葬送のフリーレン短編集   作:風亜

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笑う門には鳥来る

 一級魔法使いのゲナウは、いつも通りの険しい顔で北側諸国のとある街の机に向かっていた。書類をめくる手は規則正しく、その表情は鉄仮面のように硬い。

 

「ゲナウさん、お疲れ様です。少し休憩にしませんか?」

 

 声をかけたのは、同じく一級魔法使いのメトーデだった。彼女は相変わらず艶やかな笑みを浮かべ、手元に温かい紅茶の入ったカップを置く。

 

「いや、この報告書を片付けるまでは」

 

「まあ、そんなに根を詰めては体に毒ですよ。それに……」

 

 メトーデはゲナウの顔をじっと覗き込んだ。

 

「ゲナウさん、最近純粋に笑ったことがありますか?」

 

「……くだらん質問を。私はいつも通りだ」

 

 ゲナウは視線を書類に戻したが、メトーデは引かなかった。彼女は小さくため息をつき、おっとりとした口調の中に、確固たる決意をにじませる。

 

「駄目ですよ。戦いの中に身を置き続けるからこそ、心の平穏は必要です。決心ました。わたくし、貴方のその頑なな表情を、純粋な笑顔に変えてみせます」

 

「断る。時間の無駄だ」

 

 しかし、メトーデの“小さくて可愛いもの”、そして“愛でるべきもの”に対する情熱は、ゲナウの拒絶など容易に飛び越える。彼女の脳内ではすでに、偏屈な同僚を笑顔にするための作戦が組み立てられていた。翌日から、メトーデの猛攻が始まった。まず彼女が試したのは“美味しいお菓子”だった。

 

「大陸魔法協会御用達の、最高級の焼き菓子です。甘いものは脳を刺激し、幸福感をもたらします」

 

 ゲナウは差し出されたクッキーを無表情に口に運んだ。

 

「……悪くない。だが、笑う要素がどこにある」

 

「あら、不発ですか」

 

 次に彼女が試したのは“古典的な滑稽話”だった。旅の途中で仕入れた、エルフやドワーフの間で大爆笑をさらったという小話を、完璧な間と声色で披露した。ゲナウは腕を組み、真剣な目で見つめていたが、話が終わると一言。

 

「構造は理解した。だが、事実関係の整合性が取れていないな」

 

「……ゲナウさん、お堅すぎます」

 

 メトーデは顎に手を当てて考え込んだ。言葉や味覚ではない。もっと本能に訴えかける、絶対的な“癒やし”が必要だ。そこで彼女が目をつけたのは、街の裏路地にいた。その日の夕方。メトーデは両手で何かを包み込むようにして、ゲナウの執務室に戻ってきた。

 

「ゲナウさん、これを見てください」

 

「何だ、それは……」

 

 メトーデがそっと手を広げると、そこには一匹の小さな、本当に小さな、生まれたばかりのような野良仔猫がいた。毛並みは少し不揃いだが、クリクリとした目でゲナウを不思議そうに見上げ、弱々しく「みゃあ」と鳴いた。

 

「この街の裏路地で見つけたんです。親とはぐれてしまったようで……。見てください、この小さくて、無力で、愛らしい姿を。心が洗われませんか?」

 

 メトーデの目がキラキラと輝いている。彼女は仔猫をゲナウの机の上にそっと置いた。ゲナウは一瞬、眉をひそめて仔猫を見つめた。仔猫はトコトコと不器用な足取りで歩き、ゲナウの分厚い手に向かって進んでいく。

 

そして、その大きな指に、自分の小さな頭を“すり”っと擦り付けた。ゲナウの動きが止まる。彼は故郷を失い、冷酷な現実の中で戦い続けてきた。彼の周囲にあるのは、常に“生きるか死ぬか”の緊張感だけだった。だが、この小さな命には、そんな計算も、悪意も、戦いも存在しない。ただ純粋に、温もりを求めているだけだった。

 

「──────」

 

 ゲナウは、そっと大きな手を動かし、人差し指の腹で仔猫の頭を撫でた。仔猫は気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らす。その時だった。ゲナウの口元が、ほんのわずかに、本当にわずかに緩んだ。それは、彼が普段見せる皮肉な笑みでも、戦いの中での不敵な笑みでもない。ただの、穏やかで、何のてらいもない、純粋な“微笑み”だった。

 

「あ……」

 

 メトーデは見逃さなかった。彼女は胸を高鳴らせ、一歩前に踏み出す。

 

「笑いましたね、ゲナウさん! 今、確実に笑いました!」

 

「……気のせいだ。ただ、この生き物の生存戦略に感心しただけだ」

 

 ゲナウはすぐにいつもの無愛想な顔に戻り、ぷいと横を向いた。しかし、その耳の裏が少し赤くなっているのを、メトーデの鋭い目は捉えていた。

 

「ふふ、そういうことにしておきましょう。でも、大収穫です」

 

 メトーデは満足そうに微笑み、仔猫を優しく抱き上げた。ゲナウの心が完全に壊れていないこと、そして、その頑なな仮面の裏に、まだ優しい光が残っていることを確認できたからだ。

 

「また明日も、貴方を笑わせに来ますね」

 

「……もう来るな」 

 

 ゲナウはぶっきらぼうに言い放ち、再び書類に目を落とした。だが、そのペンの進みは、先ほどよりも少しだけ軽やかだった。

 

 

 

「────メトーデ、これは一体どういう状況だ」

 

 北部高原の駐屯地、ゲナウに用意された執務室のドアを開けた瞬間、彼はその場で凝固した。部屋の中が、ありとあらゆる“鳥”で埋め尽くされていたからだ。デスクの上には、手のひらサイズの文鳥や十姉妹(ジュウシマツ)が並んで小首をかしげている。

 

本棚の隅では、フワフワしたメンフクロウのヒナが眠たそうに目を細めており、窓辺には鮮やかな色彩のインコたちが鈴なりになっていた。

 

「おかえりなさい、ゲナウさん! 驚きましたか?」

 

 部屋の中央で、一羽の大きなオウムを腕に乗せたメトーデが、満面の笑みで彼を迎えた。

 

「わたくしは任務のパートナーとして、貴方のプロファイルを徹底的に見直したのです。そして気づきました。貴方の使い魔は鳥……。つまり、貴方は元々、鳥という種族に対して並々ならぬ愛着、いわゆる“可愛いものレーダー”をお持ちなのだと!」

 

「……邪推だ。使い魔は合理的だから選んだに過ぎん」

 

 ゲナウはあくまで冷静さを装い、部屋に入ろうとする。だが、その視線は無意識のうちに、デスクの上でピョコピョコと跳ねている文鳥の群れに吸い寄せられていた。

 

「ふふ、口ではそう言っても、目が優しくなっていますよ? さあ、本日のメインディッシュです!」

 

 メトーデがパチンと指を鳴らすと、部屋の奥の籠から、メトーデの魔力で誘導された“それ”が飛び出してきた。まだ羽毛が完全に生え揃っていない、タカかワシの猛禽類のヒナたちだった。丸っこい体型に、不釣り合いなほど大きくて鋭い爪とクチバシ。

 

しかし、中身はまだ子供だ。ゲナウの姿を認めると、親鳥と勘違いしたのか、ピーピーと一斉に黄色い声を上げて彼の元へ羽ばたいた。……というか、うまく飛べずに床をトコトコと走ってきた。

 

「なッ……」

 

 ゲナウの足元に、3羽の猛禽類のヒナがたどり着く。彼らはゲナウの頑丈なブーツに小さな爪を引っ掛け、一生懸命によじ登ろうとし始めた。

 

「これ、は……」

 

「ゲナウさんの使い魔の、幼少期にそっくりだと思いませんか? さあ、心の声を解放するのです!」

 

 メトーデが背後から熱烈なプレッシャーをかける。ゲナウは完全に動きを止め、じっと足元のヒナたちを見つめていた。いつもは戦場で冷酷に命令を下す彼の手が、わずかに震える。彼はゆっくりと膝をつき、大きな手のひらを床に差し出した。すると、一番やんちゃな一羽が、ゲナウの手のひらにピョコンと飛び乗った。そして、彼の太い指に自分の頭をすり、すりと、甘えるように擦り付けたのだ。

 

「──────」

 

 ゲナウの顔から、ついにすべての険しさが消えた。

 

「……生意気な雛め。そんなに甘えていては、北側諸国では生き残れんぞ」

 

 言葉とは裏腹に、その声は信じられないほど優しかった。ゲナウは親指の腹で、ヒナのフワフワした頭を、壊れ物を触るかのようにそっと撫でた。その口元は、これまでにないほど優しく、そして純粋に緩んでいた。呆れ笑いではなく、完全に“鳥好きの顔”になってしまっている。

 

「や、やっぱり……! ゲナウさん、貴方は本当に鳥が大好きなんですね!?」

 

 メトーデは興奮のあまり、両手で頬を赤らめて叫んだ 。ゲナウが自分の使い魔に向けるよりも、ずっと柔らかく、慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。その決定的瞬間を前に、メトーデの“愛でる本能”が完全にスパークした。

 

「そこまで鳥がお好きなら、これでもう言い逃れはできません!」

 

 メトーデは背後に隠していた最後の切り札───鳥たちが大好きな“最高級の乾燥木の実と特製すり餌”が入った袋を掲げた。

 

「さあ鳥さんたち、ゲナウさんに極上の癒やしをプレゼントしなさい!」

 

 メトーデがその袋をゲナウの肩にふわりと振りかける(もちろん、服が汚れない魔法の粉も混ぜてある)。

 

 次の瞬間、部屋中の鳥たちが一斉にゲナウを目がけて飛び立った。

 

「おい、メトーデ、何を───」

 

 ゲナウが抗議する間もなく、彼の全身が“鳥の楽園”と化した。右肩にはメンフクロウのヒナがずっしりと鎮座し、左肩には色鮮やかなインコたちが3羽並んで彼の髪をクチバシで毛づくろいし始める。頭の上には文鳥がちょこんと乗り、足元では猛禽類のヒナたちが彼のロングコートの裾を引っ張って“遊べ”とせがんでいる。チチチ、ピヨピヨ、クエーー。様々な鳥の鳴き声と、羽ばたきの風がゲナウを包み込む。

 

「くすぐったい……。おい、やめろ、突っつくな……フッ、はははは!」

 

 ついに、ゲナウの口から、抑えきれない明確な“大爆笑”が弾け飛んだ。それは普段の彼からは想像もつかないほど若々しく、そして一切の打算もない、心の底からの純粋な笑い声だった。

 

「まあ……!」

 

 メトーデはその場に呆然と立ち尽くした。少し微笑むくらいを予想していた彼女にとって、ゲナウが声を上げて笑う姿は、あまりにも破壊力が大きすぎた。鳥たちにまみれて、本当に楽しそうに目尻を下げて笑うその顔は、一級魔法使いの誰よりも輝いて見えた。

 

「ゲナウさん……最高です。貴方、笑うとそんなに魅力的なんですね」

 

 メトーデはそっと胸に手を当て、うっとりとその光景を目に焼き付けた。やがて、ひとしきり笑って落ち着いたゲナウは、頭の上の文鳥をそっと指に乗せ、まだ少し息を弾ませながらメトーデを睨んだ。

 

「……私の負けだ、メトーデ。これほど全方位から攻められては、耐えられるわけがない」

 

「ふふ、パートナーの弱点を握るのも、優秀な魔法使いの嗜みですから」

 

 メトーデは満足げにウィンクした。ゲナウはフンと鼻を鳴らしたが、その顔からは完全にいつものトゲが消え去り、肩の鳥たちを愛おしそうに見つめる穏やかなゲナウの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 ────北部高原の深い霧が立ち込める森。正式にパートナーを組んだゲナウとメトーデは、周囲を警戒しながら歩を進めていた。

 

「ゲナウさん、先ほどからずっと上の空ですね。さては、昨日の鳥たちにまだ心を残していますね?」

 

「……くだらんことを言うな。私は常に周囲の魔力残滓を警戒している」

 

 ゲナウはいつものように無愛想に返したが、その視線が、時折木々にとまる小さな野鳥をそっと追っているのをメトーデは見逃さなかった。重症である。

 

その時、森の奥から地響きのような羽ばたき音が響いた。突風が吹き荒れ、霧が切り裂かれる。二人の前に姿を現したのは、この地域一帯の生態系を脅かす危険生物、野生の巨大怪鳥“ガルーダ”の変異種だった。体長は馬の数倍。鋭い鉄のようなくちばしと、岩をも砕く爪。しかし、その最大の特徴は、あまりにも美しくフワフワとした、エメラルドグリーンの見事な羽毛だった。

 

「来ましたね、ゲナウさん。わたくしが拘束魔法で動きを止めます。貴方の黒金の翼の魔法で、一撃のもとに───」

 

「待て、メトーデ」

 

 ゲナウが、メトーデの杖を片手で制した。その目は、獰猛な怪鳥を睨みつけている……はずだったが、どこか様子がおかしい。

 

「ゲナウさん……?」

 

「見ろ、あの胸元の羽毛の密集具合を。さらに、あの不釣り合いなほどに丸く、潤んだ瞳……。あれは、ただ凶暴なだけの魔物ではない。自然の神秘が産んだ、極上の“造形美”だ」

 

「えっ、ちょっと待ってください」

 

 メトーデの頬を冷や汗が伝う。怪鳥が大きな耳障りな鳴き声を上げる。普通の人間なら恐怖するその声も、今のゲナウの耳には“少しハスキーで愛らしい鳴き声”に変換されているようだった。

 

「ゲナウさん! 相手は人間や村の家畜を平気で襲う危険生物ですよ! 早く魔法を!」

 

「だが、あのくちばしの湾曲具合は、雛の時期に栄養をたっぷり摂った証拠だ。親鳥に大切に育てられたのだろう。それを、今ここで私が無慈悲に討つというのか……?」

 

「そんな背景ストーリー、今すぐ捨ててください!!」

 

 メトーデが声を荒らげる。いつもなら冷静沈着、合理性の塊であるはずの一級魔法使いゲナウが、鳥への愛が深すぎるあまり、攻撃を完全に躊躇している。怪鳥が二人に向けて、凄まじい速度で突進してきた。

 

「くっ、仕方ありません!」

 

 メトーデは瞬時に前に出ると、自身の防護結界を展開した。怪鳥の鋭い爪が結界を激しく叩き、凄まじい衝撃波が周囲の木々をなぎ倒す。

 

「ゲナウさん! 目を覚ましてください! あの鳥、めちゃくちゃわたくしたちを殺そうとしてます! ほら、可愛いおめめが血走ってますよ!」

 

「いや、あれは威嚇のポーズだ。よく見ろ、尾羽が少し小刻みに震えている。本当は、我々を恐れているだけなのかもしれない。恐怖している鳥を、私は討てん……」

 

「重症すぎる……っ!!」

 

 メトーデは焦った。ゲナウの鳥好きを刺激しすぎた自分の“鳥攻め作戦”が、こんなところで裏目に出るとは。このままでは二人の防衛線が突破されてしまう。メトーデは結界を維持しながら、必死に頭を回転させた。ゲナウの“鳥への愛”を汚さず、かつ戦闘を終わらせる方法は────

 

「……そうだ! ゲナウさん、よく聞いてください!」 

 

 メトーデは怪鳥の攻撃をいなしながら、ゲナウに向かって叫んだ。

 

「あのまま暴れさせておけば、いずれ討伐隊が来て、あの美しい羽毛はボロボロにされ、無残な姿になってしまいます! 貴方のその手で、痛みのない一撃で眠らせてあげることこそが、真の“鳥への愛”ではないのですか!?」

 

 その言葉は、ゲナウの脳天を直撃した。

 

「……! 私の手で、美しく逝かせる……だと?」

 

「そうです! 他の粗暴な魔法使いに、あの子の尊厳を傷つけられてもいいのですか!?」

 

「……否、断じて否だ!」 

 

 ゲナウの目に、かつてない鋭い光が戻った。完全に“歪んだ鳥愛”による戦闘スイッチが入った。

 

「よくぞ言った、メトーデ。あの子の美しさを守るため、私が引導を渡す!」

 

 瞬時に彼の背後に、大きな黒金の翼を操る魔法が展開された。それはいつもの冷徹な魔力ではなく、どこか“厳かな慈愛”すら感じるほどの圧倒的な魔力密度だった。

 

「…………美しく、眠れ」

 

 ゲナウが手を手向けるように振ると、黒い刃の嵐が怪鳥を包み込んだ。それは、メトーデの言った通り、怪鳥に余計な苦痛を一切与えない、完璧に計算された一撃必殺の魔法だった。ドサリ、と巨体が地面に倒れ伏す。ゲナウはすぐに駆け寄り、魔力の粒子となる前に息絶えた怪鳥の頭の羽毛を、悲しそうな目でそっと撫でた。

 

「よく頑張ったな、お前は美しかったぞ……」

 

 その横顔は、悲恋の主人公のように切なく、そしてやはり、どこか穏やかに微笑んでいた。

 

「はぁ……はぁ……。なんとか助かりましたけど……」

 

 メトーデは杖を収め、疲れ果てたようにため息をついた。ゲナウの“純粋な笑顔”を引き出すことには大成功(?)したが、パートナーとしての前途多難さに、さすがのメトーデも少しだけ頭を抱えるのだった。

 

 

 

 怪鳥ガルーダの討伐を終え、街の宿屋に戻った日の夜。ゲナウに指定された部屋のドアを叩き、メトーデはいつも通りの余裕の笑みを浮かべて入室した。

 

「お呼びですか、ゲナウさん。今日の反省会ですか?」

 

「そうだ。座れ、メトーデ」

 

 ゲナウは机に向かったまま、振り返りもせずに冷淡な声で言った。いつもなら手元にあるはずの報告書はなく、彼の両腕は固く組まれている。その背中から漂うのは、一級魔法使い試験の時ですら見せなかったような、静かで、底知れない重圧だった。

 

メトーデが大人しく椅子に腰掛けると、ゲナウはゆっくりと椅子を回転させ、彼女を正面から見据えた。その鋭い眼光に、さすがのメトーデも少しだけ背筋が伸びる。

 

「……単刀直入に聞く」

 

 ゲナウの低い声が、静まり返った部屋に響いた。

 

「お前はなぜ、私をあんな風にした」

 

「あんな風、とは?」

 

 メトーデは小首をかしげ、とぼけてみせる。しかし、ゲナウの追求は止まらない。

 

「私の理性だ。今日の戦い、私は魔物を前にして攻撃を躊躇した。私の《ディガドナハト》は、本来なら一瞬で敵を切り裂く冷徹な刃であるべきだ。それがどうだ。鳥の羽毛の美しさに目を奪われ、あろうことか“尊厳を守るため”などという、戦いにおいて最も不要な感情に支配された」

 

 ゲナウは一歩、また一歩とメトーデに近づき、彼女の目の前で足を止めた。大きな影がメトーデを覆う。

 

「元はと言えば、お前が連日、私の部屋に鳥を連れ込み、私の脳に“鳥は愛でるもの”という余計な認識を刷り込んだからだ。お前のくだらん“笑わせ作戦”のせいで、私の戦闘技能に重大な欠陥が生じた。……この責任を、どう取るつもりだ」

 

 怒鳴るわけでもなく、淡々と、静かに詰め寄るゲナウ。普通の一級魔法使いなら、この威圧感に気圧されて平謝りするところだろう。しかし、メトーデはメトーデだった。彼女はゲナウの険しい仮面のような顔をじっと見つめた後、ふっと、包容力に満ちた艶やかな笑みを浮かべた。

 

「……素晴らしいです、ゲナウさん」

 

「何がだ」

 

「気づいていないのですか? 貴方は今、怒りながらも……わたくしのことを置いてきぼりにせず、ちゃんと任務のパートナーとして、ご自身の弱音を相談してくれているんですよ」

 

 メトーデは立ち上がると、ゲナウとの距離をさらに詰めた。ゲナウが思わず一歩引くほどの勢いだ。

 

「以前の貴方なら、こんな失態を犯したら、誰にも言わずに一人で抱え込み、自分を責めて、もっと心を頑なにしていたはずです。でも今の貴方は、こうしてわたくしに向かって“お前のせいだ”と言ってくれている。それは、わたくしを信頼して、心を開いてくれている証拠です」

 

「私は責任を追及しているだけだ」

 

「いいえ、これは心の歩み寄りです」

 

 メトーデはゲナウの頑丈な胸元にそっと手を添え、優しく微笑みかけた。

 

「ゲナウさん。戦闘における冷徹さは確かに必要です。でも、生き物の美しさを愛おしいと思えるその“柔らかい心”こそが、貴方がかつて故郷を守ろうとした原動力のはず。それを思い出すために、貴方の純粋な笑顔が必要だったのです。わたくしは、貴方をあんな風にしたことを、これっぽっちも後悔していませんよ?」

 

「…………ッ」

 

 ゲナウは言葉を失った。メトーデの言葉は、彼の冷徹な防壁をすり抜け、一番奥にある本質を的確に突き刺していた。責任を追及するはずが、完全に彼女の包容力の前に論破され、包み込まれてしまっている。

 

「……相変わらず、屁理屈の多い女だ」

 

 ゲナウはふいと顔を背けた。しかし、その口元は、またしても呆れたような、しかし確実に温かみを含んだ“純粋な微笑み”へと変わっていた。

 

「ふふ、また笑いましたね。わたくしの勝ちです」

 

 メトーデは満足そうに胸を張り、部屋を後にした。一人残されたゲナウは、そっと自分の右手を見つめた。その手は、一級魔法使いであると同時に、これからは小さな命を優しく撫でるための手でもあるのだと、彼は静かに受け入れ始めていた。

 

 

 

End

 

 

 

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