄な魔族が、驚愕に目を見開く。着地と同時に、ゲナウは外套に付着した酸を魔力で弾き飛ばし、すぐさま構えた。だが、その隣にいたメトーデは、すでに手中に収めた“あの魔導書”を開き、自らの魔力を注ぎ込んでいた。
「バニーガールの衣装には、魔族の精神を揺るがす隠された高密度の魔術回路が編み込まれている……。フリーレンさんの見立ては正しかったようですね」
メトーデの杖から、目も眩むような黄金の魔力光が奔流となって溢れ出す。
「正気か!? そんな破廉恥な魔法をッ」
ゲナウは自らの黒翼を広げ、彼女に迫るミミックの残骸をすべて叩き落としながら叫んだ。
「えぇ、いきますよ───《すぐにバニーガールになれる魔法》!!」
閃光が迷宮の最奥を包み込む。魔族が「な、何だこの光は!?」と目を細めた瞬間、光の渦の中心から、あまりにも完成された強大なハート型の魔法の弾丸が、一直線に魔族へと射出された。バニーガールの概念が具現化したかのような、概念的な超魔力の一撃である。
「ぎゃあああぁあああッ!?」
哀れな魔族は、その圧倒的な魔力の奔流に飲み込まれ、迎撃する暇もなく一瞬で塵へと変えられていった。
まばゆい黄金の閃光がゆっくりと収束していく。光の霧の向こうから現れたメトーデのバニーガールの姿は、正にそのものだった。黒い光沢のあるタイトな衣装に網タイツ、頭上でぴょこりと跳ねる長いウサギの耳。彼女の元々の抜群のスタイルがこれでもかと強調されており、ゲナウは思わずフイと顔を背けた。目のやり場に困る。
「わざわざ自ら陥れるような魔導書を褒美にするなど……やはり魔族は理解出来ん」
ゲナウは不機嫌さを隠そうともせず、腕を組んだ。人類を騙し、嘲笑うために創られた迷宮の最奥で、まさか本当に人類を強化するような(方向性はともかく)強力な魔導書が眠っていたとは。魔族の思考回路は、どこまでいっても合理的ではない。
「ふふふ、この格好、フリーレンさんやフェルンさんにもさせてあげたいですねぇ。再会したら教えてあげましょう、きっと激カワですよ!」
メトーデは自分の破廉恥な姿など一顧だにせず、ふわりとターンしながら目を輝かせた。彼女の頭の中は、すでに小さくて可愛い魔法使いの少女たちをこの衣装で着飾らせる妄想でいっぱいのようだった。
「お前の思考も理解出来ん……」
ゲナウは深く、本日一番の重いため息をついた。魔族も理解不能だが、目の前の同僚の執着心も大概である。
「何でしたらゲナウさんもバニーガール……ではなくバニーボーイにでも」
「却下だッ!!」
メトーデの悪戯っぽい提案を、ゲナウは一秒の躊躇もなく怒鳴りつけて一蹴した。魔族の消滅と共に、周囲の壁がパラパラと崩れ始め、迷宮そのものが崩壊の兆しを見せ始める。主を失ったダンジョンは、間もなくただの瓦礫の山へと戻るはずだ。
「……引き揚げるぞ、メトーデ。任務は完了だ。北部支部へ戻り、ゼーリエ様に報告する」
「ええ、そうですね。ですがゲナウさん、せっかくですから北部支部の門をくぐるまでは、この格好のままでいてもよろしいですか?」
「今すぐ戻せ。命令だッ」
やれやれ、と呆れるゲナウを追いかけるように、メトーデは楽しげな笑い声を響かせながら、崩壊を始めた黒い石門の向こう、まばゆい陽光の差す北部高原の空の下へと歩き出した。
End