イゼルローン要塞への寄港中、港に係留された戦艦ブリュンヒルトの司令官室でリョーツナッハはラインハルトとキルヒアイスと対面することになった。
艦橋での酒盛りを咎められるのかと戦々恐々のリョーツナッハにラインハルトが話しかける。
「卿に訊きたいのは他でもない」
「はい!」
そらきた、とリョーツナッハは身体を固くした。
ラインハルトの目配せを受けてキルヒアイスがコンソールを操作すると、今回の会戦の推移を単純な3Dモデルにまとめた立体映像が浮かび上がった。それは帝国軍が同盟軍を中央突破するために紡錘陣に組み替えているところで一時停止する。
「この補給部隊は卿の隊だな」
先頭集団の後ろに張り付く部隊をラインハルトは指さした。
「えっ? そうですけど」
なんでそんな判り切ったことをきくのだ、という表情をリョーツナッハは隠そうともしない。
「ずいぶんと強引に割り込んでいるが、なぜそこまでしてここに陣取ったのだ?」
「先頭の兵站が薄かったからですよ。あの中央突破でケリが着くにせよ、着かないにせよ、あそこで先頭集団が弾切れを起こしたら面倒なことになりそうでしたから」
「……事実、あの中央突破で大勢が決することにはならなかった」
「いやー、同盟軍の奴ら、これは分断されてるんじゃなくて自ら左右に分かれてやがるな、て気付いたときはどうなることかと思いましたね」
「いつだ?」
「はい?」
「同盟軍……ヤンが中央突破されている振りをしていたことを、卿はいつ気付いたのだ、と訊いている」
「同盟軍の長距離砲撃のほとんどがこっちじゃなくて紡錘陣の側面方向へ流れてくるんですから、イヤでも勘付きますよ。主砲の向き、つまりは艦首がこっちを向いてないってことは迎撃している振りして、こっちの側面を逆進してるなって」
「…………キルヒアイス、もう少し進めてくれ」
ラインハルトの指示にしたがってキルヒアイスがコンソールを操作すると、立体映像に表示された戦況が加速していく。陣形が旋回する輪状になったところでラインハルトは停めさせた。
「この状況。卿が同盟軍の指揮官で、帝国軍を殲滅しようとしたらどうする?」
「へ? うーん。ワシ……いや、小官なら、帝国軍後尾への追撃をやめて逃げ出す振りをしますね。それで帝国軍が追撃を続けて来たら、同盟軍の前半分を双頭の蛇みたいに左右に広げて即席の鶴翼陣にして、帝国軍後尾を追いかけてきた同盟軍先頭に集中砲火を浴びせます」
「なかなか興味深い戦術だが、ヤンがその戦術を採らなかったのは何故だと思う?」
「そりゃまあ、逃げる振りをする同盟軍を帝国軍が追っかけてきてくれなかったら、距離を保ちつつ陣形を組みなおしてからの、にらめっこになりそうですし」
「それの何が問題なのだ?」
「敗残兵の収容が遅れます。なかにはけが人や酸素の残りが心もとない者もいるでしょう。にらめっこしている間に、たすかるはずだった連中が死んでいくことになります」
それを聞いたキルヒアイスのまなざしが優し気で好意的なものになったのだが、リョーツナッハは気付かない。表情がどんどん興味深げになっていくラインハルトに気を取られて、それどころではなかったのだ。
「では、その戦術を帝国軍が採っていたら私はヤンに勝っていたのかな」
「いやー、お勧めはしませんね」
「何故だ?」
「あの指揮官が誘いに乗ってくれるとも思えません。それに、こっちは三連戦して消耗してました。向こうは大敗寸前から五分の状況に持ち込んで士気が揚がっています。分が悪いとわかっている賭けをしなきゃならん状況とも思えませんな」
……さらにいくつかの問答を交わしたあとでリョーツナッハは退室していった。
ややあって、金髪の若者は赤毛の若者に問うた。
「キルヒアイスはどう思う?」
これがリョーツナッハの事をさしているのは明白であった。
「興味深い人物ですね。とくに、敵を屠るよりも味方を救うことを優先できる資質というのは好ましく思えます」
キルヒアイスらしい人物評だ、とラインハルトは思ったが、口に出したのは別のことだった。
「あの男に、もう少し大きな裁量を与えてみたくなったな。そうすれば、どれほどのはたらきを見せてくれるか。キルヒアイス、俺はたのしみになってきたのだ」
ブリュンヒルトから港湾施設へと降り立ったリョーツナッハは大きく伸びをした。
「酒盛りを怒られるのかと思ったら、茶飲み話みたいなやりとりをしておしまいかよ。なんだったんだ、結局」
「怒られずにすんだのならいいじゃないか、リョーさん」
桟橋で上官を待っていたテラインタールが笑顔で言う。
「ま、それもそうか」
「ほら、隊のみんなが待ってるよ!」
それを聞いたリョーツナッハは満面の笑顔になった。
「よーし、やりそこねた前夜祭の分もパーッとやるか! リョーツナッハ隊の生還祝いの開宴だ!」
ベルトウエイの上を軽やかにスキップを踏んで進んでいく上官を、丸顔の副官があわてて追いかけていくのだった。
「手ぶらで帰った死神の列に乾杯!」(カンキッヒ・リョーツナッハ)