「ゲナウ。お前、メトーデをどう見ている」
大陸魔法協会、その奥深くに佇む玉座の間。創始者ゼーリエは退屈そうに頬杖をつきながら、大柄な男に問いかけた。呼び出された一級魔法使い、ゲナウは、表情ひとつ変えずに一礼する。相変わらずの無愛想だった。
「メトーデについて、ですか。……彼女は結界魔法、精神操作魔法、さらには女神様の魔法や解析魔術に至るまで、あらゆる分野に精通しています。状況適応能力も高く、非常に優秀な一級魔法使いです。現状、北側諸国での任務においても非の打ち所がありません」
淀みなく、冷徹とも言える正確さでゲナウは答えた。しかし、ゼーリエは小さく鼻で笑い、不満げに視線をそらす。
「私が聞きたいのは、そんな履歴書に書けるような無味乾燥な評価ではない。そんなことは、あの小娘の魔力を見れば一目でわかる」
ゼーリエの鋭い双眸が、再びゲナウを射抜いた。
「私が聞いているのは、メトーデ『自身』のことだ。あの娘の技術ではなく、お前にとってそれがどういう存在なのかを聞いている」
「…………」
ゲナウは一度、言葉を詰まらせた。その沈黙は、彼が自身の内面を言語化するのに酷く不慣れであることを示していた。いつもなら合理性と任務の成否だけで物事を測る男が、珍しく視線を僅かに泳がせる。黒い外套の袖を小さく握り直し、ゲナウはぽつり、ぽつりと、絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。
「……彼女には、その。精神的にも、肉体的にも、支えられています」
一度口にしてしまえば、あとは不器用ながらも本音が溢れ出た。
「私は効率を重視するあまり、時に冷徹に行き過ぎることがある。私がその一線を踏み外し、間違えそうになった時……彼女はいつも、私を正しく導いてくれる。それに、戦いの中で私が傷を負えば、即座に女神様の魔法で治療してくれる。……ただの優秀な魔法使い、というだけではありません」
ゲナウは僅かに顔を背けた。その耳の端が、ほんのりと赤くなっているのを、ゼーリエは見逃さなかった。
「……良い、任務上のパートナーだと、思っています」
最後は、蚊の鳴くような声だった。常に冷徹な一級魔法使いが見せた、あまりにも人間らしく、そして少し恥ずかしげな吐露。それを聞いたゼーリエは、満足げに口元を綻ばせた。
「ふん。合格だ。お前のような捻くれ者がそこまで言うなら、あの小娘を私の直属に引き抜くのは、もう少し先にしてやってもいい。とはいえお前と同じ私の側近になるだけで、大して変わりはないがな」
ゼーリエの意地悪気な、しかしどこか嬉しそうな言葉に、ゲナウはただ深く頭を下げることしかできなかった。
「メトーデ。ゲナウを相手にしていて、どうだ?」
ゲナウが去った後の玉座の間。次に呼び出されたメトーデを前に、ゼーリエは再び同じような問いを投げかけた。先ほどの男の照れ隠しのような言葉を踏まえての、ほんの悪戯心だった。しかし、返ってきた反応は、ゼーリエの予想を遥かに超えていた。
「まぁ、ゼーリエ様! 聞いてくださるのですか!」
メトーデはパッと表情を輝かせると、一歩前に踏み出した。その目はまるで、お気に入りの玩具について語りたがっている子供のように爛々と輝いている。
「あの方は基本、いつも無愛想でちっとも笑いません。……ですが! 小っちゃくなくても、とっても可愛い所があるのですよ、ゼーリエ様!」
「か、可愛い……?」
大柄で、常に冷徹な雰囲気を纏っているゲナウを評する言葉としては、あまりにも不釣り合いだった。ゼーリエの眉が僅かにピクリと動く。しかし、メトーデの熱弁は止まらない。
「そうなのです! ああ見えて、意外とわたくしの言うことをよく聞いて下さるのです。それに、不器用ながらも、移動中や戦闘の合間にそっとわたくしを気遣って下さるんですよ。本人は隠せていると思っているようですが、あの滲み出る、隠しきれない優しさが……本当にもう、愛おしいですね……!」
両手を胸の前で組み、うっとりとした表情で天を仰ぐメトーデ。彼女の脳裏には、今頃不器用にそっぽを向くパートナーの姿が浮かんでいるに違いない。
「体格も素晴らしくて、わたくしより背が高いのに。……ああっ、もう可愛くてしょうがないのですよ……! ゼーリエ様みたいに抱きしめて撫で回したいくらいです!」
「…………」
メトーデから溢れ出る規格外の熱量と、やや常軌を逸した“可愛い”の基準に、流石のゼーリエもほんの少しだけ身を引いた。大陸最高の魔法使いといえど、この小娘の独特な性癖と情熱には圧倒されざるを得ない。
「……そうか。お前がそこまで満足しているなら、それは、良かったな」
ゼーリエは呆れたように小さく息を吐き、頭を軽く振った。どこか引き気味の声を隠すように、すぐに尊大な態度を取り直して椅子の背にもたれかかる。
「お前たちを引き合わせ、パートナーにしてやったのは私だ。その私に、せいぜい感謝することだな」
「はい! 最高のパートナーをありがとうございます、ゼーリエ様!」
メトーデは満面の笑みで、深く、そして華麗にお辞儀をした。その背中を見送りながら、ゼーリエは(お似合いの凸凹コンビだな)と、心の中で密かに微笑ましく思うのだった。
「あら、ゲナウさん。待っていてくれたのですか?」
謁見の間の重い石扉が開き、そこから現れたメトーデは、通路の壁に背をもたれさせて腕を組んでいるパートナーの姿を見つけて、パッと顔を輝かせた。ゲナウはいつも通りの無愛想をメトーデに向ける。だが、その佇まいには、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
「お前……ゼーリエ様に何を言ったんだ」
低く、詰問するような声。対するメトーデは、ますます楽しそうに微笑み、小首を傾げた。
「ふふ、素直に答えただけですよ? ゲナウさんは意外と可愛いって!」
「………ッ」
あまりにも直球、かつ本人の前で堂々と言い放たれたその言葉に、ゲナウの思考は完全に停止した。可愛い。自分が。この大柄で、無愛想で、血生臭い任務をこなしてきた一級魔法使いの自分が、である。あまりの理不尽さと気恥ずかしさに、何を言い返せばいいのか分からなくなり、ゲナウの頭の中は完全にフリーズしてしまった。そんなパートナーの硬直ぶりを、メトーデが見逃すはずもない。彼女は一歩、また一歩と距離を詰めると、覗き込むようにして自分の顔をゲナウの顔へと近づけた。
「ところで、ゲナウさんはわたくしの事を、どうゼーリエ様に仰ったのです?」
いたずらっぽく、どこか期待を込めた瞳が至近距離でゲナウを捉える。ゲナウは、先ほど自分がゼーリエの前で「精神的にも肉体的にも支えられている」と口にしてしまったことを思い出し、耳の後ろが熱くなるのを感じた。そんなことを、この距離でこの女に言えるはずがない。
「……特別な事は、何も言ってない」
ゲナウはこれ以上顔を見られないよう、ふいっと露骨にそっぽを向いた。わずかに表情が引き攣っている。そのあからさまな動揺の仕方に、メトーデは嬉しそうに目を細め、さらに一歩踏み込んだ。
「またそんな事言って! ゲナウさんは本当に不器用さんですねぇ。わたくし、ちゃーんと分かっているんですよ?」
「……しつこい、もう行くぞ」
早足で歩き出すゲナウの背中を、メトーデは弾むような足取りで追いかける。無愛想なパートナーの、隠しきれない可愛らしさをその胸にしっかりと刻みながら、彼女の足取りはどこまでも軽やかだった。
「───お前たち二人を呼んだのは他でもない。互いの『嫌いな所』を言い合え」
再び呼び出された謁見の間で、玉座に座るゼーリエは退屈そうに頬杖を突きながら、とんでもない無茶振りを放った。突然の言葉に、ゲナウはいつもの無愛想のまま眉をひそめ、メトーデは困ったように人差し指を頬に当てた。
「嫌いな所、ですか? ゼーリエ様、そんなものありませんけれど……」
「命令だ。強いて挙げるなら、で構わん」
ゼーリエの絶対的な指示に、メトーデは仕方がなくゲナウを盗み見た。
「そうですね……。強いて言えば、殆ど笑ってくれない所ですかしら。ゲナウさんの笑顔、とっても素敵だと思うのですけど」
「……余計なお世話だ」
ゲナウは苦々しげに言い、今度は自分がゼーリエに向き直る。その耳の尖端が、わずかに赤い。
「……私の番ですか。こいつの嫌いな所は、小さい子が好きだと言いながら、大柄な私をその……『可愛い』などと言ってくるところです」
“可愛い”という単語を口にする時、ゲナウの声は明らかに小さくなり、視線を泳がせた。そんな二人の様子を、ゼーリエは楽しげに目を細めて眺めている。
「なるほどな。では、次は互いの『好きな所』を挙げろ」
「不器用な優しさです!」
ゼーリエの言葉が終わるか終わらないかのうちに、メトーデが即答した。一切の迷いもない満面の笑みに、ゲナウは気まずそうに顔をそむける。
「……くッ。次は私か」
ゲナウは大きな身体を少し縮こまらせ、言葉を選びあぐねていた。メトーデは期待に満ちた熱い視線を彼に注いでいる。ゼーリエもまた、ふっと口元を緩めて彼の言葉を待った。沈黙のあと、ゲナウは観念したように、たどたどしく口を開いた。
「こいつの、好きな、ところ、は……。嫌いに……なりたい所ですが、なれない所、です」
絞り出すような、カタコト交じりの告白。それを聞いた瞬間、メトーデの目が驚きで丸くなり、次の瞬間にはこれ以上ないほど華やかに輝いた。彼女はゲナウの腕に飛びつく勢いで距離を詰める。
「あらあら! それはつまり、わたくしの事が好きという事でよろしいのですね!?」
「なッ……! 違う、私はそんな意味で言ったのでは───」
必死に反論しようとするゲナウだったが、完全に主導権を握ったメトーデの勢いと、自分の本心を突かれた気恥ずかしさで、言葉が上手く繋がらない。口をパクパクと動かすだけのパートナーを見て、メトーデは嬉しそうに声を上げて笑った。玉座の上では、人類最高峰の魔法使いが、そんな不器用な弟子たちの押し問答を、実になじみ深く、微笑ましげに見つめていた。
(フフフ、この子達がもし“つがい”となったならば、どれほど強い魔力を持った子が生まれてくるか……楽しみなものだな)
End