動画配信サイト――『Dream Vision』
利用者の間での、通称は『ユメミ』
宇宙を包括する巨大ネットワークによって構成された動画投稿サイト。
自身を見世物にする者、仮想アバターでチップを強請るアイドル、宇宙侵略を実演する宇宙人、かわいいペットの様子など、多種多様で雑多な世界から毎秒のように動画や配信が投稿されている。
そんな中で、理由も意図も一切不明な異色のアカウントが存在していた。
世界各地の冒険者や旅人の様子を隠し撮りし、その映像をただ垂れ流すだけの配信。
配信される対象や投稿日の規則性は存在せず、すべてがランダム。
承認欲求ゼロではあるが、人を惹きつけてやまないアカウント『Unknown』の配信には多数のユーザーからのコメントが付き、『Dream Vision』内での一大コンテンツと化していた。
そして今、『お菓子のダンジョンを攻略する二人組』というタイトルの配信が投稿され、リアルタイムで映像が流れていた。
地下通路を下りてダンジョンへと辿り着いた二人は、色とりどりのマカロンが敷き詰められた壁の前で立ち往生していた。
【マジでお菓子じゃん】
【入口ないけど、どうすんの?】
【また変なの見つけてきたなUnknownくん】
【バズレアちゃんの配信から】
【金髪の子すき】
【俺は黒髪ちゃんの方がいいな】
【1コメ】
【遅すぎて草】
【今日のウンコ】
Unknownの配信に、次々とコメントが流れていく。
もちろん、それらの言葉が芽やリセに届くことはない。
二人は、自分たちが誰かに見られていることすら知らなかった。
「入口がないんじゃ、しょうがないか……。メっちゃん、ちょっと下がってて」
「……?」
言われた通りに一歩下がった芽を確認すると、リセは一番手近のマカロンの壁に手をかざす。
そのまま円を描くと同時に、淡い継ぎ目のような線が浮かび上がる。
見覚えのある不格好な亀裂。
白い空間を引き裂き、二人を繋いだ宇宙の裂け目だった。
「やっぱり本家みたいに綺麗にはいかないなぁ。でも、道はできた。行こう、メっちゃん!」
【は?】
【おい】
【ズルするな】
【入口作らなきゃだめとかダンジョンとして失格だろ……】
【いやおかしいって】
【超能力?】
【メっちゃんかわいい】
リセが当然のように壁抜けをしたことで、コメント欄はしばらく騒然としていた。
始まったばかりにもかかわらず、Unknownの配信には次々と視聴者が集まり、コメントの勢いも増していた。
「第一関門『きなこもちの山を食べ尽くせ』だって」
「きなこもち……」
煎餅色の扉の前には、つきたてのきなこもちが山のように積み上げられていた。
きなこの香ばしさと甘い香りが辺り一面に漂い、茶屋を思わせる装飾も相まって、ここがダンジョンであることを忘れてしまいそうだった。
【殺す気かwww】
【ジジババ死亡不可避】
【せめて飲み物くらい用意してあげなよ】
【メっちゃんかわいい】
用意された試練の内容にツッコミを入れるコメント欄。
それを無視するかのように、芽はきなこもちを口に運び、びよーんと伸ばしながら味わっていた。リセも「美味しいね」と笑いながら食べ始める。
【ただの飯テロ配信になってて草】
【なんか癒やされてきた】
【Unknown、お前こういうのが撮りたかったのか?】
【俺もきなこもち食べたくなってきた】
【メっちゃんかわいい】
【かわいいbot乙】
山のように積まれていたきなこもちは、ものの数分で跡形もなく消え去った。
試練の達成を告げるように、煎餅色の扉がひとりでに開いていく。
「第一関門クリア!」
「クリア……」
二人は顔を見合わせて頷き、そのまま次の階層へ足を踏み入れた。
長い石段を下りるたび、きなこの匂いは薄れていく。
代わりに鼻をくすぐったのは、果物を思わせる爽やかな香りだった。
気付けば和のテイストから離れ、辺り一面にカラフルなゼリーの湖が広がった。
「第二関門『落ちたら即、お菓子。決死のグミ渡り』だって」
「グミ……」
【『即、お菓子』じゃねーんだわ】
【メっちゃんがゼリーの海に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった】
【どう見てもひもQでダメだった】
【ひもQとか懐かしすぎる】
【掴まったら千切れそうwww】
輪っか状の取っ手が付いた細長いグミが、天井から何本もぶら下がっていた。
その下には、蛍光色のマーブル模様が広がるゼリーの湖。
「これ、落ちたらどうなるんだろ?」
リセは即席で作った裂け目から石ころを取り出し、湖にそっと投げ入れた。
本物の湖のように水が跳ねる音などはせず、ただゆっくりと石ころが沈んでいく。
沈む過程で、その石は瞬く間にゼリーの一部へと変換されていった。
【えっやばくね?】
【急に殺意出してくるじゃん】
【よし帰ろう!】
【メっちゃん逃げて】
【金髪ちゃん意外と賢いな】
「メっちゃん、あそこに落ちたらゼリーになっちゃうみたい。危ないからわたしの手を離さないでね」
「……わかった」
差し伸べられた手を取り、芽はリセに抱き寄せられる。
間近で感じるリセの体温に安らぎを感じて、芽は静かに体を預けていった。
【あらー】
【尊い】
【キマシ】
【冗談言ってる場合じゃないだろ】
【二人で掴まったらひもQ千切れない? 大丈夫?】
芽を抱えたリセが、ひもQと揶揄されたグミを伝って軽々と飛んでいく。
下に落ちれば、実質的な死が待っている。
しかし、芽は恐怖など微塵も感じていなかった。
目まぐるしく動く光景を興味深そうに、ただ、じっくりと観察していた。
「メっちゃん、もう少しでゴールだよ!」
リセが最後のグミに手を伸ばす。
だが、無慈悲にもその命綱は千切れ、二人は落下していく。
【うわあああああ】
【やばい】
【グロ注意】
【メっちゃん……】
【これ普通に死ぬやつでは?】
迫りくるゼリーの湖。
それを見ても、芽の表情は変わらなかった。
怖いとは思わない。
死ぬという意味も、まだ理解していない。
ただ――リセが困ることだけは、なぜか嫌だった。
漆黒の瞳から光が消え、ほんの一瞬だけ、濃く深い闇が芽の思考を支配した。
リセが緊急用の裂け目を作るため、落下方向に片手を伸ばす。
けれど、その必要はなかった。
落下していたはずの二人の身体は、いつの間にか干上がった洞窟の床へと転がっていた。
あれほどあった大量のゼリーは、もうどこにも存在していない。
二人が落下する直前、ゼリーの湖が音もなく左右に割れ――次の瞬間には、その存在ごと失われていた。
【えっ何が起きた?】
【金髪ちゃんじゃないよな?】
【メっちゃん凄ェ】
【ひもQ最低だな】
「ごめんねぇメっちゃん……怖かったよね?」
「別に」
やや強引に抱きかかえられながら、芽はリセに頭をわしゃわしゃと撫でられた。
どうにもくすぐったかったが、嫌な気持ちは感じられない。
ただ、胸の奥がざわつき、リセの顔を少しだけ直視できなくなっていた。
「……今の力、メっちゃんのだよね? ありがとう、助かっちゃった!」
「大したことはしてない」
「ううん、すごいよ。でも、こういう力は誰かを助けるときにだけ使ってね」
「……今みたいなとき?」
「うん。困ってる人を助けるときにね」
「わかった」
【感動した】
【泣ける】
【このダンジョン作った奴、性格悪すぎ】
【メっちゃんは神】
【金髪ちゃんの名前も教えてくれよ】
障害物のなくなった崖を上り、二人は次の階層へと足を運んだ。
「第二関門」
「クリア……」
「だね!」
洞窟を出た先の通路にはベルトコンベアが敷かれていた。
先ほど危険な目にあったばかりだというのに、警戒心の欠片もなく、二人は流れるコンベアに身を任せている。
【吞気すぎる】
【こいつらさぁ……】
【金髪の子、もうちょっと警戒しなよ】
【ゆるくて草】
【なんでちょっと観光気分なんだよw】
ベルトコンベアは、機械が立ち並ぶ一室の前で途切れていた。
部屋に入った二人が見たのはお菓子を生産する数々の機械。
色鮮やかな材料が管を流れ、見たこともない装置が絶えず動き続けている。
最奥には、場違いなほどの神聖さを醸し出す台座がぽつんと鎮座している。
その中央には、『押してください』と言わんばかりの赤いボタンが設置されていた。
「最終関門『お菓子の守護神を突破せよ』だって」
「お菓子……」
【ボス部屋じゃん】
【お菓子工場だったのか】
【押すなよ!】
【そのボタンは絶対に押すなよ!?】
【了解、ポチッ!】
【Unknownくんの本日の取れ高】
機械の駆動音が鳴り響く部屋で、二人は周囲を確認しながら、ゆっくりと台座に近づいていく。
「メっちゃん、ボタンがあるよ。押してみよーっと!」
芽の目の前で、リセが何も考えずにボタンを押していた。
まともな人間がいたら、間違いなく止めていたであろう。
だが、この場にそんなブレーキを踏んでくれる人間はいなかった。
次の瞬間、部屋全体が大きく揺れた。
最奥の鉄扉をこじ開けるように、巨大な影が姿を現す。
「っわぁ、なんか出たー!」
「……きなこもち」
最初に姿を現したのは、巨大なきなこもちで形作られた頭部だった。
その表面には香ばしいきなこが雪のようにまぶされ、二つの金平糖が赤い瞳のように輝いている。しかし、それは巨体を構成する頭にすぎず、扉が完全に開かれると板チョコレートの胴体が露になった。
【ボタン押すの早すぎだろ】
【本当にボスきちゃったじゃん】
【情報量多すぎるw】
【肩にマカロン付いてますよ】
【指ポッキーで草】
【バウムクーヘンの腕の可動域がゴミすぎる】
ビスケットとクッキーを幾重にも積み重ねた足が一歩踏み出す。
ザクンッ――ザクンッ――。
到底、焼き菓子とは思えない重低音が工場全体を震わせた。
まさに、お菓子の守護神と呼んでも申し分のない存在が、そこにあった。
「すごいの出てきちゃったね。メっちゃんは下がってて!」
「……」
芽はリセの言葉に従って後ろに下がり、お菓子の巨人を見上げる。
漆黒の瞳に映ったのは、巨人の前へ躍り出たリセの姿だった。
「こっちおいで!」
リセは軽やかな動きで巨人を翻弄し、その視線を自分へと引きつけていく。
振り下ろされた拳が床を打ち砕き、菓子の欠片が飛び散った。
「あ、これ美味し」
リセは時折、散らばった菓子をつまみながら、巨人の出方をうかがっている。
【金髪ちゃんいいぞ】
【食べるなwww】
【ボス戦中だぞ】
【お菓子で回復すなー!】
「メっちゃん、これあげる!」
リセから放り投げられた何かを、芽は両手で包み込むようにキャッチした。
それは、お菓子の巨人の腕の欠片。
手のひらに収まる、小さいバウムクーヘンだった。
【いつの間にもいだの?】
【ちゃんと戦え】
【メっちゃんに変な物あげんな】
リセのちょこまかとした動きに痺れを切らしたのか、巨人は拳を振り回すのを止めた。
だがそれは攻撃を諦めたのではない。
侵入者を確実に排除するための、最終防衛手段を実行したのだ。
板チョコの胴体に刻まれた筋が赤熱し始めた。
「あ、ヤバ……!」
――まもなく、爆発します。十秒前、九、八……
巨人の意図に気付いたリセは、慌てて裂け目を描こうとする。
ところが、目の前に現れた芽の登場に驚き、半端な繋ぎ目が出来てしまう。
「メっちゃん!」
焦るリセを横目に、芽が巨人に向かって両手をかざす。
左手首の甲は自身に向き、右手首の甲は巨人を向いている。
親指と人差し指をくっ付け合って出来た隙間に、巨人をカメラのフレームのように収め、冷たい声で呟いた。
「芽吹け」
たった一言。
それだけで、お菓子の巨人のすべてが瓦解した。
巨人の身体を構成していた板チョコが、バウムクーヘンが、マカロンが、きなこもちが――まるで存在を忘れられたかのように、ゆっくりと薄れていった。
何かが終わった、そう表現しざるを得ない現象だった。
【え何今の?】
【メっちゃん凄ェェェェ!】
【『†芽吹け†』】
【かっこよすぎ】
【こんなの僕にデータにないぞ!】
【あってたまるか、データキャラやめちまえ】
【これ大丈夫か、BANされないよね?】
芽は駆け寄ってきたリセに抱き抱えられる。
嫌な気持ちはまったくないが、やはりどうにも慣れることはできなかった。
「メっちゃーん! もう心配したよぉ」
「……困ってる人は助ける」
「うん。また、助けられちゃったね」
――おめでとうございます。見事、最終関門をクリアした方に幻のお菓子をプレゼントします。
その声と同時にUnknownの配信が終わり、画面には「本日の配信は終了しました」とだけ表示されていた。
◇◇◇
「リーダー大変、これ見て!」
「どうしたバズレア。また変な動画でも見せる気じゃないだろうな」
バズレアと呼ばれた少女が、壮年の男のデスクの前で電子端末を広げている。
そのディスプレイには、『お菓子のダンジョンを攻略する二人組』というタイトルの動画が映っていた。
「違うっての! 今日のウンコの配信のここ!」
「あまり下品な言葉は使わんほうがいいぞ」
「だーっ、いいから見て!」
バズレアは壮年の男の前にディスプレイを突きつけ、芽がお菓子の巨人を消滅させるシーンを再生して見せた。
芽の力を見た途端、壮年の男の顔つきが変わる。
「失われた権能……滅びの芽」
「やっぱり、そうなんだ」
先ほどまでの呆れた様子はなく、真剣な眼差しがバズレアを見据えた。
「他の十翼への共有は?」
「知ってるのはウチとリーダーだけ」
「なら都合がいい。真意はこちらで確かめる」
「ちょっとリーダー!?」
白い軍服を羽織り、部屋を出ていく壮年の男。
狐耳の付いたパーカー姿の少女が、その後を慌てて追いかけていく。
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