滅びの芽   作:ひみっち

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第3話「四度目の青」

 

 お菓子のダンジョンの最奥、その更に向こうには隠し部屋があった。

 お菓子の巨人が設置されていたであろうスペースには、小さな宝箱がぽつんと置かれていた。

 

「これ幻のお菓子だよね、きっと!」

「幻のお菓子……」

 

 期待に満ちた二色の眼を輝かせ、リセは勢いよく宝箱を開けた。

 しかし、中にはメッセージカードが一枚。

 幻のお菓子は、影も形もなかった。

 

「『楽しんでいただけましたか。この経験こそがあなたの幻のお菓子です』……」

 

 メッセージカードを読み終えて、わなわなと震えるリセ。

 

「む、むかつくぅ~~!」

 

 ついにリセの堪忍袋の緒が切れた。

 ダンジョンに入ってからずっと笑っていた彼女が、初めて本気で怒った瞬間だった。

 

「……?」

 

 やり場のない怒りを吐露するリセを、芽は不思議そうに見つめていた。

 

「……クッキー」

「メっちゃん?」

 

 芽の言葉で冷静になったリセは、自身の掌に一枚のクッキーが乗せられていたことに気付く。

 

「え……メっちゃん、もしかして、わたしに?」

 

 それは、芽が一枚だけ懐に忍ばせておいた、お菓子の家で見つけたクッキーだった。

 何故それをリセの手に乗っけたのか。

 自分でも理解できていなかった。

 

「……ふふっ、あははは……もう、メっちゃんには敵わないなぁ」

 

 パキッ……と音を立てて半分に割れるクッキー。

 

「半分こ。一緒に食べよ?」

 

 もう半分のクッキーをリセから手渡され、芽はクッキーにかじりつく。

 機械の駆動音が鳴り響く中、最奥の空間は優しく穏やかな空気に包まれていた。

 

「お腹も膨れたし、他の世界に行こっか! メっちゃんはさ、どこか行きたい場所はある?」

「行きたい場所……」

 

 ずっと白い空間で過ごしてきた芽に与えられた、自由な選択。

 だが、外の世界を知らない芽にとって、行きたい場所などあるはずもなかった。

 

「わからない」

「そっかー。じゃあ、わたしが決めていい?」

 

 何も言わずに頷く芽。

 行きたい場所は分からないけれど、別の場所を見たくないわけではない。

 リセに付いていけば、新しい景色が見える。それだけは、確かだった。

 

「わたしね、友達を探してこうやって……色んな世界を旅してるんだ」

 

 リセが壁際に向かって大きな円を描くと、ジグザグ模様の亀裂が入り、別の景色が露になる。裂け目の内側からは、澄み渡った青空が映し出された。

 

「あー、また変な形になっちゃった! やっぱノゾミみたいにうまくいかないや……」

 

 漫画の吹き出しみたいになった壁穴を見ながら、リセは小さく笑う。

 けれど、その笑顔はどこか寂しげだった。

 

「友達……」

 

 その言葉が何を意味するのか、今の芽には見当もつかなかった。

 

「行こ、メっちゃん!」

 

 リセに手を引かれ、芽は裂け目の向こうへと踏み出していく。

 青色を見るのは、これが二度目だった。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 裂け目をくぐった二人は、雲一つない晴天の中、落下していた。

 その落下速度は非常に穏やか。

 奇妙なことに落ちている感覚はあるのに、自由に身体を動かせている。

 

「ほら見てメっちゃん! すごいよ、空なのに泳げる!」

「……泳ぐ?」

「あっそっかぁ。海にまだ入ったことないもんね」

 

 棒立ちで落ちている芽の手を引くと、リセは空の中をスイスイと泳いでみせた。

 その動きを真似るように、芽も身体を水平に傾ける。ぎこちなく手足を動かしているうちに、自然とリセの隣へと並んでいく。

 

「そうそう、そんな感じ! メっちゃん飲み込み早いね!」

「これが泳ぐ……」

「海だったら水の中で泳げるんだよ。今度一緒に行こうね!」

「海……」

 

 どこまでも続く青空の中、自由気ままに泳ぎ回る二人が捉えたのは、ちっぽけな緑の点だった。

 近づいていくにつれてその緑の点は輪郭を帯び、やがて大きな島になった。

 

 ――空に浮かぶ無人の島。

 緑豊かな大地の中央には荒々しい火山がそびえていた。渓谷から流れ落ちる滝は澄み切った水面へと注ぎ、草原には爽やかな風が吹き抜ける。森の木々には見たこともない果実がたわわに実っていた。

 人の手が入った形跡はどこにもない。

 まるで夢のような島だった。

 

「おっきな森、でっかい山、ひろい海!」

「……森」

 

 島に降り立ったリセは、目の前に広がる大自然に居ても立っても居られなくなっていた。辺りをくるくると駆け回りながら、気持ちよさそうに深呼吸する。

 一方、芽の視線は果実の実る森へと向いていた。ピンク色のみずみずしい果実が気になるようだった。

 

 まるで誰かに導かれるかのように、芽は森の奥へと足を踏み入れた。

 枝いっぱいに実った果実は、近くで見ると宝石のように透き通っている。歩み寄るほど、爽やかな甘い香りが鼻をくすぐった。

 

 芽が手を伸ばすと、果実はするりと枝から外れた。割ってみると中はほとんど空洞で、果肉は申し訳程度にしかない。

 その代わり、二つに割れた実の内側は、溢れんばかりの虹色に輝く液体で満ちていた。

 どうして零れないのだろうか。

 首を傾げながら果実を見ていると、後ろから聞き覚えのある声が勢いよく飛んできた。

 

「メっちゃーん!」

 

 リセが手を振りながらこちらへ駆けてくる。

 

「急にいなくなるからびっくりしたよ。心配したんだからね、もう」

 

 芽は割れた果実の片方を、そっとリセに差し出す。

 突然差し出された果実に、リセは目を丸くした。

 

「メっちゃん……なにこれ?」

「半分こ」

 

 芽の真意に気付いたリセは、思わず笑ってしまった。

 

「そうだね! 一緒に食べた方が楽しいよね……あれ? なんか中にジュースみたいなの入ってるね」

「ジュース……」

「うん。果物をグシャッて絞るとできる、甘いお水のこと! でも中に入ってるのは初めて見たかも」

「甘い?」

「うん、甘くて美味しいよきっと! さっそく飲も?」

 

 二人は顔を見合わせた後、ピンクの果物を杯のようにしてゆっくりと飲み始めた。

 例えようのない心地良さが、芽の身体の奥へ染み込んでいく。

 喉を通過するたび、辺りの景色がぼんやりと薄れていくように感じた。

 

「メっちゃん……だ……い……?」

 

 誰かの声を聞いた気がしたが、よく分からなかった。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 青色を見るのは、これが三度目だった。

 

「ほら見てメっちゃん! すごいよ、空なのに泳げる!」

「……泳ぐ」

「あっそっかぁ。海にまだ入ったことないもんね」

 

 リセは空の中をスイスイと泳いでみせた。

 芽も身体を水平に傾け、自然とリセの隣へと並んでいく。

 

「メっちゃん、泳ぐの上手。じゃあ、今度一緒に海へ行っても大丈夫だね!」

「海……」

 

 どこまでも続く青空を泳ぎ回る二人は、やがて大きな島に辿り着いた。

 

 ――空に浮かぶ無人の島。

 緑豊かな大地の中央には荒々しい火山がそびえていた。渓谷から流れ落ちる滝は澄み切った水面へと注ぎ、草原には爽やかな風が吹き抜ける。森の木々には見たこともない果実がたわわに実っていた。

 

「おっきな森、でっかい山、ひろい海!」

「森……!」

 

 島に降り立ったリセは、目の前に広がる大自然にはしゃいでいる。

 一方、芽の視線はピンクの果実が実る森へと向いていた。

 

 誘われるように、芽は森の奥へと進んでいく。

 そのピンクの果実には、何故だか見覚えがあった。

 

 芽が手を伸ばすと、果実はするりと枝から外れた。割ってみると中はほとんど空洞で、果肉は申し訳程度にしかない。

 その代わり、二つに割れた実の内側は、溢れんばかりの虹色に輝く液体で満ちていた。

 

(これを飲んではいけない)

 

 そんな考えが浮かんだ瞬間、後ろから聞き覚えのある声が勢いよく飛んできた。

 

「メっちゃーん!」

 

 リセが手を振りながらこちらへ駆けてくる。

 

「急にいなくなるからびっくりしたよ。心配したんだからね、もう」

 

 芽は割れた果実の片方を、そっとリセに差し出す。

 

(飲んじゃダメ)

 

 突然差し出された果実に、リセは目を丸くした。

 

「メっちゃん……なにこれ?」

「半分こ……?」

 

 芽の真意に気付いたリセは、思わず笑ってしまった。

 

(気付いて)

 

「そうだね! 一緒に食べた方が楽しいよね……あれ? なんか中にジュースみたいなの入ってるね」

「ジュース……」

「うん。果物をグシャッて絞るとできる、甘いお水のこと! でも中に入ってるのは初めて見たかも」

「甘い」

「うん、甘くて美味しいよきっと! さっそく飲も?」

 

 二人は顔を見合わせた後、ピンクの果物を杯のようにしてゆっくりと飲み始めた。

 例えようのない心地良さが、芽の身体の奥へ染み込んでいく。

 喉を通過するたび、辺りの景色がぼんやりと薄れていくように感じた。

 

「メっちゃん……だい……う……?」

 

 リセの声を聞いた気がしたが、何を言っているのかは分からなかった。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 青色を見るのは、これが四度目だった。

 もう驚きはない。

 空を泳ぐ感覚も、リセの声も、島の景色も。

 全部、知っている。

 

「ほら見てメっちゃん! すごいよ、空なのに泳げる!」

「……」

「あっそっかぁ。海にまだ入ったことないもんね」

 

 リセは空の中をスイスイと泳いでみせた。

 芽も慣れたように身体を水平に傾け、自然とリセの隣へと並んでいく。

 

「メっちゃん、泳ぐの上手。じゃあ、今度一緒に海へ行っても大丈夫だね!」

「……」

 

 どこまでも続く青空を泳ぎ回る二人は、やがて大きな島に辿り着いた。

 

 ――空に浮かぶ無人の島。

 それは人の手が入った形跡のない大自然が並ぶ、夢のような島だった。

 

「おっきな森、でっかい山、ひろい海!」

「……!」

 

 島に降り立ったリセは、目の前に広がる大自然にはしゃいでいる。

 一方、芽の視線はピンクの果実が実る森へと向いていた。

 

(行っちゃダメ)

 

 そう思っているのに、足は止まらなかった。

 無意識のまま、芽は森の奥へと進んでいく。

 目の前にはあのピンクの果実。何度も見た虹色の液体。甘くて、優しくて、リセと一緒に飲んだもの。

 何度だって飲んでいたい、禁断の一滴。

 けれど、一緒に飲みたい人は、ここにはいなかった。

 

「芽吹け」

 

 そう一言呟いた芽の景色は、霧が晴れるかのように鮮明になっていく。

 すべてが幻だと理解した芽は、静かに目を閉じた。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 目を覚ました時、芽の眼前にあったのは、心配そうに覗き込むリセの顔だった。

 

「メっちゃん……大丈夫?」

 

 夢の中で聞いた声は、どうやらリセのものだったらしい。

 まだ夢の中にいるのではないかと、リセに向かって「本物?」と問いかける芽。

 

「なにそれ、変なメっちゃん」

 

 その反応と笑顔を見て、芽はようやく安堵する。

 幻の中のリセは、絶対にそんな顔はしなかったから。

 

「そうだ、海! メっちゃん、あっちにちょうどいい海があるから、そこ行こ? 約束、したもんね」

「海……」

 

 ピンク色の果実の中は、もう空っぽになっていた。

 だけど、不思議と寂しくはなかった。

 あの心地よさはもう必要ない。

 だって今、目の前には本物のリセがいるのだから。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 植物が入り乱れる庭園で、緑色の三つ編みの少女が気持ちよさそうに眠っていた。

 その傍らには、いくつものピンク色の果実が転がっている。

 割れた果実からは、虹色の液体が静かに滴り落ちていた。

 

 突然、ピシッと渇いた音が反響した。

 

「ひゃあっっ、何ですか一体!」

「起きろ、大馬鹿者!」

「リーダー辛辣。おはよ、スローラちゃん」

 

 壮年の男とパーカー姿の少女が、スローラと呼ばれた少女を見下ろしている。

 スローラは、辺りに転がるピンクの果実を見て、青ざめた。

 

「もしかして、ずっと眠って……ました?」

「ああ。あと一日遅かったら、念願の永遠のスローライフを見ることが出来たかもしれんな」

「ウケる」

「笑い事じゃないですよバズレアちゃん! 確かに幸せでしたけど、こっちは死にかけたんですから!」

 

 スローラの抗議に聞く耳を持たぬまま、壮年の男は話を続ける。

 

「お前が使っている次元旅行車を貸してもらいたい。もちろん、タダとは言わん」

「えっ、テンセイさんも旅行に興味あったんですか?」

「あー、違う違う。リーダーはね……」

「バズレア」

 

 テンセイの鋭い制止に、バズレアは、それ以上口を開けなかった。

 その声音に、スローラは悟る。

 それが単なる頼みごとではなく、強制力を持った決定事項なのだと。

 

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