「ゲナウさん、少しよろしいですか……?」
大陸魔法協会本部の執務室に用事がありやって来たメトーデ。……そこにあるソファには、何も掛けずにぐったりと疲れた様子で額に片腕を置き、横になって寝ているゲナウの姿があった。
(昨晩も徹夜したのですね……)
仕方のない人、と溜め息をついたメトーデは、ソファで寝ているゲナウに近寄り、その耳元に優しくフゥっと息を吹きかけた。
「ふぁ"……ッ?! な、何事だッ」
「おはようございます、ゲナウさん」
ぞくっとして驚いて飛び起きた彼に、何事もなかったように挨拶をするメトーデ。
「何だ、お前か………。妙な起こし方をしないでくれ」
急に起きたせいで頭痛がするのか、眉間を片手でつまむゲナウ。
「何も身体に掛けずにソファで寝るのは不健康ですよ? ちゃんと寝るなら自室のベッドにして下さい」
「遅くまで書類整理や調べ物をしていたんだ、しょうがないだろう」
「夜食は………摂っていませんよね?」
探るような目でゲナウを見るメトーデ。
「摂っていないさ……、夜食は体に悪いとお前が口煩いからな。それで、何の用だ」
「いえ、ここ何日かゲナウさんとの大きな任務がないので、貴方の様子を見に来たのです」
「それだけ、か? ……大きな任務がないならないで、自身の魔法に磨きをかけるか、次の任務の為に休んでおいたらどうだ」
ゲナウは素っ気なく言ったが、メトーデは納得いかない様子で切り返す。
「それはゲナウさんも同じでしょうに。自身の魔法を高めるのも大事ですが、次の任務の為に休む事も必要ですよ。なのに貴方は、書類整理だの調べ物だの夜遅くまで………わたくしもお手伝いしますから、さっさと終わらせて身体を休めましょう?」
「手伝いなど必要ない。書類整理や調べ物は、好きでやっている事であって────ッ」
ソファから立ち上がりかけたゲナウだが、目眩がして身体がふらつき、倒れそうになる所をメトーデに支えられる。
「ほら……言わんこっちゃない、ですよ。ちゃんと自室で休んで下さい、わたくしがお連れしますから」
「必要ないと言っていッ……ゴホッゴホッ」
ゲナウは咄嗟に口元を押さえて激しく咳き込んだ。
「あらあら、冷え込む朝方に何も掛けずにソファで休むからそうなるのです。……風邪を引きましたね、ゲナウさん」
「風邪など、引いてな……ッ、ゲホッ」
必死で咳を止めようとするが、咳が漏れ出てしまう。そんなゲナウの額に、細い片手をあてがうメトーデ。
「────やはりお熱もありますね。疲れが溜まっているのでしょう。自身の管理も出来ないなんて、一級魔法使いとしてどうなんです?」
「…………ゴホッ」
何も言い返せない代わりに、咳で答える形になってしまうゲナウ。
「歩くのもしんどいでしょうから、浮遊魔法で自室にお連れしますね」
ぐったりした様子で後輩のメトーデから浮遊魔法で連行される姿を同僚達に見られてしまい心配されるが、メトーデが事の発端を説明すると、またか……といった感じで皆呆れた様子だった。
「ゲナウは前の相棒を失って以来、働き過ぎている自覚が無いんだ。故郷も失い、ますますその傾向にある。……メトーデ、そいつを無理矢理にでも休ませてやってくれ」
ゼーリエの側近の一人、ゼンゼが小声でそう言って長い髪をうねらせながら去って行った。
「ゲナウさんのお部屋って……随分殺風景ですね」
「………余計な物を置く趣味はない」
ゲナウがあてがわれている部屋は、ベッドや本類以外ほとんど何も置かれていなかった。
「さて、ベッドに降ろしまして……と。普段着を脱がせて、薄着にしませんとね」
「待て……、自分で脱げッ、ゲホゲホ……ッ」
浮遊魔法から解放されたと思いきや、メトーデはゲナウの着用しているものを脱がしにかかってきた。
「大丈夫ですよ、手際よく脱がしますから」
「…………うぅ」
高熱を出しているせいもあって、身体が鉛のように重く、うまく動かせないのを見透かされた上で、メトーデに大人しく薄着にされるゲナウ。
「───終わりました。さ、ベッドに横になって下さい。毛布を掛けて、暖かくしましょうね」
「…………。メトーデ、女神様の魔法で、風邪を今すぐ治せないのか」
「それは出来ません。自身から発症する風邪という症状は、女神様の魔法では今の所治せないのですよ。薬草などを煎じて、お薬を作る事は出来ますけれど」
「では薬で───」
「判っていますよ。ただ少し時間がかかるので……それまではきちんと水分をとって、安静にしていて下さいね」
「判っ、た……。ゴホゴホッ……ハァ」
メトーデから吸い飲みで水分をとらせてもらい、濡れタオルを額にあてさせてもらって、時々咳き込みながらも浅い眠りにつくゲナウ。
「────ゲナウさん、お薬出来ましたよ。飲めそうですか?」
「ん………あぁ、飲ませて、くれ。早く、治したい………」
「言っておきますが、お薬でもすぐには治りませんからね。あくまで症状を和らげるのであって、ちゃんと数日間休まないと、風邪をこじらせてますます治りにくくなりますよ」
脅すように顔を近づけて言うメトーデに、ゲナウは弱っているのもあって観念した様子で大人しく薬を飲ませてもらい、ベッドに全身を預けた。
「…………? 何を、しているメトーデ」
彼女はゲナウの片手をとって、細く長い両手で優しく包み込んでいる。
「……こうして片手を握られていると、安心感がありませんか?」
「子供じゃあるまいし、やめろ……」
片手を離そうとするも、うまく力が入らずされるがままになっている。
「ゲナウさんの手は、大きいですね。この手にわたくしが包まれたら、安心感この上ないと思うのですが」
「俺の手に、安心感があるとでも………? この手は、幾つもの命を取りこぼして、きたんだぞ。それに……数多くの魔物や魔族を殺してきた穢れた手に、安心感などあるはずが、ない……ゲホゲホッ」
「────それなら、わたくしも同じようなものですね。魔族を殺す為に、生涯を捧げるいかれた一族の生まれですから」
「…………!?」
「ふふ、本気になさらなくてもいいですよ。ただ……穢れているのは貴方だけではない事を、覚えていて下さい」
「───────」
少し寂しげな表情を見せるメトーデに、ゲナウはそれ以上問う事は出来なかった。
「ぅ"ッ、ハァ、ハァ……ッ」
(やっと大人しく眠ってくれたと思ったら、今度は熱にうかされているようですね)
ゲナウは酷い汗をかいて苦悶の表情で魘されており、メトーデは吹き出すほどの汗を何度も拭っている。
「ゆるして、くれ……ッ」
「………!」
「いや……ゆるさなくて、いい………」
「───────」
「だか、ら………ころして、くれ」
「………っ」
メトーデはゲナウの額にそっと口づけた。出来る限り心が穏やかになる精神魔法をかけて。
「ハァ、ハァ、……ハァ。─────スゥ」
(良かった、呼吸が安定しました。……自責の念に、囚われているのですね。無理も、ありません)
メトーデはゲナウの汗ばんだ頭部を愛おしげに優しく撫で続けた。
「メトー、デ……」
(あら? わたくしに対するうわ言でしょうか)
「ナデナデは………一日十分まで、だ…………」
「ふふふ。判っていますよ、ゲナウさん」
End