「やれやれ。予定ってのは破られるためにあるってのは誰が言ったんだったかな」
カメアリーン艦橋にもどったリョーツナッハはぼやいた。
間に合うはずだったのだ。「回廊の戦い」が始まる前に、アンネローゼお手製のケルシーケーキをラインハルトに届けられるはずだったのだ。
だが、戦端はリョーツナッハの予測を越えて早く開かれてしまった。
「いや、予定の立て方が甘かっただけか。……でも、まるっきりの手遅れ、てわけじゃないはずだが」
ほんの少しでも、流れる血と流される涙を減らすことに貢献できた、と思いたいリョーツナッハに、ある報せが届いた。
「ヤン提督が、こっちに向かってるって? やったぜ、講和に向けて、第一歩だ!」
「よかった、よかった! 今度こそ平和な時代がくるね」
テラインタールも上官のよろこびに同調した。
「こうしちゃいられない。ヤン提督を迎えにいくぞ!」
「えーっ! 今からかい?」
「思い立ったが吉日だ、行くぞ!」
「まったく、もう!」
その武装商船をリョーツナッハ艦隊が捕捉したのは、まったくの偶然からだった、わけではない。
「なんだ? あの武装商船は。やたらとレーダー波をまき散らしやがって。何かを探してるのか、それとも周りに見つけてほしいのか」
「リョーさん、おかしいよ。通信が乱れてる、というか乱されているんだ」
「通信妨害か。あの武装商船か?」
「ううん、近くで他の船が妨害してるっぽい」
「どうにも、うさんくさいな……。コイツから目をはなすなよ。距離を保ちつつ、隠密行動でいくぞ」
腫れぼったいまぶたが、リョーツナッハの大きな目を剣呑な三白眼にかたちづくった。
異変は翌日におこった。
公用周波数での通信をリョーツナッハ艦隊は傍受した。
通信は述べる。アンドリュー・フォークなる人物が武装商船を強奪し、ヤン・ウェンリーの暗殺をもくろんでいる。それを阻止するために、二隻の駆逐艦を帝国軍が派遣した、と。
「ツッコミどころがありすぎるぞ! この通信。なんで武装商船を強奪した犯人の名前と目的がわかるんだ。だいたい、駆逐艦を帝国軍が派遣したなら、ワシに連絡がないわけないだろうが。ワシらの巡回コースと日程は大本営へ提出済みなんだからな」
「どうする? リョーさん」
丸顔の副官が角刈りの上官に判断をうながす。
「うーむ。あの武装商船に主砲をぶち込んでめでたしめでたし、て話なのか、判断がむずかしいところだな。……艦をアレにかえておくか」
精神病院から逃げ出したアンドリュー・フォーク元准将が操船する武装商船は、ヤンが搭乗する巡航艦レダⅡ号に発砲し、その背後にあらわれた二隻の帝国軍駆逐艦に破壊された。
この暗殺劇の主演がフォークであれば、なんとも冴えない脚本と演出だ、との酷評は免れなかったであろう。だが、彼は台詞ももらえない端役にすぎなかった。暗殺劇の主役たちは、帝国軍駆逐艦にこそ乗っていたのである。
無自覚の哀れな道化のフォークを葬ることでレダⅡ号の、というより同乗していたエル・ファシル独立革命政府代表ロムスキー医師の信用を得た彼らは、帝国軍駆逐艦をレダⅡ号に接弦させることに成功したのである。
レダⅡ号にのりこんできたのが、帝国軍に偽装した地球教徒だったことを、ロムスキー医師はついに知ることはなかった。知る前に射殺されたのである。
テロリスト集団の艦内への侵入を知ったとき、ヤンに同行していた幕僚たちは、ヤンの生命をすべてに優先して行動した。
その結果、パトリチェフ少将は無数の銃痕を全身に穿たれ、スール少佐は胸を撃たれて昏倒し、ブルームハルト中佐は単身での勇戦に身を投じた。
どこへ逃げればよいか考えながら、ヤン・ウェンリーはレダⅡ号のなかを彷徨った。
このとき、戦艦ユリシーズで駆けつけていたユリアンたちがレダⅡ号に乗り込んできていたのだが、巡航艦は、一人の人間を探し出すにはあまりに広い。
「ヤン・ウェンリー提督?」
自分を呼ぶ声にヤンは立ち止まった。
呼びかけてきた男が着ていたのは同盟軍の制服ではなく、帝国軍の軍服であった。
男はブラスターを抜き、引き金に指をかけ、そして。
「おいコラ!」
ドガッ!
「うげ!」
ビタン、ズルズル。
……そして、リョーツナッハの運転する自転車に跳ね飛ばされ、通路の壁に強烈で望まぬ抱擁と接吻を強要され、床へとずり落ちていった。
「まったく、こいつらときたら! ろくなことをしねえな!」
ぶつくさ文句をいいながら、リョーツナッハは暗殺未遂者の両肩関節と両股間節を手際よく外した。
「無事ですか、ヤン提督! ……げっ!」
ヤン・ウェンリーのほうを振り向いた角刈りがおどろきと焦りの悲鳴をあげた。
黒髪の青年提督が、左腿を押さえながら、床に倒れこんでいる。
「どうしたんです!」
リョーツナッハは駆け寄った。ヤンの左腿が、出血に赤く染まり始めている。
「左腿の骨を撃ち砕かれたようです。太い血管には当たらなかったようですが……」
やっべー! アイツを跳ね飛ばしたときの衝撃でブラスターが発射したっぽいぞ……。リョーツナッハの全身に脂汗がにじんだ。
「ヤン提督……?」
疲労困憊をうかがわせる、だがそれでも若々しい声がかけられた。
声のしたほうを見やると、同盟軍の装甲服を着込んだ若者が立ち尽くしていた。
その場に崩れ落ちるか、とみえた次の瞬間、突進してくる。
「ヤン提督からはなれろ!」
怒号と共に戦斧の一撃が襲い掛かってくる。
角刈りは携行していた特大サイズのバールでそれを受け止めた。
「よくも提督を……!」
秀麗な顔立ちが、憤怒と憎悪に染まっている。その細身からは想像もできない膂力が、戦斧とバールごしに伝わってきた。
そこに声がかけられる。
「ユリアン、やめなさい。そのひとは味方だ。わたしを助けてくれたんだよ」
効果はばつぐんだった。若者の、ユリアンの眼光に理性が復活した。
「……あれ? リョーツナッハ提督じゃないですか。どうしたんです、こんなところで」
戦斧を引きながら、不思議そうな声でたずねてきた。
「……ちょっと近くまできたもんでね」
苦笑いが浮かぶのを抑えつつ、リョーツナッハは息をついた。
「提督、ご無事で…………その怪我は?」
ヤンに向き直ったユリアンの声が、ふたたび激情を帯び始める。
「あ、アイツ! あそこでひっくり返ってるアイツが撃ったんだ。撃ったのはアイツ、ね!」
床の上でのびたままの暗殺未遂者をリョーツナッハは指さした。
「……なんで拘束してないんです?」
「ちゃんと両肩と両股関節を外してある」
「じゃあ、両ひじと両ひざは、ぼくが砕いておきますね」
よどみない動作でユリアンは暗殺未遂者へと歩み寄る。
「とめてヤン提督! 閣下の一番弟子ちょうこわい! あれー、この子、こんなんだったっけー、みたいな顔してないで!」