こちら銀河英雄伝説   作:亀頭十三

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第1話

「リョーツナッハのバカはどこだ!」(獅子帝ラインハルト)

 

 宇宙暦七九六年、帝国暦四八七年。アスターテ星系にて行われた帝国軍と同盟軍との会戦は、ラインハルト・フォン・ローエングラムが意図し、ヤン・ウェンリーが危惧した通りに展開した。三手に分かれて三方向から帝国軍を包囲殲滅しようとした同盟軍を、帝国軍は包囲が完成する前に積極的に各個撃破していったのである。

 戦場の動きがラインハルトの思惑を外れだしたのは、第四艦隊、第六艦隊を撃破し、残った第二艦隊を急襲したときであった。帝国軍の苛烈な攻撃は同盟軍旗艦パトロクロス艦橋にまで届き、重傷を負ったパエッタ総司令官に代わってヤン・ウェンリーが第二艦隊の指揮をとることになったのである。

 ラインハルトが紡錘陣形をとって中央突破をはかると、ヤンは自ら二手に分かれて帝国軍の両側を逆進し、そのまま後背に回ろうとした。それが成功する前にヤンの意図を看破したラインハルトは自軍を急進させ、第二艦隊の後背に付き返そうとする。

 互いに相手の後背に回り込もうとする両軍は、やがてアスターテ星系の虚空に巨大なリングを出現せしめた。細長く伸びた艦隊が、互いに相手の後尾に襲い掛かっている。

 消耗戦と化した戦況にラインハルトは憤激したが、憤ってばかりもいられない。

「キルヒアイス。我が軍の先頭集団の弾薬は、あとどれだけもつ?」

 金髪の若い上級大将はかたわらに控える赤毛の副官に問いかけた。先頭集団が弾切れをおこせば、一方的な追撃を受けているのと変わらなくなってしまう。帝国軍にとってこれは不測の事態だが、同盟軍のあらたな指揮官は織り込み済みだろうから、同盟軍のほうはそうそう弾切れなどおこさぬであろう。

「私もそれを調べていたのですが……」

 キルヒアイスの声にラインハルトは困惑の響きを聞き取った。

「どうした、キルヒアイス。まさか、もう弾切れになりつつあるのではあるまいな」

「いえ、先頭集団への補給は滞りなく行われています。補給部隊が一隊、先頭集団の後ろに張り付いているのです」

「ほう、目端の利くやつがいるものだ。この陣形になるなり先頭へ向かったのだな」

「それが……」

 赤毛の青年は言いよどむ。

「なにを気にしている、キルヒアイス」

「その補給部隊は、中央突破のための紡錘陣を組んだ際に先頭のすぐ後ろに陣取ったようです。それも、かなり強引に割り込むかたちで」

「なんだと……!」

 ラインハルトはキルヒアイスの困惑の理由を即座に察した。今の局面を、紡錘陣を組む時点で予測していたやつがいるというのか。それも、ラインハルトよりも早く!

「考えすぎかも知れませんが……」

「少なくとも、まったくの偶然とも思えぬ。その補給部隊を率いる者の名は?」

 キルヒアイスがコンソールを操作すると、ディスプレイに顔写真が映し出された。

太く、あまりに太く、そして左右でつながった眉毛の下には意志の強そうな大きな目があるが、瞳は小さい。いかにも強靭そうな顎が顔の輪郭を角ばったものにしている。黒く、硬そうな直毛は角刈りに切りそろえられていた。よく言えば野性味にあふれた、悪く言えば凶暴そうな顔であった。だが、どこか愛嬌めいたものも感じさせる。そんな顔であった。

 顔写真の下にプロフィールが表示されている。

 それをキルヒアイスが読み上げた。

「リョーツナッハ。カンキッヒ・リョーツナッハ大佐。それが、この補給部隊の隊長の名です」

 

 虚空に旋回する円環を描いていた細長く伸びた二つの艦隊が、太く短く変化してゆく。互いにけん制し合いながら旋回する径も拡がってゆく。やがて両艦隊は旋回する軌道を外れ、それぞれ別の方向へと向かいだした。

 補給艦アサクサーンの艦橋で、カンキッヒ・リョーツナッハ大佐は自身の視線を艦橋のメインモニターと手元のディスプレイのあいだでせわしなく往復させていた。

「リョーさん」

 副官のテラインタール大尉が声をかけてきた。丸顔に丸メガネの、温厚そうな男だ。

「おう、どうした」

「総司令部から全艦にオーディンへの帰還命令が出たよ」

 それを聞いて、リョーツナッハは肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

「やれやれ、この会戦も、これでようやく幕引きだな」

「同盟軍が引き返してきて追撃をはじめたりなんかしないかな」

「あちらさんも、そんな余裕はあるかよ。生存者の回収だけで手一杯だって。そんなことより、うちの隊の損害はどんな具合だ?」

「あ、ああ。リョーツナッハ補給隊所属の七艦のうち三艦が被弾したけど、いずれも損害は軽微、死者も出ていないよ」

「けが人は?」

「軽傷者が十七名、命に別条なしさ」

「そうか」

 言うなり、どこから出したのかクーラーボックスを指揮卓にドスンと載せた。中から取り出したのは、キンキンに冷えた缶ビールであった。

「ひさしぶりの全員生還祝いだ! 手の空いてるヤツらは付き合え!」

 今までの渋面がうそのような笑顔でリョーツナッハは缶ビールを両手で掲げた。

「ちょ、ちょっとリョーさん! せめてイゼルローン要塞に寄港してからにしてよ」

「もちろんイゼルローンでもやるぞ。こいつは前夜祭だ」

 あわてる副官にかまわずリョーツナッハは缶ビールを手際よく配ってゆく。そのうちアサクサーンの艦長であるホンダース少佐にまで缶ビールを押し付けだした。

「おいおい、勘弁してくれよ、リョーツナッハのダンナ。飲酒操船なんてできるわけないだろう」

 ホンダースがこわもての顔に困惑を浮かべても、リョーツナッハは陽気な笑顔をくずさない。

「手ぶらで帰る死神の列にカンパーイ!」

 結局、リョーツナッハの音頭に艦橋のほとんど全員が唱和することになったのである。

 ひと缶のビールをひと息に飲み干したリョーツナッハが二本目に手を伸ばしたとき、通信が入っているのにテラインタールは気づいた。その内容を確認した丸顔の副官は慌ててリョーツナッハに駆け寄った。

「リョ、リョーさん!」

「なんだ、やっぱり飲みたくなったのか」

 二本目を空けながら、上機嫌のリョーツナッハは新しい缶ビールを副官に渡そうとした。

「まずいよ、リョーさん! ローエングラム伯からの呼び出しだ!」

 リョーツナッハはビールを口と鼻から噴き出した。

 

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