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異常現象調査記録
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報告者:第五翼・スローラ
識別番号:N∀-60
仮称:夢果汁
脅威度:B+
概要:
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ラグビーボール大のピンク色をした果実状物体。
外皮は一般的な植物由来の果実に類似した性質を持つが、内部には果肉に相当する可食部はなく、虹色の液体のみで満たされている。
液体を摂取した対象は、極めて鮮明な夢を体験する。夢の内容は対象本人が強く望む幸福な状況を再現する傾向があり、覚醒後も夢への帰還を望む発言が確認されている。
摂取後48時間を経過しても覚醒しなかった被験者は、現在まで例外なく生命活動を停止している。
発生地点に規則性や再現性は確認されていない。
原木、ならびに繁殖経路は未確認。
報告者のコメント:
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調査中に死にかけました(汗)。
テンセイさん、ほんとにありがとう!
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◇◇◇
空に浮かぶ無人の島。
今は無人ではない、二人だけの島。
芽とリセはしばらく島を歩き回ったあと、海辺へと辿り着いていた。
目の前には、果てしなく広がる白銀の砂浜。澄み切ったスカイブルーの海は水平線の彼方まで続き、穏やかな波が寄せては返す。
そのたびに砂に隠れていた小さなカニが、波にさらわれて慌てて横歩きしていく。
五度目の青は、水平線の向こうまで青一色だった。
「海だぁーーーっ!!!」
「……海」
興奮した様子のリセは、澄み渡る海に向かい一直線に駆け出そうとして――「あっ」と小さく呟き、ぴたりと足を止めた。
「……?」
「水着……。海と言えば水着だよね。なんでそのまま入ろうとしちゃったんだろ、わたしのバカ!」
「水着」
「うん、そう水着。ちょっと待っててね」
それだけ言うと、リセはトレンチコートを脱ぎながら、片手で作った空間の裂け目に入っていった。
芽は言われた通りにじっと待つ。
手持ち無沙汰になった芽の視線の先には、貝殻のせいでうまく進めず、砂の中でもがいている小さなカニ。
なんとなくそのままにしてはおけないと思って、逃がしてあげた。
しばらくすると、装いを新たにしたリセが裂け目から勢いよく飛び出してきた。
「じゃーん、SSR水着リセ……なーんちゃって!」
際どいスリングショットの水着に身を包んだリセが、照れ隠しのようにポーズを決める。いつも着けている宇宙色の長手袋と靴下と同じく、夜空を閉じ込めたようなカラーリング。大胆な格好の割に、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「それが……水着?」
「うん、確かに水着なん……だけど。うぅネガイのやつぅ、なにが『アンタに似合う水着を選んであげる』だよ。これじゃあただの変態じゃん……。用意されてたから着ちゃったけど」
「変態……」
「メ、メっちゃん!? そんな言葉は覚えなくていいからね! ほら、メっちゃんの分の水着は普通だから、着替えよ?」
芽はリセから水着の入った袋を受け取ると、用意された小さな裂け目へ足を踏み入れた。裂け目の中は、即席で作ったとは思えない更衣室のような小部屋が広がっている。
白のドレスと対になるような黒のワンピース水着。
それが、リセからプレゼントされた最初の衣装だった。
「どう、気に入った? その水着、ほんとはネガイっていうわたしの友達のために買ったんだけど、あいつ『もっと大人っぽいのがいい』って着てくれなかったんだ。だから、メっちゃんにあげる!」
「……気に入った」
「ほんと? じゃあ、さっそく海に行こう!」
着替え終わった芽は、リセに手を引かれながら海へと駆け出していく。まぶしい陽射しに照らされた二人の水着姿は、夜空に浮かぶ星々のように輝いていた。
最初に感じたのは冷たさ。次に、身体をそっと支える水の感触だった。奥へ奥へと進むうちに足は海底を離れていく。
けれど、少しも恐怖はない。空を泳いだ時と同じように、身体は自然と浮き、水は芽を受け止めてくれた。
「メっちゃん、泳ぐの上手! やっぱり空で予習したからかな?」
まるでソファーに寝転がるように、リセは仰向けでぷかぷかと水面に浮かんでいる。海に寝かしつけられているかのような、余裕綽々の姿だった。
芽も真似して仰向けになってみる。だが、身体から力が抜けきらず、ゆっくりと海の中へ沈んでいった。
「ちょっと、メっちゃん!? ……」
リセの声が遠ざかっていく。視線を横に向けた先には泳ぐ魚の群れやゆらゆらと蠢く珊瑚。
水に浮かぶことには失敗したが、こうして海の中に入ってみると実に心地が良い。
そう思いながらゆったりと沈んでいく芽の視界に、不意に奇妙なものが映り込んだ。
それは、海底に取り残された豪華客船。人が存在しないはずのこの島で、人の存在を示す唯一の痕跡がそこにあった。
◇◇◇
「リーダー! ぶつかっちゃう!!」
「分かっている……!」
テンセイはハンドルを限界まで切り、アクセルペダルを全力で踏み抜いた。
フロントガラスの直前まで迫っていた隕石が、間一髪というところで車両の横をすり抜ける。
彼らが乗っている車は、ただの乗用車ではない。
ワームホールを通って別の世界に移動する機能を備えた、次元旅行車だ。
「リーダー無茶しすぎ! ウチが乗ってることも忘れないでよね!」
「勝手について来たなら、自己責任だ」
「だって、こんなに危険な場所通るなんて聞いてなかったし!」
「スローラの報告書に目を通さなかったのか? 次元旅行車とはこういうものだ」
テンセイが懐からバインダーを取り出し、助手席のバズレアに突き付けた。
「それ、いつも持ち歩いてんの……?」
「いいから読め。識別番号はN∀-25だ」
「はいはい」
バズレアが生返事を返しながら、バインダーを開いてページをめくっていく。
「N∀-25、N∀-25……っと、あった!」
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異常現象調査記録
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報告者:第五翼・スローラ
識別番号:N∀-25
仮称:次元旅行車
脅威度:D
概要:
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■■■社製の■■■シリーズの普通自動車に酷似した物体。
車体の材質や部品は一般的な車両と差異はなく、不審な点は存在しなかった。
エンジンスイッチを押すことで異常性を発揮。車体の前面から約5m先に楕円状の黒い空間が出現し、エンジンを切るまでの間、それが維持されることを確認した。
空間内は黒一色で何も視認できず、調査班の一人が接触を試みたが(検閲により削除されました)。便宜上、この空間をワームホールと呼称する。
第一翼・テンセイに協力を仰ぎ、車体ごとワームホールを潜り抜ける実験を実施。車体はワームホールの内部と思しき空間に移動し、搭乗者への影響は確認できなかった。
その後、車体前方に入口と同様の楕円状の空間が出現。これを通過したところ、別の空間へと移動することを確認した。追加の調査で、これらの空間がそれぞれ異なる次元空間へと通じていることが明らかになった。
車体のメンテナンスは引き続き、調査班で実施することに決定。現在、ワームホール間の移動は第五翼・スローラの監査の元、利用が許可されている。
報告者のコメント:
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ワームホールの中は隕石や宇宙のゴミでいっぱい。
運転するときは気を付けてくださいね。
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報告書に目を通したバズレアが引きつった表情で、バインダーを閉じた。
「……危ないじゃん! 『検閲により削除されました』って何!?」
「落ち着け、窓を開けなければ問題ないそうだ」
「先に言ってよ!」
バズレアの切なる叫びが、次元旅行車の中で木霊する。
ワームホールの出口の先には、穏やかな潮風が吹く活気あふれる港と停泊中の豪華客船が映っていった。
◇◇◇
豪華客船の内装は、海底に沈んでいたとは思えないほど綺麗なものだった。
丁寧に掃除が行き届いた白一面の壁に、鮮やかな赤い絨毯。電灯も絶えることなく、船内は明るい。客室の扉も錆びついていなかった。
惜しむらくは、無人であること。
ただ、その一点だけだった。
「メっちゃんが沈んでったときはびっくりしたよぉ。この船見つけるために潜ったの?」
芽は首を横に振り、違うと意思表示する。
それを見たリセは、くすりと小さく笑った。
「じゃあ今度、メっちゃんには背泳ぎ教えてあげる」
「背泳ぎ……」
「わたしがやってたやつ!」
「そう」
傍から見れば、無愛想な受け答え。けれど、芽の口元はほんのわずかに緩んでいる。
その表情の変化にリセは気付いているが、あえて何も言わない。
ただ、いつも通りに笑っていた。
リセが近くの扉の取っ手を回す。しかし、錆ついていないにも関わらず扉は開かなかった。
隣の扉。またその隣。さらにその隣。どの扉も、びくともしない。
「開かないね、メっちゃん。鍵でもかかってるみたい。アレを使うしかないかぁ……」
「あれ」
「うん、アレはここへ来るときに使った裂け目のことね」
「あれ……!」
裂け目を出すことに渋っていたリセは、芽の「あれ」に込められたニュアンスが、自分の想像していたものとは違うことに気付いた。
「何、メっちゃん?」
芽にトレンチコートの裾を引っ張られながら、リセが振り向く。
芽が指差すその先には、一枚の扉。
――開けっ放しになっている扉。
「……え?」
さっき見たときは、確かに閉まっていたはずだった。
いつから開いていたのか、二人には分からなかった。
「……ちょっと怖いけど、入ってみよっか?」
「入る」
二人は意を決して、扉の中に入っていく。
中は当然のように無人だった。
「た、たまたま鍵がかかってなかっただけなんじゃないかな……」
「あれ」
「メっちゃん!? 今度は何……?」
芽の言葉に少しだけ肩をすくめながら、リセが振り向く。
芽が指差す先を見て、二色の瞳を見開いた。
「……どうして、ここに」
そこにあったのは、無地の白いマフラー。
リセが身に着けているものと――瓜二つだった。