俺の弟子が俺の彼女を寝取った挙句、俺の尊厳破壊してくるんですが……?復讐するけど大丈夫?〜黒蝕を纏いし英雄は復讐の果てに何を見る〜   作:αβ-アルファベータ-

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第6話 動き出す王都

 

 洞窟内に満ちていた重苦しい毒気は、レオンとシェラが放つ圧倒的な『黒蝕』の気配によって塗り替えられていた。

 

「ひ…………!?」

 

 地面にへたり込んだエリスは、ガタガタと歯の根を鳴らしながら後退りしていた。

 

 かつて「落ちぶれた男」と見下し、冷たく捨て去ったレオン。その目の前で腕を黒く光らせ、黒竜の巨躯すら腐敗させて倒した男から溢れ出る殺気は、もはや人間のそれではない。

 

「な……なんだよそれ……なんだよその力はぁぁぁっ!!」

 

 狂乱したシディスが、ポーションの毒で血走った目をカッと見開き、残された左腕で愛剣を手に取り振り回した。

 

「お前はただの出来損ないだろ!? 魔力回路が壊れた欠陥品だろ!? なんでそんな力を……なんで僕より強いんだよぉぉぉっ!!」

 

 シディスは叫びながら、地を蹴った。

 

 死への恐怖と激怒に駆動された突進。なりふり構わない一撃が、レオンの喉元へと迫る。だが――覚醒したレオンにとって、その動きはあまりにも遅く、隙だらけだった。

 

「――浅い」

 

 レオンは左腕で疲弊したシェラを抱きかかえたまま、半身を引いて刃をすれすれでかわした。

 

 そして、すれ違いざまに『黒蝕』の魔力を纏わせた右拳を、シディスの右肩へ、正確に叩き込んだ。

 

「……あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??!?」

 

 絶叫が洞窟内に轟いた。

 

 レオンの拳から極小の『黒蝕の毒』が、シディスの体内で猛威を振るっていた『狂戦士の血(過剰強化ポーション)』の成分と反応を起こし、爆発的な化学反応を引き起こしたのだ。

 

 ミチミチミチッ、と不吉な肉の破壊音が響く。シディスの右腕の皮膚が紫から黒へと変色し、内部の魔力回路が目に見える形で自壊していく。

 

「腕が……僕の右腕がぁぁぁっ…… 熱い! 焼ける! 痛い痛い痛いっ!!」

 

 シディスは剣を放り出し、床をのたうち回った。右腕の肉は腐り落ちこそしないものの、魔力を流す導線としての機能は完璧に永遠に失われた。

 

 二度と右腕で剣を握ることも、高度な魔術を扱うことも不可能な状態へと「解体」されたのだ。

 

「シディス!?」

 

 エリスが悲鳴を上げ、這い寄ろうとする。

 

 だが、レオンが一歩踏み出すと、その圧倒的な威圧感に射すくめられ、エリスはその場に竦んだ。

 

 レオンはのたうち回るシディスの頭元まで歩み寄ると、冷たい眼光で見下ろした。

 

「……終わりだ、シディス」

 

「ひ……あ……師匠……! 助けて……助けてください!!」

 

(──今更、師匠呼びするとは……情けない)

 

 シディスは血と汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、泥のついた靴を舐めんばかりの勢いで額を床に擦り付けた。

 

「悪かった! 僕が悪かった! エリスにそそのかされたんだ! 論文の盗用も、ギルドへの告発も、全部僕が愚かだったからだ! 命だけは……命だけは助けてください師匠ぉぉぉっ!!」

 

 かつての爽やかな天才の面影は微塵もなかった。あるのは、死を恐れて見苦しく言い訳を重ねる、惨めな男の姿だけ。

 

 エリスは目を見開いた。

 

「シディス……? 私にそそのかされたって……何言ってるのよあなた!?」

 

「黙れこの女! お前がレオン師匠を見捨てて僕に乗り換えてきたんだろうが!!」

 

 醜く擦り付け合う二人。

 

 レオンはその光景を、心底汚いものを見るような目で見つめていた。

 

(ここでこいつらを殺すのは簡単だ。……だが、それじゃあ面白くない)

 

 一瞬で命を奪ってしまえば、それまでの苦しみは終わってしまう。

 

 彼らが求めた「名誉」「地位」「財産」「羨望」……それらすべてを、王都の大衆の前でひとつずつ剥ぎ取り、地獄の底で絶望させなければ、俺の尊厳は戻らない。

 

 レオンは冷たく言い放った。

 

「安心しろ、シディス。……()()()お前たちを殺さない」

 

「……? 本当ですか……!? 感謝します師匠――」

 

「だが」

 

 レオンはシディスの頭を踏みつけ、言葉を遮った。

 

「お前の右腕には、俺の『黒蝕の呪い』を深く刻んだ。お前がどんな治癒魔法を使おうと、どんな高級ポーションを飲もうと、二度と右腕でまともに魔力を練ることはできない」

 

「え……っ!?」

 

「そしてエリス」

 

 レオンは冷ややかな視線を、震えるエリスへ向けた。

 

「お前が求めた『Sランク冒険者の妻』という未来……せいぜいその手で掴み続けてみろ。右腕を失い、ポーション中毒で落ちぶれていくシディスを、最後まで支えて見せろ」

 

「そ、そんな……! そんなの……っ!」

 

 エリスの顔から血の気が引いていく。

 

 右腕が使えず、精神的にも壊れかけたシディス。そんな男の世話をしながら質素な生活に耐えるなど、彼女にとって死以上の苦痛だった。

 

「行こう、シェラ」

 

「ええ、……素敵なお仕置きね、レオン」

 

 レオンは抱えていたシェラを腕の中に抱き直し、そのまま暗闇の奥へと歩き出した。

 

 二人の背後からは、右腕の激痛に狂叫するシディスの叫び声と、呆然と佇むエリスのすすり泣く声が、いつまでも洞窟内に響き渡っていた。

 

 

────────────────────

 ──────────────────

 

 数日後――王都冒険者ギルド。

 

『最年少Sランク・シディス、黒竜の巣穴攻略に失敗! 右腕に重傷を負い帰還!』

 

その報せは、瞬く間に王都中を駆け巡った。

 

 ギルドの1階ホールは、荒れる冒険者たちや噂好きの市民たちで騒然としていた。

 

「おいおい、聞いたか? あのシディスがソロ攻略に失敗したらしいぞ」

 

「でも保険でヒーラーつけてたはずじゃ?」

 

「それだけじゃないぜ。黒竜は討伐されてたらしいが、シディスの右腕はボロボロで、二度と剣が握れないらしいって話だ」

 

「やっぱり、あのパーティーでの事故も実力不足だったんじゃないか? 元師匠の論文をパクったって噂も、あながち嘘じゃなさそうだな……」

 

 かつてシディスを「英雄」と持てはやしていた大衆は、掌を返したように冷ややかな視線を送っていた。

 

 そんなホールの一角、受付カウンターの裏側で、一人の女性が複雑な表情で書類を整理していた。

 

 冒険者ギルドの若手受付嬢――クララだ。

 

 彼女は、真面目で世話焼きだったかつてのレオンに何度も救われた経験があった。新人の頃、危険な依頼の書類作成ミスを庇ってくれたのも、怪我をした時に親身になってアドバイスをくれたのもレオンだった。

 

(レオンさんが……弟子への嫉妬で論文を盗用したなんて、私、どうしても信じられなかった……。でも、シディス様のあの右腕の傷……なんだか変だわ。まるで……)

 

「――何を見つめているんだい、クララちゃん?」

 

 不意に背後から声をかけられ、クララは肩を跳ねさせた。振り返ると、そこにいたのは背丈ほどもある大剣を背負った、筋骨隆々の男だった。

 

 王都のAランク冒険者――アルド。

 

 実力主義者で一本気な性格の彼は、急激に頭角を現したシディスを以前から胡散臭そうに見ていた一人だった。

 

「あ、アルドさん……。いえ、シディス様の怪我の報告書を見ていて……」

 

「フン、あの坊確か。イキってソロで『黒竜の巣穴』に潜り込んで、返り討ちか。情けないぜ」

 

 アルドは腕を組み、鼻で笑った。

 

「だがな……妙なんだよ。俺も黒竜の巣穴の入り口近くまで調査に行ったんだが……あそこの魔物の死体、全部『内側から腐ったように』死んでやがった。剣の傷じゃねえ。……あれは、普通の魔法とも違う『異質な力』だ」

 

「異質な力……ですか?」

 

「ああ。シディスの右腕の崩壊もそうだ。ありゃあただの怪我じゃねえ。……王都の裏で、何かが動き始めてる気がするぜ。……たとえば、追放された『あいつ』の影とかな」

 

「………」

 

 アルドの鋭い眼光に、クララはゴクリと生唾を呑み込んだ。

 

「レオンさん……ですか?」

 

「さあな。だが、もしレオンが生きていて、あのイカサマ坊主に復讐しようとしてるなら……俺は拍手を送ってやりたいね」

 

 アルドは不敵に笑うと、背を向けて立ち去っていった。

 

(レオンさん……貴方は今、どこで何をしているんですか……?)

 

 クララは胸の前で手を握り締め、誰もいない暗がりを見つめた。

 

 

◇◆◇

 

 その頃、王都の地下街――日光の届かない「裏社会」の高級会員制サロン。

 

 赤ワインが注がれたグラスを傾けながら、一人の女が優雅にソファーに腰掛けていた。

 

 紫色の妖艶なドレスを纏い、豊満な胸元を惜しげもなく晒した美女。王都の闇市と情報網を牛耳る女商人――ルクレツィアだ。

 

「ふふふ……面白いわね。Sランクの坊やが右腕を潰され、王都での信用は地に落ちた。……仕掛けたのは、君かしら?」

 

 ルクレツィアの視線の先。

 

 部屋の影から、黒いローブを羽織ったレオンが静かに歩み出た。その横には、果物を頬張っているシェラの姿もある。

 

「挨拶が遅れたな、ルクレツィア。裏社会の顔役に会うのは骨が折れる」

 

「あら、レオン・ヴァルハイト……いいえ、今の君はもっと危険で魅惑的な『何か』ね」

 

 ルクレツィアは舐めるように、レオンを上から下まで品定めするように見つめた。

 

「君が求めているものは分かっているわ。シディスとエリス……あの二人を『物理的』に殺すのではなく、社会的・金銭的に首を絞めて殺したいのでしょう?」

 

「話が早くて助かる」

 

 レオンは冷たい笑みを浮かべ、ルクレツィアの前のテーブルに、漆黒の魔力が籠もった小さな結晶石を置いた。

 

「それは……?」

 

「古代遺跡から発掘した『魔力増幅結晶』の模造品だ。俺の『黒蝕』の力で精巧に作ったものだが、表の鑑定士には本物に見える。これをシディスに買わせたい」

 

 ルクレツィアは結晶石を手に取り、その妖しい輝きに目を細めた。

 

「なるほどね……。右腕を失って焦っているシディスは、手っ取り早く魔力を補うために飛びつくでしょうね。……でも、これを使うとどうなるの?」

 

「一時的に右腕の痛みが消え、強大な魔力を得たように錯覚する。だが……一週間後、体内の魔力回路が完全にショートし、巨額の借金だけが残る仕組みだ」

 

「まあ……なんて悪魔的な発想なのかしら!」

 

 ルクレツィアは心底楽しそうに声を上げて笑った。

 

「気に入ったわ、レオン! 私、そういうプライドの高い愚か者が絶望して転落していく姿が大好きなの! この取引、喜んで乗るわ。シディスに破滅の融資を持ちかけるルートは、こちらで完璧に手配してあげる」

 

「頼む」

 

「その代わり……復讐が終わったら、君のその『黒蝕』の力、私にも少しだけ利用させてちょうだいね?」

 

 ルクレツィアが妖艶にウィンクする。

 

 レオンは短く「考えおこう」とだけ答え、シェラと共にサロンをあとにした。

 

 表の世界では、ギルド受付嬢クララやAランク冒険者アルドが、シディスの化けの皮に疑問を持ち始めている。

 

 裏の世界では、女商人ルクレツィアの手によって、シディスとエリスを破産へと追い込む金銭的罠が仕掛けられた。

 

 右腕を痛めつけられ、焦りに焦るシディス。そして、金と地位を失いかけるシディスに見切りをつけ、別の男へと乗り換えようと暗躍し始めるエリス。

 

 レオンが仕掛けた「蜘蛛の巣」に、二人は確実に絡め取られていた。

 

「ふふ、楽しくなってきたわね」

 

 王都の夜風を浴びながら、シェラがレオンの手に自分の小さな手を重ねた。

 

「ああ……。あいつらが必死にしがみつくその『栄光』を、根底から腐らせてやる」

 

 

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