元帥府の中央司令室で、リョーツナッハ中将は諸将とともに整列していた。
巨大なスクリーンでは、前代未聞のワープ実験がおこなわれようとしている。
ガイエスブルク要塞をまるごとワープさせようというのだ。
「機動要塞ガイエスブルクか。面白そうだ」
この計画をはじめて耳にしたときの、それがリョーツナッハの感想だった。
「面白そう、以上の感想はでてこないのか?」
そういったのはビッテンフェルト大将であった。場所は将官専用クラブ、ではなく、オーディン下町の飲み屋街の一角である。この角刈りの中将とオレンジ色の髪の大将が上機嫌で肩を組んでハシゴ酒をしているのは、各星系の飲み屋街でしばしば目撃されている。
ヴェスターラント核攻撃を阻止した時点でビッテンフェルトはリョーツナッハに好感をいだいていたのだが、オーベルシュタインに面と向かって啖呵をきる蛮勇を目の当たりにしてからは、すっかりまいってしまっていた。
私的な場では、階級の上下なんか関係ない。ざっくばらんにいってくれ。と言い出すほどである。
そして、そういうのはリョーツナッハも望むところである。
かくして、下町の角打ちで、帝国大将と帝国中将がレモンハイで大笑しながら乾杯する、という光景がしばしばみられるようになったのであった。
軍服を着てるときは絶対にやらないように、と両提督の副官が釘を刺したのは、一度や二度ではないという……。
「面白そう、としかいえねえよ。今の段階じゃな」
「まあ、それもそうか」
うなずいて、ビッテンフェルトは何かの動物のどこかの臓器の串焼きにかぶりついた。正体不明のスパイスがきいていて、芋焼酎のロックにじつにあう。
「もう少し、自由な采配が許されてれば、話も違ってくるんだがな」
ライスワインをキュッと空けると、リョーツナッハはそんなことを言い出した。
「うん? どういうことだ」
「イゼルローン要塞攻略にこだわらずにすむんならな、ってはなしさ」
「わざわざガイエスブルク要塞を引っ張り出してきて、イゼルローン要塞を陥とさずになにをするというのだ?」
「機動要塞ガイエスブルクなら、イゼルローン回廊を強行突破できる。ガイエを盾にすれば、随伴艦隊も連れていけるだろう。ガイエは動けるが、イゼルは動けない。あとは同盟領を突っ切って、ハイネセンをガツン! だ」
「……ガツン、か。そんなうまくいくかあ?」
「いくわけねーってのよ、わはは!」
「だよなー、わははは! かんぱーい!」
卓にとどいたばかりの、赤みを帯びたサワーを両提督は飲み干した。
「ところで、この酒はなんだ?」
「さあ、なんだったかな。ま、なんにしたって酒にゃちがいないんだ。からだに悪いわけねーよ」
「わはは、違いない!」
「なんにしたってよ、イゼルローン要塞が健在なら、ガイエで同盟領に侵攻したって帝国本国とは分断されて敵国で孤立しちまう」
「おー、もっともだー、もっともだー」
「それにさ、首尾よくハイネセンまでいっても、ちょいとばかり野心のあるやつなら、同盟を乗っ取って、第二の銀河帝国をつくるんじゃねーの?」
「おいおい、とんでもねーこと言い出したぞ、この角刈り!」
「名前はなんになるんだろー。新銀河帝国かなー。続銀河帝国かなー。元祖銀河帝国かなー。帰ってきた銀河帝国かなー。さらば銀河帝国かなー」
「本家銀河帝国に一票!」
「わはははははは!」
「……よくよく考えてみると、笑いごとではない気がしてきたな……」
「ノリがわるいな。呑みが足りないんじゃないのか? へい大将! こちらの紳士にウイスキーのビール割りを!」
……こうして二日酔いになる回数を積み重ねていくビッテンフェルトであったが、「もう、あの男とは呑まぬ」とならないビッテンフェルトでもあるのだった。
ガイエスブルク要塞のワープ実験は成功した。
だが、イゼルローン攻略は失敗した。
ガイエスブルク要塞は完全に破壊され、動員された艦隊と将兵は、その数を20分の一以下に減らして敗走した。司令官のケンプ大将は戦死した。
「ローエングラム公の軍がここまでボロ負けしたのは初めてじゃないか?」
リョーツナッハはぼやいたが、大敗ではあっても致命傷ではなかった。
単純な戦力比でみれば、いまだに帝国は同盟に対して圧倒的な優位にある。イゼルローン要塞の存在が、同盟の滅亡をかろうじて遠ざけているだけに過ぎなかった。
「こうなると、ローエングラム公がイゼルローン攻略にこだわり続けるかも怪しくなってくるな」
あの戦争の天才が、このまま愚直にイゼルローン回廊に将兵の屍を積み重ねるのをよしとするとは思えなかった。発想の転換をはかるのではないか。
「イゼルローン要塞の無力化……というだけなら簡単だけどな」
もっとも現実的なのは、フェザーン回廊を通過して同盟領に侵攻する、という案だ。と、いうより他にない。少なくとも、帝国と同盟を隔てている航行不能宙域を飛び越えられるワープ技術の開発よりは現実的であった。
しかし、フェザーン回廊の強行突破をはかれば、フェザーン自治領が黙ってはいまい。全宇宙の富の半分以上を手にしていると言われる経済力をもって徹底抗戦の構えにでるのは明白であった。戦争の天才とよばれるローエングラム公が、経済戦争でも常勝の異名をたもてるかは未知数である。
「フェザーンがローエングラム公に接近したあげくに協力の言質をとられでもしない限りはフェザーン回廊はつかえそうにないんだが。しかし、国力の回復をするべき局面で無理筋な侵攻を選んだバカ国家の例もあるからなあ」
などと思索をめぐらせていたのだが、皇帝誘拐、そして同盟での亡命政権樹立、といった情報がもたらされると、リョーツナッハは嘆息した。
「こいつはマジでフェザーン経由の同盟領侵攻があるかもな」
皇帝がイゼルローン経由で同盟に亡命できるわけがない。そんなことをすれば、ヤン・ウェンリーが黙って見ているわけがなかった。むしろ、帝国に送還して、ラインハルトとの取引材料にする、ぐらいのことはやるだろう。ヤン・ウェンリーとはそういう人物だとリョーツナッハはにらんでいる。だから、皇帝亡命はフェザーン経由でなされたとみるべきだった。では、フェザーンは皇帝亡命を黙認したのだろうか。おそらくは亡命政権のためではなく、同盟のためでもなく、帝国、それもローエングラム公のために……。
「ローエングラム公はフェザーンと手を組んだ、ってことか、これ?」
だとすると、フェザーンを通過しての同盟侵攻という与太話が現実味を帯びてくる。
「フェザーン方面への兵站経路を洗いなおしておくか……。信じられないようなバカをするヤツってのは、意外といるモンだからな。備えはしておいたほうがよさそうだ」
ぼやいたリョーツナッハは、コンソールを操作しながらディスプレイとのにらめっこをはじめるのだった。
「やれやれ、言わんこっちゃない」
フェザーン回廊を通過して同盟領に侵攻する。「神々の黄昏」と名づけられた作戦が実行され、第一段階としてフェザーンが占領されたとき、リョーツナッハはそう毒づきながら帝国領内を駆けずり回った。
軍事物資の流れが、今までとはまったく別のものになってしまっている。今まではイゼルローン回廊を終着点としていた兵站路に、フェザーン回廊が新たな終着点として加わったのだ。物資の流れは複雑化し、ターミナルポイントではしばしば目詰まりを起こし、逆流を生じる経路すらでてくるありさまだった。
「邪魔だ、どけ!」
「そっちこそ航路をふさぐな!」
信号機が故障した五叉路のごとく、輸送船団どうしでののしりあい、そしてゆずらなかった。
そんな状況でも、「ヴェスターラントの英雄」が顔を出してきて「お互いの言い分をきかせてくれ」と言ってくれば、英雄の顔を立てぬわけにもゆかない。
リョーツナッハの立ち合いのもと、各地で会合がおこなわれ、多少まわり道になってもスムーズに物資が流れる流通経路が構築されていった。
「さすがだな、リョーツナッハは」
ラインハルトは賞賛したが、美貌の帝国宰相に褒められた当人には、それをよろこぶひまもなかった。今のうちに、帝国領内の流通経路の再構築を進めておかねばならない。
「今はまだいいが、これからが正念場だ。『神々の黄昏』が同盟侵攻の段階に入ったら、ワシの艦隊もそっちへ出張らにゃならん……」
自分がいつのまにか帝国軍後方支援の重鎮的立場におさまりつつあることを、このときのリョーツナッハはまだ自覚していない。