俺の弟子が俺の彼女を寝取った挙句、俺の尊厳破壊してくるんですが……?復讐するけど大丈夫?〜黒蝕を纏いし英雄は復讐の果てに何を見る〜 作:αβ-アルファベータ-
第11話 厄介な依頼
「――お願いだから思い直してくれ! 頼む、もう一度だけチャンスを……!」
「お断りだッ!! 自分のポケットに入れていた大事な先祖代々の守り紐が、なぜかあの姫様のポケットから出てきたんだぞ!? これ以上あのお嬢様の護衛なんてやってられるか! 命がいくつあっても足りん!!」
「待ってくれ! ルイザミーネ様は悪気があって盗んでいるわけではないんだ! ただちょっと……極度にお手癖がよろしくないだけで――」
「それを世間では盗癖って言うんだよッ!!」
王都騎士団本部の応接室に、男たちの悲痛な怒号が響き渡っていた。高級な白銀の鎧を纏ったベテランのS級護衛騎士が、召抱えの契約書をテーブルに叩きつけ、怒り心頭で部屋を飛び出していく。
「あぁ……また……」
部屋の隅で、白銀の鎧を纏った美しい騎士――シルフィア・フォン・ローゼンベルクは、頭を抱えて深々とため息をついた。
これで今月に入って六人目だった。
王国でも指折りの大貴族、グランヴェル公爵家の令嬢――ルイザミーネ・フォン・グランヴェル。
容姿端麗、成績優秀、明るくはつらつとした美少女……とまでは完璧なのだが、彼女には致命的すぎる欠陥があった。
『気になったものを無意識にスってしまう、異常な手癖の悪さ』である。
「シルフィア副団長……どういたしましょう。グランヴェル公爵からは『娘に冒険者ごっこを諦めさせるか、信頼できる護衛をつけて大人しくさせてくれ』と強く念を押されておりますのに……」
部下の騎士が青ざめた顔で報告してくる。
「もう王立騎士団の中には、ルイザミーネ様の護衛を引き受ける者が一人もおりません。先日も優秀な隊長が、彼女に大事な『妻の写真入りのペンダント』をスられ、危うく離婚の危機に瀕したばかりです……」
「うぐっ……」
シルフィアは胃のあたりを押さえた。
ルイザミーネは悪意があって盗むわけではないのだ。「わぁ、素敵な細工ね!」と興味を持った瞬間に、天性のスリの手口で無意識に相手のポケットや懐から掠め取ってしまうのである。
しかも、運動神経と素早さだけは無駄に超一流なため、周りの大人たちも防ぎようがないのだ。
「弱ったわ……。あの突き抜けたお転婆娘を抑え込めて、手癖の悪さにも動じない、絶対的な実力を持った者など……」
そこまで言いかけて、シルフィアの碧眼がふっと輝いた。
「そうだ……! あの方なら……! あの方ならどんな手品のようなスリも完璧に見切り、ルイザミーネ様を正しく導いてくださるかもしれない……!」
シルフィアの頭の中に浮かんだのは、冷徹で圧倒的な実力を誇る元・師匠――レオン・ヴァルハイトの姿だった。
◇◆◇
一方、その頃。
王都の喧騒から少し離れた、静かな高級住宅街に佇む一軒の屋敷。シディスたちの没落と、ヴァルター副ギルド長の公金横領の発覚を受け、王国最高幹部と冒険者ギルド本部からレオンへ『名誉の完全回復』と『
さらに、レオンの隣に立つ銀髪の少女――シェラに対しては、ギルド創設以来初となる『大魔女シェラの活動特例許可証』が発行されたのだ。
「……ん」
朝の柔らかい光が差し込む寝室で、レオンとシェラは目を覚ました。
かつて地下迷宮や寒空の下で泥を舐めていた頃の感覚が嘘のように、温かく清潔なベッドの感覚が全身を包み込む。そして――胸元に感じる、どっしりとした妙な重み。
「……シェラ」
レオンが低く呟くと、彼の胸の上に顔をうずめてスヤスヤと眠っていた銀髪の少女が、うっすらと紫の瞳を開けた。
「……んぅ……おはよう、レオン」
シェラは小さな欠伸をすると、猫のようにレオンの胸に顔をすり寄せた。
「おい、シェラ。自分の部屋があるだろう。なぜ毎朝俺のベッドに入り込んでいるんだ」
「いいじゃない。私は君の『絶対の相棒』よ? 相棒が隣で寝ていて何が悪いのよ。……それに、君の身体の『黒蝕』の毒の侵食を抑えるためには、こうしてスキンシップをとって私の魔力を微量に流し込むのが一番効率的で安全なのよ」
「恐らく、最後のは後付けの理由だろう」
「ふふ、バレたかしら?」
シェラは悪びれもせず、悪戯っぽく微笑んだ。もはや二人の関係は、地獄を共に潜り抜けてきた「唯一無二の魂の番い」に近かった。レオンにとってシェラは命の救世主であり、シェラにとってレオンは数百年ぶりに退屈な世界で見つけた唯一の「光」だった。
レオンがベッドから起き上がると、部屋の扉がノックされ、エプロン姿のギルド受付嬢――クララが入ってきた。
「レオンさん、シェラちゃん、おはようございます! 朝食のご用意ができましたよ!」
「クララ。いつもすまないな、朝早くから」
「いいえ! 今までレオンさんに助けていただいたことに比べたら、これくらいなんてことありません!」
クララは嬉しそうに微笑んでみせた。
彼女はギルドの仕事の合間に、レオンたちの新拠点の家事の手伝いとして通ってくれていた。かつてシディスたちに理不尽に虐げられていたレオンが、こうして静かな日常を取り戻せたことが、クララにとっては心から嬉しかったのだ。
一階の食堂へ下りると、香ばしい焼き立てのパンと、温かいスープの香りが漂っていた。
「あらぁ、遅いお起きね、レオン。昨晩はシェラちゃんとお盛んだったのかしら?」
食卓の特等席で、朝から優雅にワイングラスを傾けていたのは、王都の闇市を仕切る女商人――ルクレツィアだった。
「ルクレツィア……なぜお前が当然のように俺の家の食卓にいる」
レオンが呆れ顔で椅子に腰かける。
「ひどい言い草ねぇ。私が王国の裏ルートに手を回して、君とシェラちゃんの『特例許可証』を最速で発行させてあげたのよ? これくらいの権利、当然でしょう?」
「ふん、単に我が物顔で居座りたいだけでしょ、この化け狐」
シェラがスープをスプーンですくいながら、不機嫌そうにルクレツィアを睨みつける。
「あら、シェラちゃん。私を追い出したいなら、もっと大人な魅力を身につけてからにしなさいな」
「なんだと……?」
ルクレツィアが豊満な胸元を強調するように肩をすくめると、シェラは無言で黒い小さな魔術陣を展開しかけ、クララが「二人とも、朝食中ですよ!」と慌てて仲裁に入った。
団欒というには少し殺伐としているが、かつて憎悪だけで塗り固められていたレオンの心にとって、この賑やかで不器用な食卓は、確かな「平穏」そのものだった。
「……ふぅ」
レオンは温かいスープを口に運び、静かに息を吐いた。シディスとエリスを破滅させ、復讐の幕は下りた。
だが、右腕に刻まれた『黒蝕の力』が消えたわけではない。そして、ルクレツィアから聞いた「王国の奥底に蠢く影」の存在も気にかかっていた。
(束の間の平穏……か。いつまで続くかは分からんがな)
レオンがそう思った、まさにその時であった。屋敷の玄関の扉が、叩き割らんばかりの勢いで開け放たれたのだ。
「レオン様っ!! 助けてくださいっ!!」
息を切らし、走り込んできたのは――あの王国騎士団副団長、シルフィアだった。
「シルフィア……? 朝からどうした」
レオンが驚いて立ち上がると、シルフィアはレオンの前にバッと膝をつき、必死の形相で頭を下げた。
「お願いです、レオン様! ある『要人の娘様』の護衛クエストを……どうか受けていただきたいのです!」
「要人の娘……?」
「はい……! グランヴェル公爵家のご令嬢、ルイザミーネ様です! 彼女は冒険者に強い憧れを抱いており、実力もそこそこあるのですが……とにかくお手癖が悪く、騎士団の優秀な護衛たちが全員、精神を病んで辞辞退してしまったのです!」
シルフィアは涙目になりながら、自らの腰元を指差しした。
「ほら見てください! 今朝、私が公爵邸に迎えに行った際も……気づけば私の宝剣の『柄頭の装飾』が綺麗にスられていたのです! 私ですら、いつスられたのか全く気づきませんでした……っ!」
「……」
食卓に、重苦しい静寂が流れた。
「手癖の悪い公爵令嬢の家庭教師兼お守り……ねぇ」
ルクレツィアがおかしそうにクスリと笑う。
「断りなさいよレオン。そんな面倒くさそうなガキの相手なんて、私たちがする理由がないわ」
シェラが興味なさそうにパンを齧る。レオンもまた、眉をひそめて首を横に振ろうとした。
「断る。俺は特別冒険者として復帰したばかりだ。お守りごっこに付き合っている暇は――」
「報酬は、グランヴェル公爵家が所有する古代遺跡の『魔導古文書』と、白金貨百枚です!!」
シルフィアが叫んだ。
『魔導古文書』――その響きに、シェラとレオンの動きが同時に止まった。レオンの体内の『黒蝕の力』の反動を完全に抑え込む解呪の手がかり、あるいはシェラの失われた古代魔術の知見が載っている可能性が高い、極めて貴重な文献だ。
「……シェラ」
「……話を聞こうじゃない」
二人の前言撤回に、ルクレツィアは「現金ねぇ」と肩を揺らして笑った。こうして、復讐を終えたレオンとシェラのもとに、新たなる『厄介な依頼』が舞い込んできたのだった。