こちら銀河英雄伝説   作:亀頭十三

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第14話

 宇宙暦七九九年、帝国暦四九〇年。フェザーンにてラインハルト主催の新年パーティーが開かれていたとき、リョーツナッハ艦隊はイゼルローン回廊入口周辺の宙域にいた。

「今頃、フェザーンの大広間じゃ、いい酒に豪勢な料理が並んでいるんだろうな」

「帝国中将ともあろうお方がみみっちいこといわないでよ。聞いてるこっちがわびしくなる」

 旗艦カメアリーンの艦橋では、角刈りの司令官と丸顔の副官が、いつものように軽口を叩きあっていた。

「まあ、しょうがねえか。イゼルローンへの補給を優先するのは」

 帝国軍のフェザーン回廊からの侵攻は秒読み段階だが、イゼルローンではロイエンタール艦隊がイゼルローン要塞と交戦中なのである。その兵站を破綻させるわけにはゆかなかった。しかも、イゼルローン回廊の同盟軍は雷神のハンマーとヤンの智謀を擁しているのだ。ロイエンタール艦隊が撃破される可能性だって否定できない。万一にもそんな事になれば、ヤン艦隊はオーディンに殺到するかも知れない。オーディンには、いまだに昏睡状態がつづくキルヒアイスと、その身を献身的に世話するアンネローゼがいるのだ。二人が人質にとられたとき、ラインハルトは大幅な譲歩を強いられるだろう……。

「ヤン・ウェンリーなら、そのくらいはする、てことかい?」

「やらんだろうな。ローエングラム公はいっときだけ譲歩するだろう。その代わりに公の信用を失い、怒りをかう。不倶戴天の敵に認定されて、和平の道は完全に絶たれる。同盟を根絶やしにするまで公はとまらん。というより、とまれなくなる。それがわからないヤン・ウェンリーとも思えん」

 だが、そうなる可能性がでてきたとき、ラインハルトは冷静でいられまい。首都オーディンを、というより二人の男女をまもるため、少なからぬ艦隊を同盟侵攻の軍から割いて派遣するにちがいなかった。

「そうなったら、同盟領侵攻計画は大幅な修正を余儀なくされるってわけだ」

 リョーツナッハの推測は外れた。ヤン・ウェンリーはイゼルローン要塞を放棄し、ロイエンタールは無人の要塞を再占拠したのである。

 これが吉報であるか、凶報であるか、リョーツナッハは悩んだ。これは、ヤン・ウェンリーがイゼルローン要塞から解き放たれたことを示してもいたからである。

 

「フリーハンドになったヤン・ウェンリーか。ぞっとしないな。何をやらかすか、わかったもんじゃない」

 帝国各地を巡回しながら補給物資を輸送艦に積み込んでいったリョーツナッハはぼやいたが、またしてもそれは不吉な予言と化し、そして的中した。

 ヤン艦隊はビュコック艦隊を壊滅寸前で救い出し、ゾンバルト少将率いる輸送艦隊を全滅させ、さらにはシュタインメッツ艦隊とレンネンカンプ艦隊を一日で撃破したのである。

 とくに、輸送艦隊の全滅が、しつこく打ちこまれたボディブローのように帝国軍の体力をじわじわと削っていた。ワーレンが同盟軍の補給基地を襲撃すれば、それを逆手に取られて罠に嵌められて大敗した。

「あいつらを飢えた兵にするわけにはいかねえよ。急ぐぞ、野郎ども!」

 部下たちを叱咤して、物資を満載したリョーツナッハ艦隊がガンダルヴァ星域にたどり着いたとき、すでに決着は着いていた。

 自由惑星同盟は銀河帝国に降伏していたのである。

 

「祝杯のワインを届けるのは間に合ったようだが……こいつは勝利といっていいのか?」

 神々の黄昏の決着は、ラインハルトとヤンが対峙したバーミリオン星域ではなく、バーラト星域のハイネセンで着いていた。ラインハルトの敗色が濃くなったとみたヒルダはミッターマイヤーとロイエンタールの両者を説得してハイネセンを衝き、同盟政府を降伏させ、ラインハルトを敗死させようとしていたヤンに停戦命令を出させたのである。

「なんともモヤつく終わり方だな。あとで火種にならなきゃいいんだが」

 どこか不穏なものをリョーツナッハに感じさせながらも戦後処理はすすんでゆく。

 バーラトの和約によって、自由惑星同盟は実質的に銀河帝国の属国と化した。完全併呑はまぬがれた、という見方もあるのだが、併呑は先延ばしにされただけで無くなったわけではない、というのが多数派の意見であった。

 ハイネセンには高等弁務官府が設置され、レンネンカンプが高等弁務官に任じられた。ヤン・ウェンリーはラインハルトに帝国元帥の地位をもって麾下に加わるよう勧誘したが、これをことわり退役の意志を示したという。もしもヤンがラインハルトの麾下にくわわっていたら、高等弁務官となっていたのは、ヤンだったのではないか。リョーツナッハはそう思うのだ。

「そして、ヤン・ウェンリーのもと、自由惑星同盟は息を吹き返し、やがて叛旗を翻す。ローエングラム公は嬉々として、ヤンとのリベンジ・マッチに身を投じる……。ああ、いけねえな。どうにも、ひねくれた発想しか出てこねえや」

 自身の角刈り頭をかき回しながら、リョーツナッハはぼやくのをやめられずにいた。

 このままでは、ヤン・ウェンリーは火種にしかならないのではないか。その疑念が、どうしても消えてくれないのだ。

 

 ラインハルトは皇帝に即位した。それに歓喜したものがいた。絶望したものもいた。だが、驚愕したものはいなかったであろう。それは、朝になれば日が昇る、というくらいに確定済みの未来だったからだ。

 ローエングラム王朝初代皇帝ラインハルトの最初の行幸を仰いだのは、ヒルダの従弟であるキュンメル男爵であった。

「キュンメル男爵……? ああ、ハインリッヒ基金のキュンメル男爵か」

 行幸をマリーンドルフ父子に懇願されたとき、ハインリッヒ・フォン・キュンメル男爵の名に思い至るのに、ラインハルトはさほどの時間を必要としなかった。学問や芸術をこころざす児童の支援に私財を投じた病弱な青年貴族のことは、以前にこの若き皇帝もヒルダから聞き及んでいたのである。

 自分の居館を訪問したラインハルトを、ハインリッヒは心をつくして歓待した。ハインリッヒ基金をラインハルトが記憶していたことに感激し、ハインリッヒ基金への力添えを約束されると、涙を流してよろこんだ。

 このとき十九歳だったキュンメル男爵は、二〇歳の誕生日を迎えることなく病没する。

「ヒルダ姉さん。ぼくは、なしとげたんだ」

 それが、最後の言葉だったという。

 

 終わりを告げる命があれば、産声をあげる命もある。

「リョーさん、妊娠したって本当かい?」

 丸顔の副官にだしぬけに問われて、角刈りの提督はインスタント・カップヌードルを口と鼻から噴き出した。

「ゲホゲホ、何の話だ!」

「だって、リョーさんに子供ができたって噂が……」

「子供ができたんじゃない、子供を引き取ったんだ! なんでワシが子供を産むんだ!」

 リョーツナッハの知人に戦死者が出た。彼は妻に先立たれていたが、三人の娘がいたのである。彼女たちは親戚もなく、年の離れた姉妹であることもあって、別々の施設に入れられていた。

「なら、三人ともワシのところにくればいい。官舎の広さを持て余してたし、そもそも、たまにしか帰ってこんしな。なに、きれいに使ってくれれば何も言わんよ」

 リョーツナッハの申し出に十八歳の長女はためらったが、結局、妹たちと一緒に生きてゆける唯一の選択肢を選ばぬことはできなかった。

 かくしてリョーツナッハは、たまの帰宅に土産を買っていくたのしみというものを、思い出すことになったのだった……。

 はしゃいでじゃれつく妹たちをあやしながら洗濯物を干す少女の姿を見ながら、リョーツナッハは思った。

 この子らが戦争未亡人になるような未来は願い下げだな、と。

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