俺の弟子が俺の彼女を寝取った挙句、俺の尊厳破壊してくるんですが……?復讐するけど大丈夫?〜黒蝕を纏いし英雄は復讐の果てに何を見る〜 作:αβ-アルファベータ-
暴風のような黒紫色の衝撃波が、酒場の一階を爆発的に吹き飛ばした。
「ハッ……ハッ……死ね! 死ねぇぇぇっ!!」
ルクレツィアが裏で与えた「禁薬」と、レオンの『偽魔力結晶』の毒が体内で混ざり合い、暴走したシディス。彼の振るう凶刃は、もはや理性を失った怪物のそれだった。
「チッ……! 頭のネジが飛びやがったか!」
大剣で攻撃を受け止めていたAランク冒険者アルドが、衝撃で十数メートルも後方へ吹っ飛ばされ、壁に激しく激突する。
「助けて……助けてシディス! 私よ、エリスよ!?」
悲鳴を上げ、腰を抜かして這い回るエリス。だが、正気を失ったシディスの目には、もはや恋人の姿すら「自分を裏切った敵」としか映っていなかった。
「死ねぇぇぇっ!!」
シディスの血塗られた剣が、無防備なエリスの首元へと振り下ろされる――。
キィィィィンッ!!!!
重厚な金属音が響き渡り、火花が夜の暗闇を鮮やかに照らした。
「な……っ!?」
シディスの剣を止めたのは――漆黒の魔力を腕に宿し、屋根から飛び降りて割り込んだレオンだった。
「お前の相手は……俺だ、シディス」
「レ……レオン……っ!?」
エリスが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、茫然とレオンを見上げた。かつて見捨てた男が、皮肉にも自分の命を救ったのだ。
しかし、レオンの意識はシディスにもエリスにも向いていなかった。レオンは冷徹な眼光で、酒場の崩壊した天井の上――月光を背に受けて静かに佇む一人の女を見つめていた。
紫色の妖艶なドレスを夜風にたなびかせ、ワイングラスを手に優雅に笑う女。王都の地下街を仕切る女商人――ルクレツィアだ。
「……何の真似だ、ルクレツィア」
レオンの声には、氷のような殺気が宿っていた。
「俺の計画では、シディスは式典の場で自滅するはずだった。……お前が裏でシディスに別の禁術ポーションを与え、エリスの動向を漏らして煽ったな?」
「ふふ、察しが良くて助かるわ、レオン」
ルクレツィアは滑らかに屋根から舞い降り、倒壊した瓦礫の上に着地した。その姿には、一切の衰えも恐怖もない。
「貴方の計画は美しかったわ。でもね……退屈なのよ」
「なに……?」
「じわじわと社会的に追い詰めて、式典で爆発させる? そんな悠長な『復讐ごっこ』、裏社会の人間から見ればおままごとのようなものよ」
ルクレツィアはワイングラスを地面に投げ捨てると、懐から、細身で不気味な黒い二本の短剣を取り出した。
「私はね、レオン。……貴方がシディスたちを潰して満足し、どこかへ去ってしまうのが耐えられないの。貴方のその『黒蝕』の力……絶望から生まれたその極上の毒を、もっとここで暴れさせたい。王都のギルドも、権力者も、表の社会も……全部ぐちゃぐちゃに壊して、私の支配下に置くための『最高の引き金』になってもらいたいのよ!」
「貴女……最初からレオン様を利用するつもりだったのね!?」
白銀の鎧を纏ったシルフィアが宝剣を抜き放ち、レオンの前に立ち塞がった。空中からはシェラも銀髪を逆立て、漆黒の魔術陣を展開する。
「レオンの力はアンタの道具じゃないわよ、この化け狐!」
「ふふ、可愛いお嬢ちゃんたちね。でも……私をヴァルターのような醜い豚貴族と同類だと思わないで頂戴」
ルクレツィアの瞳に、深く「死線を超えてきた者の狂気」が宿った。
「私はね……誰とも結託なんてしたくない。誰の足元にもひざまずかない。……この世のすべてを疑い、利用し、奪うことでしか……私は自分の生存を証明できないのよ!」
シュパッ――
ルクレツィアの姿が、一瞬で消えた。
(速い……!)
シルフィアが驚愕する暇もなく、ルクレツィアの短剣がシルフィアの鎧の隙間を的確に狙って突き出された。
ガンッ!
レオンが即座に『黒蝕』の刃で弾き返す。
衝撃波が巻き起こり、レオンとルクレツィアの視線が至近距離で交錯した。
「……なぜそこまで執着する、ルクレツィア」
レオンが低く問う。ルクレツィアの攻撃には、単なる強欲や野心だけではない……根深い「過去の呪い」が渦巻いているのを、レオンは感づいていた。
ルクレツィアは冷たく微笑みながら、レオンの黒い刃と己の短剣をせめぎ合わせ、その脳裏に熾烈で血塗られた過去を蘇らせていた。
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二十年前――王国辺境の貧民街。
ルクレツィアは、名も無き娼婦の子供として生まれた。食べるものもなく、親からは暴力を振るわれ、泥水をすすって生きる毎日。
十二歳の時、彼女の住んでいた街は、横暴な領主貴族と、彼らに買収された腐敗した冒険者ギルドによって「魔物の被害を捏造した土地買収」の犠牲となった。
『燃やせ! 貧民どもの家など、魔物の襲撃として処理すれば良い!』
燃え上がる家々。悲鳴を上げる人々。
幼いルクレツィアは、自分を捨てて逃げ出そうとした母親に突き飛ばされ、燃え盛る家の中に閉じ込められた。
『許してよ……助けてよ……!』
助けを求めて伸ばした手。
だが、表の世界の「正義」を謳う騎士も、ギルドの冒険者も、誰も救いの手を差し伸べなかった。
それどころか、彼らは笑いながら貧民たちの財産を奪い、逃げ惑う人々を切り捨てていたのだ。
崩れ落ちる天井。焼き尽くされる皮膚。絶望の底で、幼いルクレツィアは誓ったのだ。
(誰も信じない……。「光」も、「正義」も、「仲間」も……すべて嘘だった!)
(奪われる側にいるから苦しいの。……なら、私が奪う側になってやる! この世界の実権を、金も、権力も、人も……すべて私の足元に跪かせてやる!!)
幼きルクレツィアは己の髪を焼き切り、死体から拾ったナイフ一つで火の海を脱出した。
それからというもの、二十年間。裏社会の泥を舐め、男たちを惑わし、裏切り、殺し合いを勝ち抜いて、彼女は「王都の闇の支配者」へと登り詰めた。
彼女にとって、世界は「奪うか、奪われるか」の二択にしかなかった。
だからこそ――
かつて仲間に裏切られながら、なおもシェラやシルフィアといった「仲間」を、ただ自分の尊厳を取り戻すために戦うレオンの姿が、ルクレツィアには許せなかったのだ。
(絆? 信頼? ふざけないでよ……! そんな温いもので生き残れるほど、この世界は優しくないのよ!!)
──キィン
ルクレツィアの二条の短剣が、凄まじい速度でレオンに襲いかかる。
暗器、毒針、隠し刃――あらゆる裏社会の殺術を組み合わせた狂乱の連撃。
「死になさい、レオン! 君のその清々しい復讐心ごと、私の闇の中に飲み込んであげる!!」
ルクレツィアが叫ぶ。
その顔には、かつて王都で見せていた余裕ある笑みはなく、泥塗れの少女のように必死で刃を振るう一人の少女の顔があった。
レオンはルクレツィアの猛攻を、静かに受け止め続けた。彼女の刃に乗った「絶望」の重さを、レオンは誰よりも理解できたからだ。
「……そうか」
レオンは低く呟いた。
「お前も……世界に裏切られ、すべてを奪われた口か」
「……何を知ったような顔をしているのよッ!?」
ルクレツィアが目を怒らせ、至近距離から毒針を放つ。だが、その毒針はレオンの肌に触れる手前で、黒い魔術の壁によって静かに叩き落とされた。
レオンは一歩踏み込み、ルクレツィアの短剣を力任せに弾き飛ばした。
「なっ……!?」
丸腰になったルクレツィアの首元に、レオンの『黒蝕』の漆黒の刃がピタリと突きつけられる。勝負は、ついた。
「は……はは……」
ルクレツィアは髪を乱したまま、力なく笑った。首元に突きつけられた黒い刃。触れるだけで肉体を腐死させる恐怖の力。
それでも、ルクレツィアの瞳に死への恐怖はなかった。
「殺しなさいよ、レオン。……勝者が敗者を奪う。それがこの世界のルールでしょう?」
ルクレツィアは胸を張り、毅然とレオンを見つめた。彼女は自分の生きてきた「泥のルール」に従い、敗北を受け入れようとしていた。
だが――
レオンは静かに刃を引いた。
「……殺さない」
「え……?」
ルクレツィアが目を見開く。
「なぜ……? 私は君をハメたのよ!? 君の計画を狂わせ、君の力を奪おうとしたのよ!? なぜ殺さないの!?」
「お前はシディスやエリスとは違う」
レオンは冷ややかに、だがどこか確かな意志を込めて言った。
「お前は己の欲望と生き残りのために動いた。他人の功績を盗み、笑いながら人を踏みみにじるような人ではない。お前にはお前の……譲れない矜持があったはずだ」
「矜持……? 私にあるわけないでしょう、そんなもの……!」
「あるさ」
レオンは背を向けた。
「ルクレツィア。お前が奪う側でしか生きられないなら……俺を利用し続ければいい」
「……え?」
「お前の裏社会の情報網と資金力は、俺の復讐にまだ必要だ。そして俺の『力』は、お前が王都の腐敗した奴らを叩き潰すための武器になる。……ビジネスパートナーとして、もう一度俺と取引しろ」
ルクレツィアは息を飲んだ。
裏切り、陥れようとした自分に対して、殺すでもなく、屈服させるでもなく――「対等な悪友《パートナー》」として手を差し伸べている。
(この男は……バカなの? それとも……)
ふと、ルクレツィアの胸の奥で、二十年前に凍りついたはずの「何か」が、微かに熱を持った。
「……ふふ」
ルクレツィアは乱れた髪をかき上げ、いつもの妖艶で美しい笑みを取り戻した。
「本当に……甘い男ね、レオン。……後悔しても知らないわよ? 私は隙があれば、いつでも君の首を狙うわ」
「やってみろ。返り討ちにしてやる」
◇◆◇
「ちょっとレオン! こんな化け狐許しておいていいの!?」
「レオン様がお決めになったことなら……ですが、ルクレツィア殿、次はありませんからね!」
シェラが不満そうに叫び、それをシルフィアが剣を鞘に納めながら牽制する。
「ふふ、可愛いお護衛様たちね」
ルクレツィアは余裕の笑みを浮かべた。
――その時だった。
忘れ去られていた暴走シディスが、再び立ち上がった。体内のポーションと偽結晶の毒が限界を迎え、全身から不気味な黒紫色の発光が溢れ出している。
「あ……あああ……助けて……助けてぇぇぇっ!!」
崩落した酒場の隅で、エリスが腰を抜かしたまま泣き叫んでいた。レオンは冷たい瞳でシディスを見据え、右手に圧倒的な『黒蝕』の魔力を収束させた。
「ルクレツィア。……お前が狂わせた舞台だ。幕引きは俺たちがやるぞ」
「ええ、ありがとう……」
ルクレツィアは新たな暗器を手に取り、レオンの隣に並び立った。ルクレツィアの思惑と過去を経て、レオンの陣営はさらに強固で危険なものへと進化を遂げた。