「……なんでお前らがここにいるんだ」
キルヒアイスの合図とともに艦橋に入ってきた面々を見て、リョーツナッハは驚きと呆れのないまじった声を出した。
「なんでもなにも、ぼくらもキルヒアイス上級大将の麾下に入ったからじゃないか」
満面の笑顔でテラインタールがしれっと言ってのける。
「どうやら、これからも俺の艦で艦隊指揮をとるのはダンナってことになりそうだな。これからもよろしくたのむぜ」
ホンダースもいかつい顔に笑みを浮かべる。
「キルヒアイス閣下、これはいったい……?」
困惑することしきりのリョーツナッハに、キルヒアイスは人好きのする笑顔で言った。
「リョーツナッハ提督。我が軍には、あなたほどの人材を遊ばせておくような余裕はありません。よって、輸送艦隊の司令官となっていただきます。これは、ローエングラム候の御裁可もいただいた、正式な人事です。いいですね、リョーツナッハ少将」
「何がどうなっているんだ。ワシのなにを、そんなに見込んだもんだか。あの立場にたったなら、だれだってあーした。ワシだってあーした。そんだけのはなしじゃねえか」
輸送戦艦カメアリーンの、見慣れた艦橋でリョーツナッハはぼやいた。
「いいじゃないか。期待されてるんだから。それより、艦隊編成を把握しておいてよ。以前に比べたら、随分な大所帯になったんだから」
引き続きリョーツナッハの副官を務めることになったテラインタールにうながされて、角刈りの新米少将はコンソールを操作した。
「こいつがいわば、新生リョーツナッハ艦隊か」
以前のリョーツナッハ艦隊にくわえて、輸送戦艦が五〇隻、高速輸送戦艦が二〇隻、高速戦艦が六〇隻、高速輸送艦は二〇〇隻追加、高速補給艦は四〇〇隻追加……。
「スゲーな、大盤振る舞いじゃないか」
編成表を確認していたリョーツナッハが驚嘆の声をあげた。
「陣容が宇宙海賊らしくなってきたじゃないか、リョーツナッハのダンナ」
「これなら、あの核攻撃艦隊なんてイチコロだったよね」
「ただ、気になるのがコイツなんだよな。お前ら、あんまり浮かれてばかりもいられないかもしれないぞ」
「どれどれ、どいつのことだい、ダンナ?」
「あれ、いつのまにこんな艦艇と部隊が追加されてたんだ?」
リョーツナッハがディスプレイを指さす先には、惑星降下シャトル兼トーチカと大気圏内戦闘艇、そして陸戦隊が艦隊編成リストに並んでいたのである。
荘園惑星イッキラントで領民による武装蜂起が発生してから一週間が経過しようとしている。
とある農村では、食糧庫を中心として幾重にもバリケードを築いて農民たちが立て籠もっていた。
状況は良くない。より正確を期す表現をするのなら、はっきりと悪かった。
領主の私兵に周囲の町や村との連携は分断され、食料がない食糧庫の中ではけが人たちがうめき声をあげ、女子供たちがすすり泣きをしている。
「これから、どうする……」
「きまってる。選択肢はふたつ、戦わずに飢え死にか、戦って殺されるかだ。どっちが人間らしい死に方か、考えるまでもない!」
「だが、女房と子供たちだけでも生きてほしい……。どんなにみじめな思いをすることになっても……」
「そして、ひとかけらの希望も持てぬまま、死ぬまでこき使われ、奪われ続けるのか」
深刻で、出口の見えない議論が交わされるなか、なんとなく空を見上げていた幼児が傍らの母親にたずねた。
「母さん、あれ、なに?」
小さな指がさす方向から、何かが飛来してくる。ひとつではない。
「いち、にい、さん、……なんの群れだ? でかいぞ。鳥じゃない。……飛行機?」
大気圏内戦闘艇の一隊は、村の上空で大きく旋回をはじめた。
「なんだ。なにがはじまるんだ」
いつの間にか、宇宙戦艦が三隻、さらに上空にその威容を出現して空中停止していた。
「嘘だろう。嘘だといってくれ……」
ついに貴族たちが本気になった、ということなのだろうか。
宇宙戦艦から何かが投下された。それは、あることを村人たちに連想させた。
「ヴェスターラント……! みんな、逃げろ! 物陰……いや、地下室だ! 急げ!」
蜘蛛の子をちらすように、村人たちは逃げ惑った。
「待って! うちのひとは大けがをしているの! とても動かせないわ!」
中年女性がしばしの逡巡のあと、夫の上に覆いかぶさった。
「ばか! お前だけでも逃げろ!」
「いや! ……ああ、ジェイミー!」
叫んで目をつぶった。
「…………………?」
閃光も爆風もやってこない。かわりに、かるい地響きがした。なにかが着陸したような。
「なんだい、ありゃ?」
おそるおそる様子を見にバリケードにのぼった男が、素っ頓狂な声をあげた。
村はずれの草原に、スープ皿を伏せたようなドーム状の人工物が三つ出現していた。
それが帝国軍の惑星着陸シャトル兼トーチカであることを、彼は知らない。
トーチカのシャッターが開いて、中から装甲車が出てきた。
「みんなー! 無事かー! だれか返事をしてくれ! ジェイミーだ! ジェイミー・バイアーだ! 用水路でいたずらしては、よく怒られていたジェイミーだよ! お願いだ。返事をしてくれ!」
その拡声器から、必死な呼びかけが周囲に響き渡った。
「…………ジェイミー? 釣り小僧の悪たれジェイミーか!」
「ああ、ヨシュアおじさん! よかった、無事だったんだ!」
装甲車のハッチが開いて、なかから青年兵士が飛び出してきた。
「無事なもんか、お前の親父さんだって大けがをして……!」
「なんだって! ……でも、もうだいじょうぶさ! 俺たちはローエングラム候の軍なんだ、だからもう心配いらないよ! 衛生兵のみなさんだって来てくれているんだ!」
「でも、貴族なんだろう? ローエングラム候だって貴族なんだろう?」
悲痛な声に、貴族への根深い不信がにじむ。
「それがなんだっていうんだい! ここに来たのはリョーツナッハ艦隊だぜ! あのカンキッヒ・リョーツナッハ少将の艦隊だぜ! 俺はリョーツナッハ提督じきじきに使者に任命されたんだ! ヒャッホウ!」
ジェイミー・バイアー上等兵は声を弾ませ、胸を張った。
「リョーツナッハ提督……! あの、……あのヴェスターラントの英雄が来てくれたっていうのか! …………どうする、村長!」
問われた男の葛藤は、深いが長くはなかった。
「われわれのすべてをリョーツナッハ提督に託そう。それが、希望をもてる唯一の選択だ」
「惑星イッキラントの鎮撫、まもなく完了の見込みです。完了次第、治安部隊を残して次の星系へ向かいます」
ベルゲングリューンは超光速通信のモニター越しにキルヒアイスに報告した。
「ずいぶんと早いようですが、大丈夫ですか?」
「正直に申し上げて、小官もおどろいております」
「リョーツナッハ少将……ですね」
「はい。我が軍からイッキラント出身の兵を探し出し、自分の使者として赴かせる。たったそれだけで、リョーツナッハ艦隊は殺気だった領民たちをなだめてしまいました。それは瞬く間に惑星全土に伝播し、武装蜂起は鎮静化しました」
「私も正直なところを言わせてもらうと、ここまでとは思っていませんでした。あのひとが人の痛みがわかるかたなのは知っていたつもりなのですが。ですが、迅速に成果をあげられたのは、ベルゲングリューン提督が首尾よく領主の私兵たちを制圧したこともあると思っています。次の星系でも、よく連携してことにあたってください」
精悍さよりも温厚さを見る人に印象づける顔に、人好きのする微笑みを浮かべて、キルヒアイスは言うのだった。
「はー、やれやれ」
食料と医薬品の配布を終わらせたリョーツナッハ艦隊は惑星イッキラントの衛星軌道上にて、次の星系への出航準備をはじめた。
「おつかれさん、リョーさん」
旗艦カメアリーンの艦橋で、テラインタールは彼の上官をねぎらった。
「そう思うのなら、缶ビールの一本でもだしてくれ」
「せめて出航するまで待ってよ。出航の号令をだすときはしらふじゃないとまずいって」
「ちえっ、しけてやがる。……しっかし、まいったね。俺たちは宇宙の運び屋さんだったはずだが、いつの間にか宇宙の便利屋さんにされちまったっぽいぞ。キルヒアイス上級大将も、かわいい顔してやり手だぜ。次はなにをやらされるやら」