巡航艦レダⅡ号の舷側に、帝国軍駆逐艦が、その反対側には戦艦ユリシーズが接弦している。さらに異様なことに、異形の帝国軍戦艦がレダⅡ号に覆いかぶさっている。その帝国軍戦艦の下部からは、巨大な三対のアームが伸びており、獲物を捉える蜻蛉のごとくレダⅡ号の船体を抱え込んでいた。
リョーツナッハ艦隊に所属する試作強襲揚陸戦艦グラップラーである。
ユリアンたちは、そのグラップラーの揚陸ハッチへ向けて移動していた。先頭で案内しながら進むのはリョーツナッハ、負傷したヤンと暗殺未遂者を軽々と背負っているのは一行に合流したルイ・マシュンゴ、殿を務めるのはユリアンである。
「あの、それってなんですか」
ユリアンはおずおずと問いかけた。
「自転車を見るのははじめてか?」
自転車を押して歩きながらリョーツナッハは返事をする。
「いや、なんでこんなところに自転車がって……」
「燃料も電気も使わんこいつならゼッフル粒子のなかでも素早く移動できるからな。体力はいるが」
「ああ、なるほど……? ……そうかな……そうかも……」
納得と疑問のあいだで揺れ動くユリアンに、リョーツナッハは声をかけた。
「着いたぞ。あのハッチからグラップラーに乗りこめる」
哨戒の帝国軍兵士たちがまもっているそこを、角刈りの提督は指さした。
まずユリシーズが、続いてグラップラーがレダⅡ号から離れていった。
異変は接弦したままの帝国軍駆逐艦からはじまった。その船腹から閃光がもれたかと思うと船体が苦悶するように震えだし、やがてねじ曲がった。閃光は大きく、激しくなり、レダⅡ号を飲み込んでいく……。
「ふう! あぶないところだった」
リョーツナッハは安堵のため息をついた。
「あいつらはヤン提督を直接に暗殺するのは不可能とみるや、自爆に巻き込んでレダⅡ号ごと葬り去ろうとするだろう……。リョーツナッハ提督の言った通りでしたね」
ユリアンは身震いを禁じ得ない。
「ユリシーズと通信がつながりましたよ」
「ありがとうございます」
テラインタールに礼を言って、ユリアンは通信モニターに向かった。
「……よかった、シェーンコップ中将のほうも無事に全員退去できたんですね」
「ああ。ユリアン、お前さんが連絡してくれたおかげだな。パトリチェフ、ブルームハルトの遺体も回収できた。重傷だが、スール少佐も救助できた。…………しまったな」
「どうしたんです?」
「ロムスキー医師らの遺体を収容しそこねた」
さほど残念がる様子もなく、シェーンコップは言った。
「そうですか」
ユリアンとしては、そうこたえるより他にない。正直なところ、テロリストの自爆に巻き込まれる寸前だったのだから、しかたないこととするしかないと思うのだ。
「それよりもだな、ヤンはどうした。怪我をしたんだろう?」
「ええ、ですが、意識ははっきりしてましたし、今もこちらの手術室で手当を受けています」
「そうか、ようやくひと安心だな。この数日、生きた心地がしなかった。われながら信じられんよ。女性のことを考えもしない時間をすごしたなんてな。……ところでな、そろそろ説明してくれんか? なんで、リョーツナッハ艦隊がここにいて、リョーツナッハ提督みずからヤン提督を救助してくれたんだ?」
「説明といってもなあ。さて、なにからはなしたもんだか……」
自身の角刈りをぼりぼりとかきながらリョーツナッハが説明したことには……。
まず、レーダー波をまき散らす挙動不審の武装商船を発見したところからはじまった。
その翌日、帝国軍を騙っているらしき通信を傍受した。しかも、その通信は挙動不審の武装商船から発されているものではなかった。
武装商船を破壊ではなく制圧せねばならない可能性を考えて、リョーツナッハたちが試作強襲揚陸戦艦グラップラーに移乗し、大本営と連絡を取ろうとしていると、武装商船は同盟軍の巡航艦に発砲をはじめ、帝国軍駆逐艦の集中砲火を浴びて破壊された。
「まあ、こうなれば、あやしいのは二隻の自称帝国軍駆逐艦ってことにならあな」
距離をとっていたのが災いして、同盟軍巡航艦と連絡をとるのに手間取っていると、今度は同盟軍戦艦があらわれて、ためらいもなく自称帝国駆逐艦の片方を破壊した。
「艦影をよく見りゃ、ヤン提督のとこの戦艦ユリシーズときた。てことは、ハハーン、さては巡航艦に乗っているのは会談にやってきたヤン提督だな? とにらんだわけよ。あとはもう、戦速前進、エンジンをブン回せってなもんよ。どうにかユリシーズと連絡とって、グラップラーでレダⅡ号を羽交い絞めにして、ヤン救助隊に助っ人推参! ヤアヤアヤア! あとはまあ、運よくヤン提督と出会えて、それからはユリアンくんもご存じの通りさ」
リョーツナッハが語り終えると、シェーンコップは苦笑いをこらえる表情をした。なにかいいたいことがあったようだが、口にしたのは別のことだった。
「それで、これからどうしたものかな。いったんイゼルローンに戻るかね?」
「いや、それはできない」
即座の返答をしたのは、ユリアンではなかった。リョーツナッハでもなかった。
「ヤン提督!」
ユリアンは車椅子でグラップラー艦橋に入ってきた無敗の魔術師の名を呼んだ。よろこびを込めて。
「こんなことで、皇帝ラインハルトとの会談をふいにすることはできない」
決意のこもったまなざしで、ヤンは言うのだった……。
結局、試作強襲揚陸戦艦グラップラーに搭乗したまま、ヤン・ウェンリーは総旗艦ブリュンヒルトまでやって来た。
グラップラーはブリュンヒルトに接弦し、ヤン・ウェンリーはブリュンヒルトへの二度目の移乗を果たした。ユリアンが押す車椅子に乗って、ラインハルトの私室まで案内される。案内したのは昨年と動揺、ミュラーであった。リョーツナッハはヤンに付き添うような形でラインハルトの私室の前までついてきたが、これは離れるタイミングを逸しただけのことだった。
車椅子を押していたユリアンが部屋から出てきて扉が閉まると、ミュラーが微笑んで話しかけてきた。
「どうです、待っているあいだ、ラウンジでコーヒーでも」
それはうれしい申し出だったが、ここでヤン提督を待ちたい気持ちもある。どう返答しようかユリアンが考えていると、血相を変えた士官が駆け寄ってきた。
士官は、閉ざされた扉とミュラーたちを見て、すでにヤンとの会談が始まっているのを察し、どうするべきか悩んでいるようだった。
「どうした、話せるような話なら、ワシが話をきくぞ」
助け船をだしたのは、リョーツナッハであった。
扉がノックされ、ラインハルトが返事する前に扉があいた。
入ってきたのはリョーツナッハである。
なんのために、私室の通信機のスイッチを切ってあると思っているのか。
ヤンとの会談を邪魔されたラインハルトは一喝しようと大きく息を吸い込んだ。
リョーツナッハは大声を張り上げることなく、しかしはっきりと言った。
「キルヒアイス元帥が意識を回復したとのことです」
ラインハルトは吸い込んだ息を吐き出すタイミングを一瞬みうしなってせき込んだ。