葬送のフリーレン短編集   作:風亜

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魔法使いとしての矜持

 大魔法使いゼーリエの気まぐれは、往々にして一級魔法使いの日常を無慈悲に破壊する。

 

「私を楽しませろ、ゲナウ、メトーデ。どちらが上か、ここで白黒つけろ」

 

 謁見の間の広大な石畳。玉座に深く腰掛けたゼーリエが、退屈そうに顎を突いた。その左右に立つフェルシュとレルネンは、同情とも諦めともつかない目で二人を見つめている。

 

ゲナウは深くため息をつき、黒い外套を揺らして一歩前に出た。対するメトーデは、いつもの艶やかな笑みを浮かべ、優雅に一礼する。

 

「ゼーリエ様直々のご指名とあれば、断る理由はありませんね。手加減は無しですよ、ゲナウさん」

 

「……やれやれ、だ」

 

 ゲナウの内心は酷く重かった。彼の専門である黒金の翼を操る魔法《ディガドナハト》は、鋭利な翼で敵を切り刻む凶悪な殺傷能力を持つ。対人戦、それも同僚との模擬戦には全く向いていない。

 

メトーデが回復魔法の使い手でもあることは知っている。肉体が損傷を受けても繋ぎ合わせる技量があることも分かっている。だが、だからといって、味方である彼女を血祭りにあげるような真似ができるはずもなかった。

 

「始めろ」

 

 ゼーリエの短い合図。その瞬間、メトーデの魔力が爆発的に膨れ上がった。

 

「まずは挨拶代わりに!」

 

 メトーデの杖から、目も眩むような熱線が放たれる。ゲナウは瞬時に黒金の翼を盾のように展開し、それを防いだ。

 

激しい衝撃と熱量がゲナウを襲う。メトーデは最初から全力だった。

 

(くッ……!)

 

 ゲナウは即座に反撃に転じようと翼を広げるが、動きが止まる。

 

頭に浮かぶのは、黒金の翼がメトーデの白い肌を裂き、鮮血が舞う光景。その躊躇を見逃すほど、メトーデは甘くない。

 

「よそ見は感心しませんね!」

 

 メトーデの姿が掻き消える。認知を阻害する精神魔法。次の瞬間、ゲナウの背後から凄まじい突風が吹き荒れた。質量を持った風の弾丸が、ゲナウの防壁を弾き飛ばす。

 

ゲナウは距離を取ろうと後退するが、足元が突如として底なしの泥濘へと変わった。地属性の拘束魔法。さらに頭上からは、追撃の雷撃が降り注ぐ。

 

「これでも防ぎきれますか?」

 

 メトーデは一切の容赦なく、攻撃魔法、精神魔法、質量魔法を絶え間なく、かつ最適の順序で繰り出していく。彼女の魔法の引き出しはあまりにも多彩で、一分の隙もない。

 

ゲナウは完全に防御に徹せざるを得なかった。黒金の翼を限界まで広げ、球体のように自身を包み込んでメトーデの猛攻を凌ぐ。しかし、どれだけ強固な盾であっても、防戦一方ではジリ貧になるのは明白だった。

 

(一撃だけでも……いや、駄目だ。私の魔法は加減が効かん)

 

 ゲナウの脳裏に、かつて共に戦い、死んでいった者たちの顔がよぎる。自分の魔法は命を奪うためのものだ。親しい者を傷つけるためにあるのではない。

 

その一瞬の“情”と“迷い”は、魔力の盾の結び目をわずかに緩めた。

 

「そこです!」

 

 メトーデの鋭い声。結界の隙間を縫うようにして、精神を揺さぶる強烈な催眠の魔力がゲナウの脳内へと直接流れ込んだ。

 

「……ッ!?」

 

 意識が急速に混濁する。身体の自由が奪われ、膝ががくりと石畳についた。黒金の翼が形を保てず、サラサラと音を立てて崩れ去る。

 

視界が揺れる中、目の前に静かに着地するブーツのつま先が見えた。

 

見上げれば、メトーデが杖の先をゲナウの喉元へとピタリと突きつけている。その表情は、勝利の喜びよりも、どこか呆れたような、それでいて慈愛に満ちたものだった。

 

「……私の負けだ」

 

 ゲナウは短く、敗北を認めた。メトーデはふう、と息を吐き、杖を下ろしてゲナウに手を差し伸べる。

 

「お見事。全く、退屈極まる戦いだったな」

 

 玉座からゼーリエの冷ややかな声が響く。

 

「ゲナウ、お前は最初から最後まで“メトーデを傷付けられない”という甘えを捨て切れなかった。メトーデがお前の防御を崩せたのは、お前が自ら矛を収めていたからに過ぎん。興が削がれた」

 

 ゼーリエはフンと鼻を鳴らし、そのまま興味を失ったように謁見の間を去っていった。レルネンたちもそれに従う。

 

静まり返った広間で、ゲナウはメトーデの手を借りずに立ち上がり、汚れた外套を払った。

 

「……手加減をされて不愉快だったか、メトーデ」

 

「いいえ?」

 

 メトーデはクスリと笑い、ゲナウの顔を覗き込んだ。

 

「わたくしは貴方のそういう不器用な優しさ、とっても大好きです。……でも、次は少しぐらい傷つけてくれてもいいんですよ?  わたくしの回復魔法、それなりに凄いですから」

 

「断る。悪趣味な冗談はやめろ」

 

ゲナウはそう吐き捨てると、足早に謁見の間を後にした。その後ろ姿を、メトーデは満足そうに微笑みながら見送るのだった。

 

 

 

 一級魔法使い専用のサロン。夜も更けたその場所で、ゲナウは一人、紅茶を嗜んでいた。

 

そこに、軽い足音と共に華やかな甘い香りが近づいてくる。

 

「お疲れ様です、ゲナウさん。お隣、よろしいですか?」

 

 メトーデがトレイに乗せてきたのは、湯気の立つハーブティーと、可愛らしくデコレーションされた数種類の焼き菓子だった。ゲナウはいつもの無愛想を崩さない。

 

「……勝手にしろ。私はもう行くが」

 

「まぁ、冷たい。せっかくわたくしが反省会に付き合ってあげようと思って、お菓子まで用意したのに」

 

 メトーデはゲナウの脱出路を塞ぐように、迷わず正面のソファへ腰掛けた。

 

「反省することなどない。実力通り、お前が勝ち、私が負けた。それだけだ」

 

「嘘つき」

 

 メトーデはスコーンにたっぷりとジャムを塗りながら、悪戯っぽく微笑む。

 

「わたくしの攻撃、全部“急所”から外れた位置で受けていましたよね?  精神魔法を流し込んだ時も、わたくしの体に黒金の翼が当たらないよう、わざわざ背後に霧散させていました。あれだけの猛攻の中で、そんな精密なコントロールをするなんて、器用すぎます」

 

 ゲナウは視線を逸らし、紅茶のカップを見つめた。

 

「……お前の回復魔法の手間を省いただけだ。一級魔法使いの肉体を欠損させれば、その後の任務に支障が出る」

 

「ふふ、建前が立派ですね。でも、ゼーリエ様はお怒りでしたよ?  “ゲナウの魔法はあんなものではない”って」

 

 その言葉に、ゲナウの眉間が深く刻まれる。

 

「ゼーリエ様は、私に“多彩な魔法を扱うメトーデをお前なりに倒してみせろ”と仰りたかったのだろう。あの方の基準は常に“魔法への渇望”だ。だが、私は身内を傷付けるために魔法を磨いたわけではない」

 

「知っています。だから、わたくしは貴方のそういうところが、本当に素敵だと思うんです」

 

 メトーデが身を乗り出し、大真面目な顔でゲナウを覗き込む。その瞳には、一級魔法使い特有の鋭さと、彼女個人の深い慈愛が混ざり合っていた。

 

「でも、ゲナウさん。次はもう少しわたくしを信用してください。腕の一本や二本、傷付けられても、わたくしなら元通りに治せます。わたくしを“傷つけられない脆い存在”として扱うのは、わたくしの技量への侮辱ですよ?」

 

 強い口調だがしかし、その根底にあるのはゲナウへの絶対的な信頼だった。

 

ゲナウは小さくため息をつき、紅茶を飲み干した。

 

「……善処する。だが、私の魔法はそんな綺麗にパーツを切り離せるものではない。その気になれば切り刻むぞ」

 

「あら、それはわたくしの回復魔法との知恵比べですね。楽しみにしています」

 

 メトーデは満足そうに微笑むと、焼き菓子の皿をゲナウの前に差し出した。

 

「さあ、頭を使った後は甘いものです。ゲナウさん、あーん、してください」

 

「……断る。自分で食え」

 

 ゲナウは席を立ち、今度こそサロンを後にした。背後から「もう、照れちゃって!」というメトーデの楽しげな声が追いかけてくる。

 

夜風に吹かれながら、ゲナウは自身の黒金の翼を小さく生み出し、その鋭利な羽根の刃を見つめた。

 

(やはり、あいつには使えん……)

 

 不器用な男は、そう心に誓い直した。

 

 

 

End

 

 

 

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